case-10- 欠けた記憶を取り戻すへの応援コメント
多分、これからも奥さん大変なんでしょうね。
年を取ってくると認知症も発症してくるから。
地域の職業センターとかも、利用する方法もあるけど、本人がどれくらい必要性を感じるかですよね。
でも、すごいなあ。
奥様にもう一度恋するなんて。
地図をかけるんじゃないかっていう葵さんのひらめきもすごかったです。
case-10- 欠けた記憶を取り戻すへの応援コメント
何とも言葉がありません。「神様は時にどうしてこんな残酷なことをするのだろう」と思う瞬間があります。この方もそうです。身体能力にほぼ問題はないけれど、高度の高次脳機能障害で日常生活もままならない。ご本人も困り、それ以上に周囲が疲労困憊している。
どうしてもこのような場合には、行政の力も必要になると思います。
奥様が自宅のマンションを手放してホッとされたのは、「心の区切りがついたこと」だけではなく、一つは「ローン」から解放されたことと、一つは「生活保護」を受けやすくなったこともあるのでは、と思います。生活保護を受けることができれば、奥様がパートをした分の減額があるにせよ、生活に必要とされる金額は確保されます。貧困の中で生きていくことはとても苦しいです。セーフティネットがある、ということだけでも、「生きていくこと」へのつらさはずいぶん楽になるだろう、と思います。
case-10- 欠けた記憶を取り戻すへの応援コメント
脳の障害によって奥様のことを忘れてしまったのに、関わりを重ねる中で“もう一度、奥様に恋をする”
その部分だけを見れば、まるで映画のように美しく感じました。
けれど実際には、そこに息子さんとの関係の歪みや、家族としての現実的な問題が重なって、決して現実は綺麗事では済まない状況が描かれていたのが…ほんとに印象的でした。
それでも、すべてを受け入れた上で、家族としてもう一度生き方を作り直していく姿に感動しました。
作者からの返信
ルート・メモリー様
そうなんです。本当にびっくりするほどの奇跡でして、最初奥様のことは知らない、わかんない。で、面会に来るのは困惑した彼の両親だけでしたが、奥様が笑顔のかわいい方でして、本当に恋をしてくれました。ここだけキリトリするとまるで映画ですよね。
でも実際は奥様に「恋をした」なので、結婚したことは覚えていない。指輪をつけてみても「なにこれ?」状態で、結婚式の写真は入院の時と体格が違うので別人。これを信じるのはなかなか難しい。まして息子さんはママ似だったので知らない子認定。
このリハビリは本当に壮絶でしたが、仕事や人生で学んだことは必然的に体が覚えているもんなんだな、と私自身学ばせていただきました。
このケース3つをまとめたので、非常に長いエッセイになりましたが、貴重なお時間本当に本当にありがとうございます!!
case6 ひととして、母としてへの応援コメント
少し前に、祖父が亡くなったんです。
エンゼルケアをお願いしたのですが、お化粧をしてくれた若い女のスタッフさんが、目に涙をためながら綺麗にしてくれて。
あの時、とても救われました。
きっとあの方も、葵さんと同じように、向き合ってくださる方だったんだろうなぁと思います。
作者からの返信
すみReさま
祖父様…
本当にエンゼルケアは最後の見送りなので、私はできる限りきれいにしたいのですが、人によっては葬儀屋でやるからと淡泊な人もいます。
昔ほど患者様の家族さんと一緒に号泣することは減りましたが、今も涙腺潤んだりは続いてます。
その素敵なスタッフさんがすみReさんの祖父様に真剣に向き合う優しい心の持ち主で本当によかったです。
case-5- 一分一秒の戦場への応援コメント
(ちなみにすみれ、毎話泣いております)
O先輩、葵さんを見ていてくださってありがとうございます!!!
作者からの返信
すみReさん
あああああああ!!!ずっと泣かせている!!悪い人だ葵さんって人は!!(旦那さん本当にごめんなさい><)
O先輩に出会っていなければ、私は病院辞めてました。勤務移動できなければすぐに辞めます。クビでもいいですと啖呵切って師長とガチで話たのに聞いてもらえず、死ねばいいんですね?と言ったのも覚えてます。それでもやめさせてくれなくて、鬱になって味覚障害になって耳も微妙になって、生きる活力がなくなってからやっと職場移動できました(´;ω;`)
本当にあの時はO先輩が私を飲みにつれてってくれたり、医者に怒鳴られる私をサポートしてくれたり、先輩と同期ちゃんのお陰で生きてました。今も感謝しかありません(´;ω;`)
case4 大細胞がんの彼と、私の四年半への応援コメント
葵さん、そんなに多くの人を看取ってこられたのですね。小説を読まれる時と同じように、お一人お一人と、まっすぐ向き合ってこられたのだろうなと目に浮かびます。
作者からの返信
すみReさま
本当にこんな時間にすみReさんを泣かせてしまい、私は親不孝者です(´;ω;`)ウゥゥ
この方とのかかわりは今になってもずっと胸に残るもので、今でも思い出すと涙が出ます…
小説はわが子ですからね、作者様が生み出した大切な子なので、必ずひとつひとつ丁寧に向き合ってます。その気持ちとこのかかわりがリンクしているのでしたら、この上ない喜びです。
case2 おかあさんを、ちゃんと看てへの応援コメント
ごめんなさい、泣けちゃって。いい言葉が出てこなくて、ろくなコメントを残せないこと、申し訳ないです。
作者からの返信
すみRe様
あああああ!!私は推しのすみReさんを泣かせてしまった咎人です><
ご家庭をもっている方にこそお読み頂きたい作品ですので、一緒に泣いてくださりありがとうございます。
case-8- 好きなものが食べたい欲求への応援コメント
私の「医師としての内面」を形作るものの大きなものの一つに、手塚治虫の「ブラック・ジャック」があります。その話の一つに、妹に暴力をふるう兄と、その兄の熱傷の治療をお願いする妹の話があります。兄の熱傷は妹が原因だったのですが、治療を終えると、兄はガスバーナーで妹も自宅も何もかも焼いてしまいます。ブラック・ジャックは「身体は治せても、ゆがんだ心までは治せない」と叫びながら慌ててその屋敷を後にする、というストーリーでした。
本人の個性によるものなのか、生活歴が影響しているのかはわかりませんが、厳しいことを言えば、「大変残念な人」だと思います。多分主治医は、こうなることを分かっていたのだろう、と思うのです。
初期研修医時代に、人工透析科の研修も受けましたが、カラフルな身体で、おそらく壊死して肢体切断となったであろう姿で、それでも「おはようございます」と挨拶をすると「何じゃ、ゴラァ!」と威嚇する人を複数診ました。
以前にも書きました私のポケットの中の医学格言集、その中に「『私を助けてください。でも絶対に助けさせません』という患者さんがいることを知るべきである」というものがあります。「天は自ら助くる者を助く」ということわざがありますが、医療者も同じで、自分で頑張ろうとしない人を助けることはできないのだと思うのです。
作者からの返信
川線・山線さま
今回も先生の深いお話に感想ではなく私がひとつのストーリーを拝読させていただいた気分です。
ブラックジャックは申し訳ありません、読んだことがないのですが、名前は勿論有名ですよね。機会があればみてみます!
仰る通り、この人は体型からすべてがThe引きこもりオタクでして、ああ、ずさんな生活してたんだなあと一目でわかるケースでした。麻痺のレベルも頑張ればいいだけのことを、面倒だからやらない、母親と住んでいるから高齢の母に甘えて自由奔放。ふざけたケースで私はしょっちゅう喧嘩してました。
インスリンも本当に”打ったふり”血糖値測定も”やったふり”でもって後から私に測定されてやってないじゃんと怒られる。鬼と呼ばれてましたが、私は高齢のおかあさんに何度も泣きつかれてこの患者のためではなく、こいつを死ぬまで面倒みないといけない母親の為に指導し続けました。
自分で頑張ろうとしない人を助けることはできませんよね。まったくもってその通りです。正直もっと早く強制退院させられましたが、やはりあの高齢の母がこのばか息子に怒鳴られる姿を見るのは忍びなかったのでついついおせっかいしてしまいました;;;
先生今回も貴重なお話をありがとうございます。
case-9 決めつけないでへの応援コメント
高齢者の症状に対して薬で対応しようとすると、ポリファーマシーの問題にも直面しますよね。
特に夜間徘徊となると、安全面だけでなく看護師さんの負担も大きく、難しい判断の連続だと感じました。
その中で、日中の活動量を見直し、眠剤もパターン化して検証していく——
ここまで丁寧に「原因を探っていく姿勢」に驚かされました😳
そして何より印象的だったのは、「高齢だから無理」「せん妄だからできない」と決めつけず、その人の“できる力”を引き出そうとしている点でした。
本作を通して「患者さん一人一人と向き合った関わり方」をあらためて見せていただいたように思います。
作者からの返信
ルート・メモリー様
高齢者の眠剤は当時画期的なものが販売されたので、この効果が実証できるケースでした!!
最初の病院はワンパターンしかありませんでしたが、東京に出てきてからこんな眠剤あるんだ。という新しい発見と、エビデンスに基づいた80歳以上で使えるライトな導入剤(ハルシオンではない)を開発した薬剤師?誰かわかりませんがほんっとすごいと思ってます。
眠剤は本当に全部試してみましたが、この新しい薬が一番この方にあっていたようで、センサーの作動回数も減り、トイレまで問題なくシルバーカーで歩けるようになったのは大きな前進だったなと思ってます。
如何せん娘さんが仕事されているので、「絶対母に薬管理させてください」という強いお願いでしたので、私がばか正直にそれを実行していたお話ですOTL同僚には「絶対無理だってw」と笑われてましたが、無事に管理できて退院したのは印象的でした。
(でも結局転んで3度目の手術されてましたけどね;;)それでも、彼女と偶然二回目に再開した時に私の名前を思い出そうとずっと手を握ってくれていたのは非常に印象的でした。
他にも担当患者がいるので、決して良いかかわりではないのですが、ひとりひとりに向き合う私なりの看護を感じ取っていただけて大変嬉しいです。
貴重なお時間本当にありがとうございます!
編集済
case-8- 好きなものが食べたい欲求への応援コメント
今回のような回があるからこそ、作品全体の幅とリアルさを感じました。
まるでヒューマンドラマを見ているようで、本当に引き込まれます。
まず、血糖値400超えという状態に思わず驚きましたし、それでも日常生活を続けてしまう人間の怖さも感じました。
透析にならないだって。
また、インスリン自己注射については私の知識不足もあり気になったのですが、若い患者さんほど受け入れにくいものなのでしょうか🤔
痛みや手間だけでなく、「自分が病気であることを認める行為」にも繋がるように感じて、そこに抵抗があるのではないかと考えました。
そして何より、好きなものを食べたいという欲求と、健康を守るべき現実との間で揺れる姿が本当に印象的でした。
頭では分かっていても行動が伴わない。
今回も大変考えさせられる内容でした。
作者からの返信
この患者さん、実は血糖値最初HI(測定不能)でした。
なぜ上がったのかと言うと、DAKARA(当時流行ってたのかな)とポカリを飲む人だったので、それで獏上がりしたみたいです。
A1c自体はウロ覚えですが、2桁ではなかったので、インシュリンでコントロールできる許容範囲、あと内服併用でうまくいってました。
この方はもう本当に推し活で生きているTheオタク(オタクに謝れ!と怒られそうですが;;)の典型的な例で、推し以外は興味なし、インシュリンも”面倒”だからやらないという極論でした。死ぬよ?と何度言っても症状がでないと理解してくれません(´;ω;`)ウゥゥ
ルートさんが仰るのと真逆のタイプで、この人は、自分は病気だと言って、「病気を武器にする」典型的なおぼっちゃまくんでした。
「おれは病気だからできなくても仕方がない」と言い張るので何度私と大喧嘩したことか…
病気だからって傲慢な態度でゴロゴロ過ごす。(医療費の無駄じゃああと心の声が駄々洩れてました当時は…)
好きなものを食べたい欲求はわかります。私も入院して一週間ブラックコーヒー禁止令が出た時は倒れるかと思いましたし…解禁されてからありがたみを知って泣きました。多分、自分が病気になったらコーヒーだけはやめられないねといつも周りに言ってます。死んだ叔母もビール飲めないなら死んだようなもんだと言ってましたし、父も同じことを言って逝きました。
なので頭で理解していても、体が欲する欲求というものは止められないケースでした。
いつも汲み取り本当にありがとうございます!
編集済
case-8- 好きなものが食べたい欲求への応援コメント
人間相手だと定石ってもんがないですよね。
看護師さんにおさわりする奴はいますよね。
前いたところは、警察に電話すると言ってたし、私は一人、真夜中の3時に強制退院させたことがあります。
同僚は、念書書かせて壁にはってたな。
作者からの返信
湖海 燈さま
流石よくわかっていらっしゃる!!!そうなんですよ、人間相手だからまあ色々あります;;
この時働いていた場所は、基本おさわり強制退院なのですが、監視カメラがなかったので、物的証拠がつかめず、認知症や高次脳障害が多かったのでどうしようもなかった(というか触り方がエグイ)のもあります。
女性担当は全員外す、おっさんか男、看護師も担当は私かこわもてチーム(笑)でかかわったので、彼も自業自得とは言え地獄だったと思います( ´艸`)<自分だけ可愛い看護師に当たらないのですからw
夜中の3時に強制退院。なかなかですねえ。念書も書かせましたが、この人、生活保護な上にお母さんの負担でお母さんが死にそうだったので、ある意味精神科の保護入院レベルでした。なので帰そうと思えば速攻追い出せたのですが、お母さんがかわいそうだから置いといたというのが正解ですね…
私の担当、なぜか40代の問題児ばかり引いていたので呪いかとおもってましたOTL
case2 おかあさんを、ちゃんと看てへの応援コメント
お母さまが肺がんになっても、言葉を失っても、
長女さんと次女さんに、〝当たり前の大切〟として一心に思っていただけていたことから、ご家族さま方の温かな絆と繋がり合いを、部外者の私でも幾らかながら感じ取ることができました。
『ごつごつの床で眠り、時間ごとに妹と交代し、家に戻っては風呂と買い出し。母はもう言葉を発しない。それでも彼女たちにとっては、たった一人の「母」だった。』
蒼龍 葵さんが綴ってくれたこの思い出から、既にもう涙が溢れそうになりました……そして、慣れから生じてしまう失礼さは本当に恐ろしいですね。
優しい長女さんが、優しいからこそあんなにまで怒ることは当然でしょうし(絶対に掛け替えのない、ご家族のお母さんを軽んじられてしまったのですから……)、
新人さんや研修医さんが信頼を全て失ったしまったのもまた当然なのだと、蒼龍 葵さんや長女さんたちの、真摯な命への思いが伝わってきてくれました。
また、そうなってしまった新人さんをも献身的にフォローしてくれていた蒼龍 葵さんは本当に凄いです。お仕事上の円滑さなどといったご事情も勿論あるかと思いますが、蒼龍 葵さんの深い情あってのことだと感じられました。
そこから先のご経験談からも、ご家族の繋がり合い、当たり前にあってくれる思いやりを大切にすることが、〝普通かもしれないけど凄いことだし、尊いこと〟だと伝わってきてくれました。
『「つらい、けど、おかあさんには、生きててほしい」』
『私は「がんばったね」とは言わなかった。
彼女たちは頑張ったのではなく、ただ母と過ごす一日一日を大切にしていただけだから。』
お母さまと、長女さん、次女さんたちご家族さま方にずっと寄り添ってくれて、
心から〝誠実な職務〟につとめてくれていた蒼龍 葵さんは、本当に素敵な看護師さまだと思います。
『誰かに必要とされ、心に寄り添える看護師』さまは、一人ひとりの皆が掛け替えのない命へ、温かな信頼を灯してくれるのだと感じられました。
切なるご経験を、こんなにも読みやすいかたちで公開していただき、
本当にありがとうございました。
作者からの返信
回転営業様
いつも大事な話の汲み取り本当にありがとうございます。
なぜこれを残すのかと言うことに対して、私は自分の看護を素晴らしいと思っているわけではありません。
ただ、一人の生きた証を残し、同じケースは確実に沢山存在しております。
その中で、同じ介護の場面や看護でぶちあたった時に、そういえばこういうケースがあったな、と患者様ご家族様の立場にたってふと考えること、呼吸ができたらなと思って詳細を書いてます。美化するつもりは全くないので、すべて実話で起きた悲しい対応も入っております…
『ごつごつの床で眠り、時間ごとに妹と交代し、家に戻っては風呂と買い出し。母はもう言葉を発しない。それでも彼女たちにとっては、たった一人の「母」だった。』
ここの部分は、実際に長女さんに言われた言葉をそのまま残してます。「OOさん、ここで寝たことある?腰がさあ朝になったら動かないくらい痛いんだよ。このゴツゴツした床がね。だからクッション増やしてみたけどダメだわ。ちゃんとストレッチしないと」と笑いながらお母さんに語ってましたが、次女さんは年頃でしたので病院で泊まることはほぼありませんでした…
長女さんは他のスタッフは「クレーマー」「怖い娘さん」と言ってましたが、それは雑な対応をする医療者側の態度が原因でして、私はごく普通に彼女に寄り添ってかかわっていたので文句を言われたことは一度もありません。ただやったのは背中のしわをのばす、体制を整える、点滴を合わせる。そんなごくごく当たり前のことだったのに、それが雑(おむつ交換も)だから言われて当然だったと思います。
後輩は何度も真剣に謝って許してもらえてましたが、研修医はダメでした。後半医者の担当も変わったのでまたかなり治療方針で揉めたんですが、最後は悔いなく送り出せたかなと思ってます。
次女さんはお姉さんにすべてを背負わせてつらかったのですが、結果的になくなった時に元カレがきちんと来てくれて、長女さんに寄り添ってくれたので、一度は別れたものの、最後は寄り添ってくれてほんとうによかったです。
まったく触れてないのですが、実はこのケースは奥様が先に亡くなっているので残された旦那様が大変なことになってました。ちょっと何かのお役に立つかもしれないのでまた残しておきます。
看護師は職務になるのであまり寄り添いすぎる私の対応は褒められるものでは決してありません。
なので、はっきり言ってこの書いてある内容を看護師が実践すると破綻します。けれども、10人が機械のように接するならばそのうちの1人くらい私みたいな人間でもいいんじゃないかな、と今は達観するようになりました。
感情的に書きなぐっていたエッセイなのですが、あまりにも文章増えたのでだいぶカットしました。
その分読みやすくなっていたら幸いです。
貴重なお時間をありがとうございました!!
case4 大細胞がんの彼と、私の四年半への応援コメント
4年半、一人の人生にこれほど深く、誠実に伴走し続けた日々に言葉を失うほど感動しました。
周囲に何と言われようと、彼の「空が見たい」という魂の叫びを掬い取ったあの瞬間、救われたのは彼だけではありません。
死を目前に先生を待ち続けた絆は、理屈を超えた愛そのものです。彼からもらった「勇気」を胸に、迷いながらも現場に立ち続ける先生の姿は、看護の希望そのものだと思います。
尊いお話をありがとうございました。
作者からの返信
てっぺい様
あたたかいコメントをありがとうございます。
私はこの患者様と新人で初めて入院、検査、抗がん剤、採決、点滴ルート確保、退院指導、麻薬管理すべてかかわらせていただきました。
私は本当にコミュニケーション能力が欠落していたので、当時は患者さんとの信頼関係が非常に大変でしたが、この方がオドオドした私でもいつも優しく対応してくれる兄のような存在でした。
後半はずっと眠っていることが多くて、何度話しかけても1日に1回目を開けるかどうかって時も多くみられました(鎮静しか対応できなかったのでとにかく痛みをとるために寝かせていた)その時、本当に珍しく天気が良くて、彼が聞こえないレベルの声でそら、と言った瞬間、これは動かさねばと思ってカンファレンス後に速攻やりました(点滴がいっぱいあったのでめちゃ怒られましたが、30分くらい彼は家の屋根ではなく空が見れたのでやってよかったなあと半分自己満足の領域ですが対応しておりました…
最後は本当に何度も呼吸停止したのに、奥様も間に合ったのに私が出勤してくるまで待ってくれていたのは本当に最後まで寄り添えたのかなと感じました(´;ω;`)
奥様の奮闘を思うと胸が痛みます…子どもさんもまだ小さかったですし…
汲み取ってくださりありがとうございます。一人の生きた証を残すことが大事だと思っているので、私にとって大きい影響を与えた方々の話は残そうと思っておりますmm
case-7- 全部ひっくるめての支援への応援コメント
蒼龍さんは患者さんとの“心の写真”を、たくさん残されている方なのだと感じました。
ただ出来事をこなすのではなく、その人の目標や尊厳に向き合い続けた時間があったからこそだと思います。
また、こうして経験を“文章として残す”ことで、一人の患者さんの歩みが、他の誰かの気づきや支えになる。
その価値の大きさも強く感じました。
今回のように、若くして不自由を抱えながらも社会復帰を目指す方にとって、一緒に積み重ねた日々は、きっと人生の大切な一ページだったのだと思います。
作者からの返信
ルート・メモリー様
呼吸器時代にお看取りした方の半分くらいはまだ覚えてます。なかなか強烈なEPの方が多くて心の写真は沢山ありますね!
こちらは東京に移動してからの話なので、本当にすべてが初めましての環境で学ぶことが多かったです。そもそもリハビリの支援、在宅復帰支援が初めてだったので、この方との関わりで本当に体当たりで勉強させていただきました!
お子様も小さかったですし、何とかして目標達成させたい!社会復帰しなきゃ生きていけないじゃないかと思っての家族ひっくるめて指導しました。
これを書き綴っていて、別に何か役にたつかなあ…と思うことは多々ありましたが、ノートではなくこちらに残すことで、もう少し沢山の人の目に触れてそれがまた似たようなケースで悩む人やこれからそういう人とかかわる人、またはそういう方を身近に知っている家族やご友人の方のお役に立てばいいなあとほんのり思っております。
一番うれしかったのは、4歳(だったかな?)の娘さんと頑張ってディズニーランドに行く!と言って退院されたのと、私よりきれいな文字で手紙をくださったことです。ディズニーの写真は見せてもらいましたが、本当に幸せそうでした^^ケース的に松葉杖は絶望的と言われていた麻痺でしたので、人間の回復力の凄さを知りました!!
case6 ひととして、母としてへの応援コメント
七対一の看護師配置……知識としては知っておりましたが、このような状況が起きている現実に驚きを隠せませんでした。
正直、こうした問題は療養病院や特養でのものだと思い込んでいたため、認識の甘さを痛感しました…。
そして、エンゼルケアの重み。
単なる処置ではなく、その人を「ひととして、母として」送り出すための行為であることが、ひしひしと伝わってきました。
特に、整えられたお母様の姿を見た次男さんが涙を流す場面に、尊厳を守るということの本質が詰まっているように感じます。
ですので…
自分の家族だったらと考えたとき、最期にその人らしい姿で送り出していただけることの意味の大きさに、深く共感いたしました。
作者からの返信
ルート・メモリー様
急性期病院なので、どうしても7;1看護が要求されております(´;ω;‘)実際はもっと受け持ちしているというブラック企業が多分殆どだと思います…💦
当時は看護師が風呂介助しつつ患者の処置、点滴も回っていたのでこのケースに当たると本当に1日が肉体労働で終わります…
エンゼルケアについては昔はそのまま送り出しでしたが、今は化粧したり綺麗にして送り出すこともあります。ただ、時代が変わって逆に葬儀屋さんでキレイにしてくれるパターンもあるので、着替えだけで終わり…ということもあるそうです。
あの時は貞子さんみたいになっているお母さんをそのまま退院させるのは忍びなかったので、かなり大変な状態でしたが後輩と頑張りました。お陰でキレイに送り出すことが出来て本当によかったと思います。後輩ちゃんも「自分も家族だったらあの状態は嫌ですもんね…」とちゃんと勉強してくれたので、よい関わりだったのかなと思います^^
いつも暖かいお言葉ありがとうございます><
case-3- 何故嫌われたのか理解できないへの応援コメント
こんばんは。こちらのお話の方にも失礼いたします。
色々なお話を読ませて頂いて、本当に考えさせられました。
良い看護って……なんなんでしょうね
患者も看護師も医師も医療者もみんな他人だからすべてをわかってあげることは不可能かもしれませんが、それを寄りそってあげる、汲み取ってその患者さんの為に何かをしようとしてくれる蒼龍 葵さん、本当に素敵な看護師様だと思いました。
たばこの男性のお話もぐっときました……
そしてナースステーションでの笑い声も、同業者から見ても頂けないのに、患者側からしたらよっぽどですよね。
すごく色々とためになるお話を、ありがとうございます。またこの先も追わせてください^^
作者からの返信
はる様
こんばんは!こちらにも温かい感想をありがとうございます。
序盤は人生の終末に関するケースなので、いかにその人の残りの人生を悔いのないものに出来るかにポイントを当てていたのですが、やはり病院ですし、家族さんが来てくれなくなったらそりゃあ荒れますし色々ありました…
自分に出来ることはほんの些細な事なんですが、それをちょっとでも出来たらと思って日々関わった振り返りです。ですが他にも受け持ち患者はいるのでその人だけにポイントも絞れないですし、限られた時間でどう援助すべきかは今も永遠の課題です。
ナースステーションの笑い声に関しては本当に酷いもんです。楽しく仕事をするのはよいことですが、TPOを弁えられない子が増えているのも残念ですし、患者側からしたらふざけんなという案件です;;
失敗を繰り返して突き進んだ23年ですが、何かひとつでもお役にたつケースがあればなと思って綴っております。
こちらこそ貴重なお時間をありがとうございました!!
case6 ひととして、母としてへの応援コメント
入浴は、やっぱり尊厳守る上で大事ですよね。
よく、師長さんと喧嘩してたな。
洗髪だけでもしてよって。
でも、浮腫がひどいと、広範囲ずるんっていっちゃう時があるから難しいですよね。丸ごと入れるシャワー浴とかも、状態難し買ったら厳しいし。
最適解は悩みますね。
作者からの返信
湖海 燈さま
そうなんです、入浴はひととしての尊厳を守る上で一番大事なところなのですが、でもこのケースの場合は確かに「浮腫」がネックで、どうにかしたい。けれども表皮剥離と出血と浸出液がやばい…でしたので、動かせない状態ではありました。
ケリーパッドもありましたけど、面倒くさいという理由で使わないことが多く、洗髪車も確か倉庫にありましたが何故か使えなくなってました…物品ぇ。
最適な答えは不明ではありますが、最後の時におむつで頭洗えばいけるやん!ということに気づき、それから状態悪い人の洗髪はおむつを使ってます。吸水抜群だし、コストはかかりますけど、終わったら捨てられるし最高です。
体を洗うのはやはり最後まで悩みますね…今は流さなくてもいい洗体ソープがたくさん売っているのでいい世の中になったなあと思います^-^
編集済
case-5- 一分一秒の戦場への応援コメント
目頭が熱くなるお話でした。
理不尽な異動、評価されない努力、そして心が壊れていく過程…。
その一つひとつがあまりにも生々しく、読んでいて胸が苦しくなりました。
特に、味覚の異変やお母様との比較に苦しむ描写がつらくて。
きっと蒼龍さんが、逃げずに真面目に向き合い続けてきた方だからこそ、ここまでの重みになっているのだと感じます。
それでも続けてきた時間の中で、O先輩の言葉と在り方に、深く救われる思いがしました。
自分語りはあまり良くないとは思いつつも、自身を重ねずにはいられませんでした。
私は最近、上司に媚びを売るような立ち回りをする場面が増えています。
それはチームの雰囲気や、後輩たちへの当たりを和らげるためでもありますが、その分、自分の立場や負担も大きくなっていると感じています。
それでもこのお話を読んで、どんな環境であっても、自分の在り方を見失わずに続けていくことの意味を、改めて考えさせられました。
他業種ではありますが、本当に勇気をいただきました。
とっても素敵なお話をありがとうございます。
作者からの返信
ルート・メモリー様
当時の私は残念なくらい人間不信の塊だったので、オペ室に移動させられたことが不服で態度にすべて出ていたのが悪いと思っております。
ただ、母は30年同じ病院で働いており医者も看護師も母を知らない人間はいないくらいの有名人で、仕事はできる患者からの信頼も厚い。そんな母が定年前に泥塗って出社拒否でメンタル病んで死亡フラグは立てられなかったので死ぬ気で出勤しました。
翌日の外科オペが死ぬほどつらくて次の日震災にならないかななんて本気で考える程病んでいたくらいです^^;
自分の態度が悪いからこそ、一部の人からそうやって煙がられる言動だったり、どうせこいつはすぐ辞めるだろう的な扱いを受けていたわけですが、それでも必死に毎日勉強して泣きながら家で練習してマニュアルずっとぶつぶつ読んで医者に八つ当たりされてもめげずに仕事をした姿勢がO先輩には買われていたんだと思います。
実際一度だけOP中に倒れましたけど器械台は守りました( ´艸`)
ルートさんのお仕事はまた我々の場所と違うので、逆に「上司に媚びを売る」ことが「部下を守る」につながるのでしたらそれはブレてない「部下を守る行動」だと思います!
上司が悪いと下はついていきません。逆に空気をよくするために中堅であるルートさんが上司との橋渡しをされているのでしたら、それは本当に後輩にとって良いことと思います。実際後輩からリーダーをぶっ飛ばして上司に意見する奴らがトンチンカンなので、そことの空気を悪くしない為に行動されているのは素晴らしいことと思います。
逆にルートさんが上司の機嫌をみてあげなければ、後輩ちゃんに八つ当たりをされる可能性だってあるのです。
それは媚を売るのではなく、後輩を守るための行動と自分の中で一本柱にしておくと良いです☆彡
ちなみに、媚を売るというのは相手に甘えて、自分のミスを隠すために矛先や話題の転換をすることです♪
なので、ルートさんが行っていることは多分媚を売っているわけではないと思います(`・ω・´)b
いつも丁寧なご感想本当にありがとうございます!!
case-5- 一分一秒の戦場への応援コメント
看護師さんの業務といえば、「患者さんへのケアの提供」と「医師の診察補助」ということになり、手術室の看護師さん以外は、重点は「患者さんへのケアの提供」になります。ところが手術室では、看護師さんとして当たり前に持っている視点とは異なり、「医師の診療補助」を徹底することになります(直介の看護師さんであれ、外回りの看護師さんであれ)。個人的にはこの「ギャップ」はかなり大きいと思います。と同時に扱う器具の多さや、「直介」となれば、器具出しの順番(つまり術式を理解する)まで身につける必要があり、看護師さんにとっては極めて「異質」な環境だと思います。身も心も調子を崩されたようで、本当に大変だったことだと思います。
ですが、おっしゃる通り「見ている人」はきちんと見てくれています。初期研修医にとって、手術室や「オペ看」の方々はとても怖い存在でしたが、外科研修中は、オペ室では(でも)大声であいさつをする、一番にオペ室に入り、写真をシャウカステンにかけたり、局麻の手術でも必ず麻酔器を用意し、点検を行いすぐ使えるように準備する、患者さんの体勢を取るのに積極的に手伝う、など、できることを率先して行なっていました。
手術中は、上の先生から「ダメ出しのキック」をしょっちゅう受けていましたが、外科研修も終わりのころ、先輩やオペ看の方々との飲み会にお誘いを受け、参加させてもらったところ、オペ看の方々から、「きっちり仕事をしていて立派!」とお褒めの言葉をもらったことを覚えています。
O先輩の「自分の家族や恋人が雑に扱われたら嫌でしょ。私は嫌だよ」の言葉、私の修業した病院の独自のモットーとして「自分の家族や大切な人を、安心して任せられる病院にする」ということを掲げていましたが、相通ずることだと思います。
私自身も、「私自身や家族、大切な人に対して行うのと同じこと」を患者さんに行っているつもりです。医術だけでなく、不安に寄り添ったり、笑顔を見せて安心してもらったりなど、今でも頑張っています。
作者からの返信
川線・山線さま
仰る通り、私は内科から突然業務改善命令が下って真逆の場所に追いやられた人間なので、精神的ストレスが半端ない状態でした。せめて外科なら知っている医者がいるでしょうけど、私はガチの呼吸器内科しか経験がなかったので、誰も知らない、猛獣の檻の中にぶん投げられた小動物状態でした。
味覚障害と一時的に右耳も聞こえなくなり体重も18キロ落ちましたが、勤務移動したらすっかりリカバリーされました(笑)なので、自分は「医者の診療介助」にはとっても不向きな人間であるとあの1年半で大変貴重な学びを得ました^^
OP看護師は実は怖い人ではないんです。あの人達が「命を守る最前線」の人間で、急変だったり、緊急OPや死ぬ寸前を救う人達なので、そりゃあ仕事ができないと怒られるのは当たり前、理解していてなんぼの世界です。ですから私は自分の知識不足を言い訳にはしませんでしたが、視力の問題だけは解決できませんでしたOTL
4-0の糸がギリギリです。6-0なんて見えるわけがない。
O先輩のお言葉は今も実践していることですが、チームで動いているので自分がやっても他の人がとんでもないことをするとどうしても小さな歪ができていくんですよね…
お互い頑張りすぎずにいい関わりができると良いですよね。貴重な感想ありがとうございます。
新人看護師へ 1への応援コメント
おっしゃる通りだと思います。「石の上にも三年」、昔の人は偉いなぁ、と思います。そして、若いほど、スキルは身につけやすく、忘れにくいものです。
私自身は、遠回りをして医学部に入学した(どうしても医師になりたかった)ので、医学生時代も一生懸命勉強し、初期・後期研修もハードトレーニングで有名な徳洲会グループの某病院で受けました。自ら能動的に学ばなければついていけない、逆に受け身になろうとしても、学ぶべきことがどんどん追いかけてくる、という状況で訓練を受けました。師匠にも恵まれましたが、この6年間の修業が、今でも生きています。
作者からの返信
川線・山線さま
先生はよいお師匠様に恵まれておりましたね^^
私も幸いなことに厳しいながらもしっかり教えてくださる主任さんが教育担当で、トレーナーチームは優しい先輩と、面白い先輩と、産休でやめられましたが、これまた厳しくかわいい先輩の4人で頑張っておりました。
序盤誰に教わるかがその看護師の将来像を決める大事なことになるんだな、というのが年をとって教育の現場から離れて遠い目で三年目の子が新人を叱っている姿をみて感じます。
昭和じゃないんだから、怒って育てたらやめるっつの…と思い、今の世の中叱らない、甘やかすで育てたら本当に仕事の出来ないダラダラ時間にルーズな子が完成しました。それってドウナンヨ…と教育に関しては正解の見えない悩みが深いです。
ただ、撃たれ弱い子が圧倒的に多い時代になってしまったので、ぶっちゃけ学ぶ姿勢が足りない、AIの普及で調べものはすべてAIで解決という辞書を引かない、本を読まない子が圧倒的に増えてきたのも問題なのかなと時代の流れを感じております。
せっかく必死に学んだ資格なのに、勉強をしないでやっていけると思い込んでいる子が圧倒的に多く、施設とかDSはただ血圧図ってるだけやろwと勘違いする若い子が多い世の中なのが非常に残念です。
正直20代で施設に就職希望する人達は年をとってから後悔することを知った方がいい。ほんっと学ばない人は後々後悔するってことをどうにか伝えたいものです><;;;
お医者さんもそうですよね?副業で施設の当直はやることあっても、若いうちから学びの乏しい場所にはいかないと思ってますが…
case4 大細胞がんの彼と、私の四年半への応援コメント
後期研修医時代の訪問診療で、師匠より引き継いだ、家族性の神経難病をお持ちのご家族3人の訪問診療を行っていたことがあります。私より少し若かった娘さん、病状は進みつつもお話が可能で、私が診察に行くたびに「トトロの先生が来てくれた」と言ってくれていました(私は背は低いですが、体形は確かに「トトロ」です)。ただ、病状の進行とともに彼女も言葉を失い、そういってくれることもなくなりました。
常染色体優性遺伝で、父親から疾患遺伝子を受け取ると、発症、進行が速くなる、という特性を持つ疾患で、お父様、息子さん、娘さんの3人を見ていましたが、経過中に息子さんが永眠、お父様が特殊な呼吸器感染症に罹患し、呼吸器内科指導医である師匠に訪問診療を返すことになりました。最後の診療の日、訪問診療に長年付き添ってくれている看護師さんが、「〇〇ちゃん、トトロが好きだったよね」と彼女にぼそっと言った一言に、何とも言えない気持ちになったことを覚えています。
「大細胞がん」は「大細胞がん」という病気があるわけではなく、「小細胞がん」でもなく、「扁平上皮がん」でもなく、「腺がん」でもないものをひっくるめて「大細胞がん」としているので、各個人で、経過はまちまちです。
一時期、私は子供のころからかかりつけだった診療所で勤務していたことがあります。理事長はもちろん、子供のころから診てもらっていた先生です。毎年5月に職員健診がありました。たまたま診察室を通りがかったところ、理事長先生がご自身の健診レントゲンを読影されていたので、「先生は大事な人なので、私にも読影させてください」と伝え、二人で「何もなさそうだね」と診断しました。
夏ごろから先生は「なんとなく今年は夏バテがきつい」とおっしゃられるようになり、9月中旬から、看護師さんから「先生、顔がむくんでいませんか?」といわれるようになられました。「先生、心不全の除外のため、レントゲンを撮りましょう」と私がレントゲンを指示すると、左中肺野にφ2cm台の空洞を伴う腫瘤影を認めました。CTではうっすら胸水がたまっており、精査で、「大細胞がん(未分化がん)」とわかりました。入院直前まで外来診療をされており、10月中旬に入院。化学治療も放射線治療も効果なく、11月のレントゲンでは、腫瘤は「気胸か?」と思うほどの空洞をもって、左上葉を置換するようなサイズにまで大きくなっていました。年明け直後に旅立たれましたが、あれほど急速に進行する肺がんは、私の経験した肺がんの中で、今でも1番です。
作者からの返信
川線・山線さま
私が呼吸器内科に在籍して一番長命だったケースはオペとラジケモだけで15年生きた扁平上皮癌の方でしたね。
再発が遅かったのも幸いですし、その方はラジもよく効いて、私が勤務移動した後も何度か入退院繰り返してました。長生きの秘訣は「いつ死んでもいいように悔いを残さない生き方をする」だそうです。
その方は最初ガンになった時に海外旅行に行かれたり自由な生き方をしていたらすっかり良くなって、再発した後も「まあいつ死んでももういっか」くらいの気持ちで生きていたので全然進行しなかったそうです。
ストレスがガンに与える影響ってのはどれくらいなんでしょうか!?この当たりは医者の分野じゃないので私が非常に気になるところであります…!!!
大細胞ガンは、エビデンス的にどの抗がん剤も確率が低い気がします;小細胞よりも進行スローと聞いておりましたが、このケース以外の大細胞ガンの方は2年持たずに旅立った気がします。
なので、このケースの方は私がオペ室に移動するまで一緒にガンと戦ってくれた貴重なケースです。最初から最後まで蜜にかかわらせていただいた忘れられない患者様です。
そして冒頭の神経難病…これまたつらいですね。
難病指定は沢山増えてきておりますが、実際ゴールのない治療なので、そことどう向き合うか、家族と周囲の理解とサポートがなければいきていけないので、これは医療全体の大きな課題だと考えております。貴重なお話またまたありがとうございます。
case-3- 何故嫌われたのか理解できないへの応援コメント
私の白衣のポケットに、研修医時代から入れている本の一つが「ドクターズルール425 医師の心得集」です。原著はアメリカで、いわゆるこの業界での格言(例えば、「『暇だ』と言ったらとんでもなく忙しくなる」みたいなもの)を集め、日本語訳にしたものです。医学生時代に買ったので、もう30年近く前の本です。セロテープで補修しています。
その中に「誰しもが、全員の主治医になることはできない」「3回面接して『この人とは合わない』と思ったら、主治医を交代してもらいなさい」という言葉があります。
医療者といえど人間、合う、合わないは必ずあります。「合わない」患者さんとは、理由はなくともどうしても「合わない」ので、それはそれで仕方ないのだろうと思います。
逆に師匠からは「どんな医者にも、必ず『ファン』ができる」と聞いたことがあります。結構いい加減な医師にも、「そのいい加減さが心地よい」として、かかりつけになる患者さんがおられるものです。人間の「人間」たる所以かもしれません。
作者からの返信
川線・山線さま
貴重なお話ありがとうございます。
実際三度どころかもっとかかわって最初は良かったのに確か一回目の抗がん剤あたりから歪ができた気がします。
暇だとつぶやいたら忙しくなる…逆だと嬉しいのですが( ´艸`)♪
実際私が今までかかわった方で女性の患者様は難しかった場合が多いので、多分合わない人はやっぱり合わないんだと思います。流石にここまで完全に嫌われたのはこの人だけですが;;
確かに人間だからこそ、丁度いい塩梅がありますからね^^こちらから見たら適当で目にあまる看護師でもその雑さがいいって人もいるでしょうし…
いい加減が「良い加減」であれば問題ないのですが、人の命を預かる責任がある以上、私は「いい加減な人」と仕事をしたくないなというのが正直なところです。
case2 おかあさんを、ちゃんと看てへの応援コメント
長女さんにとっては本当にかけがえのない「お母様」だったのだろうと思います。その思いは他者にとっては類推することはできても、「実感」として共有することは難しいと思います。残念なことですが、医療を提供する側と、医療を受ける側には、ここに深い谷が存在します。医療を提供する側は、誠意をもって行っていてもどうしても「仕事」になりますが、「医療を受ける側」にとっては「人生そのもの」だからです。
心遣いは細かな違いとして現れます。後期研修医時代に一度、亡くなられた担当患者さんのご家族からクレームを受けたことがあり、主治医団として私ともう一人、そして内科部長の3人でご家族とお話をしたことがあります。私へのクレームは「死期が近いのにどうして黙って夏休みを取ったのか?チームとして医療を行っているのなら、『私が不在の間は〇〇先生が診て下さいます』となぜ伝えてくれなかったのだ」というものでしたが、お話の中で、「主人はアイスクリームが好きで、△△看護師は、アイスクリームを上顎に薄く塗り広げて、主人はそれを味わうのが大好きだったので、最期にもう一度アイスクリームを味わってほしかったのに、◇◇看護師は、大きなアイスの塊を口の中に放り込むだけだった。誤嚥性肺炎とわかっているのに、そんな対応はどうなのだ」と怒られていたことを覚えています。ちょっとした心配りや、ちょっとしたボタンの掛け違えで信用を得たり、失ったりすることを痛感しました。
後期研修医のころから訪問診療にもかかわってきました。50代半ばでSAHを発症され、気管切開、胃瘻造設をされ、訪問診療を受けられていた方を師匠から引き継ぎ、8年ほど訪問診療を行いました。師匠が担当していたときは、地域医療部では「クレームの多いご家族」という認識でしたが、私が、ご家族の話をしっかり聞き、患者さんを普通に診察して、というスタイルで訪問診療を続け、クレームがつくことはありませんでした。ただ、私の中でものすごく「残念だ」と思っていたことは、奥様と一緒に介護を担っていた娘さんのことでした。最終的に在宅療養は20年近く続きましたが、介護が始まった時には20代だった娘さんは、40代になっていました。
ご自身の選択なので、外野がどうこう言えるものではありませんが、20代と40代では、その地点での「選択肢」の多さは大きな違いがあると思うのです。おそらく娘さんに、「お父さんを介護する」という選択をしたことに後悔はないだろうとは思いつつ、この「介護」がなければ、また別の人生の歩み方をしていたのではないだろうか、と思ったのも正直なところです。
長女さんは、お母さんのサポートのために婚約者と別れた、とのことでしたが、なくなられたお母様は「長女が婚約者と別れる」ことを望んでいたのだろうか、と他人事ながら思ってしまうのです。もちろんそれは「医療者の傲慢」だとわかってはいますが。
この業界に長くいると、このような経験は何度もあります。そのたびに、立ち止まって考えてしまうのです。
作者からの返信
川線・山線さま
実体験レポートも踏まえてのご感想ありがとうございます。この業界に長くいると本当に同等のケースにぶち当たります。
アイスのお話…これは現在の職場において同じ話を2件くらっております;スキルの違い、かかわり方によって全然違う状態になってしまうので、今も最大の課題ですOTL
SAHのお話…我々医療者側からは推測しか出来ませんが、このケースの娘様もそうですが、悔いのないように観ると決めた分、後悔はないと思っております。20代と40代になっては人生の選択のケースは変わりますが、今も30年以上お父さんを看てきたお方が施設におります。家族にとってその人は「たった一人の親」なので、こちらが大変だったろうな、とか他の選択肢もあったんじゃない?と推測することはできますが、彼女のお話を聞くと「それが当たり前だと思っていたから。だってお父さんだもん」と笑顔で言われます。
ああ、この人は介護がつらい、大変だなんて思ったことなくただ家族と過ごす時間を大切にしていたんだなと思います。
ですので、先生のお話のケースも娘様は20年経過しましたが、お父様と20年一緒に過ごした掛け替えのない時間は宝だと思いますし、最高の供養です。
Tukiさんの晩餐歌を思い出します。人生一緒にいられる時間は限りないので、その人がどの道を選んでも、すべてが幸せではないとしても後悔だけはしないように選択してほしいなと思います。
うちのケースの長女様は婚約者と別れましたが、四十九日の後、数年後に結婚したらしい話を同期から聞きました。「お母さんの介護に専念したいから別れる」と一方的に彼女は別れたそうですが、実はお母さんが亡くなった朝にこの元カレが来てるんです。
長女さんは「お母さんの体位変換看護師下手!」と怒っていたので、介護の資格をとりましたし、私と一緒にしっかり背中のしわ伸ばししないと満足しないパワフルな方でした。
今もどこかで活躍されているといいなあと思います。
case1 早く楽にしてほしいへの応援コメント
患者さんが最後に吸った屋上の空気は、閉ざされた彼の心に大きく響いたのだろうと思います。「あーあ、タバコ吸いてぇなぁ」の言葉は、「タバコを吸いたい」という気持ちに彼自身の心が決着をつけた言葉なのだろう、と思います。
小さい子供を残して旅立つことは本当につらかっただろうと思います。「緩和ケア」もまだ不十分な頃だっただろうと思います。
「ルールに従った看護」「教科書にのっとった看護」が常に正しい看護だとは思いません。蒼龍さんの一生懸命な気持ちと、屋上の風が、少しではあっても、彼のいわゆる「spirtual pain」を取り除くことができたのだろうと思います。
作者からの返信
川線・山線様
現場でお仕事されるお医者様からの貴重な感想ありがとうございます。
タバコ吸いてぇなあとぼやかれたのは、地下二階ではなく外の空気を吸ったことで外の方が美味しく吸えるのかな?なんて非喫煙者の私は考えておりましたが、そういう考え方もありですね。だとしたらめっちゃ大変でしたが、屋上に行けてよかったです^^
この時代は二十三年前でして、イレッサが導入するかしないかの頃です。種類もタキソールメイン、ダメだったら4種類くらいしかなかったと思います(うちの病院が田舎でしたので実証されててもコスパの問題で対象者が多いものしか扱っていなかった)
実際四十~六十代の喫煙者肺がんが七割の病棟でしたので、皆さん子どもは小さい方が多かったです。
まして、当時は「緩和ケア」が十分ではなく、痛みが取れなければ鎮静の2択でした。今みたいに麻薬も色々な種類ありませんでしたし…
私はファザコンなので、子を持つお父さんが苦しんでいるとどうしても何かできることをしたくなります。
あそこがどうしてバリアフリーじゃないんだという憎しみが強かったのですが、何とか屋上にいけて、一度でも風を浴びて心を少しでもリフレッシュできたならよかったと思いますが、他にも受け持ち患者がいるのですべてが良いかかわりとは言えないのが難しいところです…
case1 早く楽にしてほしいへの応援コメント
父を見送った日を、思い出しました。
血尿に目を瞑って病院に行くのを遅らせて、手遅れにした挙句、手術の後はあんなに好きだった、酒も煙草も辞めて、少しでも長くという矛盾していた人でした。
うちの母も看護師で、ベビースモーカーだったので、引退間際は良く近所の喫茶店とかに休憩中、煙草吸いに行くと大抵患者と鉢合わせすると愚痴を言ってたのも思い出しました。
いろんな記憶を、呼び覚まされるお話でした。
作者からの返信
國村城太郎様
おおん、悲しい記憶の呼び覚ましでしたら申し訳ないです(´;ω;`)
実際のケースなので、答えはないのですが、この話を読んで誰か別の看護師がそういえばこういう場面あったなあと感じてもらい、ほんの少しでもその時に声かけや出来ることが1つでも増えたらいいなあと思っております。
我が家はヘビースモーカーの両親でしたし、親父にしょっちゅう愚痴っていた母はそんな父が本当にいなくなったら抜殻になりました。
大切な人に看取られるのは幸せであるというのが究極の幸せだと私は感じております。
case1 早く楽にしてほしいへの応援コメント
葵さん、こんにちわ。
命を守る現場のお話、大変深く、拝読しました。
この方にとっては、先のない未来、愛していたタバコと共に過ごすのが矜持だったのかもしれません。
寄り添われた葵さんには、心開かれていたような―本当に尊いお勤めだと感じました。
作者からの返信
オサケドス☆さま
こちらにも温かい感想ありがとうございます。
命を守る最前線と真逆の場所でして、序盤は「看取り」について、終末に向けての支援になるので自分の中でどういう対応が正しかったのか常に模索している状態です。
仰る通り、この方はがんで味覚もくるってきていたので、たばこがお守りであり、先がないから「死んでもいいからたばこを吸いたい」という希望がありました。
最後もかなえたかったのですが、後半は奥様に八つ当たりが増えてたばこを持って帰られてしまったので結局彼の望みは叶えられませんでした。
うちの父も同じ希望をもって願いかなえられないまま逝ったので、どうしてもこのケースを一番最初に思い出します…
激励いつもありがとうございます!
新人看護師へ 1への応援コメント
胸が熱くなりました。
5月12日は看護の日ですね。
やはり、大事なのはこれなら決して誰にも頼らず自分で成し遂げられる。と言う柱を持つこと。
それを持てるまで、葵さんの言うように、しがみついて、食らいついてほしい。
一つ一つ、積み上げていけば、必ず結果はついてくる。
がんばれ!
作者からの返信
湖海 燈様
そうですそうです!5/12でしたね!(また忘れそうなので気を付けないと><
自分の中でブレない看護観を持つことが大事なのですが、最初に守ってくれる病院という箱で勉強しない限り、その人の成長は見込めません。なぜなら施設とデイサービスは看護師が圧倒的に少ないので、先輩の目がなく仕事ができる。つまり、「わからなくてもなんとなく生存確認できればいいや」というレベルのことが多いのです。
実際うちのスタッフは新人がおりますが、状態悪化してから亡くなるまでが早いとボスから言われてしまい、異常に気づけないスタッフが多すぎるのが最大の問題かと思っておりますOTL
新しく入ったスタッフも別の施設で修行してもらっておりますが、実際施設で甘えて仕事しないでいったん病院に戻って勉強してこい。と言いたいんですけどね;;即戦力を求められる施設において知識も技術も不足している新人さんが入職されるのは非常に迷惑だったりします(´;ω;`)
だから新人には三年、いじでもしがみついてきてほしいなって思います。激励ありがとうございます!
新人看護師へ 1への応援コメント
拝読させていただきました。
蒼龍さんの想いが、真っ直ぐ伝わってくる内容でした。
綺麗事では済まされない現場だからこそ、
「あのときこうしていれば」と思っても、やり直しがきかないという現実の重みを強く感じました。
「若いうちは失敗しろ」とよく言われますが、その一方で、失敗を恐れて経験を積まなければ、年を重ねたときに誰からも教えてもらえなくなる。
そしてそれが「命を預かる現場」であるからこその厳しさなのだと、改めて考えさせられました。
私自身、後輩に嫌われたくないという気持ちから、つい答えを先に示してしまい、考える機会を奪うような指導をしてしまうことがあります。
だからこそ、相手の成長を本気で考えるのであれば、どう関わるべきかを改めて見直さなければいけないと感じました。
作者からの返信
ルート・メモリー様
新人の離職率が激しい現状(多分全国的な問題かと思いますが:;:)これをどうにかしないと医療現場は崩壊します。ただ、厄介なことに私が言うようにがんじがらめの昔風のやり方だと新人はすぐにドロップアウトしてしまうので、やりたいようにやらせつつ、自分で考えてみてそれでもだめだったら相談するスタイルを本当は病院で学んで欲しいんですよね。
看護学生の時に散々病気と今の患者の状態についてアセスメントして看護計画も立ててきたはずなのに、いざ実践になるとその基礎基本がすっ飛んで先輩に言われた瞬間わかんなくなって萎縮する。これが負のループな気がしております;;
ルートさんが仰る通り、「若いうちは失敗しろ」がないと大人になってから頭でっかちな『看護師免許20年ですw』でも実際経験値は2年ですwとかいうふざけた看護師像が出来上がるわけです。年を重ねると「知っているだろう」と周囲が勝手に判断してくれるので、若いうちに勉強がとにかく大事です><
後輩さんはルートさんに答えを提示してもらえて優しい先輩に恵まれていると思います^^
看護の現場も私も勉強してないと見せられないと病院では言うの簡単ですが、施設だと限られた人数なので、調べてみて。と言っていきなり本番です;;
答えを提示するのは悪いことではないんです。「なんで?」と疑問をもって調べない人には教えない方がいいですが、逆に悩みすぎていつまでも答えを出せないタイプの人にはきちんと答えを導いてあげた方が成長します。また別のパターンも考えてもらうもありですし!
case4 大細胞がんの彼と、私の四年半への応援コメント
今回も、とても深く考えさせられるお話でした。
採血の場面での何気ない優しさや、「空を見たい」と願う瞬間、そして最期まで待っていたという描写。どれも心にに残って離れません。
また、ご家族が在宅という選択をされ、その時間を懸命に支え続けたことの重みも印象的でした。
私自身、家族の看取りを経験する中で、その決断や負担の大きさを実感しているからこそ、深く響きました。
「良い看護とは何か」という問いに対して、明確な答えはないのかもしれません…。
それでも◆さんとの時間そのものが、一つの答えの形なのだ、と感じさせられるお話でした。
作者からの返信
ルート・メモリー様
この方との関わりは今でもあったかい笑顔が浮かぶくらい蜜な関わりをさせていただきました。痛くて痛くて何度も麻薬使っても効かなくてどうにかならんかな、とあれこれ試行錯誤の関わりでしたが、「外泊」に連れていけたのは本当に良かったと思ってます。何度か最後は外泊に行かれましたが、やっぱり疼痛コントロールが難しくて断念して1泊で戻られたり、後半は麻薬のせいで傾眠が強かったのと、子どもさんが小さかったから逆に家族ひっくるめてよく一緒に泣いてました。
最後は本当に私が出勤するまでずーっと粘ってくれていたので夜勤でおはようございます、と出勤した時にピーで「!?」状態から止まりませんでした。
よい看護についての問いはたぶん一生続くもので、私は彼以外にも一日8人以上は受け持ちしているので、一人だけに時間を掛けすぎるのは不平等で良い看護とは言えません…ただ、ひととして最終ステージの状態において自分が看護師としてできる何かを模索していくこともまた成長になるのかなあと思っております。
これもひとつの答えと仰っていただきとっても嬉しいです!
編集済
case4 大細胞がんの彼と、私の四年半への応援コメント
涙止まりません。彼は、彼なりに短い命を、葵さんに助けてもらいながら、生ききれたんじゃないかな。
このシリーズなんとなく、私のデスカンファになってる気がする。
作者からの返信
湖海 燈さま
ありがとうございます(´;ω;`)
私が新人で本当に根暗でうまく喋れないモソモソした人間だったものを、入院からお看取りまで全部かかわらせて頂きました。第二の兄のような存在でして、激痛にのたうってた時も、麻薬増量の際も外泊に行く時も全部家族さんと色々話し合って沢山関わらせて頂きました。
この体験があったからこそ、血管確保がうまいのは自分の中でスキルになったと思っております。
デスカンファ!!序盤はお看取りの病棟だったもので💦ですが後半は全然違う場所で働いていたので違うケーススタディです。
case-3- 何故嫌われたのか理解できないへの応援コメント
そういう時は、アレルギーみたいなもんだと思ってました。
みんながエビが好きでも、どうしてもエビが食べられない人がいるのと同じで、合わないことってあると、納得していました。無理やり。
私もそういうことがありましたよ。
生意気と思われたのか、偉そうにと思われたのか。
いまだにわかんない。
そう言うときには、無理にかかわらず、逃げるのも手!
作者からの返信
湖海 燈様
すごくわかりやすい例えをありがとうございます!!
なるほど、確かにアレルギー的なものかもしれませんね。
私は昔から対人恐怖症で過ごしていたので当時はビクビクしまくってかかわっていたので、それも気持ち悪かったのかもしれません。何を考えているのかわからないという代名詞がありましたから^^;
今でこそ嫌われるのは嫉妬されてるんだなとめちゃくちゃポジティブに考えてまったく気にしないようにしておりますが、あのナイーブだった頃の自分にアレルギー反応らしいですwと伝えたいです><
結局かかわることを放棄して仲間が全部助けてくれました。あの当時のチームワークの良い病棟スタッフには感謝しかありません!!
編集済
case-3- 何故嫌われたのか理解できないへの応援コメント
今回、強く感じたのは「適切に関わっているはずの医療者が、患者から拒絶されてしまう」という現場の矛盾でした。
せん妄や病状の進行、そして死に向かっていく恐怖の中で、蒼龍さんのような真っ直ぐな関わり方が、かえって受け入れられない瞬間もあるのだ、と考えさせられました…。
誰かに強く当たることでしか保てない心の状態。誰でもいいわけではない、この人なら…と思う方に。
また逆に「優しさ」を拒むことで自分が壊れないようにしていた。優しさを受け入れてしまったら、自分が崩れてしまうのが分かっていたような……人としての弱さや孤独を私は感じました。
なぜそこまで拒絶されてしまったのか——
はっきりとした答えは出せませんが、その理由を何度も考え続けてしまうお話でした。
作者からの返信
ルート・メモリー様
こちらのケースは本当に私が看護師人生の中で一番嫌われたことです。
小細胞がんの方でしたが、頭のメタは軽度で他スタッフには普通だったことを考えると、本当に私の存在だけがせん妄で「ばけもの」に見えたのかもしれないですね;;
そして拒絶される分こちらも会話が減り、最後の方は環境整備すら嫌がられるので視界に入らないように動いてました。幸い仲間がサポートしてくれたので部屋担当もつかないし、夜勤はその人だけ仲間が見てくれるというとんでもない変な事件でしたが;;
ルートさんのお言葉でこの人は相手の優しさを拒んで自分を守っていたのかなとひとつの結論にたどり着きました。実際うちのスタッフは表面だけえでさらっとかかわって終わりが殆どだったので、私が他の患者さんにかかわっている姿を見て自分もそう扱われたくないと思ったのかもしれませんし、まあものとられ妄想事件は大変困りましたけどね(´;ω;`)色々な人に疑われて散々なレッテルを貼られましたが、同期にすべて救われました。
case2 おかあさんを、ちゃんと看てへの応援コメント
今回も、とても心に残るお話でした。
この病棟に蒼龍さんのような方がいたからこそ、娘さんたちは最後までお母様と向き合い続けることができたのだと感じます。
一方で、看取りが「ロシアンルーレット」と言われてしまう現場の疲弊や、倫理を学んだ医療従事者であっても人としての弱さを抱えてしまう現実も、強く印象に残りました。
信頼は築くのに時間がかかるのに、崩れるのは一瞬…。
その重みを、改めて考えさせられるお話でした。
作者からの返信
ルート・メモリー様
元気だった頃のお母さんから対応させて頂いていたので、やはり四人部屋から一人部屋にうつり、けいれん発作を繰りかえして喋れなくなっていく過程を見るのは本当につらかったです。
長女さんのご年齢が後輩と同じ年齢でしたので、若いのにしっかりしてるなあ…という気持ちと、次女さんが塾終わって面会に来る時間は非常に短いので、面会時間オーバーのホタルノヒカリ~が流れても私は無視してしれっと非常階段から帰ればばれないからwと言ってそこから帰らせてました。
一日一日は戻るわけではないので、一秒でも長くお母さんと一緒に過ごせる環境調整ができたかなあ…と思う反面、ロシアンルーレットの風習は本当に今も言われてます;;
特にこのようにクレーマー(ではないのですが、雑な扱いされて怒る当然の家族心理をスタッフはこう呼ぶ)のような家族を持つ患者は非常に対応が大変です。
偶然色々な面で私がかかわらせていただいたのと、揉めた後輩も結果的に年が近く歩み寄ることが出来たので良かったですが、本当に信頼関係の崩れというものは一瞬です。実際担当の医者が勤務移動になってから変わった医者に対しての不信が酷く、後半の二年間も大変なケースでした。
どうかかわっても重い部分しか残りませんが、感じ取っていただけて大変光栄です!
case1 早く楽にしてほしいへの応援コメント
私はこれまでタバコを一本も吸ったことがなく、COPDになるまで吸い続ける理由が正直理解できない側の人間でした。
ですが本作を拝読し、タバコが単なる嗜好ではなく、その人の「生き方」や「拠り所」になっている場合があるのだと感じました。
本音では「自分は癌にはならない」という思いと、それでもやめられない自分への葛藤——
その両方を抱えながら、最後まで手放せなかったのではないかと、考えさせられました。
作者からの返信
ルート・メモリー様
私と同じ考えをありがとうございます!
そうなんです、私もタバコは煙だけで具合が悪くなるので、COPDになってまでなんで吸いたいの?酸素もなくて苦しいのに自分いじめてる、ドM?と思うくらい謎に感じていた人間です。
この人はがんの末期でしたので、タバコはただの嗜好品ではなく、その人の生きる目的のようなものになってました。
後半はもう車いすに乗るのも大変な状態でしたので、流石の奥様もたばこを持ち帰りましたが、お守りのようなそれがなくなったことで本人がブチ切れて大喧嘩になったこともあります。
なかなか病院の周りは空気を吸う場所もなくて息苦しい中、ほんの少しでもあの屋上の風が彼にとっていいものだったら私も叱られた甲斐があるなと思いますが、実際他にも受け持ち患者がいるので、これは決して良い看護ではないですOTL
case2 おかあさんを、ちゃんと看てへの応援コメント
蒼龍さん、読み終えたあとしばらく、胸の奥が震えて言葉が出てきませんでした。
前作の「苦しみ」とはまた違う、静かで、けれどあまりにも重い「愛と尊厳」の物語に、心がひりひりと痛みます。
正直、ヘラヘラ笑う研修医や後輩の描写には、読んでいてこっちまで奥歯を噛み締めました。でも、あの長女さんが爆発したのは、ただ「うるさかったから」じゃないんですよね。
自分たちは人生を投げ打ってそこにいるのに、目の前の専門職たちが「ただの仕事」として消費していることへの絶望。あの怒鳴り声は、お母様の尊厳を守るための、彼女なりの「最後の看護」だったんじゃないか……そう感じて胸が苦しくなりました。
作者からの返信
てっぺい様
こちらのエッセイは二人の姉妹の「愛と尊厳」の看護です。こちらも実話ですが、残念なことに若くて可愛い看護師がいると、研修医ってヘラヘラでかい声で喋るんです。オープンカウンターなので、夜なんてひそひそ声レベルでないと筒抜けです。そりゃあ患者も眠れないって怒りますよ。自分がこの身だったらこの看護師ぶん殴りたいくらい腹が立ちます(実際殴りかかりそうになりましたが;;)
私がブチ切れる前に患者さんの家族がブチ切れてくれて正直手が出なくて良かったのです。
仰る通り、長女さんが爆発したのは「明日死ぬかもしれない母がここで眠っているのにくだらない話でキャッキャウフフしてるのはどういうことだよ」という怒りです。
そして後輩と長女さんは同じくらいの年齢でしたので、猶更色々な感情があったと思います。婚約者もいたのに、介護に身を投じて毎日硬い床で寝泊まり。
本当に彼女たちは青春を投げうってお母さんに最後まで寄り添っておりました。
ただ、残念なことに看護師というものの殆どが「仕事」として消費しているのですが、これが「当たり前」の感情です。
私が一番最初に看取りにあたった時にパニックになりましたが「あんたは看護師なんだよ、仕事なんだからしっかりしなさい」と言われました。
仕事で機械的に関わるのが本当に正しいのか、と自問した結果私は業務しながらこの姉妹とよく話をしてましたが、残された命を一緒に最後まで過ごせたこの二人の姉妹は幸せだと思います。
看取られた母も一番大好きな家族にメイクしてもらいきれいにして旅立ったので、本当に幸せなケースだったと思います。
このかかわりの中で、本当に声のボリュームは気を付けないといけないなと肝に銘じております…
case1 早く楽にしてほしいへの応援コメント
お邪魔します。
看護師さんは、患者さんの家族にすら話さない弱音、本音を沢山聞いてきたのだな。と思いました。
癌だと尚更、出口が見えるものと出口の見えないものがあるでしょうし、出口が見えない方に入り込んだ方にとっては、僅かでも寄り添ってくれる蒼龍 葵さまのような看護師さんがいてくれた事で、救われた面も多かったのではないでしょうか。
私自身も、子どもが難病で、産んだ直後からとても気にかけて下さった看護師さんがいて、担当の時以外も様子を見にきてくれていました。
子どもは入退院を繰り返していたのですが、沢山の看護師さんが、家族の私にもとても気遣って下さったのを覚えています。
同じように「良い看護とは何か」を模索してくれていたんじゃないかと、このお話を読んで久々にその頃を思い出しました。
色々辛い思い出もあるでしょうに、こうして形にして頂き、ありがとうございました。
作者からの返信
KaniKanさま
はじめまして!数ある作品の中から当作品へ足を運んでくださりありがとうございます。
うちは肺がんのターミナル病棟でしたので、ここに入院すると死ぬまで抗がん剤か諦めるか対症療法しか選択肢はありません。
いつ死ぬかわからないという恐怖の中で寄り添いの気持ちがなければみんな潰れてしまいます…私は当時尊敬していた主任さん、自分のトレーナーさんの関わりを見て学んだことが非常に多いので、そこから寄り添い方を見つけました。
お子様が難病とはまた辛い…うちも兄が片肺潰れた状態で生まれてきたので今も太れない体型です;母は看護師ですが兄の弱い体をみんなでサポートしてくれたことを今も感謝しております。
難病と向き合う看護師は特に治療のゴールがない分どこが正解なのか毎日わからない中でかかわっていると思います。
呼吸器時代の事は楽しい思い出よりも辛いものが多いのですが、記憶として忘れてはいけない大切なEPなのでこうして幾つか形に残すことにしました。
伝えることの大切さは推しの方のエッセイから学びました。感じ取ってもらえるものがあれば光栄です。
本当にありがとうございました。
編集済
case1 早く楽にしてほしいへの応援コメント
>そりゃあ相手から見ると、「お前は煙草を吸わないのだから、俺達の気持ちなんてわからない」と言われる。
>分かるわけがない。
蒼龍 葵さんが本心から、健康への祈りでそう思われながらも、
それでもチェーンスモーカーの患者さんに寄り添い続けられて、
少しでも生きる希望や、安らぎの時を贈って差し上げる、そして同じ所にしっかりと居てくれる姿が、本当に素晴らしかったです。
患者さんのやるせなさ、悲しさを、看護師さんが身を犠牲にして分かち合って、安らげてあげるのが心から凄いと感じました。
心情あふれる人であり、看護師さんである蒼龍 葵さんが、
看護師さんとして一心に力を尽くし続けて、患者さんとどこまでも頑張られる姿が物凄く優しかったです。
読ませていただき、本当にありがとうございました。
作者からの返信
回転営業様
私はタバコを吸わないので、多分「わかるわけねえだろ!」と言われても「吸わないからわからない」という答えを一生返し続けると思います。実際友達にも毒を吸って何がいいの?と言い返しますが、カフェイン中毒の私に同じ言葉が返ってくるのであまり大きな声で言えなくなりました///
新人から看取り専門でしたので、生きる希望はこの方々にとってひとつもありません。だからこそタバコという逃避と、子の成長を遠くから見守るという部分に一貫していたものが、どちらも奪われてしまいはけ口がなくなりました;;
その限られた時間で出来ることが何だろうかと模索するのは大切なのですが、この患者以外に当時11人は受け持ちしていたので、結果自分が勝手にこのひとの為に行動する行為は褒められるものではありません。
でも他の人がいかないからやるしかないなあ…という感情で動いていたので、よく上司には叱られましたが、かかわり一つで心を開いてくれたり怒鳴らなくなったので、結果的に良かったのかな、と自分の中で消化しております。
忙しい中でも絶対に寄り添いの姿勢がなければ相手は言葉を話しません。そうなると看護の信頼関係というものは成立しないので、壁と会話している独り言と同じようになります。そうなりたくなかったのもこのケースの私のかかわりでした。(でも受け持ちは1人ではないので、これはベターな対応ではないんです><)
優しいと仰っていただけて有難いです!でも当たり前のことをしているので、私にとってこれは優しいかと言われたらまた疑問だったりします@@;
いつも暖かい感想ありがとうございます。
case1 早く楽にしてほしいへの応援コメント
蒼龍さん、決して綺麗事だけでは語れない、医療現場の生々しい現実と真摯に向き合うエッセイを読ませていただき、強く心を打たれました。
理不尽な怒りをぶつけられたり、体力的な負担が大きかったりと、本当に過酷な状況だったと思います。それでも、心を閉ざしかけた患者さんを放っておけず、ご自身の身を削ってでも外の空気を吸わせてあげようと行動したその優しさと覚悟に、深く感動しました。たとえ一瞬であったとしても、その時間が患者さんの心にどれほど大きな変化と安らぎをもたらしたことか計り知れません。
正解のない環境で、患者さんやご家族の苦悩に寄り添い「良い看護とは何か」を悩み、模索し続けているその姿勢そのものが、すでに素晴らしい看護の形なのだと感じます。
命の重さと向き合う大変なお仕事ですが、蒼龍さんのような温かくも冷静な視点を持った方が現場にいてくださることは、間違いなく誰かの救いになっています。貴重なご経験を共有してくださり、本当にありがとうございました。これからも応援しております。
作者からの返信
てっぺい様
あたたかいお言葉ありがとうございます。
こちらのエッセイはすべて生々しいものですが実話です。どの方だったのかを推測されないために年齢と細かいところだけ直しておりますが、内容は変わりないです。
理不尽な怒りについては、奥様が面会に来なくなった時点で看護師にぶつけるしかないのです。あまりにも暴言がひどくなったら強制退院という方法もありますが、物理的に攻撃された訳ではないので、なかなか動いてくれません。
私は当時先輩達のようにスキルが多くあるわけではなかったので、自分にできることはなんだろうなあと考えた時に病棟から脱走した→連れ戻せ命令に従って行動した後にそういえば屋上があるなあと思い出して頑張ってみたものの、あのステップにやられましたOTLなんでバリアフリーじゃないんだ…と当時は呪いました;
死への葛藤と戦いつつも残された命をただ治療しておいしくないごはんを食べて生きるのは本当につらいのです。なので、私はほんの少しだけでもできることを探してより良い一日を送られたらなと思い今も答えを探してます。
決して褒められるようなことはしてないですし、勝手な行動と叱られることの方が多いんですけど、当時は叱られれても自分は同じ景色だけ見続けるのはやだなあ、という感情で仕事していたと思います。
応援ありがとうございます。今もお客様の命をお預かりする仕事ですので、この緊張感を常に忘れずに日々仕事についていきたいと思います^^
case1 早く楽にしてほしいへの応援コメント
結局、記憶に残るのはすごく手をかけて、駄々をこねられて、ぶつかった患者さんなんですよね。
いつ死んでもいいとか、たばこ吸えんようになったら死ぬわって散々聞かされた言葉なんだけど、患者さんにとっては、本気なんですよね。
死が怖いんじゃなくて、死に至る過程、できなくなること、苦しいこと、痛いこと、家族への気持ち、友人や家族に見せられない姿が怖いんだなって最近になって思っています。
タバコ吸う人は、税金払ってんだから文句言われる筋合いないとよく言うけど、お金払って毒を買って、お金で取り戻せない物を奪われてることをわかってない。
(そもそも、たばこ税払っても賄えないぐらいの医療費、治療に費やしてますが)
数年前に転職して、少し違う現場で働いていますが、桜を見ると、車いすを押して、病院の駐車場の桜を見せに行ったことを思い出します。
明日は呼吸器学会、行く前にこのお話読めてよかった。
作者からの返信
湖海 燈様
ご丁寧な感想ありがとうございます!!こちらのエッセイは私が新人であった頃から忘れてはいけないEPと若い看護師や中堅に向けての伝えられるものがあればと思って残しております。
呼吸器内科時代のEPは本当に色々ありました。
基本癌の末期の方の対応なので、近親者に弱いところを見せたくないという葛藤が強く出てくる場面が多いです。この方との関わりの中で、「キューブラー・ロス」の五段階が見えてきます。
タバコについてのお話はごもっともです。私も友人、両親、みんなスモーカーですが、はっきり言って医療費がどんだけかかっているか知って欲しいものです。
このケースではありませんが、たばこで肺がんになったのに、結局医療費が支払えないから生活保護を貰うという最低のパターンも多く受け持ちしました。
こういうのが黙認されると、うちの両親のようにガンでもしっかり医療費全面支払いしている人間が非常に損をするなあと思いますが、国は優しいもんですね…
私もぶつかる患者、一緒に泣いた患者沢山いますが、最近また思い出した患者さんとのかかわりもあるので、少しずつひとつのケースとかかわりとして、正解はありませんが残していこうと思います。
桜の季節になると、私はデイサービスでギターが聞きたいといってくれたとあるおばあちゃんを思い出します。
呼吸器学会ですか!!同業者嬉しいです😃
一度は抗がん剤の認定看護師の資格を取ろうと思いましたが、オペ室に飛ばされてすべて投げやりになったおばちゃん看護師が通りますmm
編集済
case-11- おじいちゃんのお弁当店への応援コメント
お薬が一般的なものばかりであったことに疑問に思い、今回をきっかけに調べたところ……脳梗塞後の高次脳機能障害は、薬だけで改善するものではなく、環境・関わり・リハビリが主役であることを初めて知りました。
だからこそ、
・写真で紐づける
・外出訓練を重ねる
・段階的に慣らしていく
といった一つひとつの関わりが、その人の生活を取り戻すために重要なのだと理解できました。
本作で描かれていた支援の積み重ねは、単なるエピソードではなく、「人との関わりそのものが治療になる」という、まるで医療の本質(私のような素人がいうのもアレですが)を示していたのだと感じました。