第六話の時点でのレビューとなります。
古代中国風の世界を舞台に、海で拾われた片足の少年キョウが、呂尚と祝の家で少しずつ生きる場所を得ていく物語として、とても引き込まれました。
まず印象的なのは、鯨面文身を施した呂尚と祝の存在感です。
見た目も言葉も強烈なのに、二人とも弱った者や行き場のない者を見捨てない。
特に祝は口が荒く、怖さもある人物ですが、キョウに水を含ませ、粥を食べさせ、傷を見て、衣を用意する。
その不器用な情の深さがとても魅力的でした。
キョウも、ただ守られるだけの子ではありません。
異族で、片足が不自由で、父の名も真名も言えない痛みを抱えながら、それでも薊の棘で身を守り、月の満ち欠けから日取りを整理し、戦の気配を聞けば自分から伝えに行く。痛ましさの中に、確かな才覚と意志が見えてくるところが胸に残ります。
また、邑の暮らしや祭祀、竪穴に住む者たち、女たちの不満、戦の気配など、古代の社会がきれいごとではなく生活の手触りを持って描かれているのも面白いです。
呂尚と祝の夫婦愛、前妻の記憶、三兄妹の複雑さも重なり、物語の奥行きがどんどん広がってきました。
第一話から第六話までで、キョウ個人の救済の物語が、少しずつ邑全体を守る物語へ広がっていく気配があります。
この先、キョウがどのように成長し、呂尚たちと共に戦の時代へ向き合っていくのか、とても楽しみです。