本作は人の心の有り様を語るホラー小説である。
ただ心を見せるだけの物語だ。
およそ、怪異も狂気も惨殺も描かれない。
だが、この悍ましさは無類なのだ。
主人公である黒沼武昭は、四歳の頃に受けた鼻の手術中に動くことを禁止されていた。
それにもかかわらず、医師を困らせるためだけに、彼は動いた。
結果として彼の鼻の血管は傷つき、大量に出血する。
だが武昭は、痛みと損傷を意にも介さない。
ただ目的を果たして満足するだけだ。
彼の異様な精神が、ここに表わされている。
タイトルにある〝刻印〟
それは武昭の鼻の傷。
それは武昭の幼少期の歪んだ誉。
それは自分を肯定し続けた呪いの印。
それは彼の勝利の証。
だが武昭の歪な矜持は、読む者にとって何の意味も感じられない事柄だろう。
黒沼武昭は幼児性という我執に囚われた人間だ。
だから彼の言葉は、すべて強弁に過ぎない。
黒沼武昭は、精神的な勝利を胸中で声高に響かせて、特別だと言う自分を四十年間保った人間だ。
きっとそうだ。
彼の人生の結果を本作で確かめてほしい。
ここで伝えられることは少ない。
ただ言えることは、現在の武昭の状況は、この先長くは続かないという事である。
もしも武昭が四歳の頃の知性を持ちえているのなら、彼にはそれが分かるはずだ。
なのに武昭は、この事に言及しない。
ここが悍ましい。
語らない事こそが、怖気を誘う類まれな怖さなのだ。
自分を語る武昭の顔は、クシャクシャの泣き顔かもしれないし、朗らかな笑顔かもしれない。
彼の話した事と、ほんとうに思っている事。
独白には語られていない思い。
読む者の脳裏へ無数に湧き出す、人生の惨たらしさ。
惨憺たる人の心を突きつけるホラー小説。
それが本作だ。
読むとわかる。
本作の怖さは格別だ。保証する。
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