終章:最後のメッセージ
空は広く、白い雲の塊がゆっくりと流れていく。私は両手で一冊の本を抱え、穏やかな表情で前を見つめている。落ち葉が舞い、私の周りを優しく漂っている。
私の目の前には木陰に身を隠す大人の姿が立っている。その男はスーツにネクタイ姿でほろ苦い微笑みを浮かべて私を見つめている。そして、目を閉じ頭を少し垂れた女性がそこに立っている。
私たちは墓石が立ち並ぶ墓地に立っていた。低く垂れ込めた空の下、空気は静寂と冷たさに包まれていた。2人は生花で飾られた墓の真正面に立ち、私はその場に立ち尽くしたまま凍りついたように。
「ありがとう……私の娘と友達になってくれて、琉依君」
私はその静まり返った墓地を後にし、彼女との唯一のつながりとなった本を抱えて歩き出した。ページをめくると、記憶が突然過去へとさかのぼった。
私は学校の屋上の壁にもたれかかり、広大な空を見上げていた。雲がゆっくりと流れ、穏やかでありながらどこか寂しげな雰囲気を醸し出していた。背後から優しい声が私の名前を呼ぶまで、私は彼女の存在に気づかなかった。
「琉依くん」
私はわずかに驚く。先ほどまで空を見上げていた視線が、ゆっくりと彼女の方へと移っていく。そこには、小さく微笑む彼女の姿。柔らかな風に揺れる髪と、その瞳に宿る光は、優しい温もりを帯びていた。
「あかりさん……」
私たちは学校の屋上の床に並んで座り、壁にもたれかかった。しばらくの間、私はただ彼女を見つめて何も言わなかった。まるで自分の目が間違っていないか確かめるかのように、まだ彼女は休んでいるはずではなかったのか?
「ちょ、ちょっと待って……あかりさん、もう学校行っていいの?」
「医者には、まだ休めって言われてなかったっけ?」
あかりさんは少しうつむき、穏やかな表情で目を閉じて、優しい口調で言った。
「もう気分も良くなったから、来ても大丈夫だと思うんだ」
「それに、家に長くいるのも退屈だし」
突然、彼女は少し顔を上げた。何かを思い出したかのように、そして目を閉じたままぎこちなく微笑んだ。
「あ…思い出した。あの時パニックになってた君、結構面白かったよ」
「図書館で私が倒れたとき」
その一言で、俺の顔は一気に赤くなる。
「……」
その後、あかりさんは再び私を見つめた。今度はその笑顔ははるかに広く誠実なものになっており、両頬にははっきりと赤みが差していた。その眼差しはとても温かく、まるで私を完全に安心させたいかのように見えた。
「あの時助けてくれて、ありがとう」
私はただ凍りついたように黙り込み、虚ろな目で彼女を見つめて口を少し開けたままだった。今聞いた彼女の言葉を頭の中で整理しようとする間、全身が硬直しているのを感じた。
「いえ、どういたしまして」
雰囲気はより静かで真剣なものへと変わり、彼女は深い声で話し始め、過去を振り返った。
「私は……」
彼女は一瞬言葉を切り、膝の上で組まれた両手は彼女がこれまで一人で抱えてきた緊張と感情的な重荷を物語っていた。
「私は、すべてをもう一度考え直そうとしている……私に身近な人たちについて」
「誰かと親しくなればなるほど、いつか自分がこの世からいなくなった時の恐怖が大きくなるんだ」
「身近な人に傷を残したくない……」
彼女は少しうつむいてから言葉を続けた。
「それが現実になるのが怖い……」
「しかし……」
彼女は私の方を振り向いて、再び私たちの視線が合った。さっきまで陰っていた彼女の表情が、私の目を見つめるにつれてより穏やかで誠実なものへと変わり始めた。
「琉依くん……私を変えてくれたのは、あなたよ」
私はただ彼女をじっと見つめ、彼女の口から出る言葉の一つひとつに耳を傾けるしかなかった。彼女は私の存在が、彼女の世界の見方をどう変えたかを語ってくれた。
「君と出会ってから……今まで想像もできなかったようなことをするようになった」
「そして、気づかないうちに……思い出すべきことがたくさん増えた」
屋上の空気は静寂に包まれ、まるで世界が私たちのためだけに一瞬止まったかのようだった。それから彼女は立ち上がり、数歩離れて歩きながら、校庭の方へと静かに視線を向けた。
「だから……ちゃんと伝えたいんだ」
不意に彼女は振り向いた。降り注ぐ陽光がその身を包み、銀の髪に淡い輝きを宿す。目を閉じて浮かべたその微笑みは、ただ純粋な幸福を映していた。
「本当にありがとう……」
「ずっとそばにいてくれたから。私がよくあちこち連れ回したのに」
私はしばらく黙り込んで、とても安らかな表情を浮かべている彼女の顔を見つめた。すると、不思議なことに、突然別の感情が私の心に湧き上がってきた。私は立ち上がり、彼女の名前を呼んだ。胸の奥にずっと押し殺していた何かが込み上げ、声には迷いが混じっていたけれど、どうしても伝えたいことがあったのだ。
「あかりさん…」
「ぼ、僕は……うまく言えないけど、その……君のことを……」
突然、あかりさんは、壁の向こうからこちらを覗き見ている人影に気づいた。
「あ、怜たちだ」
振り返ると、私の顔はたちまち赤くなった。このプライベートな瞬間を他人に見られてしまったと気づき、こめかみから冷や汗が流れ落ちた。あまりの恥ずかしさに言葉が続かなかった。
「……」
ドアの向こうには私たちを見つめる怜さんと大輝の姿が見え、その後、怜さんがドアの向こうから歩み出てきた。
「おっ、見つけたね」
突然、怜さんは横から飛び出してあかりさんをぎゅっと抱きしめた。その後、怜さんは好奇心に満ちた目で俺を見つめ、少し不適切なことを口にした。
「大丈夫? あの野獣に襲われなかったよね?」
「大丈夫だよ、怜」
それから私は2人に視線を向けた。すると、背後から大輝が申し訳なさそうな表情で私の肩を叩いた。
「ごめん、お前のプライベートな時間を邪魔しちまった」
私は体を硬直させて立ち上がり、今の自分のプライドがどれだけズタズタになっているか、そのまま表れている。あまりの恥ずかしさに、2人には返事すらできなかった。その間、あかりさんは好奇の眼差しで怜さんを見つめていた。
「怜、どうしてここに来たの?」
「探してたんだ。もうすぐ休み時間終わりのベル鳴るよ」
すると、大輝もあかりさんから同じ質問をされた。
「で、大輝くんは?」
「なんで怜と一緒にいるの?うーん……怪しいな」
「琉依を探していたんだ。そしたら、怜さんが屋上に上がっていくのを見かけたから後をつけてきたんだ」
「そしたら……面白いものを見つけたよ」
屋上の雰囲気が急ににぎやかになった。怜さんはまだあかりさんの腕にぶら下がったままで、大輝は一方、いたずらっぽい目を輝かせて私に近づいてきた。私は考えもせずに思わず彼の肩をたたいた。それは純粋な反射行動だった。恥ずかしさで頭の中がいっぱいになっていたからだ。
「ハハハ! 落ち着けよ、兄弟」
「でも、マジで……君、電柱みたいにそこに30秒近くも立ちっぱなしだったぞ」
「黙って」
「わかった、わかった。でも、あれはそう簡単には忘れられない珍しい光景だったよ」
私は顔を背け、何も言えなかった。大輝は私の横でまだ小さく笑っていた。ほどなくして、遠くから学校のチャイムが鳴り響き、屋上の和やかな雰囲気を断ち切った。友達たちは屋上から出て出口へと向かい始めた。
「ほら、もうベルが鳴った」
「行こう、あかり! 遅刻しちゃうよ!」
「うん」
怜さんと大輝は出口に向かって歩き出し、私は後ろからついていった。しかし、あかりさんがついてきていないことに気づき、私は突然足を止めた。彼女はまだ同じ場所に立ち、校庭の方を見つめていた。
私の存在に気づいたのか、あかりさんは輝くような顔でこちらを向いた。満面の笑みを浮かべて幸せそうに目を閉じ、頬にははっきりと赤みが差していた。これまで彼女を苦しめていた恐怖の重荷は今や消え去り、純粋な喜びに取って代わられたようだった。
「琉依くん、私の歌を歌ってね」
その言葉は彼女の日記の最後のページに書かれており、その下にはあかりさんが心を込めて書いた歌詞が並んでいた。そして、裏表紙の内側には病院の屋上で、彼女の膝の上で眠る私の写真が貼られていた。その写真には猫耳のフィルターがかけられ、私たちの顔には小さなひげが付けられていた。いたずらっぽい表情で、あかりさんは右手で私の頬のそばにピースサインを作っていた。
その写真を手に取り、よく見てみた。ところが、指が紙の裏側に触れた瞬間、そこに隠されていたあるものを見つけてしまった。
そこには、あかりさんが書いた短いメッセージがあった。
「いつも病院に面会に来てくれてありがとう」
「私が注射を受ける時、あなたはいつも部屋のドアの向こうで待っていてくれた。すべてが終わると、あなたは部屋に入ってきて、何事もなかったかのように振る舞ってくれた」
「あなたのその誠実さは、私にとってとても大きな意味があった」
ちょうど最後の行を読もうとしたその時、あかりさんの姿が微笑みを浮かべて私の前に現れた。
「琉依くん……あなたのこと、大好きよ」
夏の終わり、彼女の笑顔 ノクスーマ @Kuhaku101
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