第4話

 週末。指定された駅前の待ち合わせ場所に現れた彼女を見て、俺は不覚にも息を呑んだ。


「……なにジロジロ見てるの。視界の暴力で訴えるわよ。さっさと歩きなさい」


 私服姿の白城玲奈。

 いつもは制服で隠されているその出で立ちは、オーバーサイズのニットに細身のデニムという、シンプルながらも洗練されたものだった。雑誌の表紙からそのまま抜け出してきたような圧倒的なオーラに、道行く人々が次々と振り返る。

 それに引き換え、俺はいつも通りのパーカーにチノパン。横に並ぶのも申し訳なくなるほどの格差だ。

 だが、今日の玲奈はいつも以上に空気が冷たかった。視線すらろくに合わせようとせず、まるで俺という存在を意図的に遠ざけているような、そんな壁を感じる。


「いや、その……なんか新鮮だなと思って。それにしても、なんで俺がファッション誌の取材なんか受けなきゃいけないんだ?」


 事の発端は昨日。玲奈が専属モデルを務めるティーン誌の企画『オタク×ファッションの最前線!』の対談相手として、なぜか俺が指名されたのだ。

 どう考えても俺のような裏山の石ころに白羽の矢が立つはずがない。


「勘違いしないで」


 玲奈は冷たい声でピシャリと言い放ち、足早に前を歩く。


「あんたのその無駄にコアなオタク知識が、企画の趣旨に合ってただけ。……本当は別の人を呼ぶつもりだったのに、手違いでこうなったのよ。私はただ、あんたが現場で粗相をして、私のキャリアの足手まといにならないか監視しに来ただけだから」


「手違いって……ひどい言われようだな」


 少し傷つく俺の言葉にも、玲奈は振り返らない。

 ただ、その肩が微かに強張っているように見えたのは、気のせいだろうか。




 取材場所である開放的なカフェテラス。

 カメラマンとライターを前に、最初はガチガチに緊張していた俺だったが、話題が「レトロアニメの魅力」に移った瞬間、封印していたオタクの血が騒ぎ出してしまった。

 玲奈は相変わらず氷のように冷たい表情で沈黙を保ち、俺とは距離を置こうとしているのがありありと伝わってくる。


 だが――。


「――ですから、90年代の『機甲戦記ゼノブレード』の真の魅力は、主役機ではなく量産型メカの泥臭い運用にあるんです! 特に第12話、補給線を絶たれた雪山での局地戦における、あの排熱ダクトの描写が――」


 しまった、早口になりすぎた。

 我に返り、ライターの引いた顔を覚悟して、そして隣の玲奈から「キモい」と冷ややかな声が飛んでくるのを覚悟して口をつぐもうとした、その時だった。


「その通りね。あそこは冷却材の不足を補うために、パイロットが意図的に装甲をパージして雪を直接機構に当てて冷やすという、ミリタリー的にも極めて泥臭くて熱い演出が光っていたわ」


「……え?」


「それに、敵の索敵レーダーを逆手に取ったチャフの撒き方も……あっ」


 隣から、鈴を転がすような熱を帯びた声が響いたかと思うと、玲奈はハッと我に返ったように口を手で覆った。

 彼女は今、俺の狂気的なマニア語りに、寸分の狂いもない完璧な合いの手を入れてきたのだ。


「ちょ、玲奈? お前、なんでそんな局地的なエピソード知って……」

「な、なによ! たまたまよ! 役作りのために、少し昔の映像作品をかじっただけなんだから! もう話しかけないで!」


 必死に取り繕い、再び壁を作ろうとする玲奈。

 だが、たまたまで排熱ダクトの構造まで語れるはずがない。一度火がついたオタクの共鳴は、もう止まらなかった。


「じゃ、じゃあ、その後の14話で主人公が言い放つ名台詞は……」

「……っ! 『奇跡なんて信じない。俺はただ、俺の弾道を信じるだけだ』でしょ。あの直後の、カメラが下から舐めるようなパースの効いた作画は、当時のアニメーターの執念を感じるわ」

「そう! それ! わかってるじゃないか!」


 ライターとカメラマンを完全に置き去りにして、俺たちは熱く語り合った。

 マイナーな名シーン、作画のフェティシズム、キャラクターの隠された心理。俺がボールを投げれば、玲奈が完璧な軌道で打ち返してくる。

 まるで、ずっと昔から、こうして二人で語り合ってきたかのような、恐ろしいほどのシンクロ率。


 気づけば彼女は、先ほどまでの冷たい態度が嘘のように身を乗り出していた。

 瞳はキラキラと輝き、いつもの氷のような毒舌はどこへやら、見たこともないほど楽しそうな、無邪気な笑顔を浮かべている。

 無理して作っていた壁が崩れ落ち、本来の彼女が顔を出したかのような、あまりにも綺麗で、眩しい笑顔。


 可愛い。

 素直にそう思ってしまった自分に、俺は激しく動揺した。


 なぜ、彼女は俺の好きなものを、ここまで深く理解しているのか。

 そして、なぜあんなに俺を突き放そうとしていたのに、今こんなにも幸せそうに笑うのか。

 この絶対的な噛み合い方は、いったいどこから来るのか。




「いやあ、素晴らしいですね!」


 ぽかんとしていたライターが、突然パチンと手を叩いた。


「お二人の息の合い方、見事としか言いようがありません。好きなものを共有し合える関係って、素敵ですね」

「えっ、いや、俺たちは別にそういう――」


 俺が否定しようとした瞬間、ライターは眼鏡を光らせ、ペンを走らせながらとんでもない爆弾を投げ込んだ。


「ところで、お二人は付き合っているんですか?」


「っっ!?」


 俺は変な声を出してむせ返り、隣の玲奈はビクッと肩を震わせて完全にフリーズした。

 沈黙するカフェテラス。


 ハッと我に返ったように、玲奈の顔から急速に笑顔が消え、再び何かを恐れるような、そしてひどく傷ついたような表情が一瞬だけ過った。

 顔を真っ赤にして俯く玲奈の横顔を見ながら、俺の心臓は、先ほどのオタクトークとは全く別の理由で、警鐘を鳴らすように早鐘を打ち始めていた。

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