ワン、ワン、ワン
〇お題「犬」の短編です。
【ワン】
それは、冷たい雨が降る夜だった。
路上ライブの稼ぎは一週間で、ゼロ。
自分の才能のなさに最初に嫌気がさした頃のことだ。
――レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンのギタリスト、
トム・モレルにあやかって授かった『
兄の
いつだって兄のお下がりだった。
好きな漫画も、サッカーチームも。
このロックを奏でるギターへの狂おしい憧れも。
「俺も……いやだ。辞められねえ」
だからこそ、兄のように損切りを受け入れられない。
せめて兄が諦めた20歳を超えるまでは。
濡れ鼠になって路地裏を歩いていた
段ボール箱はかすかに揺れて動いていた。
中に汚れた雑巾のようなものが見えている。
――ネズミ?
にしては、でかい?
好奇心で覗き込むと、手のひらに乗りそうなほど小さな仔犬だった。
寒さに震え、丸くなっていたのだ。
仔犬は
連れてはいけない、そう割り切って見捨てても良かった。
でも……必死な仔犬。
「……俺に足りないもの」
言葉にできない何かを感じ取った
『ワン!』
自宅に連れ帰って、まず両親にこの仔犬を飼いたいと頼み込んだ。
猛反対されたので、許しを得るまで土下座した。
バイトも散歩も音楽もきちんとすることを誓約して、その仔犬の名前は『
【ワン、ワン】
明日は人生を賭けたメジャーレーベルのオーディションへの推薦枠を決めるオーディション。
だというのに、勝負のリズムがどうしても決まらない。
乗り切れない。
自分が乗ってこないのに、観客が乗れるわけがない!
頭の中で描く理想の音に、手元のリズムマシンがまったく追いついてくれない。
「クソッ……重さが足りない!
もっと、グルーヴをくれよ!」
成功していない音楽家志望者にありがちな、道具のせいにしてしまう苛立ち。
まるで殴りつけるようにエレキギターの弦を荒々しくかき鳴らす。
ジャカジャーンとアンプから歪んだ爆音が響いたその瞬間、足元で丸くなっていた相棒の『
いつになく、鳴き方がおかしい。
『ワン、フガッ、バウ、フガッ』
「静かにしろバディ、
何か言いたいんだろうが、
俺は今それどころじゃ……」
スコアに足を取られて
『ワン、フガッ、バウ、フガッ』
奇妙なタイミングで繰り返し。
――繰り返し?
言いかけて、
さっきから耳に飛び込んでいたのは、犬の無駄吠えではなかった。
テンポは140で。
カチ、カチ、カチ、カチ。
正確なリズムに合わせて、バディである『
それだけで、音楽だと。
ワン、はバスドラム。
フガッはスネアか。
バウがタム……
フガッでまたスネア。
求めていたグルーヴがそこにあった。
転がっていたスコアの一つを拾い上げた
ふいに、その手が止まった。
そして、バディを見た。
自分の仕事は終わったかな、という態度の『
――ドラムやパーカッションじゃダメだ。
重低音の「ワン」。
キレのある息で「フガッ」。
極上の16ビート。
「『
『
そしてギターを抱え直し、骨太な犬ビートに荒々しいリフを重ねた。
この部屋に、一人と一匹の奏でる狂熱のグルーヴが爆発した。
誰も聴いたことのない、狂気のロックンロールが誕生したのだった。
《作者:あと、もう少しです。お付き合いください》
【ワン、ワン、ワン】
翌日、オーディションのオーディション会場。
審査員たちは、
「おい、学芸会かビックリショーならほかをあたってくれ」
審査員の一人が呆れ顔で帰れとばかりに手を振った。
「いくぞバディ。俺たちの
『
鋭く吠えた。
「ワン! ワン! ワン!」
会場を切り裂く、三発のカウントダウン。
直後、『
間髪入れずに
「ワン、フガッ、バウ、フガッ!」
犬が奏でる重厚で熱いビート。
人が奏でる咆哮のようなギターのフィードバック。
前代未聞。
一人と一匹のロックバンド。
彼らが放つ強烈な衝動に、はじめは
気づけば全員がヘッドバンク。
会場中が、リズムに合わせて拳を何度も突き上げていた。
演奏が終わると同時に、嵐のように鳴り響くスタンディングオベーション。
その中心となるステージで、わずか3分で全力を出し切った
無事に歌いきったことを誇らしげに『
犬のおまわりさんを転がしたはずだったんだけどな。
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