無宗教

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 田中誠は三十二歳で死んだ。妻は妊娠八ヶ月だった。

 原因は過労だ。無宗教だったので、死んだら無になると思っていた。

 最後の意識は「やっと休める」だった。


 気がつくと白い部屋にいた。


「田中誠さんですね」


 窓口の担当者がスマートフォンを差し出した。


「死者用の端末です。GPSが内蔵されています。逃げないでください」


「逃げるってどこに——」


「捨てないでください」


 田中は恐る恐る受け取った。なぜか捨てられる気がしなかった。


「とりあえず四十九日担当に行ってください」


「四十九日って何ですか」


「行けばわかります」


 ---


 四十九日担当の部屋は霧がかかっていた。


「死後四十九日間、この世とあの世の境をさまよいながら裁きを待っていただきます。仏教の概念です」


「なるほど。じゃあここにいれば——」


 スマホが鳴った。


「はい」


「幽霊課の者です。奥様がお墓参りにいらっしゃいました。現場に向かっていただけますか」


「今、四十九日やってるんですが」


「ああ、並行でお願いできますか」


「並行って、同時にどうやって——」


「住所お送りします。よろしくお願いします」


 田中はスマホを見た。四十九日、まだ始まって五分も経っていなかった。


 ---


 墓の前でふわっとした。妻は気づかなかった。手を合わせて、帰っていった。お腹が大きかった。


 田中は思った。死んでごめん、ずっと見守ってるからな。


 そのとき隣の墓参り客がスマホを向けた。

 記念撮影のようだった。


 スマホが鳴った。


「はい」


「幽霊課です。SNSに心霊写真が投稿されています。田中さんですか」


「……たぶん」


「ふわっとしすぎです。心霊写真の依頼は出していません」


「依頼って——」


「勝手に映らないでください。現在三百いいねです」


「それは私のせいじゃ——」


「マニュアルの十二ページをご確認ください。よろしくお願いします」


 スマホがまた鳴った。


「はい」


「転生課です。書類の処理がありますので窓口まで来ていただけますか」


 ---


 転生課の窓口には書類が山積みになっていた。


「転生先を選んでいただきます。現在の業ポイントで選択可能なのはミミズ、フンコロガシ、蚊です」


「転生って、そんなものまであるんですか」


「仏教・ヒンドゥー教の概念です。あるんです」


「ミミズ、フンコロガシ、蚊って——それだけですか」


「それだけです」


「人間には——」


「業ポイントが足りません」


「最強の勇者とかは——」


「もっと足りません」


 スマホが鳴った。


「はい」


「ヴァルハラです。田中さん、今日から招集です」


「ヴァルハラって何ですか」


「北欧神話の戦士の宮殿です。戦死した勇者だけが行ける場所で、毎日戦います」


「戦死した勇者だけ、ですよね」


「はい」


「私は過労死です」


「人手不足のため特例になりました。終わったら転生課に戻っていただいて大丈夫です」


「ちょっと待ってください。四十九日もあって、幽霊もあって、転生の書類もあって、その上に戦いまで——休憩はないんですか」


「死後の世界に休憩という概念はありません」


「は?」


「疲労しないので」


「疲労してますよ今! 労働基準法とかないんですか」


「死後の世界に法律はありません」


「誰か考えなかったんですか」


「考えた人がいないので。よろしくお願いします」


 ---


 ヴァルハラから戻ったところでスマホが鳴った。


「はい」


「エジプト部門の者です。審査結果のご連絡です。田中さんの心臓、羽根より〇・三グラム重かったんですよね」


「それはどういう——」


「本来であれば怪物に食われて消滅なんですが、今は処理が混んでまして。二百年ほどお待ちいただけますか」


「消滅って——エジプトまであるんですか」


「あるんです」


「ちょっと待ってください。四十九日やりながら幽霊やりながら転生の書類あってヴァルハラ行ってきたばっかりで、今度は二百年の待機列ですか。忙しすぎませんか」


「皆さんそうです」


「断れますか」


「断れません」


「では並行でよろしくお願いします」


 ---


 スマホが鳴った。


「はい」


「守護霊課です。お子様が生まれました。田中さんを担当霊に任命します」


 田中は一瞬、止まった。


 生まれたのか。


「守護霊って、何かするんですか。守るって具体的に」


「そばにいます」


「いるだけですか」


「加護を与えます」


「加護って何ですか」


「……肩が凝ります」


「それ悪霊じゃないですか」


「そういうわけでは」


「顔は見えますか」


「守護霊は基本、背中側からの見守りになります」


「背中側……正面から見たいんですが」


「規定上、難しいです」


「鏡はどうですか。鏡越しなら——」


「映ります」


「映るって」


「心霊写真になります。マニュアルの十二ページ、以前もお伝えしましたよね」


「……」


「背中側でよろしくお願いします」


 田中は病室の隅から、小さな背中を見た。


 ---


 スマホが鳴った。


「はい」


「イタコ対応課です。青森の現場なんですが、本来は佐藤さんの担当なんですけど今日は立て込んでいて」


「佐藤さん?」


「先輩です」


「死後に先輩がいるんですか」


「田中さんは今月入社なので。青森、行っていただけますか」


「代わりに降霊ってどういう意味ですか。呼ばれてる霊は佐藤さんでしょう。私が行っても別人じゃないですか」


「大丈夫です」


「大丈夫じゃないと思いますよ」


「よろしくお願いします」


 ---


 夜、田中はふと思った。ご先祖様たちは今何をしているのだろう。


 スマホで確認すると、一件の通知が来ていた。


『田中誠さんのご着任を祝い、歓送迎会を開催しております。会場:第三霊域。田中さんもぜひお越しください』


 送信元:田中家先祖一同。


「行けるわけないだろ」


 スマホが鳴った。


「はい」


「このままだと過労死しますよ」


「田中さんはすでに死亡されています」


「そうでした」


「今夜、肝試し対応をお願いします。ゾンビで行ってください」


「火葬されてるんですけど」


「では幽霊でお願いします」


「あの、肝試しって何のためにやるんですか。脅かしても意味ないですよね」


「楽しんでくれますので」


「ああ、肝試しに来てる人たちが怖がって楽しむんですね。そういうの好きな人、結構いますもんね」


「我々が楽しいんです」


「え」


「脅かす側が楽しいんです」


「……脅かす側って」


「死者側です。人手が余っているときの福利厚生です」


「人手不足って言ってませんでした?」


「部署によります」


「死んだ人なんていっぱいいるでしょう。なんで私がこんなに忙しいんですか」


「古い方々は使えないんです」


「使えないって」


「ゾンビひとつとっても、江戸より前の方はご存じないので。心霊写真も、カメラがない時代の方にはどう説明しても伝わらなくて」


「……」


「それに田中さん日本人じゃないですか」


「はい」


「日本人の方は適用される宗教が多いので、どうしても業務量が増えます」


「……」


 スマホが鳴った。


「無課の者です。田中さん、今から無になっていただけますか」

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