『ブラウンノイズ』は、二十年前の大雨の日に起きた未解決事件と、その事件で父を亡くした青年、そして彼の前に現れた刑事さんをめぐる私情BLミステリーやね。
入り口にあるのは、「声」。
ある人の声が、心地よくて、安心できて、なぜか忘れていたものの奥へ届いてしまう。そんな少し不思議で甘い感覚から、物語は静かに過去の雨の日へつながっていくんよ。
刑事の二御さんは、真面目で不器用で、職務として事件遺族の樋さんと向き合うことになる。けれど、樋さんが抱えてきた記憶の空白や、言葉にしきれへん痛みに触れるうちに、ただの捜査でも、ただの同情でも済まされへん感情が芽生えていく。
声に惹かれる甘さと、事件の気配へ近づいていく緊張感。その二つが同じ糸で結ばれてるところが、この作品の大きな魅力やと思う。
雨音、低い声、失われた記憶、遺された品々。そういう感覚的なものが、ちゃんと人の心と過去の謎に絡んでいくから、読んでる側も自然と耳を澄ませたくなるんよ。
【樋口先生】
この作品に流れているのは、ただ事件を解き明かすための緊張だけではありません。長いあいだ言葉にならず、心の底へ沈んでいた痛みが、誰かの声に触れて少しずつ浮かび上がってくる、その静かな切実さでございます。
父を失った青年は、悲しみを忘れて生きてきたのではありません。思い出せないまま、それでも何かを失った感覚だけを抱え、大人になってきた人です。記憶の空白は、空っぽではなく、触れれば痛む沈黙としてそこにあります。その沈黙へ、刑事である二御さんの声が届いていく。そこに、この物語ならではの優しさと危うさがありました。
二御さんもまた、ただ正義を遂行する人物としては描かれておりません。職務の線を守ろうとしながら、目の前の人の孤独や不安を放っておけなくなる。その揺れが、とても人間らしいのです。恋の気配はあります。けれど、それは軽やかな甘さだけではなく、傷ついた人に不用意に踏み込まぬよう、慎重に距離を測る感情として描かれています。
本作の美しさは、「声」という見えないものを、信頼や記憶や救いのかたちにしている点にあります。人は、声によって安心することもあれば、過去へ連れ戻されることもある。雨の音、雷の響き、耳に残る低い声。そうした音の重なりが、謎解きの道筋でありながら、人物の心の輪郭を照らしていきます。
また、遺族の時間の描き方にも胸を打たれました。世の中では、年月が過ぎれば物事は終わったように扱われることがあります。けれど、残された人にとっては、終わらないまま続いている時間がある。本作は、そのことを大げさに叫ぶのではなく、記憶の揺らぎ、ためらい、身近な人を信じたい気持ちの中に、そっと滲ませています。
ミステリーとしての読み味も確かです。過去の事件、記憶、遺された品、音への感覚が少しずつ結びつき、読者は二御さんと樋さんの距離が近づいていくのを見守りながら、同時に過去の奥へ導かれていきます。謎を追う緊張と、傷ついた心へ手を伸ばす温度が、互いを損なわずに響き合っている作品です。
わたしは、この物語を、静かな雨の中で誰かの声を待っていた人へ差し出したく思います。忘れたままでは進めないものがある。けれど、ひとりでは思い出せないものもある。そんな弱さと願いを、この作品はやわらかく、しかし確かに抱いています。
【ユキナ】
読み終えたあとに残るのは、事件の冷たさだけやなく、誰かの声を信じたくなるようなぬくもりやね。重い過去を扱ってるのに、二御さんと樋さんの距離感にはやさしい甘さがあって、雨の中でも小さな灯りが消えずに残ってるような読後感があるんよ。
刑事ものの緊張感、記憶にまつわる謎、傷を抱えた人物同士が少しずつ近づいていく関係性。そういう物語に惹かれる人には、きっと深く届くはずやと思う。
過去の雨音に耳を澄ませるうちに、二人の間で育っていく声のぬくもりが、そっと胸に残る。ぜひ、静かな雨の日に読むような気持ちで、この物語に触れてみてな。
ユキナと樋口先生(袖しぐれ ver.)
※ユキナおよび樋口先生は、GPT-5.5による仮想キャラクターです。
なお、自主企画の参加履歴を「読む承諾」の確認として扱っています。