第二十八話 次に掘る場所
白い箱の参照結果を整理し終えた後、中央ハブには少し長めの沈黙が落ちた。
誰も疲れていないわけじゃない。
むしろ全員かなり消耗している。
それでも、今は休むより先に“次をどこから掘るか”を決める方が大事だと分かっている。
第三群三片。
アンカー本照合。
封鎖再編系。
外部協力権限系台帳。
そこまでは見えた。
だが、その先――第三群を本当にどこへ繋ぐべきかを決めるためには、まだ足りないものがある。
保全退避系台帳、あるいは対象門系列識別。
つまり、次の掘り先は二択だ。
管理局跡。
あるいは、ベース・ゼロ本保管区画の未回収物。
「決めるぞ」
俺は中央ハブのホログラムに、二つの候補を並べた。
「管理局跡をもう一段掘るか、本保管区画へもう一度入るか」
ダルクが腕を組んだまま言う。
『“技術屋目線で言えば、本保管区画の方が安全だ。こっちの中だし、導線も確保してある”』
リェンはすぐに別の角度から返す。
『“でも本保管区画は、前に二度も開けた。残ってる物が少ない可能性もあるわよ”』
エルフィナは少し考えてから口を開いた。
『“私は管理局跡寄りです”』
「理由は」
『“白い箱が示したのは“外部協力権限系”でした。つまり現地側、補助側の権限です。でも対象門系列識別や保全退避系台帳は、もう少し本流に近い可能性があります”』
ノアが補足する。
『その場合、管理局跡の方が保持している確率は高いです』
なるほど。
確かに筋は通っている。
外部協力権限系の台帳が“現地側の判断”なら、その先の“何に対してその判断を適用するか”は管理局側の情報である可能性が高い。
ただし、危険も増える。
「管理局跡は外の目が増えてる」
『はい』
リェンが即座に言う。
『“そこが問題なのよね。ベース・ゼロ近傍は今やや静かだけど、管理局跡寄りはヴァルガと新勢力の主戦軸に近い”』
「だから本保管区画先行も筋はいい」
『“そう”』
しばらく誰も喋らなかった。
どちらも正しい。
どちらも危険。
そして多分、両方ともいずれやる。
だったら先に選ぶべきは、“今一番相手が薄い方”だ。
「ノア、外の観測線で今一番薄いのは」
『現時点ではベース・ゼロ深部が最も安全です。ただし情報価値の期待値は管理局跡の方がやや高い』
「予想通りだな」
ダルクが渋い顔で言う。
『“つまり、安全を取るか、期待値を取るか、だ”』
「半分ずつ取る」
『“嫌な予感しかしない言い方だな……”』
俺はホログラムに新しい線を引いた。
「先に本保管区画の残物を“候補だけ”洗う。短時間で終える。その結果が薄ければ、その足で管理局跡へ行く準備に移る」
リェンがすぐ反応した。
『“なるほど。深掘りじゃなく、まず再点検だけ”』
「そうだ。今は“どっちが答えを持ってそうか”を見たい」
エルフィナが小さくうなずいた。
『“それなら賛成です。白い箱の次に、保全退避系を匂わせる保管物が残っていれば、本保管区画で済む可能性があります”』
ダルクも諦めた顔で息を吐く。
『“まあ、その順番ならまだいい”』
決まりだ。
◇
本保管区画の再点検は、過去の再突入の中で一番“速さ”を意識したものになった。
目的は回収ではない。
候補の洗い出しだ。
前回までに第三片、第四片、第五片、外部協力権限系の白い箱を持ち出した。
残っている物の中に、“保全退避系”や“対象門系列識別”へ繋がるものがあるかだけを見る。
俺、リェン、工作ドローン一機。
ダルクは前室までの制御。
エルフィナは中央ハブから識別補助。
前室を再開。
本保管区画へ限定開扉。
中に入ると、前よりさらに空きが目立つ。
『“左列はもう薄いです。見るなら中央台座寄りと右奥……”』
エルフィナの声に従い、視線を走らせる。
黒銀の筐体。
細い記録柱。
空になったスロット。
そして奥に、前には意識していなかった小型の平板ケースが一つ。
「これか?」
『“刻印を見せてください”』
近づいて表面を撮る。
黒銀でも白でもない。
灰に近い色味。
刻印は三重円だが、その外側に“開いた弧”ではなく“内向きの折線”が重なっている。
エルフィナが、少しだけ声を低くした。
『“それ……保全退避系の補助記号に近いです”』
全員の空気が変わる。
「近い、か」
『“完全一致ではありません。でも、少なくとも封鎖再編系や外部協力権限系とは別です”』
当たりの匂いがする。
「持ち出せるか」
ダルクが通信越しに答える。
『“サイズは問題ない。固定も軽いならいける”』
「じゃあ取る」
平板ケースを持ち上げる。
重量は軽い。
記録媒体か、薄い台帳端末に近い。
その瞬間、ノアが新しい外部警報を出した。
『新勢力側観測線、変化』
「またか」
『ベース・ゼロ近傍への接近ではありません。ですが、“ベース・ゼロを中心にした小半径円”を避けるように観測線が再配置されています』
リェンが理解するのが早かった。
『“……触り方が変わった”』
「そうだな」
今までは近づいて様子を見る、だった。
だが今は違う。
近づかず、一定距離を保ちつつ、反応だけ取る。
つまり、“ここは下手に踏み込まずに外から測る価値地点だ”と理解し始めている。
それは厄介だ。
同時に、向こうがベース・ゼロを“ただの拠点”ではなく“権限反応源”として扱い始めた証拠でもある。
「回収優先。撤収」
平板ケースを抱え、前室へ戻る。
今回も長居はしない。
“見つけた”時点で、すぐ帰る。
最近ようやく、それが本当に身につき始めた気がする。
◇
中央ハブへ戻ると、エルフィナがほとんど立ったまま待っていた。
平板ケースを作業台へ置いた瞬間、彼女はすぐに刻印列へ視線を落とす。
『“やはり……近いです”』
「保全退避系か?」
『“断定はまだです。でも、保全退避側の補助識別と整合しそうです”』
ダルクが呻く。
『“なんでこう、一回の往復でそんなに都合よく見つかるんだ……”』
リェンが苦笑する。
『“逆よ。都合よく見つかるまで掘り続けてるの”』
それもその通りだった。
今までの全部が、偶然だけで繋がっているわけじゃない。
手掛かりを見て、筋を引いて、順番を選んでいる。
当たり前の話だが、それが積み重なってる。
「参照できるか」
エルフィナがすぐに答える。
『“白い箱ほどではないですが、いけると思います。これはおそらく“完全台帳”ではなく、保全退避系への参照補助か、系列対応表の断片です”』
それで十分だ。
むしろ今必要なのは、丸ごとの大台帳より“どことどこが繋がるか”の橋だ。
「やろう」
◇
平板ケースへの参照は、白い箱よりかなり素直だった。
管理局本流ほど強くない。
外部協力権限ほど選り好みもしない。
どちらかと言えば、“必要な時に急いで見返すための補助資料”に近い反応だった。
表面に淡い灰白色の線が走り、薄い文字列が浮かぶ。
『参照成功』
エルフィナが一行ずつ読む。
『“保全退避系補助表……”』
当たりだ。
『“対象群対応……第三群照合後、保全退避系参照可能……”』
「その先は」
『“接続先候補、退避門列……閉域保全列……局所避難列……”』
また増えた。
だが今度は、前より少し分かりやすい。
封鎖再編系が“閉じる・再編する”側だとしたら、保全退避系は“残す・逃がす・保全する”側なのだろう。
「第三群って、閉じるだけじゃないのか」
俺がそう言うと、エルフィナはゆっくり首を振った。
『“たぶん違います。第三群そのものが封鎖専用ではなく、“再編と退避の分岐点”に立つ群なのかもしれません”』
ノアが補足する。
『すなわち、第三群は“何を閉じ、何を残すか”を判断するための鍵束群である可能性があります』
ダルクが顔をしかめる。
『“ますます国家案件だな……”』
まったくその通りだ。
これがどこぞの宝箱なら気楽だった。
でも今掘っているのは、多分もっと厄介なものだ。
戦争で壊れた航路網の“後始末をどうするか”という権限。
しかも、現地協力者と旧管理局が混ざって隠していた。
そんなものを握れば、強い。
同時に、使い方を間違えれば取り返しがつかない。
「対象門系列識別には届きそうか」
エルフィナが補助表を追いながら答える。
『“はい。少なくとも、“保全退避系台帳”が次に要ることは確定しました。そしてその系統は、本保管区画やベース・ゼロ深部だけでなく、管理局跡の上位参照とも接続している可能性があります”』
つまり、また二本線だ。
一つは、この平板ケースの先をベース・ゼロ側で追う。
もう一つは、管理局跡から上位参照を引く。
「結局、両方やることになるな」
『その可能性が高いです、艦長』
リェンが苦笑する。
『“毎回そうなるわね”』
「でも、優先順位は決めやすくなった」
それが大事だった。
今までは、闇雲に“何かあるはず”で掘っていた部分もある。
だが今は違う。
第三群三片。
外部協力権限系台帳。
保全退避系補助表。
その次に要るもの。
線がどんどん太くなっている。
◇
外の勢力の動きも、同じように“質”が変わり始めていた。
ヴァルガはまだ、分かりやすい強襲や圧力線維持をしたがる。
だが新勢力は違う。
ベース・ゼロ近傍へ無闇に寄らず、一定距離から反応だけ取ろうとしている。
つまり、“奪う前に測る”段階に入っている。
ラグランジュ・リンクスもその変化を捉えていた。
『“外縁監視更新。新勢力はベース・ゼロ近傍への直接侵入を避け、反応観測を優先している。ヴァルガはその意味を完全には理解していない可能性が高い”』
リェンが鼻で笑う。
『“そこはヴァルガらしいわね”』
「でも油断はできない」
『もちろんです』
ノアが淡々と続ける。
『新勢力が“権限反応源”としてベース・ゼロを認識し始めた場合、次の手は物理強襲ではなく、“深く届く小規模浸透”になる可能性があります』
それは嫌だ。
だが読みやすくはある。
数で押す相手より、狙いを絞ってくる相手の方が厄介だが、逆に言えば欲しがる場所も絞られる。
「深部防衛をもう一段厚くする」
ダルクがすぐ応じる。
『“前室裏の保守層まで含めて、補助センサーを増やす。あと、使ってない搬送ラインを完全に殺して侵入経路を減らす”』
「頼む」
ミアも静かに言う。
『“生活区画側の導線も整理します。もし深部へ人を回すなら、表層で無駄に動かない方がいいです”』
「助かる」
エルフィナは平板ケースの断片を見つめたまま呟くように言った。
『“もう、私たちは“鍵束を探している側”じゃないのかもしれません”』
その言葉に、少しだけ考える。
「どういう意味だ」
『“今やっているのは、散らばった物を集めることだけじゃない。何の権限で、どの系統へ進むかを決めることです”』
確かにそうだった。
鍵を拾う段階は、もう半分終わっている。
これから先は、“拾った鍵で何を選ぶのか”の段階だ。
それはもっと重い。
もっと危ない。
でも、面白い。
「なら、次は選ぶための材料を取りに行く」
リェンが笑う。
『“結局いつも通りね”』
「そうかもな」
◇
中央ハブの青白い光の下で、白い箱、第三片、第四片、第五片、平板ケースが並ぶ。
星系の骨組みが見えた後は、その中を流れる意思を読む段階になる。
今はまさにそこだ。
封鎖再編系。
保全退避系。
対象門系列識別。
外部協力権限。
こうして言葉にすると、もはや“宝探し”というより、崩れた統治機構の残骸を拾い直しているみたいだった。
そして多分、それは間違っていない。
この星系に隠されていたのは、ただの財宝じゃない。
壊れた門網をどう扱うか、その後始末を誰に託すか、そういう“戦後の権限”だ。
だからこそ、今後の敵も変わる。
海賊だけでは済まない。
もっと制度に近い連中。
もっと計算高い連中が寄ってくる。
だったら、その前にできるだけ先へ行くしかない。
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