僕を殺すのに必要な勇者の数を数えよ
七詩のなめ
第1話 君を探していた
嫉妬は悪ではない。
強欲は偽ではない。
怠惰は嘘ではない。
暴食は哀ではない。
色欲は損ではない。
憤怒は負ではない。
ゆえに、傲慢は罪ではない。
だから、僕はあの日、弟を殺したのだ。
ゆえに、僕はあの日、罪を概念化させたのだ。
そして、僕はあの日、不老不死の呪いをかけられたのだ。
――――――――――
忌むべき風習というものはテクノロジーに支配されている現代でも存在する。
特に古き文化を守ろうとする場所であれば、科学的根拠をど返ししてでも風習を守ろうとさえするのだ。
ここは人里離れた山奥に存在するとある村。ここにもひとつ、忌むべき風習が存在する。
「ふぅむ。情報源が確かなら、ここが目的の場所のはずだが……」
村の人口は数千人。ほとんどが老年人口で占められており、若者は少ない。
この村には赤い髪、赤い眼を持つものは血を連想させることから忌み子と呼ばれている。そんな村に足を運んだ僕だが、どうも排他的な村で村の外から来た僕に話しかける村人はおらず、むしろ警戒されてしまっていた。
情報の信憑性を確かめるために情報が欲しかったが、話しかけようにも村人が近寄ってこないのでは話にならない。
夕暮れ時ということもあり少し困っていると、遠くから僕を呼ぶ声がした。
「ノア〜」
「やあ。ミレイくん。そっちの首尾はどうだい?」
僕に話しかけてきたのは
彼女にも情報集めを手伝ってもらっていたのだが、疲れた様子を見るにあまりいい答えは返ってこなさそうだ。
「ダメだね〜。排他的すぎて話しかけても無視されるし〜」
「やはりそうか。さて、困ったものだね」
思った通りの答えが返ってきて、早々に困った状況になった。
風習を重んじる場所では排他的な場合が多い。外からの情報を遮断しているという方が近いのか。ここではここのルールが存在するのだ。
僕がこの村に来たのはあるものを手に入れるためだ。長年探してきたが見つからず、ようやく情報を手に入れたのだが、ここまで排他的な行為をされると蒐集に手間取りそうだ。
この件にあまり時間を使う予定はなかったが、持久戦になることを覚悟した方がいいかもしれない。
ミレイくんと合流後、僕たちはあてもなく村の中を散策していた。
村の中心まで来たところでちょっとした騒ぎを聞きつけた。どうやら若者がはしゃいでいるようだ。見ると高校生くらいの少年が3人と3人に囲まれるように生まれたままの姿で暴行を受けている少女が目に入った。
普段なら無視して通り過ぎるものだが、少女の容姿に目を引かれた。
赤い髪と赤い眼。体にはいくつもの怪我があり、日常的に暴行を受けていることが伺える。
「ノア〜?」
ミレイくんの言葉に返事をせず、惹きつけられるように僕ははしゃいでいる少年たちに近づいた。
息も絶え絶えで、これ以上の暴行は命に関わるほどに痛めつけられている少女を見て、僕は確信を得る。
探し求めていたものが今、文字通り目の前に転がっている。横たわって体を守ることすらできない少女に少年たちは何度も蹴りを浴びせていた。
「やあ。ひとつ聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「あぁん? 誰だお前、村の外のやつか?」
「…………」
僕の一言で少年たちは暴行を止めた。3人は僕を睨みつけてくる。
しかし、僕が話しかけたのは少年たちではない。地面に横たわっている少女だ。
少女からの返事はない。か細い息遣いでただ無力に横たわるだけ。
よくもまあ、ここまで痛めつけて心が痛まないものだ。彼らにとって目の前の少女の命は地を這う蟻よりも軽いのだろう。
僕が彼らの問いに答えなかったことが彼らの癇に障ったのか。リーダーらしき少年が僕の胸ぐらを掴んで持ち上げる。それでもなお、僕の視線は彼女に向いていた。
「聞いてんのか! 俺を誰だと思ってやがる! 俺はこの村の村長の息子で――」
「邪魔だな」
瞬間、光が走る。
持ち上げられていた僕は解放された。だが、決して少年が手を離したわけではない。少年の手が少年の体から離れたのだ。
遅れて切断されたことを知った少年の腕から血液が流れ出す。痛みというものを思い出したかのように少年はその場で膝をついて叫んだ。
「耳障りな音だ。見てみたまえ、君の友人らも引いているじゃないか」
切断された手はいまだに僕の胸ぐらを掴んでいた。それを取って地面に落とし、少年の友人と思しき2人を見る。完全に何が起こったのかわからないと言った様子だ。
僕の横で納刀の音が聞こえる。にこやかな笑顔でミレイくんは僕を見ていた。
先ほどの斬撃はミレイくんが行ったものだ。彼女は決して弱いものいじめをするタイプではないが、僕に手を出したことで逆鱗に触れたのだろう。けれど、このやり方はお粗末だ。
納刀したばかりの刀の柄を掴んで引き抜く。
手を切断された少年は恐怖した顔で僕を見上げてくる。それに僕はため息をつく。
「ミレイくん。いつも言っているだろう? 切るなら手ではなく――首だ」
斬撃が弧を描く。僕はミレイくんのように剣の達人ではないため、刀身が首の骨に当たる感覚があった。それを無理矢理に引いたせいで先ほどの手のように綺麗な断面にはならなかった。
首を切断された少年は叫ぶことをやめ、地面に頭を転がした。全てを見ていた少年2人は絶句している。
その2人の間を通り、横たわっている少女に再度問いかける。
「やあ。ひとつ聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「わ、たし……?」
「ああ。僕は初めから君と話していたんだよ。返事がないから嫌われてしまったのかと思ったよ」
「どう、して……」
どうして。それはどうして話しかけるのか。あるいはどうして少年を殺したのか。他にも挙げればキリがないが、死にかけの少女にそれ以上の言葉を吐かせるのは酷というものだろう。
僕は胸ポケットに入っていた試験管を取り出し、その中身を少女に振りかける。すると、少女の傷は加速度的に回復していった。呼吸も安定を取り戻し、少女の赤い瞳が僕を写す。
「何を、したの……?」
「試験段階の万能薬を使ったのさ。それよりも、僕の質問に答えてくれるかな?」
「な、なに……?」
少女は優しくされたことがないのだろう。せっかく傷を治してあげたというのに警戒されてしまった。やはり忌むべき風習は人格さえも変えてしまうのか。
僕は立ち上がり、どうやれば少女が僕を味方だと思ってもらえるだろうと考える。
2人の少年を見る。彼らは彼女を痛めつけていた。彼女からすれば彼らは敵だろう。害敵を駆除すれば、僕を味方だと思ってもらえるかもしれない。これには試す価値があった。
ちょうどよく僕の右手にはミレイくんから借りた刀がある。剣術はあまり得意ではないが、人を殺すのは慣れていた。
僕は2人の少年に近づき何の思いもなく刀で頭を切り飛ばした。
「ああ。やっぱり、僕は剣術が得意じゃないな。刀身に血液が残ってしまう。ミレイくんのように上手くはいかないね」
「何だったらミレイ様が教えてあげようか〜?」
「遠慮しておくよ。ミレイくんの教え方はなんというか……感覚的だからね」
血のついた刀をミレイくんに返し、僕はもう一度少女に近づいた。まだ起き上がる体力は戻っていないようで、横になっている少女の前でしゃがみ彼女の様子を見る。
警戒を解くことはできた。けれど、今度は恐怖させてしまった。
やはり物事はうまくいかないものだ。こと人の心に関しては掴みようがない。
「こ、ころさ、ないで……」
「君は死を恐れるのかい? 死よりも残酷な目に遭っているというのに」
「死にたく、ない……」
「安心したまえ。僕が君を殺すことはない。それよりも、君を迎えに来たんだ。赤い髪と赤い目。間違いない。僕が探し求めた終わりが――君だ」
「どういう、こと?」
起き上がれない少女を抱き抱える。年齢は5、6歳と言ったところか。非常に軽い。体も骨張っていることから碌に食事もしていないのだろう。
よく耐えたものだ。いや、よく耐えてくれたと言うべきだろう。あと少し到着が遅れていれば、僕は彼女を死なせてしまうところだった。長年探し求めたものを、僕は失ってしまうところだったのだ。
抱えられた少女は僕の目をじっと見ている。恐怖は少し薄れたようだが、まだ信じきれていない様子だ。
「僕の名前はノア=カレイドボロス。君を探していた。僭越ながら、君の名前を聞いてもいいかな?」
「名前……忘れた」
「ならば、僕が君に名前を与えよう。探し求めた終わりの原石。人は愛すべき女性をこう呼ぶ――姫と。今日から君の名前は姫だ。姫、これは僕からの最初のプレゼントだ」
――――
かけていたメガネを外し、そう唱えて右手を開いて空へ掲げる。すると村中から青白い炎の球が空へと上がる。その数は数千。ちょうど、村の人口と同じ数だ。
あれは魂と呼ばれるものを物質化させたもの。つまり、村人全員の命の結晶である。
少女――姫の瞳に星のように魂が映り込んでいる。
「君を苦しめた者たちへの復讐を、僕は許容しよう。彼らは等しく死ぬべきだ。そして、人は常に狩られる側であることを知るべきだ」
開いていた手を閉じる。次々と物質化された魂が砕けていく。それはまるで散りゆく桜の花びらのように地面に降り注ぐ。
姫がこの現象を見て何を思ったのかはわからない。けれど、この現象で何が起こっているのかはわかっているはずだ。自らに屈辱や痛みを与えてきた者たちが散っていく。その事実を知って、彼女は何を思うのか。
村に完全な静寂が訪れた。それはこの村に人が1人もいなくなったことを表していた。
姫の視線が僕へと移る。そこにはもう恐怖や警戒を超えて、崇拝する信者のような錯覚があった。
「歓迎しよう。僕たちは世界を終わらせる者。わかりやすく言えば、悪の味方だ」
この日、世界にとって最悪の出会いが生まれてしまった。
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