第2話 世界最悪の家族

 10年後。気持ちのいい太陽の日差しが部屋に差し込んでくる。サイドテーブルに置いておいたメガネをかけて起き上がる。

 ここは自室兼書斎だ。壁には多くの書籍が収められ、その全てが英雄譚や終末譚の写本で埋め尽くされている。中には1000年以上も前の写本もあり、貴重な資料室でもあった。

 ゆっくりと立ちあがろうとすると、部屋のドアを横暴に開く音がした。


「もう! お父さん!? 朝ご飯冷めちゃうよ!?」


 僕をお父さんと呼んだのは、16歳になった姫だった。赤い髪を一本にまとめ、エプロン姿の彼女は今では立派に家事をこなす女子高生へと育っていた。

 僕が立ち上がったのを見ると、荒れていた布団を正し、積み上げられた本を丁寧に本棚に戻していく。

 中には読みかけのものもあるというのに、一切の文句を受け付けず姫は片付けを始めていた。


「僕は君の父親ではないと、もう10年も言っているだろう。いつになったら理解してくれるんだい?」

「孤児を拾って、ちゃんとしたご飯と寝る場所を用意してくれて、学費まで出してくれる人を世間ではなんていうか知ってる?」

「お節介焼きかな」

「両親って呼ぶの! だから、私はお父さんのことをお父さんって呼ぶし、お母さんのことはお母さんって呼ぶわけ! わかった!?」


 まったく、朝から元気な子だ。まさか、死にかけだった子供がここまで元気に育つとは思ってもいなかった。もう少し大人しく育ってくれるかと思っていたのだが、ミレイくんの能天気さが姫にも移ってしまったようだ。

 いつの間にやら綺麗に整頓されてしまった自室を見て、僕は感嘆の息を吐く。

 遅れてミレイくんが僕の部屋にやってきた。ニマニマとしている様子を見るに、ミレイくんが姫を僕の部屋へと向かわせたのだろう。


「いいかい? そもそも、僕はミレイくんと結婚していないし、君の父親になったつもりもない。ただ、僕たちの仲間として君を迎えに行ったわけで――」

「いいから早く着替える! もう。リビングで待ってるからね?」

「……ミレイくんからも姫に言ってくれたまえ。君も母親だと認識されると困るだろう?」

「え〜? ミレイ様は別に困ることはないかな〜。授業参観とか、親子対抗リレーとか楽しいし〜」


 姫の中では僕とミレイくんが父親と母親ということになっている。仲間として迎え入れたはずが、姫は成長するにつれて一層僕たちを両親だと思い込むようになっていった。彼女の中では僕は仕事をしていない読書家として認知されていることだろう。要は出来の悪い父親というやつだ。

 ミレイくんは度々仕事と称して世界中を飛び回り、世界の終わりが収束するのを観測している。現状、家の金回りがいいのはミレイくんが仕事をしてくれているからだと思われている。

 だから、姫は僕よりミレイくんの影響を受けやすかったのかもしれない。


「ミレイくんがそんなことを言うから、姫が僕たちのことを両親だと納得してしまうんじゃないか」

「いいんじゃな〜い? 子供には大人が必要でしょ〜? ミレイ様がノアに救われたようにさ〜」

「だが、ミレイくんは僕のことを父親だとは思わなかっただろう?」

「ミレイ様にとってノアは〜。…………先生? 教官? みたいなものだからね〜」


 ミレイくんの言う通り、僕は戦争孤児で人殺しを生業としていた幼い日のミレイくんを拾った。

 しかし、拾った理由は可哀想だったからではない。彼女には魔術の才能が長けていた。それに加え、戦争の中で培われた剣術はひとつの流派として完成されているものだったからだ。

 僕はミレイくんに魔術の粋を叩き込んだ。あらゆる魔術に精通し、近接戦でも戦える戦力を生み出すことに成功したのだ。誤算だったのは、ミレイくんが20歳になる頃、僕と同じく世界に対する矛盾を見つけ出し、不老不死の呪いをかけられたことだろう。

 ミレイくんは”傲慢の魔女”として名を馳せ、世界を終わらせるという大義のため動くことから最重要指名手配犯にされ、世界中から命を狙われている。

 そんな人物が授業参観などの行事に平気で参加するのだから困ったものだ。


「ミレイくん。君の能天気さには――」

「もう。2人ともいつまで夫婦喧嘩してるわけ!? ほんとにご飯冷めちゃうよ!」

「夫婦……はあ」


 怒る姫に言葉を失う。ミレイくんはそんな僕を見てまたもやニマニマと微笑んでいた。

 仕方がなく本棚から読みかけだった本を一冊取り出してリビングへと向かうことにした。

 リビングへ向かう最中も本を開き読み進めていく。今読んでいる本はとある英雄が世界を救う物語だ。ありきたりといえばありきたりな物語だが、だがこの英雄譚には大切な人を失うという欠点があった。これを英雄譚として見るか、悲劇譚として見るかは読者の感性に任されている。

 とにかく、この英雄譚は未熟なものだと、僕は思う。


「わ〜。美味しそ〜」


 リビングのテーブルに並べられた3人分の朝食。ハムエッグにサラダ、コーンスープにパン。今日は洋風の朝食のようだ。

 僕も、ミレイくんも整理整頓があまり得意ではない。もちろん家事はできるが、必要になるまでやらない性格だ。それを見かねた姫がいつの間にやら家中を片付け、家事を全てこなすようになってしまった。

 思ったよりも綺麗好きな性格のようで、きちんとしていないとこの僕でさえも叱られる。

 おそらく、10年前までは小汚いのが当たり前だったが、僕とミレイくんに世界の広さを教えられ、どれだけ自分が悲惨な目に遭っていたのかを痛感したのだろう。過去の自分を忘れるためにも綺麗好きになったのかもしれない。

 いつからか決まっていた席に着き、朝食を食べ始める。


「ん〜。姫の作る料理はやっぱり美味しいね〜」

「お母さん褒めすぎ。でも、ありがと」


 確かに。第三者目線で見れば、2人は親子と見えるだろう。黄金の髪の母親から赤い髪の子供が生まれるとは思えないが。それほどまでに2人の仲は親密になっているようだ。元々ミレイくんは人との距離が近いことも関係しているのだろうが、まるで我が子の成長を喜んでいるようにも見える。

 それが悪いと言いたいわけではない。だが、危惧すべきことがある。

 ミレイくんは不老不死。今後も歳を取らず、死ぬこともない。けれど、姫は違う。歳を重ね、やがては死んでしまう。あまり情を入れ込むと厄介なことになりかねない。

 まあ、ミレイくんのことだから、心配は無用だと信じたい。

 僕はパンをちぎって食べながら、止めていた本を読み進める。


「お父さん! 食べてる時は本読まないって約束したでしょ?」

「……一応、これが僕の仕事なんだけれどね」

「本読むだけなら、いつでもできるでしょ?」

「わかったよ。降参だ。読書は食後にしよう。それよりも時間はいいのかい?」


 時計は8時半を回っていた。この家から姫の通う高校まで遠くはないが、今から出てもギリギリだろう。

 高校では姫は優等生として通っていた。拾った頃から言葉を教えるために僕の保管している書籍を読んであげたり、彼女に貸し出したりしていた。そのおかげもあって文字を読み解くのは苦ではないらしい。理系の学問においても、ミレイくんの感覚的な教え方ですんなりと身につけ、最良を得ていた。そんな彼女が遅刻など、彼女自身が許せるはずがない。

 時計を見て驚いた姫は、急いで鞄を取りに部屋へ走る。そして、食べかけのパンを持って、足早に挨拶をする。


「いってきます!」

「いってらっしゃ〜い」

「気をつけて」


 本当に朝から騒がしいことこの上ない。落ち着いてご飯も食べられないとは。僕は約束をしてしまった手前、読書をしたい欲求を抑えて朝食を食べ進める。

 すると、陽気なミレイくんが何かに気が付いたように神経を尖らせる。

 手にはいつの間にやら帯刀しており、臨戦体制状態だ。僕も気配には気が付いていたが、警戒はしていない。

 なぜなら、その気配は僕のよく知る人物のものだったから。


「よお、旦那。やっぱ姫ちゃんには敵わないか!」


 ガッハッハ、と。豪快な笑いと共に身なりの汚い黒人男性が家の中に入ってきた。

 ミレイくんは瞬時に鼻を押さえて、僕の背後に回る。彼女は昔から彼のことが苦手だった。屈強な体、漂う異臭、何よりミレイくんは彼に一度敗北している。

 僕は一旦食事をやめて、来客の相手をする。


「やあ。キングくん。また、面白い情報を持ってきてくれたのかな?」

「おうともさ! とっておきのネタと高い酒を持ってきたところよ!」

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