第二十三話 照合開始条件

 ベース・ゼロ中央ハブの照明は、以前より少しだけ安定していた。


 それは設備が整ってきたからでもあるし、ここにいる全員の役割が固まってきたからでもある。

 水処理は回る。

 電力配分も崩れない。

 外縁監視はノアが握り、表層防衛はリェンとドローンが組み、深部はもう“たまたま見つけた穴”ではなく明確な防衛対象だ。


 廃墟だった場所が、拠点の顔を持ち始めている。


 そして、その拠点の中心で今からやるのは、さらに危うい作業だった。


 第三片と第四片の並列照合。

 アンカーへの再照会。


 あと一片足りない。

 だが、足りないからこそ聞けることがある。


「今回の目的ははっきりしてる」


 俺は中央ハブのホログラムに、第三片、第四片、アンカーを並べた。


「一つ。第三片と第四片をアンカーへ並列提示して、照合対象として認めさせる」


「二つ。第五片の所在そのものじゃなくてもいい。少なくとも“どういう条件の欠片が足りないか”を引き出す」


「三つ。できれば、第五片が止まった“断絶先”の性質を知る」


 エルフィナが静かにうなずく。


『“はい。それが取れれば、候補地探索が勘ではなくなります”』


 ダルクは腕を組みながらも、以前ほど反射的に反対しなくなっていた。


『“やるのは分かる。分かるが、一つ確認だ。今回、第三片と第四片を物理的に並べて持ち出すんだよな?”』


「持ち出す」


『“それ、かなり怖いぞ”』


 その通りだ。


 今までは、一片ずつだった。

 今回は二片。

 同中核系列の鍵束断片を二つ同時に外へ持つことになる。


 もし敵に見られたら。

 もし事故ったら。

 もしアンカー側が予想外の反応をしたら。


 考えるだけで胃が重い。


 だが、それでも行く価値がある。


「だから、今回は持ち出し方式を変える」


 俺がそう言うと、リェンが眉を上げた。


『“どう変えるの?”』


「同じ艦に積む。でも同じ保全ラインには乗せない」


 ノアが補足する。


『第三片と第四片は別々の保全ケースに入れ、相互干渉を最低限に抑えます。アンカー提示時も、統合を意図した近接ではなく、別個の照合対象として並列表示します』


『“使うためじゃなく、見せるために持っていくわけね”』


 リェンの確認に、エルフィナが続く。


『“そうです。今やるのは“これらは同じ系列か、そして何が足りないかを確認してほしい”という問い合わせです。鍵として振る舞わせてはいけない”』


「礼儀作法が多いな、本当に」


『“旧管理局系の施設は、だいたいそうです”』


 もう聞き慣れた返答だが、毎回面倒だなと思う。


     ◇


 ヴァルハラ・コアで出る直前に、外の状況も確認した。


 ヴァルガと新勢力の局地戦は、はっきりと第二段階へ入っていた。


 最初は威嚇。

 次に索敵線の押し合い。

 今はもう、局所的な制圧戦に近い。


『ヴァルガ側、管理局跡への圧を維持しつつ、新勢力の前進線を押し戻そうとしています』


 ノアが表示した戦況図では、赤点がやや散り気味で、灰青色が固くまとまっていた。


『新勢力側は前進速度は遅いですが、崩れていません。後続支援艦が観測と補給を安定して担っています』


「ヴァルガの方が焦ってるな」


『ええ』


 リェンが横から言う。


『“つまり今は、どっちもベース・ゼロに全力を向けられない”』


「そういうことだ」


 ここがチャンスだ。

 アンカーへ行くなら今しかない。


 ラグランジュ・リンクスにも最低限の事前通知だけ飛ばす。

 内容は短い。


 “内縁で短時間の移動あり。詳細秘匿。そちらも近接時は通知を”


 すぐに返事が返る。


 “受領。こちらは外縁維持。異常接近あれば知らせる”


 それで十分だ。


「じゃあ行くぞ」


『了解です、艦長』


     ◇


 アンカーへの進入そのものは、前回より少しだけ楽だった。


 理由は単純で、向こうに対する“名乗り方”が一つ増えているからだ。


 第三片。

 第四片。

 同中核系列。


 まだ足りない。

 だが、ただの侵入者ではもうない。


 アンカー推定領域へ近づくと、例の放棄観測ブイ群が静かに漂っていた。

 一見すれば何の変化もない。

 だが今は分かる。


 この沈黙は、何もない沈黙じゃない。

 見ている沈黙だ。


『通常接近開始』


 ノアの声に合わせて、ヴァルハラ・コアは速度を落とす。

 系統照会。

 認証中継器。

 そして前回より明確な、第三片と第四片の位相記録。


 順番を守って、アンカーへ触れる。


 最初の反応は小さい。


 球形ポッドの微光。

 壊れたフレームに見えたものの回転角変化。

 そして中心部の薄い歪み。


『照合層、応答を確認』


 エルフィナの声が中央ハブから届く。


『“ここからです。二片を同時に“存在照合”へ出します”』


 俺は保全ラインに固定された第三片と第四片のケースを見た。

 同じ艦内にある。

 だが触れ合わせてはいない。


 ノアが、二つの存在を別々のままアンカーへ提示する。


 数秒の沈黙。


 前回より長い。


 そして、アンカー中心部の歪みが一段深くなった。


 今度はただの視覚のずれじゃない。

 中心のブイ群の一部が、まるで“そこに道がある”ことを一瞬だけ思い出したみたいに配列を変える。


『反応深度上昇』


 エルフィナが息を呑む。


『“認められています。少なくとも、二片が同系列の照合対象であることは通った”』


「よし。聞け」


『“不足片照会、行きます”』


 アンカーへ投げた問いは短い。


 “同系列照合対象二片あり。照合開始条件不足。必要欠片特性を問う”


 返答は、やはり遅かった。


 待っている間、外部監視の端でヴァルガと新勢力の交戦光が遠く瞬く。

 今ここで、星系の外縁では勢力争いが続き、その内側ではもっと古い争いの残骸から答えを引き出そうとしている。


 変な構図だな、と少し思った。


 やがて、アンカーが答えた。


『“不足片……同中核系列……第五片……補助封緘状態……代替照合先未達……”』


 エルフィナの目が開く。


『“やはり第五片……!”』


「代替照合先未達、ってのは台帳と同じか」


『“はい。でも、続きがあります”』


 彼女がさらに読み進める。


『“推定停留条件……保守層、観測層、搬送層のいずれかに仮封止……”』


 ダルクが通信越しに即座に反応する。


『“保守層? それ、普通の保管庫じゃないぞ”』


「どういうことだ」


『“保守層ってのは、正規倉庫じゃなくて、設備の裏とか補修区画とか、ああいう“置く前提ではないけど一時的に物を逃がす場所”だ”』


 なるほど。


 つまり第五片は、きちんとした保管所に入れなかった可能性が高い。

 搬送が断たれ、急遽どこかの保守層や観測層、搬送層へ“仮封止”された。


 だから見つかっていない。


「もっと絞れるか」


 エルフィナが次の行を追う。


 その瞬間、彼女の声色が変わった。


『“……あります”』


「何だ」


『“仮封止時の優先規則。第一候補、系統設備近傍。第二候補、外部から価値が低く見える場所。第三候補、独立照合不要区画”』


 俺はその三つを頭の中で並べる。


 系統設備近傍。

 価値が低く見える場所。

 独立照合不要区画。


 そして、この星系でそういう場所に当てはまりそうなのは――


「ベース・ゼロ深部か、管理局跡周辺の保守区画だな」


『その可能性が高いです、艦長』


 ノアが同意する。


 リェンもすぐに乗ってきた。


『“待って。今まで見てきた中で、一番“価値が低く見えて、でも系統設備近傍”なのは……ベース・ゼロの未踏保守層じゃない?”』


 中央ハブに短い沈黙が落ちる。


 確かにそうだ。


 ベース・ゼロは採掘拠点偽装。

 深部には前室保管所と本保管区画がある。

 だがまだ全部を掘ったわけじゃない。

 特に、使っていない保守シャフトや補修層はほとんど手付かずだ。


 そしてそこはまさに、“設備近傍”“外から価値が低く見える”“独立照合不要”の三条件に近い。


「……第五片、まだベース・ゼロの中かもしれないな」


 エルフィナが静かに答える。


『“可能性は、かなりあります”』


 アンカーへの再照合は、それだけでも十分な収穫だった。


 だが、もう一つだけ聞けるかもしれない。


「位置じゃなくていい。層の種類だけでも」


 エルフィナも意図を理解したらしい。


『“仮封止先の層別傾向を問います”』


 問いを投げる。

 今度の応答は少し早かった。


『“保守層優先……搬送層次位……観測層低……”』


「保守層か」


 ほぼ決まりだ。


 第五片は、おそらくベース・ゼロか、その近傍の系統保守区画にある。


 少なくとも、外の浮動保管点やアンカー側ではない。


 そこまで分かった瞬間、ノアが外部警告を入れる。


『新勢力側の小型偵察艇一、アンカー側外周へ進路変更』


「見つかったか?」


『まだ距離があります。ですが、この領域に対する注意が少し上がっています』


「なら切る」


『賛成です』


 これ以上は危ない。

 今の時点で取れた情報だけでも、十分すぎる。


「離脱」


     ◇


 帰路の途中、外の戦況はもう一段変わっていた。


 ヴァルガは新勢力の前進を嫌って、戦力を少しベース・ゼロ側から引いている。

 新勢力はそれを追い込みつつも、管理局跡そのものへ踏み込むほどの決断はしていない。


 結果、ベース・ゼロ周辺は相対的に静かになっていた。


 リェンが通信越しに言う。


『“ねえユウ。これ、もしかして……”』


「ああ」


「今のうちにベース・ゼロの保守層を掘れる」


 ダルクもすぐ理解した。


『“外の連中がやり合ってる間に、中を掘るってわけか”』


「そういうことだ」


 ラグランジュ・リンクスからも、タイミングを見計らったように通信が入る。


『“状況更新。ヴァルガは管理局跡寄りの圧を維持するため、ベース・ゼロ近傍圧力を一時低下。新勢力はその隙を測っている。今の内縁は比較的動きやすい”』


 やはり向こうも見えている。


「情報に感謝する」


『“そちらの内側も、何か進展があったようですね”』


 さすがに鼻が利く。


 だが、ここで余計なことは言わない。


「価値が上がったかどうかだけなら、答えはイエスだ」


 少し間があって、相手が笑う気配を見せた。


『“十分です。こちらも価値評価を更新しておきます”』


 それでいい。


 全部を隠し通す必要はない。

 ただ、具体を渡さない。

 その線を守る。


     ◇


 ベース・ゼロ中央ハブへ戻ると、全員の目がすぐに結果を求めてきた。


「第五片は、多分まだ外じゃない」


 俺がそう言うと、エルフィナがすぐ補足した。


『“アンカーの返答から見て、仮封止先は保守層優先です。しかも系統設備近傍で、価値が低く見える場所”』


 ダルクが呻いた。


『“……ベース・ゼロじゃねえか、それ”』


「多分な」


『“まだ中にあるのかよ……”』


 リェンはむしろ納得したような顔だった。


『“でも理屈は通るわ。外に運びきれなかったなら、一番手近で、一番見つかりにくい保守層に押し込むのが自然だもの”』


「そうだ」


 ミアが少し不安そうに言う。


『“じゃあ、またベース・ゼロの中を掘るんですか?”』


「掘る」


 即答すると、ダルクが天を仰いだ。


『“言うと思ったよ……”』


「むしろ今が好機だ」


 外ではヴァルガと新勢力が噛み合い続けている。

 ラグランジュ・リンクスは敵対していない。

 ベース・ゼロ周辺の局地圧力は一時的に下がっている。


 これで掘らない理由はない。


「狙うのは深部本保管区画じゃない。その周辺の未踏保守層だ」


 エルフィナがホログラムに新しい候補線を引く。


『“前室保管所のさらに外側、もしくは水処理層と古い搬送ラインのあいだ。あの辺りなら“保守層優先”の条件に近いです”』


 ダルクも技術者の顔に戻る。


『“ベース・ゼロの図面の食い違い、まだ残ってる箇所がある。前回は本保管区画で満足して後回しになってたが、保守シャフト側も怪しい”』


「よし」


 中央ハブの立体図に、新しく候補域を三つ重ねる。

 深部前室の裏側。

 水処理層下部。

 使っていない搬送ラインの接合部。


「次はここを掘る」


 リェンが小さく笑った。


『“結局、答えが外じゃなく中に戻ってくるの、いかにもこの星系らしいわね”』


「拠点が中核なんだから当然だ」


 ノアが静かにまとめる。


『現時点で、ベース・ゼロは単なる保持拠点ではなく、第五片の仮封止先候補を含む“探索中核”になりました。戦術価値だけでなく、情報価値も星系最大です』


 それはつまり、こういうことだ。


 ベース・ゼロを守る理由が、また一つ増えた。

 いや、正確には“ここを守れば全体が回る”理由がさらに強くなった。


 拠点。

 管理局跡への足場。

 アンカー照合への前段。

 そして第五片の仮封止先候補。


 もう、ただの基地じゃない。

 この星系の鍵穴そのものだ。


「次の目標は決まったな」


 エルフィナがうなずく。


『“はい。第五片の仮封止先候補……ベース・ゼロ保守層の再探索です”』


 中央ハブの青白い光が静かに揺れる。


 外では勢力図が動き、内では遺構の答えが少しずつ繋がる。

 そしてその両方が、結局はベース・ゼロへ返ってくる。


 面倒だ。

 危ない。

 でも、悪くない。


 こういう“盤面の芯”を握る感覚は、昔から嫌いじゃないんだと思う。

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