第48話 ポーション生成

「――して、影山よ。ポーションはいつ作るのだ」


 エレノアの部屋を出ようとしたその時だった。


 別れの挨拶もそこそこに、王妃がこちらへ視線を向けてくる。扇子を閉じる仕草は優雅だったが、その瞳だけは妙に真剣だった。


「材料の確認もまだですからね」

「では今すぐ確認するのだ」

「え、今からですか?」


 思わず聞き返すと、王妃はきょとんとした顔をした。


「何か問題でも?」

「王妃様、さすがに今日はもう遅いのではありませんか? 影山様も到着したばかりですし、お疲れでしょう」


 エレノアが穏やかに口を挟む。


 窓の外では、夕日が王城の尖塔を赤く染めていた。城内にも夜の気配が少しずつ忍び寄り始めている。


「何を言うか。まだ陽があるではないか」

「沈みかけていますわ」

「沈む前に作ればよい」


 あまりにも理不尽な理屈だった。


 俺は助けを求めて国王陛下に視線を向けた。


 だが陛下は気まずそうに咳払いすると、さりげなく視線を逸らした。


 王妃に逆らえないというより、自分もポーションを早く見てみたいのだろう。

 なんというか、本当に似た者夫婦である。


 俺は小さく息を吐いた。


「……材料を確認するだけなら、今日中にできますよ」


 その瞬間、王妃の表情がぱっと明るくなった。


「ほれみろ! 影山もこう言っておるではないか! ついでに調合も今日中に頼むぞ」

「言うんじゃなかった……」


 思わず本音が漏れる。


「……材料が揃えば、ですけどね」

「安心せよ! 我が城の薬在庫に存在せぬ材料などない!」


 胸を張る王妃の隣で、国王陛下が遠慮がちに手を挙げた。


「一応、私の城なのだけどね……」

「細かいことを気にするな」


 王妃は即座に切り捨てた。


 国王陛下は苦笑している。


「アポロネアよ、侍女を呼ぶのだ」


 王妃の命令を受け、アポロネアが近くに控えていた侍女へ声を掛ける。


「この者を薬剤室へ案内するのだ」

「かしこまりました」


 こうして俺は、夕刻の王城を歩くことになった。



 ◆



 部屋を出ると、有栖川が当然のように俺の隣へ並んだ。


「あたしも行くわ」

「なんだ有栖川。貴様は調合に興味でもあるのか」


 アポロネアが一歩前へ出る。


「薬師の作業など見たところで退屈だろう。立ち会いは不要だ」

「あんたには関係ない」


 有栖川が露骨に顔をしかめた。


 アポロネアはその反応を意にも介さず、王妃へ向き直る。


「王妃陛下。有栖川をしばらくお借りしてもよろしいでしょうか」

「は?」

「ほぉ~?」


 王妃の目が面白そうに細められた。


「その者を使って何をするつもりだ」

「訓練所にて手合わせを」


 一瞬、場が静まり返る。


 王妃は扇子を広げると、興味深そうにアポロネアを見つめている。


「手合わせ……貴女の相手になるのか?」

「恥ずかしながら、先日レジャスにて一騎打ちを挑み、敗北いたしました」

「そなた程の騎士が負けたか。ふむ、面白い。許可しよう」

「ちょっとッ!」


 有栖川が即座に抗議した。


「なんで勝手に決めてんのよ」

「王妃陛下のご命令だ。諦めろ。それに貴様も腕が鈍っては困るだろう」


 アポロネアは真っ直ぐ有栖川を見据えた。


「それに私はまだ納得していない」


 有栖川はしばらく無言で相手を見つめ返している。


「納得も何も、あんた負けたじゃない」

「あの時は長旅で疲れていた」

「今だって同じでしょ」

「だが今回は貴様も長旅で疲れている。条件は同じだ。違うか?」

「鬱陶しいわね……」


 有栖川は深々とため息を吐き、それから俺へ視線を向けた。


「影山。この脳筋女に何とか言ってやってよ」


 脳筋。

 その言葉を聞いて、俺は思わず有栖川を見た。


 自分のことは棚に上げるらしい。


「あたしがいなかったら、影山だって困るわよね?」

「いや、全然困らん」

「は?」

「まったく困らん」

「……」

「これっぽっちも困らん。行ってこい」

「……くっ。あんた覚えていなさいよ!」


 有栖川は悔しそうに顔を歪めた。


 一方のアポロネアは満足そうに頷く。


「では行くぞ」

「憂さ晴らしにあんたをボコボコにしてやるわよ!」

「望むところだ!」


 二人は揃って歩き出した。


 互いに敵意むき出しのはずなのに、その足取りだけは妙に息が合っている。


 廊下の奥へ消えていく後ろ姿を見送りながら、俺は苦笑した。


 案外、あの二人は似た者同士なのかもしれない。


 やがて姿が見えなくなると、ようやく静かになった。


 王妃に振り回され、有栖川に絡まれ、アポロネアに睨まれる。

 賑やかと言えば聞こえはいいが、正直かなり疲れる。


 俺は改めて侍女へ向き直った。


「案内を頼む」

「はい。こちらでございます」


 侍女が一礼し、先に立って歩き始める。


 俺はその後を追った。


 王城の廊下に響くのは、侍女の靴音と俺の足音だけ。


 久しぶりの静かな時間だった。



 ◆



  薬剤室は王城北翼の一角に設けられていた。


 重厚な木製の扉を開けた瞬間、薬草と薬品の入り混じった独特の匂いが鼻を突く。


 乾燥薬草の青臭さ。

 煎じた薬液の苦い香り。

 さらに、何種類もの薬品が混ざり合った刺激臭。


 薬師以外なら顔をしかめそうな匂いだったが、俺にとってはむしろ馴染み深い匂いである。


 薬剤室は広い。


 壁際には天井近くまで届く棚が並び、無数の瓶や木箱、乾燥薬草が整然と収められている。中央には大きな作業台がいくつも置かれ、その上には秤や乳鉢、試験管のような器具が並んでいた。


 数人の薬剤師たちが、それぞれの作業を止めてこちらに目を向ける。


 その視線に歓迎の色はなく、品定めするような目だった。

 まあ当然だろう。


 どこの馬の骨とも知れない若造が、王妃の命令で突然薬剤室へ乗り込んできたのだ。


 面白いはずがない。


「影山玄兎です。国王陛下の命を受け、ポーションの調合を頼まれました」


 そう名乗ると、薬剤師たちの中で最も年配らしい初老の男がゆっくりと歩み出てくる。


 白髪混じりの髪。

 深く刻まれた皺。

 長年薬学に携わってきたことを感じさせる風格がある。


「王城薬剤師長のガランです」


 ガランはまるで俺を鑑定でもするかのように、頭のてっぺんから足の先までじっくりと見つめてきた。


「よりによって、ポーション……ですか」


 その声音には露骨な軽視が滲んでいた。


 おそらく彼らにとってポーションとは、薬学を志す者が最初に学ぶ初歩中の初歩なのだろう。


 そんなものを作るためだけに王妃がわざわざ呼び寄せた。理解できないという顔だった。


「しかしまあ、陛下のご命令であるならば仕方ありませんな」


 ガランは肩をすくめる。


「必要なものは薬在庫からご自分でお取りください。我々はポーションなど作っておる暇はございませんので」

「ああ、それはもちろん」


 こちらも最初からそのつもりだった。

 だが、それにしても嫌味な言い方である。


 協力はするが、信用はしない。

 ガランの冷ややかな視線が、そう雄弁に物語っていた。


「ロキシー」


 ガランが声を掛ける。


「はいはい、なんですかぁ〜?」


 気の抜けた返事に続いて、一人の少女が薬剤師たちの後ろから姿を現した。


 小柄な体躯に、ゆったりとした白衣を身に纏っている。

 褐色の肌に映える大きな瞳と、後ろで一つにまとめた栗色の髪が印象的だ。


 年齢は俺と同じくらいか、あるいは少し下かもしれない。


 重苦しい薬剤室の空気にはおよそ似合わないほど、その表情はころころとよく変わった。


「こちらは陛下がお連れになった薬師だそうだ。お前が面倒を見なさい」

「ええっ!?」


 ロキシーの顔があからさまに歪んだ。


「なんで私がよそもんの面倒なんて見なきゃダメなんですか! イヤですよ!」


 遠慮がなさすぎる。

 だがガランは慣れているのか、眉一つ動かさなかった。


「見習いが率先して雑務を行うのは当然のことだ。拒否権はない」

「雑務って言った! 今私のこと雑務係って言いましたよね!?」


 ガランから「雑務」として俺の案内を押し付けられ、ロキシーが抗議する。


 しかし、ガランは一瞥もくれず無視した。どうやら日常茶飯事らしい。


 雑務、か。

 事実その通りなのだろうが、案内される側の前でそこまで露骨に言わなくてもいいと思う。


 ロキシーは不満を隠そうともせず、半目になってこちらを睨んできた。


「私は優秀な薬師なんですからね。忙しいんですからね。ちゃっちゃっと済ませてくださいよ」

「善処するよ」


 俺が苦笑混じりに返すと、ロキシーはますます面倒そうな顔になった。


 そのやり取りを見届けた侍女が一礼する。


「それでは私はこれで失礼いたします」

「ああ、ありがとう」


 侍女は薬剤室を後にした。


 パタン、と扉が閉まる音が響く。

 それを合図にするかのように、ガランたちの視線がじっと俺に注がれた。


 完全にアウェーだった。


「ああ〜めんどくさ……」


 ロキシーは隠す気すらなくぼやくと、くるりと踵を返した。


「ほら、薬在庫はこっちですよ」


 やる気の欠片もない案内だった。


 だが少なくとも、さっきまでの薬剤師たちの冷たい視線よりはかはマシだった。


「さっさと必要なのを選ぶといいですよ」


 ロキシーに案内された薬在庫は、薬剤室の奥に設けられていた。


 その規模はかなり大きい。


 天井近くまで伸びる棚が幾列も並び、乾燥薬草や鉱石、魔物由来の素材が整然と保管されている。王城直属の研究機関だけあって、その品揃えはレジャスの素材屋より遥かに充実していた。


 俺はゆっくりと周囲を見回した。


「自分で選んでいいのか?」

「……耳悪いんですか?」


 ロキシーが呆れたように眉をひそめる。


「そう言ってるですよ。言っとくけど、私は手伝いませんからね」

「別に構わない」


 俺が頷くと、ロキシーは「変な人ですねぇ」とでも言いたげな顔をした。


 俺は棚の間を歩き始める。


 並べられた素材を一つずつ確認しながら、必要なものを探していく。


【薬草鑑定】


 視界に映る素材の情報が次々と頭へ流れ込んできた。


 名称。


 薬効。


 毒性。


 最適な調合法。


 一つ一つ本を読んで確かめる必要はない。


 ブラッドモスの球根。


 グレイフラワーの乾燥葉。


 ソーンルート。


 必要な素材を順番に手に取る。


 さすがに雑草扱いされているポノメ草は見当たらなかったが、グレイフラワーで十分代用できる。


 問題はない。

 そう判断した直後だった。


「ちょっと待つですよ!」


 後ろから甲高い声が飛んできた。


 振り返ると、ロキシーが信じられないものを見るような目でこちらを見ている。


「先輩、さてはド素人ですね」

「先輩?」


 思わず聞き返すと、ロキシーの目が丸くなった。


「まさか後輩ですか!?」

「は?」

「歳はいくつです?」

「十六……いや、もう十七になったのかな」


 この世界へ来てから数ヶ月。

 地球のカレンダーとは違うため、自分でも正確な年齢が曖昧になっていた。


「やっぱり先輩じゃないですか」


 ロキシーが腕を組む。


「私は十五です」


 どうやら薬師としての先輩後輩ではなく、単純に年齢の話らしい。


「ド素人な先輩に教えといてあげますけど」


 ロキシーは得意げに俺の手元を指差した。


「先輩が持ってるそれ」

「これか?」


 右手のソーンルートを軽く持ち上げる。


「そう、それです!」


 ロキシーは勢いよく頷いた。


「そのソーンルートには毒性があるんですよ。正しい配合を行えば解毒薬の材料になりますけど、それ以外じゃまず使いません。そんなことも知らないんですか?」


 完全に先生気分のようだ。


 本人なりに親切心もあるのだろう。


「確かにソーンルートには毒性がある。だが、グレイフラワーの乾燥葉から抽出される成分と組み合わせることで、別の効能を持つ成分へ変化する」

「嘘です!」


 即答だった。


「そんなの聞いたことないです!」

「お前が聞いたことがないだけだろ?」

「違います! そんな危険な素材を混ぜようとしてるなんて、まさか国王陛下を暗殺するつもりじゃないですか!」

「しないしない」


 発想が飛躍しすぎである。


 しかし本人は本気らしい。

 正直めんどくさい。


「それに毒性の話をするなら、ブラッドモスの球根にも毒はあるぞ」

「ないですよ!」


 今度は食い気味だった。


「極微量だが毒は存在する。普通は問題にならない程度だから知られていないだけだ」

「そんなはずありません!」

「その毒性も、グレイフラワーとの調合過程で中和される」

「習ってません!」

「それは知らん」

「知らんじゃないですよ!」


 ロキシーが地団駄を踏んだ。


「根拠は?」

「うーん……完成品を見ればわかるんじゃないか?」


 俺がそう言うと、ロキシーは不満そうに唇を尖らせた。


 俺だって逆の立場なら、素性の分からない相手を信用したりはしないだろう。


 ましてや教科書にも載っていない知識を突然語られても、眉唾にしか聞こえないはずだ。


 俺は追加でグレイフラワーを二束ほど手に取り、薬在庫を後にした。


 背後からは、なおも鋭い視線を感じる。


 振り返らなくてもわかる。

 ロキシーが何か言いたそうな顔でついて来ているのだ。


 薬剤室へ戻ると、作業を再開していた薬剤師たちが再びこちらへ視線を向けてくる。


 そして俺の手元を見た瞬間、何人かの眉が動く。


 ソーンルートが混ざっているのを見つけたのだろう。


 薬剤師長のガランも同じだった。


 彼は素材の束へ目を落とし、露骨に怪訝そうな表情を浮かべる。


「……本当に大丈夫なのですか」


 疑念を隠そうともしない声だった。


「完成品を見てから判断してもらえますか」


 俺はそう答えながら、空いている作業台へ向かう。


 周囲の薬剤師たちの視線が集まるのを感じた。


 警戒。


 不信。


 そして僅かな興味。


 どうやら、これから始まる失敗を見物したいらしい。


 まあいっか。

 どうせ説明するより、実際に見てもらった方が早い。


 俺は作業台の前に立ち、持ち込んだ素材を並べていく。



 ◆



 調合を開始した直後、彼らは退屈そうにそれぞれの作業台へと戻っていった。


 誰も俺に期待などしていない。

 せいぜい、ときおり「まだ失敗しないのか」と冷やかし混じりの視線を向けてくる程度だ。


 だが、調合が進むにつれて、薬剤室の空気が目に見えて変わり始めた。


 俺の手際を見る彼らの視線が、徐々に、しかし確実に増えていく。


 ソーンルートを細かく刻む。


 刃を入れる角度、切り分ける大きさ、そのすべてが均一になるよう淀みなく揃えていく。


 続いて、グレイフラワーの乾燥葉を乳鉢へ入れ、小気味よい音を立ててすり潰し、粉末状にしていった。


 さらにブラッドモスの球根を加工し、そこから有効成分を抽出する。


 工程自体は決して難しくない。

 だが、順番が重要だった。


 どの素材をどの段階で投入するか。

 どの成分を先に反応させるか。


 その積み重ねが結果を大きく左右する。


 そして最後に決定的なのが、ポーション生成士の【調合】スキルだ。


 普通の薬師には再現できない工程である。


 だからこそ、この世界では誰も完成させられなかった。


「……ソーンルートを、そのタイミングで入れるんですか」


 気付けばすぐ横にロキシーが立っていた。


 さっきまでの面倒臭そうな態度はどこへやら、今は純粋な興味が勝っているようで、俺の手元をじっと凝視している。


「最後に入れないと毒性が強く出るですよ」

「普通はそうだな」

「じゃあどうして――」

「グレイフラワーの成分と先に反応させるためだ」


 俺は手を止めずに答えた。


「そうすることで、毒性が変化する」

「信じられないです……」


 ロキシーは小さく呟いた。


 だが視線は一瞬たりとも手元から離れない。


 その様子を見ていた他の薬剤師たちも、いつしか作業の手を止めていた。


 遠巻きに観察していた者が一人、また一人と近付いてくる。


 室内には薬草を刻む音と薬液を混ぜる音だけが響いていた。


 やがて調合は終盤へ入る。


 最後の工程。

 淡く発光する薬液へ、調整した成分を加えていく。


 液体の色がゆっくりと変化した。

 濁りが消え、透明感を帯びていく。


 その瞬間、周囲の薬剤師たちの表情が変わった。


 彼らも気付いたのだろう。


「……綺麗」


 ロキシーが思わず呟く。


 やがて薬液は淡い緑色へ落ち着いた。


 完成だ。


 俺は出来上がったポーションを小瓶へ注ぎ、栓を閉める。


「鑑定をお願いできますか」


 差し出された小瓶を見つめながら、ガランは僅かに躊躇した。


 それでも無言で受け取ると、鑑定用の魔道具を取り出して小瓶にかざす。


 周囲の薬剤師たちも自然と集まってきた。


 魔道具が、淡い光を放つ。


 次の瞬間――。


 ガランは息を呑み、彫刻のように凝固した。魔道具を見るその瞳が、信じられないものを見たかのように激しく揺れている。


「……な」


 隣にいた薬剤師が結果を覗き込み、ガランと同じように絶句した。


 それを合図に、室内のざわめきが嘘のように消え去る。


 誰も言葉を発しない。

 誰もがただ、魔道具に表示された数値を穴が空くほど凝視していた。


「……これは」


 最初に口を開いたのはガランだった。


「本当に毒性が完全に消えている……」


 信じられない。

 そんな感情がありありと滲んでいる。


「そ、それだけじゃありません!」


 別の薬剤師が声を上げた。


「効能値が異常です!」

「何……?」

「こんな数値、見たことがありません!」


 次々と薬剤師たちが魔道具を覗き込む。


 そして驚愕する。


「馬鹿な……」

「あり得ない……」

「どういう理屈だ……?」


 先ほどまでの見下した空気は完全に消えていた。


 代わりにあるのは困惑と衝撃。


 そして研究者特有の知的好奇心だった。


 そんな中、ロキシーだけは黙ったまま小瓶を見つめていた。


 やがてゆっくりと顔を上げる。


「……どうやったんですか」


 先ほどまでとは違う声だった。


 馬鹿にする響きもない。

 疑う響きもない。


 純粋な疑問。

 そして知りたいという欲求。


 俺は小さく笑った。


「教えてほしいか」

「……意地悪な先輩ですね」


 ロキシーはぷいっと顔を逸らした。


 だが、その耳はほんのり赤くなっていた。


 悔しいのだろう。


 自分が間違っていたことも。


 目の前で常識を覆されたことも。


 それでも視線だけは何度も小瓶へ向かう。


 どうやら完全に興味を持たれてしまったらしい。



 ◆



 王妃と国王陛下へポーションを渡したのは、すっかり日が落ちた頃だった。


 王城の窓の外には夜の帳が降り、廊下を照らす魔導灯の灯りが柔らかく揺れている。


 そんな中、王妃は差し出された小瓶を受け取った瞬間、少女のように目を輝かせた。


「これが若返りポーションなのだな!」

「厳密には若返りではなく、肌細胞の初期化に近いですが」

「細かいことはよい!」


 王妃は説明を最後まで聞こうともしなかった。


「あっ、ちょっと――」


 制止する間もなく、小瓶の栓を抜き、そのまま一気に飲み干してしまう。


 ごくり、と喉が鳴った。


 俺は思わず額を押さえる。


 俺が暗殺者だったらどうするつもりなのだろう。


 せめて毒見くらいさせるべきではないだろうか。


 国の頂点に立つ人間として、その辺りの危機感をもう少し持ってほしい。


 そんなことを考えていると、隣にいた国王陛下が周囲を気にするように視線を泳がせていた。


 そして誰も見ていないことを確認してから、こっそりポーションを口へ運ぶ。


 この夫妻、本当によく似ているな。


「効果が出るまで少し時間がかかりますよ」

「そ、そうか」


 王妃は落ち着きなく頬や目元を触り始めた。


「まだか?」

「まだです」

「まだなのか?」

「まだです」

「いつ効くというのだ!」

「翌朝には変化が出るはずです」

「翌朝か……」


 王妃は露骨に肩を落とした。


 今すぐ鏡の前で若返りを確認する気満々だったらしい。


 一方、国王陛下は何も言わない。


 ただ静かに自分の頬を撫でながら、部屋の隅に置かれた鏡へちらちら視線を送っていた。


 やっていることはほぼ同じだった。


「妾はもう寝る!」

「あっ、私も!」


 二人は勢いよく立ち上がった。


 少しでも早く翌朝を迎えたいのだろう。


 王妃など半ば駆け足で部屋を出ていこうとしている。


 国王陛下も慌ててその後を追った。


 その背中を見送りながら、俺は小さく息を吐いた。


 なんというか、仲の良い夫婦である。


 その後、俺は侍女に案内されて客室へ向かった。


 王城の客室はレンバース邸以上に豪華だったが、今は感動している余裕もない。

 ベッドへ腰を下ろし、今日一日を振り返る。


 謁見の間での切れ痔騒動から始まり、エレノアとの再会、ルクセリア王家との同盟、若返りポーションの完成。


 なかなか密度の濃い一日だった。


 だが悪くはない。


 俺はそのままベッドへ身を横たえ、静かに目を閉じた。

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