第二十九話 保全退避系
次に掘る場所は、もうほとんど決まっていた。
ベース・ゼロ深部からは、白い箱と平板ケースを引いた。
そこから見えてきたのは、封鎖再編系と保全退避系という二本の権限線。
だが、それを“どの門系列へ適用するか”を決める識別には、まだ届かない。
つまり、今のこちらはこういう状態だ。
鍵はある。
照合点にも届いた。
補助権限も拾った。
けれど、何を相手に何をするのか、その最後の照合先が足りない。
なら、次に読むべきは管理局跡の“本流側”だ。
「管理局跡へもう一段入る」
中央ハブでそう言うと、ダルクが露骨に嫌そうな顔をした。
『“やっぱりそっちか……”』
「平板ケースだけじゃ足りない」
『“それは分かる”』
エルフィナはすでに、そのつもりだったらしい。
管理局跡の補助制御核から前回までに取った断片、白い箱の封鎖再編系記述、平板ケースの保全退避系補助表、それにアンカー本照合の返答を一つの画面にまとめている。
『“今の時点で、一番欲しいのは“対象門系列識別”です”』
「それが管理局跡の方にある可能性が高い」
『“はい。保全退避系の補助表を見る限り、“どの門列を生かし、どの門列を閉じるか”の基準は、現地保全箱ではなく管理局側に寄っています”』
ノアが補足する。
『つまり、ベース・ゼロ深部が“現地の判断権限”、管理局跡が“本流の参照権限”を持っている構造です』
なるほど。
かなり綺麗だ。
大戦末期の分散保全として考えれば、理にかなっている。
現地側だけで全部を決められない。
だが本流だけでも回らない。
両方が揃って初めて次へ進める。
「だから白い箱だけじゃ駄目だったわけか」
『その可能性が高いです、艦長』
リェンは外部監視を見ながら言った。
『“ただ、前より管理局跡へ行きにくくなってるのは確かよ”』
それも事実だ。
ヴァルガと新勢力の局地戦は、管理局跡寄りに偏ったまま続いている。
しかも最近は、ただ撃ち合っているだけじゃない。
互いに“何を取りに行くか”を探り始めている。
今までなら管理局跡は“価値が高そうな施設”だった。
今はそこから一段進んで、“何かの本流参照権限が眠っているかもしれない場所”に変わりつつある。
危険は増している。
でも行く価値も増している。
「だから今回は、取れたら帰るじゃない」
俺はそう言ってから、少し言葉を選び直した。
「いや、違うな。“参照できたらそれで十分”だ。物は狙わない」
ダルクがはっきり安堵した顔になった。
『“よし”』
ノアが即座に反応する。
『記録しました』
「最近ほんとにそれ好きだな」
『改善傾向は保存しておくべきです』
リェンが小さく吹き出した。
『“もうその扱いでいいと思う”』
◇
管理局跡へ向かう前に、ベース・ゼロ側の防衛姿勢も一段変えた。
理由は単純だ。
新勢力がベース・ゼロ近傍へ“直接来ないまま測る”動きを始めているからだ。
それは接近より厄介なこともある。
近づいてくるなら撃てる。
だが外からセンサーだけを伸ばされると、こちらの癖や反応時間を読まれやすい。
ノアがその傾向を図で示す。
『新勢力側の観測線は、ベース・ゼロを中心にした一定半径を保ちながら、時折細い偵察軸を差し込む動きへ変化しています』
「触手だな」
『その表現で概ね正しいです』
リェンが腕を組む。
『“中まで来る気はない。でも、どう反応するかを測ってる”』
「つまり、こっちが過敏に全部へ反応すると読まれる」
『“そういうこと”』
だから、防衛線の考え方も変えた。
これまでは“来たら止める”。
これからは“測らせるものと、測らせないものを分ける”。
「表層で少しだけ“古い拠点らしい反応”を見せる」
ダルクが怪訝な顔をする。
『“囮を置くのか?”』
「そうだ。全部を隠すんじゃなくて、“見られても困らない反応”を表層に集める」
水処理層の一部。
表層搬送ラインの最低限の電位。
使っていない旧式センサーの残骸信号。
そういう“廃拠点にしては生きてるが、核心ではない”反応を、意図的に外から読みやすくする。
一方で、深部前室、本保管区画、保守層、それに白い箱や三片がある中核部はさらに沈める。
見せる層と、見せない層。
拠点の中に偽の輪郭を一つ作るわけだ。
ミアが少し不安そうに言う。
『“騙しきれますか……?”』
「全部は無理だ。でも時間は稼げる」
『はい』
ノアが補足する。
『新勢力の観測は精度が高いですが、まだ内部構造までは掴めていません。今なら“中核反応源は表層寄り”という誤認を誘える可能性があります』
それで十分だ。
数時間でも、数日でも、誤認の方向を一つずらせれば勝率は変わる。
◇
ヴァルハラ・コアで管理局跡へ向かう時、外の戦況はまた少し変わっていた。
ヴァルガは焦っている。
新勢力は押し気味だが、決めきれない。
ラグランジュ・リンクスは外で見ている。
そしてその全部が、少しずつ“何か別のもの”へ気づき始めている。
『ラグランジュ・リンクスから短文です』
ノアが告げる。
『“内縁での反応層が二重化しつつある。新勢力は表層反応と深部反応を分けて見始めた可能性あり”』
「早いな」
『ええ。新勢力は雑ではありません』
リェンが苦い声を出す。
『“完全には騙せないか”』
「でも、“どっちが本体か”ではまだ迷わせられる」
『“それで十分、って言うんでしょ”』
「その通り」
今回の管理局跡進入は、これまでで一番地味なルートを取った。
既知の接続港へそのまま入らない。
一度大きく外周を回り、壊れた観測アレイの影を使って斜め下から接近する。
敵観測線の“管理局跡を見る角度”から、少しだけ外れる。
派手さはない。
でも今欲しいのは勝利じゃなく、数分の透明化だ。
『接続港影、確保』
ノアの声に、俺は短く息を吐いた。
「よし」
◇
補助制御核の部屋は、前より少しだけ“起きやすく”なっていた。
こちらが何度も正しい手順で触ったせいか、あるいはアンカーとの照合が返ってきたせいか。
死んだ施設ではなく、“眠りの浅い施設”に近づいている感じがする。
それは助かる。
同時に、少し怖い。
『継続権限照会開始』
ノアが低く告げる。
補助制御核の円柱表面に光が走る。
前より速い。
『応答確認。限定参照可能状態』
エルフィナが中央ハブから指示を飛ばす。
『“今回は対象門系列識別と、保全退避系の本流参照を優先します。封鎖再編系には深く触れません”』
「了解」
『“理由は、封鎖再編系は応答が強すぎると危険だからです。今は“何をどう閉じるか”ではなく、“第三群がどの門列を相手にしているか”だけ欲しい”』
理にかなっている。
今は武器の使い方を知る前に、相手を知らなきゃいけない。
問いを投げる。
“第三群照合済。対象門系列識別を問う”
返答まで少し間があく。
その間に、円柱周辺の死んでいたコンソールのうち二つが起動した。
前より、明らかに深い。
『応答あり』
エルフィナが文字列を追う。
『“第三群対応門列……第三外縁系……”』
「第三外縁系?」
『“はい。少なくとも地理的にはこの星系周辺の外縁門列を担当する群です”』
それだけでもかなり大きい。
この星系に鍵束群と管理局跡とアンカーが集まっていた理由の一つになる。
だが、本命はその先だ。
『“対象門列識別……欠損多……”』
「まだ足りないか」
『“でも続きます”』
エルフィナの声が少し強くなる。
『“第三外縁系、閉域保全列一、退避候補列二、封鎖再編対象列一……”』
ホログラム上に、抽象的な構造図が浮かぶ。
四本の門列。
そのうち一本が“閉域保全”。
二本が“退避候補”。
一本が“封鎖再編対象”。
つまり第三群は、この星系近傍の四つの門列を相手にしていた可能性がある。
「四つもあるのか」
ダルクが通信越しに呻いた。
『“多いな……”』
「でも候補が見えた」
『その通りです』
ノアが整理する。
『第三群は単一門の鍵ではなく、第三外縁系複数門列の戦後処理権限群である可能性が高まりました』
つまり、“何か一つを開く鍵”ではない。
複数の接続先を、残すか閉じるか、逃がすか封じるかを選ぶ権限群だ。
スケールがでかい。
そして面倒だ。
「保全退避系の本流参照は」
エルフィナが次の断片を追う。
『“保全退避系本流参照……補助管理局未接続……上位列識別子欠損……”』
「駄目か」
『“いえ、半分です。完全な台帳はない。でも“どこを見るべきか”は出ています”』
そこに表示されたのは、管理局跡の内部図ではない。
もっと抽象的な、系統接続の枝図だ。
補助制御核からさらに奥。
今まで“死んだ壁”だと思っていた側へ、うっすらと線が伸びている。
「……奥にまだあるな」
『その可能性が高いです、艦長』
エルフィナがはっきり言った。
『“補助制御核のさらに内側。上位参照に繋がる封鎖区画が、管理局跡内部に残っている可能性があります”』
つまり、管理局跡はまだ終わっていない。
むしろ今まで触っていたのは前座に近かったかもしれない。
「そこに保全退避系の本流参照がある?」
『“あるか、少なくとも繋がる識別がある可能性が高いです”』
リェンが低く笑う。
『“また掘る場所が増えたわね”』
「増えたな」
でも悪くない。
管理局跡の奥に、上位参照へ繋がる封鎖区画。
ベース・ゼロ深部には現地権限系。
アンカーは照合点。
構造がどんどん立体になる。
◇
その時、ノアが外部警告を上げた。
『新勢力側の小型偵察軸、ベース・ゼロ近傍へ再侵入』
「今度は何を測ってる」
『反応速度です。表層の疑似中核反応へ短い探査を当て、こちらの応答を見ています』
リェンがすぐに理解した。
『“こっちがどこを守るかを測ってる”』
「そうだ」
表層へ探査を当てて、こちらが大げさに反応すれば、“そこが大事なんだな”と思わせられる。
逆に無視しすぎても、“もっと深いところに本命がある”と読まれる。
嫌らしいが、上手い。
「ノア、表層側の偽中核反応だけ少し守れ」
『了解。ドローン一機と表層センサーを反応させます。深部は沈黙維持』
つまり、答えはこうだ。
“表層もそれなりに大事だが、全部ではない”。
完全な嘘ではない。
だから騙しやすい。
ラグランジュ・リンクスからも、その動きを見たらしい通信が入る。
『“新勢力、ベース・ゼロ近傍で反応選別を開始。これは単純侵攻前ではなく、内部構造推定の前兆と見られる”』
ダルクが顔をしかめる。
『“いよいよ“測ってから取る”段階だな”』
「そうだな」
つまり時間が減っている。
だから、今日の成果を急いで持ち帰る意味はある。
「ここで切る」
管理局跡の補助制御核から取れたのは十分だ。
第三群が第三外縁系複数門列を相手にしていること。
保全退避系の本流参照は、管理局跡のさらに内側の封鎖区画に繋がる可能性が高いこと。
それ以上は、今ここで欲張る段階じゃない。
『賛成です』
エルフィナも即答する。
『“今の情報だけで、次にどこを掘るかは十分決まります”』
◇
ベース・ゼロへ戻ると、中央ハブの空気はまた一段変わった。
前は、物が増えるごとに拠点らしくなっていった。
今は、情報が増えるごとに“この星系の中心”らしくなっていく。
俺は整理された結果をホログラムに並べた。
「第三群は、第三外縁系の複数門列に対応していた可能性が高い」
「閉域保全列一、退避候補列二、封鎖再編対象列一」
「そして保全退避系の本流参照は、管理局跡のさらに内側にある封鎖区画へ繋がる可能性が高い」
ダルクが低く息を吐く。
『“つまり次は、管理局跡の奥だな”』
「その可能性が高い」
エルフィナが静かにうなずく。
『“はい。少なくとも、保全退避系の上位台帳か、対象門系列識別の決定版はそこに近いはずです”』
リェンは外部戦況図を見ながら言った。
『“でも外は待ってくれないわよ。新勢力はベース・ゼロを“測る対象”にし始めた”』
「分かってる」
だから次の行動は、かなり明確になる。
管理局跡の奥を掘る。
その間、ベース・ゼロ近傍では偽の表層中核反応で観測線を少しでもずらす。
ラグランジュ・リンクスとは限定情報交換を維持し、新勢力の動きを先に読む。
やることは多い。
でも順番は見えた。
そして一番大きいのは、権限構造の全体像がかなり見えてきたことだ。
ベース・ゼロ深部が現地権限。
アンカーが真正性確認と汚染検証。
管理局跡の奥が上位参照。
その三つが繋がることで、第三群が何に対して何をする群なのか確定する。
星系全体が、一つの分散制御系だったのかもしれない。
それが本当なら、この宙域の価値は“古い遺跡の宝”なんて言葉では足りない。
「だいぶ見えてきたな」
俺がそう言うと、エルフィナが少しだけ表情を和らげた。
『“はい。まだ全貌ではないですが、少なくとも“何を知らないのか”はかなり明確になりました”』
それが大事だ。
知らないことを知らないまま進むのが一番危ない。
今はもう、足りないものの輪郭が見えている。
それなら前へ出られる。
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異世界コルベット開拓記 深雪ソーマ @DSnowSoma
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