第3話 『恐竜たちには訪れなかった夏』ゲットだぜ

 図書館の扉を視線入力のコマンドで開けて中に入る。部屋の構造がレイカの部屋とよく似ていることに気付いた。飲みかけのコーヒーカップも色と模様は違うけれど、同じ位置にあるようだ。壁や床、天井の色や質感は全く違うのだけれど、家具や机、ドア、本棚、クローゼットの扉は、慣れ親しんだ位置に存在する。

「そういうこと? メタ空間が、ユーザがVRヘッドセットでログインした場所と同じ配置になっているんだ。怪我をしたり、物を壊さなくていいよね」

細かいところまで配慮された仕組みに感心しながら、読みたい本がどこにあるのか、部屋を見回した。どこにもそれらしいものは見当たらない。

「初めまして、レイカさん。あなたのリクエストした書籍は、もうじき実体化しますよ」

「えっ! あんた、なにもの? いつからそこにいたの。びっくりさせないでよ」

 いきなり背後から、謎の存在に声を掛けられレイカは、身構えながら声の主の方向に振り向いた。

レイカの視界に飛び込んできたのは、全身の皮膚が緑色で小学生くらいの背丈のとかげに似た二足歩行の生き物。目と口が可愛らしくデフォルメされているので、見ているうちにとても愛らしい存在に思えてきた。爬虫類が苦手な人でも拒絶反応は起きなさそうな気がする。

「私は、この図書館で利用者の手助けをする、司書コンシェルジュAI、ハルケギニアです。この姿は、今回、ご利用いただく書籍の登場者をイメージして私が生成したものです」

 司書コンシェルジュAIと判って安心したレイカは、ハルケギニアと名乗る存在に語りかける。

「ハルケ……ア? 言いにくいから『ハルカ』でいいよね。聞きたいことがあるんだけど質問していいかな」

「もちろんです、レイカさん。個人情報やこの図書館の出資者に関する情報以外であれば、なんなりと……『ハルカ』といきなり名づけられたのは初めてですが」

すこしだけ躊躇してから、レイカは『ハルカ』に質問を畳みかけるように投げかけた。

「なんでこの図書館はバーチャルなの? なんで他の図書館で予約三桁待ちの人気書籍がすぐ提供できるの? なんであらすじやら、本に対する思いやらを書いて審査されるの?」

 ハルカは大きな瞳をさらに広げて、何かを訴えているようだ。多分、驚いていることを表現したいのだろうとレイカは理解した。

「驚きました! これ程的確に、しかも個々の質問を関連付けて、この図書館の特性に関する問いを投げるなんて! レイカさん、あなた天才ですか?」

「そういうのいいから、さっさと答えてちょうだい」オーバーな反応にあきれたレイカは、お世辞を制して、答えを催促する。

「では、端的にお答えしましょう。著作権の保護と図書館の利便性を両立させるためです」

急に事務的な口調になったハルカは、たんたんと質問への回答を述べ始めた。

「既存の図書館は、公共の利益の為に著作権法の例外規定の上に成り立っています。そのため、電子書籍化、無制限、大量の貸出などは著作権者の収益を大きく圧迫する可能性がある為、制限されています。

しかし紙媒体の書籍による貸出の物理的な制約が、本当に著作権者の収益を保護しているかは議論のあるところです。電子書籍化して図書館から貸出された書籍が、転売ヤ―のような不正利用者に無制限にコピーされるような状況も避けなければなりません。

それらの目的への社会的実験として、この図書館は構築されました。VRヘッドセットによるメタ空間での読書経験という形態をとることで、複写行為を排除しながら、自宅から電子書籍のように入手できる利便性を提供しています。

すぐに人気の書籍を読むことが可能なのは、物理媒体を使用しない形態がもたらした利便性です。

あらすじを入力させてAIに審査させるのは、コンピュータなどの人間以外の存在による、不正、大量、高速なコンテンツ取得を防止するために設定されました。ある種のチューリングテストとして、また新刊本の購入需要を過度に抑制しない数量的なフィルターとして機能しています」

レイカには一気にまくし立てられた回答がほとんど理解できなかった。音声とともに画面下部にハルカの喋った内容が文字表示されていることに気付き、熟読してどうにか理解できたように思えた。

「ハルカ、判ったよ。人間、それも自分の表現で申請した者以外は審査に通らないようにできているから、貸出数が制限されてこの仕組みが実現できているんだね」

そう応えたとき、ハルカの両手の上に喉から手が出るほど渇望した『恐竜たちには訪れなかった夏』が、レイカに向けて差し出されていることに気付いた。

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