雨のち晴れの境界線①
教室に向かう途中で、どんなに遠くたって見つけられる華奢な背中が目に入る。朝雫ははやる気持ちを抑えながら早足でその背中に手を伸ばした。
「おはよう、夕羽ちゃん」
振り返ったその人は、今にも雨が降り出しそうな雲色の瞳に朝雫を映した。
「おはよう」
東雲夕羽。
その声はいつも朝雫の胸をきゅっと締め付け、同時にその目を細めさせた。
「一限移動教室だね、出るでしょ?」
「うん」
「じゃあ一緒だ。隣座っていいよね?」
「…うん」
夕羽に見えないように小さくガッツポーズを作る。
二人で教室に入ると、既に大勢の生徒が席を埋めていた。
賑やかな教室ではそれぞれに授業前の時間を楽しんでいて、柔らかな陽が差す教室は活気にあふれていた。
「あ……東雲くんおはよう…」
夕羽が教室に入るとあたりはしんと静まり返る。
普段クラスの違う生徒が、物珍しそうに見つめている。
夕羽は知らんぷりして少し離れた空いている隅の席に一人で腰を下ろした。
「ちょ、夕羽ちゃん、勝手に行かないでよ」
朝雫が慌ててその背中を追いかける。
慌てたように言いながら夕羽の隣に席を落ち着けた。
周りが僅かにざわめく。
「隣に座るって約束したでしょ?」
「授業出るって言っただけ」
「…夕羽ちゃんってさ、冷たいって言われない?」
「他人に…」
夕羽が朝雫をじっと見つめる。
その吸い込まれそうな瞳に、朝雫の心臓がドクンと音を立てた。夕羽は一瞬朝雫から目を逸らして、野次馬のようにこちらをちらちら見ている生徒たちに視線をずらした。
「他人にどう思われるかに興味なんてない」
「…」
だとしたら俺がこんなにもきみを好きな気持ちにも
興味がないんだろうか?
チクリと痛む胸を無視して、朝雫は笑顔を作った。
そして、先日話した同級生との話を思い出していた。
「朝雫って夕羽サマに何か弱みでも握られてんの?なんかいつも一緒にいない?」
それは同じく外部生として編入してきた違うクラスの同級生からの一言だった。
「えっ、仲良く見える?」
トンチンカンな答えに同級生は首を傾げた。
「それは知らねぇけどいつも一緒にいるじゃん?一緒にいて楽しい相手じゃねぇだろ…どっかの旅館の御曹司か知らねぇけどお高く止まって俺らとは世界が違うよ。多分クラスメイトの名前だって覚えてねぇぞ」
同級生はため息をつきながら不満を垂れる。
「名前……」
さすがにこれだけ一緒にいたら、名前は知ってくれているのだとは思うが、やや不安になって朝雫は机に突っ伏して既に居眠りしている夕羽を見つめた。
「夕羽ちゃん、今日もお昼屋上で食べる?」
少し肩を揺すると、夕羽は少しだけ不機嫌そうに目を覚ました。小さく欠伸。
「夕羽ちゃん、今日俺のお弁当ハンバーグ入ってるよ」
「んー、」
「夕羽ちゃんハンバーグ好きだよね。俺は何が好きか知ってる?」
「え?」
夕羽は質問の意味が分からないとでも言うようにじっと朝雫を見つめた。
「あのさ、夕羽ちゃん……もしかしてなんだけど、俺の名前知ってるよね?」
「?なんで?」
「だって夕羽ちゃん、人に興味ないんでしょう?」
夕羽は何を考えているのか分からないような表情で朝雫を見つめ、
それから少しだけ考えるように小首をかしげた。
……やば、可愛い
邪な事を思っていると、夕羽は小さく息を吐いて僅かに唇を舐めた。
「…早川朝雫、17歳、B型、12月25日生まれやぎ座、好きな物はカツカレー、嫌いなものはグリーンピース」
まるで朝雫にだけ聞かせることを意識したような、普段より小さな低い声で囁く。
「ま、待って待って、なんで血液型や嫌いなものまで知ってるの?!?!」
「プロフィール欄に書いてた」
「……」
ふわりと欠伸をしながらまた机に突っ伏して眠ってしまった。その瞬間、華奢な腕に隠れた夕羽の唇が、僅か笑ったように見えたのは都合のいい気のせいだろうか?朝雫はじわじわと上がってくる喜びと少しの気恥しさを感じていた。
──夕羽ちゃん俺のSNS見てるんだ……
こそばゆいような、自然と口角が上がるような、複雑な気持ちが朝雫を支配した。
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