第47話 再会と交渉
「くっ……ふふっ……あっははははっ!」
王妃が笑った。
最初は堪えようとしたのだろう。口元に扇子を当て、気品を保とうとしていた。だが一度込み上げた笑いは抑えきれなかったらしく、肩が小刻みに震え始める。
やがて、その笑いは堰を切ったように大きくなり、荘厳な謁見の間へ高らかに響き渡った。
「いや、これは傑作だ」
左右に控える近衛騎士たちが困惑した様子で互いに顔を見合わせる。
女官たちは必死に表情を消したまま俯いていたが、その肩にはわずかな緊張が見て取れた。
そして当の本人だけが、両手で顔を覆いながら小さく肩を震わせている。
恥ずかしさのあまり泣き出してもおかしくない有様だった。
俺は余計なことを言わず、王妃の笑いが収まるのを黙って待った。
しばらくして、王妃はようやく扇子を下ろし、目元に浮かんだ涙を指先で拭った。
「失礼した。まさかあれほど直球で答えが返ってくるとは思わなんだのだ」
「あ……」
そこでようやく、自分が何を口走ったのかを思い出した。
慌てて女官のほうを見るが、手遅れだった。
女官は指の隙間からこちらを睨みつけている。その目には恨みと羞恥と抗議の色がこれでもかというほど詰まっていた。
「しかし、痔ということは聞いておったが、まさか切れ痔だったとはな」
答えないわけにもいかなかったとはいえ、さすがに申し訳ないことをした。
女官は何か言いたげに唇を震わせたものの、結局一言も発することなく、足早に持ち場へ戻っていった。
去り際の背中からは、無言の抗議がこれ以上ないほど伝わってくる。
俺は心の中で謝罪しながら、改めて王妃へ向き直った。
「それでエレノアは……レンバース伯爵は無事なのですか?」
問いかけた瞬間、それまで笑いに揺れていた王妃の表情がゆっくりと落ち着きを取り戻す。
空気が変わった。
先ほどまでの和やかな雰囲気は消え去り、謁見の間に本来あるべき緊張感が戻ってくる。
王妃は少しだけ考えるように視線を伏せた。
「もう少し遊びたい気もするのだが……」
「ゴホンっ……キャサリン、それくらいにしたらどうだい?」
玉座の隣から国王陛下がわざとらしく咳払いをする。
「彼に頼みたいことがあるんじゃないのかい? これ以上は嫌われてしまうよ?」
国王の言葉に王妃は一瞬だけ口を尖らせた。
だが次の瞬間には肩をすくめ、小さく笑う。
「それもそうだな」
そう言って頷くと、手にしていた扇子をそっと畳んだ。
そして玉座から立ち上がる。
その動きだけで、周囲の空気が引き締まった。
近衛騎士たちが直立し、女官たちも一斉に頭を垂れる。
「……案内しよう」
その声音には、先ほどまでの戯れめいた響きは残っていなかった。
「ついて参れ」
王妃は踵を返し、謁見の間の奥へ向かって歩き始める。
その隣では、国王陛下もゆっくりと玉座から立ち上がった。
「まったく、君はいつも遊び過ぎなんだよ」
「面白いものは仕方あるまい」
「ほどほどにしてあげなさい」
夫婦の気安いやり取りに、周囲の近衛騎士たちは慣れた様子で控えている。
二人の王族が歩き出すと、謁見の間にいた者たちが一斉に頭を垂れた。
王妃と国王陛下はそのまま奥の通路へ向かう。
俺も慌ててその後を追った。
◆
謁見の間を出ると、空気が変わった。
先ほどまでの華やかさと緊張感が嘘のように消え、石造りの廊下はしんと静まり返っている。
王妃が先頭を歩き、その後ろに俺と有栖川、アポロネアが続く。
そして最後尾には国王陛下がいた。
国王は特に何を言うでもなく、穏やかな表情のまま王妃に付き従っている。
やがて一つの扉の前で王妃が足を止めた。
そしてこちらへ振り返る。
その顔には、いたずらを思いついた子供のような笑みが浮かんでいた。
「エレノア! サプライズだ!」
ノックもせず、王妃は勢いよく扉を開け放った。
室内には暖炉の火が穏やかに揺れており、暖かな空気と紅茶の香りが廊下へ流れ出してくる。
窓際には上質な椅子、その上に一人の女性が腰掛けていた。
陶器のカップを両手で包み込み、優雅に紅茶を口へ運んでいる。
深緑の髪。
翠色の瞳。
見慣れた整った容貌。
そして豊かな胸元。
間違いなくエレノア本人だった。
その背後には黒い制服に身を包んだ老執事、クロードが控えている。
相変わらず微動だにしない見事な執事ぶりだった。
エレノアは王妃の大声にうんざりしたような表情で顔を上げた。
そして俺たちの姿を認めると、わずかに目を見開く。
「あら」
短い声だった。
だが、その反応だけで十分だった。
俺は室内を見回す。
拘束具はない。
監禁されている様子もない。
兵士に囲まれているわけでもない。
暖炉の前で紅茶を飲みながらくつろいでいるようにしか見えなかった。
暖炉の前で紅茶を飲んでいる人間の何が拘束なのか。
俺はゆっくりとアポロネアへ視線を向けた。
彼女は俺と目が合った瞬間、露骨に顔を逸らした。
「…………」
実にわかりやすかった。
「影山様、有栖川様。その様子ですと、キャサリン王妃に無理矢理連れてこられたようですわね」
エレノアはカップをテーブルへ置き、ゆっくりと立ち上がった。
ドレスの裾がふわりと揺れる。
その顔にはいつもの穏やかな微笑みが浮かんでいた。
少なくとも、命の危険に晒されている人間の顔ではない。
「……そうなんだろうな」
俺は何と言えばいいのかわからなかった。
心配して王城まで飛んできた手前、怒るべきなのか安心するべきなのか判断に困る。
隣では有栖川も同じ気持ちだったらしい。
彼女は半眼になりながら俺の耳元へ顔を寄せた。
「あのクソ騎士にハメられたわね」
声は小さい。
だが怒気は含まれていなかった。
「……そうみたいだな」
王妃はそんな俺たちの反応を見て満足そうに笑っている。
どうやら最初から全部わかった上で楽しんでいたらしい。
◆
「影山様、レジャスから長旅でお疲れでしょう。どうぞこちらへ。クロード、お茶を淹れてもらえるかしら」
「もちろんでございます」
勧められるままに腰を下ろす。
クロードは一礼すると、無駄のない所作でティーセットの準備を始めた。
銀のポットから立ち上る湯気が室内へ広がる。
その様子を見ていると、ここが王城の一室だということを忘れそうになる。
王妃は向かいのソファへ腰を下ろした。
国王陛下もその隣へ座る。
アポロネアは壁際へ下がり、護衛としての務めを果たしている。
しばし穏やかな時間が流れた後、王妃が口を開いた。
「すまなかったな、影山。少々意地が悪かった」
その顔には反省らしい反省は見当たらない。
「少々、ですか」
「少々だ」
王妃は堂々と言い切った。
やはり悪びれる様子はない。
むしろ開き直っている。
隣の国王陛下が小さくため息を吐いた。
どうやらいつものことらしい。
王妃は膝の上で手を組み、穏やかな目でエレノアを見た。
「エレノアとは学生時代からの友人でな。五年間、この子が屋敷へ引きこもったままでいることを、ずっと案じておった」
その声音からは先ほどまでの悪戯っぽさが消えていた。
「キャサリン……」
「火傷を負い、夫を失い、人前へ出なくなり。何度声を掛けても会おうとしなかった。だから半ば諦めておったのだ」
王妃は少し寂しそうに笑った。
「それがある日突然、火傷痕どころか二十歳近く若返って王都へ現れたのだ。驚くなというほうが無理であろう」
国王陛下も苦笑しながら頷く。
「私もあの時は目を疑ったよ。まるで学生時代のエレノアが、時を超えて現れたのかと思ったほどだ」
「陛下まで……」
エレノアが困ったように眉を下げる。
だがその表情はどこか嬉しそうでもあった。
「そうして話を聞くうちに、そなたのことを知ったのだ」
王妃と目が合う。
「エレノアというのは学生時代から、他人にまったく興味を示さぬ女だった。社交界でも必要最低限しか話さぬし、男に言い寄られても冷たいものだった」
「言い方が酷くありませんかしら」
「事実であろう」
エレノアはバツが悪そうに視線を逸らした。
「それが影山、そなたの話になった途端、その……なんと言えばよいか」
「まるで亡きブレットに恋をした時のような、乙女の顔をしていたね」
国王陛下が懐かしそうに微笑んだ。
「およしください、陛下。そのような昔話」
エレノアの白い頬がうっすらと赤く染まる。耳まで赤い。
それを見た王妃が吹き出した。
「くっ……あっははははっ!」
室内に豪快な笑い声が響く。
「そうそう! まさにそれだ! だからどうしても直接会ってみたくなったのだ!」
王妃は腹を抱えながら笑う。
「すまなかったな」
絶対に半分以上面白がっていたな、この人。
それだけの理由で王都まで呼び出すな、と言いたかったが、相手は王妃である。
俺は黙って飲み込んだ。
国王陛下が少し居住まいを正した。
「エレノアの亡き夫、ブレットとは学生時代からの親友だった」
先ほどまでの柔らかな空気が少しだけ落ち着く。
「彼が亡くなってから、私たちはずっとエレノアを気に掛けてきた。だが私たちにできることには限りがあった。だから今回、君が彼女の火傷痕を治したと聞いた時、本当に驚いた。そして心から感謝したんだ。ありがとう、影山玄兎。私たちの友人を救ってくれて」
そこには国王としてではなく、一人の友人としての感謝があった。
「私からも改めて礼を言わせてくれ。感謝するぞ、影山」
「いえ」
俺は少し照れ臭かった。
そんな空気を吹き飛ばすように、王妃が突然目を輝かせる。
「それはそうと、影山は随分と摩訶不思議なポーションを作るらしいではないか。……その、若返りのポーションと言ったか?」
やはり、その話か。
たぶん王妃の本命は最初からこっちだ。
もちろんエレノアを案じていたことも本当だろう。
だがそれとは別に、若返りポーションへの興味が抑えられなかったのだろう。
「あれは副作用みたいなものですから」
「副作用?」
「肌細胞を初期化した結果というか、まあ、たまたまですね」
「たまたま……?」
「はい、たまたまです」
王妃の片眉がぴくりと動く。
「つまり、作れるのか?」
「うーん……どうでしょうか」
「ええい、はっきりせんか!」
ついに我慢の限界を迎えたらしい。
王妃が勢いよく身を乗り出してきた。
「妾は若返りポーションを作れるのかと聞いておるのだ!」
先ほどまでの王妃らしい威厳はどこへ行ったのか。
目が本気だった。
「仮に作れると言った場合は……?」
「作るのだ!」
即答だった。
「妾もあの頃の輝きを取り戻したい!」
凄まじい勢いだった。
今にもテーブルを乗り越えて掴みかかってきそうである。
俺は助けを求めるように国王陛下へ視線を向けた。
しかし国王陛下は紅茶を飲みながら、すっと視線を逸らした。
どうやら助ける気はないらしい。
「その前に、陛下たちには一つ話しておくべきことがあります」
「聞こう」
切り替えの早さがすごい。
「俺たちはこの世界の人間ではありません。グランタリア王国によって、別の世界から召喚された人間です」
その言葉が落ちた瞬間、室内の空気がまた変わった。
王妃の扇子が止まり、国王陛下の目がわずかに見開かれる。
エレノアもそっと息を呑む。
壁際に立つアポロネアだけは表情を変えなかったが、その視線はこちらへ向けられていた。
「俺が作るポーションは、ポーション生成士という
そして以前、有栖川へ説明した内容を王妃陛下たちにも伝えていく。
ポーション生成士だけが、正しいポーションを作ることができるという事実。
現在この世界で流通しているポーションが、本来のポーションとは似て非なるものであることも包み隠さず説明した。
誰も口を挟まなかった。
暖炉の薪が爆ぜる音だけが室内に響いている。
話し終わる頃には、全員が真剣な顔になっていた。
「なるほど」
最初に口を開いたのは王妃だった。
「影山の言いたいことは理解した」
彼女は肘掛けに腕を乗せながら俺を見る。
「そして、それを妾たちに話したということは、何かあるのであろう」
「グランタリアにポーションのことを嗅ぎ回られています。それと、教会からも異端者として目を付けられている」
今度は誰も驚かなかった。
むしろ全員が納得したような顔をしている。
「……なるほど」
王妃は呟いた。
そしてしばらく俺を見つめた後、ゆっくりと扇子を閉じる。
「いざという時の後ろ盾になれということか」
話が早い。
俺はその通りだと頷いた。
「グランタリアと教会。どちらが動いてきても、ルクセリア王家として対処していただける保証がほしい」
「その対価がポーションということか」
「そうです」
王妃は隣の国王へ視線を向けた。
二人の間で短い沈黙が交わされる。
どうやら相談するまでもなかったらしい。
「よかろう」
国王が答える。
「君たちのことは我がルクセリア王国が守ると誓おう」
その声音には先ほどまでの軽さはなく、王としての重みがあった。
「グランタリアが何を言ってこようと、教会が騒ごうと、妾が直接相手をしてくれる」
王妃の言葉に迷いはなかった。
その瞬間、俺はようやく胸の奥の緊張が少しだけ解けるのを感じた。
これで最低限の保険は確保できた。
「……で、いつ出来る?」
王妃は子供のように目を輝かせていた。
「材料を持ってきてないので」
「城内には薬在庫がある。常駐の薬師もおるぞ!」
王妃は身を乗り出していた。
先ほどまで国家間の問題を語っていた人物とは思えない。
「では――」
「今日中に作れるか!」
「え……今日ですか?」
「今日だ!」
王妃がグッと顔を近づけてくる。
距離が近い。
「妾は一刻も早く若返りたいのだ!」
さらに隣のエレノアを指差した。
「エレノアばかりつやつやのぷるんぷるんでズルいっ!」
「キャサリン……」
エレノアが呆れたように額へ手を当てる。
俺は思わずエレノアへ視線を向けた。
彼女は小さく首を横へ振る。
その目は語っていた。
――諦めてくださいませ。
おそらく、こうなった王妃を止める方法は存在しないのだろう。
「あ、その……すまない」
不意に国王陛下が遠慮がちに手を挙げた。
「どうかされましたか?」
「私も、できれば……」
国王陛下は少し申し訳なさそうに笑った。
しかし目だけは妙に真剣だった。
「陛下、男なのに若返りたいとはみっともないではないか」
「いや、しかし……」
国王陛下は咳払いを一つした。
「若い頃の自分というものには、少々興味があってだね」
言いながらこちらを見る。
その視線が妙に期待に満ちていた。
大型犬のような純朴さだった。
俺は思わずため息を吐く。
隣では有栖川が吹き出しそうになっていた。
「はぁ……一つ作るのも二つ作るのも大して変わりません」
俺がそう言うと、国王陛下の表情がぱっと明るくなった。
「陛下の分も作らせていただきます」
「恩に着るぞ、影山殿!」
国王陛下は本気で嬉しそうだった。
王妃も満足そうに頷いている。
こうして俺は、ルクセリア王国との同盟を取り付ける代わりに、若返りポーションを二人分作ることになった。
なんだか妙な取引だった。
◆
「ところで影山様、ヘルガたちは……皆は元気にしておりましたか」
「……あ!」
エレノアがヘルガたちのことを口にしたのは、王都への滞在が決まってしばらく経った頃だった。
すっかり忘れていた。
「ヘルガたち、エレノアが拘束されていると聞いて死ぬほど心配していたわよ」
有栖川の言葉を聞いた瞬間、エレノアが深々とため息を吐いた。
「キャサリン。いくら何でもやり過ぎです!」
「そのくらい鬼気迫った状況のほうが、男は燃えるというものではないか。のお、影山」
王妃が悪びれもせずこちらを見る。
「え……は、はあ」
曖昧に頷くしかなかった。
どうやら俺を焚きつけるための嘘だったらしい。
ちらりとアポロネアへ視線を向ける。
すると彼女は露骨に顔を逸らした。
私は悪くありません、とでも言いたげだった。
「メイド長たちが心配しているはずですから、わたくしはできれば早く戻りたいのですが」
「早馬を飛ばせばよい」
王妃は当然のように答える。
そこでふと思いつく。
「それならテレビ電話でもするか?」
「テレビ……でんわ?」
エレノアが首を傾げる。
王妃も国王も聞き慣れない言葉に顔を見合わせる。
俺はポケットからスマホを取り出した。
黒い画面が室内の明かりを反射する。
「……なんだ、その薄っぺらい黒い箱は」
王妃が興味津々といった様子で身を乗り出してくる。
「俺の世界の道具です。遠くにいる人間と顔を見ながら話せます」
「ほぉ~」
王妃の目が再び輝く。
「そなたの世界には、随分と便利な魔道具が存在するのだな」
魔道具ではないのだが、説明が面倒なので訂正はしなかった。
俺はスマホを操作し、桐島へビデオ通話を発信する。
数回の呼び出し音の後、画面が切り替わる。
『影山くん!?』
桐島の素っ頓狂な声が部屋に響く。
王妃と国王が揃って身を乗り出した。
「よお、元気にしてるか?」
『そりゃ元気だけど、影山くんたちは大丈夫なの!? ていうかどうだったの、エレノアさんは!?』
「隣にいる」
俺はスマホをエレノアへ向けた。
次の瞬間。
『えっ!?』
桐島の目が丸くなる。
『その人がエレノアさん!? ちょっ、ちょっとヘルガさん! ヘルガさんっ!』
画面が大きく揺れた。
向こう側で慌ただしい足音が聞こえる。
『なんですか桐島! あなたはもう少しレディとして落ち着きなさいと日頃から――』
説教を始めかけたヘルガの声が途中で止まった。
桐島がスマホを向けたのだろう。
しばらくして、水瀬と安西の顔も画面へ映り込んできた。
そして最後に、ヘルガが画面の正面へ現れる。
『これは……』
ヘルガが絶句した。
いつも冷静沈着なメイド長が言葉を失っている。
画面越しでも、その瞳が大きく揺れているのがわかった。
『エレノア様……』
震える声だった。
『ご無事で……本当に、ご無事で……』
それ以上の言葉が続かない。
ヘルガは目元を押さえ、小さく俯いた。
十数年間。
ずっと支え続けてきた主人なのだ。
その感情は簡単に言葉にはできないのだろう。
エレノアが柔らかく微笑む。
「ヘルガ。心配をかけてごめんなさい」
どこまでも穏やかな声だった。
「もうしばらくしたら帰りますわ」
『……はい』
ヘルガが頷く。
『お待ちしております、エレノア様』
深々と頭を下げる姿に、画面の向こうの桐島まで目を赤くしていた。
水瀬が苦笑しながら桐島の背中を軽く叩いている。
「ところで、彼女たちは?」
エレノアが画面の向こうを見ながら尋ねた。
「ああ、俺の知り合いだ。行くところがなくてさ。メイド長に相談して屋敷で雇ってもらってる。……まずかったか?」
「いいえ」
エレノアは即座に首を横へ振った。
「影山様のご友人でしたら大歓迎ですわ。それに使用人の採用はヘルガに一任しておりますから」
「そっか」
それなら問題ないだろう。
エレノアの無事も伝え終えたし、俺は通話を切った。
スマホをポケットへ戻す。
すると王妃が顎へ手を当てながらこちらを見ていた。
「うーむ……」
どうしたのだろう。
「戦場で連絡手段として使えれば、とんでもない武器になりそうだな」
「……まあ、そうですね」
抜け目のない人だ。
隣の国王陛下も興味深そうに頷いている。
この夫婦、思考が為政者そのものである。
「スマホを持ってないと意味ないですけどね」
俺は適当に笑って誤魔化した。
下手に説明すると面倒なことになりそうだった。
窓の外へ目を向けると、夕暮れに染まる王都の街並みが広がっていた。
赤く染まった屋根。
遠くに見える白い城壁。
人々の営みを包み込むように、ゆっくりと夜が近づいてくる。
しばらくはこの王都に滞在することになりそうだ。
王妃は若返りポーションを作れと言っている。
グランタリアも教会も不穏な動きを見せている。
そして俺の周囲には、なぜか次々と厄介事が集まってくる。
窓の外の景色を眺めながら、俺は小さく息を吐いた。
できることなら、平穏に過ごしたいものだ。
そんな願いが叶った試しは、あまりないのだが。
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