第十八話 アンカーへ伸びる手
ベース・ゼロ中央ハブの空気は、数時間前までとは別物になっていた。
ヴァルガ私掠群。
新たに来た軍規格崩れの複合戦力。
その外側で距離を測るラグランジュ・リンクス。
そして内側には、予備鍵束第三片と、管理局跡と、まだ触れていないアンカー。
敵味方というより、利害の線が何本も交差している。
こうなると、真正面から一つずつ片づけるやり方は弱い。
情報で先回りし、価値地点を先に押さえ、相手同士の噛み合わせを利用する方がいい。
つまり今の俺たちに必要なのは、火力より段取りだった。
「アンカーへ行く準備を始める」
そう言うと、ダルクがすぐに顔をしかめた。
『“行く準備、であって行くんじゃないんだな?”』
「まだ行かない」
『“よし”』
「条件が揃えばすぐ行けるようにする」
『“よくない”』
リェンが小さく笑った。
『“もう諦めなさい。ユウはそういう時の方が本気なんだから”』
「今は本気じゃないみたいな言い方だな」
『“種類が違うのよ”』
否定できない。
未知の場所へ行く前の準備は、俺にとって半分戦闘みたいなものだ。
地形を読む。
手順を組む。
何を持っていくか、何を捨てるか決める。
結局それで勝率が変わる。
中央ハブのホログラムに、アンカー推定位置が浮かぶ。
第三惑星外縁のさらに向こう。
放棄観測ブイ群に紛れた領域。
見た目はただの漂流ブイ帯。
だが管理局跡から得た情報では、そこに“保全観測層”と“照合層”の二重構造がある。
「まず必要なのは三つだ」
俺は指を折る。
「一つ目。接近ルート。ヴァルガと新勢力の戦線を避け、ラグランジュ・リンクスにも見せすぎない進路」
「二つ目。照会手順。アンカーは正規照会なしでは“漂流観測層”しか応答しない」
「三つ目。持ち帰る目標の整理。触れるだけで帰るのか、情報だけ抜くのか、実物まで狙うのか」
エルフィナが静かに補足した。
『“四つ目もあります。退避判断の閾値です”』
「それも入れよう」
『“アンカーは、おそらく管理局跡よりさらに“触ってはいけない場所”です。途中で少しでも異常が出たら、欲張らずに切る基準が要ります”』
「了解」
ノアがホログラムに新しいレイヤーを重ねる。
『アンカー領域周辺には、現在のところ敵勢力の明確な監視点は確認されていません。ただし、ヴァルガと新勢力の衝突が拡大した場合、逃走や迂回の過程で偶発的に近づく可能性があります』
「つまり、今はまだ見つかっていない」
『その可能性が高いです』
それは大きい。
アンカーは今のところ、こっちだけが知っている“第三の芯”だ。
この優位は長くない。
だからこそ、準備段階での精度が重要になる。
◇
まずは進入計画から始めた。
ベース・ゼロからアンカーへ向かうルートは、最短に見える直線航路が一番危ない。
理由は単純で、ヴァルガと新勢力の局地戦がその中間寄りで起き始めているからだ。
『現在の局地衝突域はこちらです』
ノアが赤と灰青の点を表示する。
ヴァルガはまだ数で押そうとしているが、新勢力の先行艦は正面から噛み合わず、間合いを少しずつずらして撃ち合っている。
雑ではない。
訓練された連中の戦い方だ。
「嫌な相手だな」
『ええ。ヴァルガより損害管理が上手いです』
リェンも同意する。
『“一撃で大きく勝つタイプじゃないけど、崩れにくい”』
「こっちに来ると面倒だ」
『“ものすごく面倒”』
そこで、俺はアンカーへ向かう進路をあえて二段に分けた。
第一区間は、ベース・ゼロから管理局跡寄りへ一度寄る。
第二区間で、そこから大きく外周を回ってアンカーへ下る。
遠回りに見える。
だが、管理局跡寄りの空域はもう“既知の価値地点”として認識されているぶん、逆に意識の向き方が読みやすい。
そこから外周へ切れば、敵は“また管理局跡か”と誤認しやすい。
「囮の匂いを残して本命へ行く」
ダルクが呆れたように言う。
『“相変わらず性格が悪い作戦だな”』
「勝率が上がる」
『“否定はしない”』
次に照会手順だ。
エルフィナは、管理局跡で得た断片と、補助台帳、認証中継器、そして封印筐体“第三”から得た位相癖を突き合わせていった。
『“アンカーへの照会は、たぶん三段階です”』
「聞こう」
『“第一に、保全観測層への通常接近。ここでは何も得られないか、漂流観測ブイとしての応答しかない”』
『“第二に、管理局跡由来の照会断片を投げて、“同系の存在”だと気づかせる”』
『“第三に、予備鍵束第三片と認証中継器を組み合わせて、“照合対象を持っている”と示す”』
「そこまでやれば中に入れる?」
『“入れるとは限りません。でも“本体がいる”ことは認めさせられる可能性があります”』
そこが第一目標になるな、と考える。
いきなり中へ入る必要はない。
アンカー本体の反応を確認し、照合層に話を通せるところまでいけば十分大きい。
「つまり今回は“入口を見つける”作戦だ」
『“そうです”』
最後に回収目標。
これは逆に単純だった。
「実物は狙わない」
そう言うと、ダルクがはっきり安心した顔になった。
『“よし”』
「情報だけだ。アンカーの正体、照合条件、必要な残りの鍵束片、できればここまでに出てきた“外部協力権限”の意味」
エルフィナがうなずく。
『“妥当です。アンカーは保管点というより“判断点”に近い可能性があります。何が欠けていて、何が本物かを教えてくれるなら、それだけで次の動きが決まります”』
それでいい。
今はまだ、全部を持ち帰る段階じゃない。
何を取りに行くべきかを決める段階だ。
◇
その準備と並行して、ラグランジュ・リンクスとの距離も一段だけ縮めた。
とはいえ、同盟でも共同戦線でもない。
あくまで限定情報交換だ。
ノアが整理した最低限の交換条件はこうだった。
こちらは、ヴァルガと新勢力の局地衝突に関する断片観測を返す。
向こうには、外縁監視の継続と、もし新勢力の識別に進展があればその断片共有を求める。
手札は見せすぎない。
だが“こっちと繋がっていると少し得をする”状態だけは作る。
通信が繋がると、前回と同じ女性の声が落ち着いた調子で言った。
『こちら《ラグランジュ・リンクス》。前回提案への返答と理解します』
「ああ。限定交換なら受ける」
『条件をどうぞ』
「こっちは、ヴァルガと新勢力の局地戦について断片を返す。その代わり、そっちは外縁監視を続け、新勢力の識別や増援兆候があれば同じく断片で返せ」
少し間があった。
『妥当です』
すんなり来たな、と思う。
向こうも多分、ちょうどそのくらいを望んでいたのだろう。
「もう一つ確認する。そっちはこの宙域のどの価値を見てる?」
相手は少し笑った気配を見せた。
『正直な問いですね』
「正直な返答を期待してる」
『では正直に。私たちは“旧規格遺構が複数連結している可能性”を見ています』
核心は言わない。
だがぼかし方が上手い。
「管理局跡だけじゃない、って見立てか」
『そうです。単独遺構ではなく、配置された系統遺構である可能性が高まっています』
そこまで見ているなら、かなり鋭い。
アンカーの存在そのものはまだ掴んでいないかもしれない。
だが“二つ以上ある”くらいは読んでいる。
「そっちが掘り当てたら教えてくれるか?」
『条件次第です』
「だろうな」
『そちらも同じでしょう?』
「もちろんだ」
そこで向こうが、少しだけ踏み込んできた。
『一つ提案があります』
「何だ」
『ヴァルガと新勢力の衝突が拡大した場合、こちらはその外周監視を厚くできます。その代わり、あなた方も内側の変化――遺構由来の不自然な反応だけで構いません――を断片で返してほしい』
リェンが横で眉を上げる。
エルフィナは無言。
ノアはすぐには口を挟まない。
なるほど。
向こうは“戦況情報”だけでなく、“遺構が本当に動き始めたかどうか”を知りたいわけだ。
もちろん、そのままは飲めない。
「内側の変化、ってのは幅が広すぎる」
『では、“広域に波及する異常反応”に限定します』
上手い落としどころだ。
管理局跡を少し触った程度なら黙っていていい。
だが星系規模で目立つような何かが起きた時は、向こうにも観測できる可能性が高い。だったら交換条件にしてしまうのは悪くない。
「その条件なら考える価値はある」
『今すぐ返答は求めません』
やはり慌てない。
商売人だな、と改めて思う。
「一つだけ言っておく。こっちはヴァルガと組む気はない」
『それは良い情報です』
「そっちは?」
『現時点ではありません』
現時点では、か。
でも今はそれでいい。
通信を切ったあと、リェンが口を開いた。
『“向こう、かなり見えてるわね”』
「見えてる。けど、まだ確信はない」
『“だから探り合いが成立する”』
「そういうことだ」
エルフィナが静かに補足する。
『“ラグランジュ・リンクスは、私たちを“価値地点を持つ未確定勢力”として見始めています。危険ですが、今のところは使えます”』
「使えるうちは使う」
『“はい”』
◇
外の戦況は、時間とともにさらに動いた。
ヴァルガと新勢力の衝突は、限定的な牽制から“局所的な主張戦”へ変わり始めていた。
互いに大きく損傷するほどではない。
だが明らかに、同じ宙域で同じ獲物を平和に分け合う気はない。
『新勢力側、ヴァルガの索敵ドローン群を二度排除。ヴァルガ側はそれに対し、軽コルベット一隻を前進。現在、管理局跡とベース・ゼロの中間空域で緊張が高まっています』
ノアの報告に、ダルクが唸る。
『“つまり、戦場がこっちへ寄ってきてるじゃないか”』
「その通り」
『“全然嬉しくないんだが”』
「でも、相手同士が離れない」
そこが重要だ。
もし新勢力が完全にヴァルガと手を結んでいたら、こっちは一気に苦しくなっていた。
だが現状は違う。
互いに相手を押しのけたい。
だから直接こっちへ全力を向けられない。
「ノア、今の局地衝突域を避けてアンカーへ入る場合の予測は」
『現時点で成功率は悪くありません。むしろ、双方の観測軸が管理局跡寄りとベース・ゼロ寄りへ引っ張られているため、アンカー側外周の注意密度は相対的に低下しています』
「今が一番通りやすいか」
『可能性が高いです』
リェンがそれを聞いて、真顔になった。
『“じゃあ、次の一手は本当にアンカー偵察になるわね”』
「そうなる」
ダルクはまだ嫌そうだったが、さすがに反対まではしなかった。
『“準備は進んでる。深部側も今のうちに少し休ませられる。ただし、アンカーに行くならベース・ゼロを空ける時間は短くしろ”』
「当然だ」
エルフィナは、封印筐体“第三”の再封鎖状態を確認しながら言った。
『“アンカー照会に使う順序も決めておきましょう”』
彼女は指先で空中へ三つの層を描く。
『“第一、管理局跡から得た系統照会。第二、認証中継器。第三、予備鍵束第三片の存在照合”』
「段階的に押すわけか」
『“はい。一気に全部使うと、向こうが“想定外の高権限接触”だと誤認するかもしれません”』
「なるほど」
これもまた、扉を叩く作法の問題だ。
正しい順番で、正しい強さで。
遺跡相手にも礼儀が要るらしい。
「よし。次はアンカーだ」
ノアが静かに告げる。
『はい、艦長。現時点では、ベース・ゼロ、管理局跡、アンカーの三地点のうち、アンカーだけが敵対勢力に十分認識されていません。優先度は高いです』
「先に触れば主導権が取れる」
『そう考えてよいと思います』
中央ハブの青白い光の下で、俺は三つの点を見比べた。
最初は一つの避難所だった。
今は三つの価値地点を持つ星系になっている。
しかもそのどれもが、まだ完全には開いていない。
面倒だ。
危ない。
でも、掘りがいはある。
開拓ってのは、結局こういう時に前へ出た奴が勝つんだろう。
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