第二十四話 保守層に眠るもの

 ベース・ゼロの深部は、何度通っても“生き返りかけの廃墟”という感じがした。


 照明は最低限。

 空調も安定しきっていない。

 通路の一部にはまだ昔の埃と金属粉が薄く漂い、壁の奥では復帰した配線が微かに脈打っている。


 だが、もう最初の頃のような“ただの危ない穴”ではない。


 ここには前室保管所があり、本保管区画があり、そして今はさらにその外側――未踏の保守層が“第五片の仮封止先候補”として浮上していた。


 外でどれだけ勢力が動いても、結局いま一番掘る価値が高いのは、この足元だ。


「今日は保守層を開ける」


 中央ハブでそう言うと、ダルクが露骨に渋い顔をした。


『“言い方が完全に鉱山屋なんだよな……”』


「近いだろ」


『“まあ近いけどよ……”』


 リェンはもう装備を整えている。


 今回の探索班は、俺、リェン、ダルク、工作ドローン二機。

 ノアは全域支援。

 エルフィナは中央ハブから図面照合と旧規格文字の読解。

 ミアは生活維持と応急待機。


 役割分担がはっきりしていて、無駄がない。

 それだけでも、ここが“寄せ集めの避難所”からだいぶ遠くまで来たことが分かる。


「候補は三つ」


 ホログラム上に、ベース・ゼロ深部の保守候補域が浮かぶ。


「前室保管所の裏側。水処理層下部。未使用搬送ライン接合部」


 エルフィナが補足する。


『“アンカーの返答を素直に取るなら、第一候補は前室保管所の裏側です。系統設備近傍で、外からの価値は低く見え、独立照合も不要な保守層に最も近い”』


 ダルクがうなずく。


『“構造的にもあり得る。前室と本保管区画を支える補修スペースが、図面より大きく取られてる箇所がある”』


「よし。そこからだ」


『了解です、艦長』


     ◇


 前室保管所のさらに外側へ向かう経路は、前回までに使っていた導線からわずかにずれていた。


 使われていない補助シャフト。

 死んだままだと思っていた点検通路。

 壁厚異常の裏に続く、磁着ブーツでも少し歩きにくい曲面路。


 進みながら、ダルクが工具スキャナをいじる。


『“やっぱり変だな。この辺だけ補修材の組成が違う”』


「採掘施設の標準じゃないのか」


『“違う。標準より密度が高い。しかも腐食に強い。わざわざ見えない場所にこんな材を使う理由がない”』


 リェンが前方を警戒しながら言う。


『“理由は一つしかないわね。見えないからこそ大事だった”』


「その通りだ」


 ノアが通路の先へ投影を出す。


『前方二十メートル。図面上には存在しない小空隙があります。構造安定はぎりぎり維持。慎重な接近を推奨』


 小空隙、と言っても、ただの割れ目じゃない。

 投影で見る限り、意図的に残された点検余白みたいな形をしている。


「また偽装か」


『可能性が高いです』


 近づいてみると、確かにそこには“何もない壁”があった。


 だが前室保管所の外扉のような立派な封印刻印はない。

 代わりに、補修パネルにしか見えない薄い区切りと、配管陰に隠されたごく小さな点検印がある。


 エルフィナが通信越しに言う。


『“それ、管理局本流の封印ではありません。たぶん現地側の仮封止です”』


「現地協力権限か」


『“その可能性が高いです”』


 つまり、第五片を急遽押し込んだ時に、その場の権限者が“本式ではないが最低限安全な隠し方”をした可能性がある。


 それなら、前室や本保管区画ほど厳重ではなくてもおかしくない。


「ダルク、開けられるか」


 彼は少し眺めてから答えた。


『“力任せでもいけそうだが、やめた方がいい。中身が何か分からん。補修パネル型なら、正面じゃなく支点を外して横へ逃がす方が安全だ”』


「やってくれ」


『“言うと思った”』


 工作ドローンが配管カバーを外し、ダルクが見つけた微細なロック部へ薄い工具を差し込む。

 通常の保守パネルを外すように見せつつ、実際には荷重のかかる場所だけを切る。


 数分後、鈍い音とともにパネルが数センチ浮いた。


『開きます』


 ノアの声。


 その隙間の向こうは、狭い。

 保守員が一人潜り込めるかどうかという幅の小空間だ。

 空気はなく、埃もほとんどない。

 保存状態が妙にいい。


 そしてその奥に――あった。


「……箱だな」


 壁に沿うように固定された、細長い保全ケースが一基。

 前に見た封印筐体“第三”や第四片の保全容器ほど立派じゃない。

 もっと簡易で、緊急避難的な外装だ。


 だが、その側面に刻まれていた識別が、全員の視線を止めた。


『“第五……”』


 エルフィナの声が、はっきり震えた。


『“識別列、第五片です”』


 誰もすぐには喋らなかった。


 思ったより早く見つかってしまったからか。

 あるいは、理屈で追っていたものが、本当にそこにあったからか。


 ダルクが一番先に我に返った。


『“……当たりすぎだろ”』


「まだだ。中身確認まで行く」


『“そう言うと思ったよ”』


 リェンが苦笑混じりに息をつく。


『“でも、今回は文句言わない。ここまで綺麗に当たるとさすがに気分がいいわ”』


 確かにそうだった。


 アンカーが示した条件。

 系統設備近傍。

 価値が低く見える場所。

 独立照合不要区画。

 その答えが、ベース・ゼロの保守層裏にこんな形で収まっていた。


 この星系は、本当に“隠すために組まれていた”んだなと改めて思う。


     ◇


 第五片候補保全ケースの扱いは、これまでで最も慎重だった。


 理由は単純だ。

 第三片と第四片はまだ正式な保管区画や浮動保管点にあった。

 だが第五片は“仮封止”されたものだ。

 本来の手順から外れた状態で押し込まれている。


 つまり、保全状態が安定している保証がない。


『“内容照会の前に、ケースそのものの健全性を見ます”』


 エルフィナが言う。


『“もし内部保護が破れかけていたら、下手に照会するよりそのままベース・ゼロの安定環境へ移した方がいい”』


「運べるか」


『可能です』


 ノアがすぐに答えた。


『サイズと質量は人力搬送可能域です。衝撃だけ注意してください』


 ダルクがケースの固定具を確認する。


『“これは本式じゃないが、逆に助かるな。抜けなくなる前に押し込んだ感じだ”』


「つまり、その場しのぎの隠し方だった」


『“そういうことだ”』


 なら話は早い。


 ここで無理に開けるより、中央ハブへ持ち帰ってから安定した条件で照会した方がいい。


「運ぶ」


 リェンとドローンがケースを支え、慎重に狭い保守空間から引き出す。

 パネル型の仮封止も、元に戻せる範囲で再固定。

 もし誰かが後からこの空間を見ても、“何かあった”とは即座に気づきにくい程度には偽装を残す。


『“これでよし”』


 ダルクが工具をしまう。


『“時間稼ぎくらいにはなる”』


 十分だ。


 今は“完璧に隠す”より、“気づかれるのを遅らせる”方が大事だ。


     ◇


 中央ハブへ戻る頃には、外の勢力図にもさらに変化が出ていた。


 ヴァルガは新勢力に押し返され気味だ。

 完全敗走ではない。

 だがベース・ゼロ寄りへ張っていた圧力線が明らかに薄くなっている。


 ノアが更新図を出す。


『ヴァルガ側、管理局跡前面の存在感維持を優先し、ベース・ゼロ近傍圧力をさらに低下。新勢力側はその隙を利用して外周観測点を増やし始めています』


「つまり、こっちの周辺が一段空いた」


『はい』


 リェンが言う。


『“でも良いことばかりじゃないわ。新勢力が余裕を持った分、いずれこっちに視線を向ける”』


「その前に掘れるだけ掘る」


『“そういうと思った”』


 ラグランジュ・リンクスからも、短い情報が届く。


『“状況更新。ヴァルガは近傍圧力を維持できていない。新勢力は観測線を拡張中。ベース・ゼロを中心とした内縁の局地均衡が、暫定的に成立しつつある”』


 その表現は、かなり正確だった。


 ベース・ゼロの周辺は、単に“誰も来ない空白”ではない。

 外の勢力同士が牽制し合った結果、こっちの手が一番届く場所になっている。


 それはつまり、勢力圏が“暫定”から“一時的な現実”へ変わり始めたということだ。


「ベース・ゼロ中心の均衡、か」


 ダルクが苦笑する。


『“いつの間にかそんな大層なことになってるな……”』


「でも事実だろ」


『“事実だな……”』


     ◇


 そして、第五片候補保全ケースの照会が始まった。


 中央ハブの補助作業台にケースを固定。

 第三片、第四片とは少し離して置く。

 認証中継器を起動し、ノアが最も弱い照会から入る。


 応答は、意外なほど素直だった。


『内容照会成功』


 エルフィナが読む。


『“予備鍵束構成片……識別、第五片……”』


 確定した。


 ベース・ゼロ保守層に押し込まれていたのは、本当に第五片だった。


 だが、今回の一番大きい発見はその次だった。


『“中核系列……第三群一致……”』


 中央ハブが静まり返る。


 三片。

 第三片。

 第四片。

 第五片。

 同中核系列一致。


 つまり――


「アンカーの照合開始条件が揃った」


 俺がそう言うと、エルフィナが静かに、だがはっきりとうなずいた。


『“はい。これで、照合開始条件を満たします”』


 リェンが息を吐く。


『“やっと三片ね……”』


 ダルクは頭を抱えながらも、どこか笑っていた。


『“ここまで来ると、もう笑うしかないな。本当に全部ベース・ゼロ周りで繋がるとは”』


「つながるように作られてたんだろ」


『“それが一番怖いんだよ……”』


 ノアが静かに総括する。


『現時点で、第三・第四・第五片の同中核系列一致を確認。アンカー照合開始条件、達成です』


 その言葉は重かった。


 今まではずっと、“あと一つ足りない”で止まっていた。

 だがもう違う。


 アンカーへ、三片を持って行ける。

 真正性確認と汚染検証を正式に始められる。

 そこから先に何があるかは分からない。

 でも、扉の前には立てる。


「次はアンカーだな」


 誰も反対しなかった。


 リェンも、ダルクも、エルフィナも。


 ミアだけが少し不安そうにしながら、それでも小さくうなずいた。


『“これで……先に進めるんですね”』


「進める」


 そう答えながら、自分でも分かっていた。


 ここから先は、今までより危ない。


 三片を同時に動かす。

 アンカーへ本格照合をかける。

 つまり、この星系の核心を本気で起こしに行くということだ。


 外の勢力がそれに気づけば、盤面はまた一段動く。

 だが、だからこそ先にやる意味がある。


     ◇


 中央ハブの照明が、静かな夜間モードへ落ちる。


 その中で、第三片、第四片、第五片の保全ケースが並んでいた。

 別々に、しかし確かに同じ線で繋がる三つの欠片。


 これだけで、ここまで来た価値があったと思えた。


 最初は漂流だった。

 次は生存。

 次に拠点。

 その次に価値地点。

 そして今、ようやくこの星系そのものの骨組みに指をかけ始めた。


 ベース・ゼロ。

 管理局跡。

 アンカー。

 そして三片。


 盤面の中心は、もう明らかだった。


 外でどれだけ勢力が動こうと、今この瞬間、この星系の“次の扉”に一番近いのは俺たちだ。


 それだけは間違いなかった。

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