※24※

 新しい朝だ~新メニューの朝だ~♪


 昨夜は場所を変えたことが良かったのか、マナーの悪い冒険者はいなくてすがすがしい朝を迎えることができた。

 来客数は少なかったので売り上げに響いたが、心の安寧は大切だ。


「さぁて、今日は何かなー」

 ウキウキしながら自販機の前に立つ。


 本日のメニューはこちら!

ペットボトル飲料…水、緑茶、ほうじ茶。

紙パック入りジュース…ぶどう、洋ナシ、フルーツミックス(マンゴー+ピーチ+パイナップル)

蓋つき耐熱カップ飲料…キャラメルマキアート ホットチョコレート

パン…くるみパン チーズパン

おにぎり…明太子 焼き肉

スープ…ポタージュ、きのこスープ、野菜の味噌汁


 新登場もあるが2度目ましてもある。


「だいたい10日前後でメニューが一巡する感じなのか? まだしばらく様子を見ないと分からんが」


 適当に追加購入して事務所内に戻ると、移動販売用のメニュー看板を書き直す。

 ギルド販売する本日のパンはくるみパン、チーズパン、きなこ揚げパン、ツナマヨパンの4種類。持っていくジュースはフルーツミックス、フルーツオレ、ぶどう、みかんの4種類。スープはポタージュと豚汁を5つずつ10食分。きっちりできるだけ隙間がないように詰めて4箱分用意した。


「あ、そうか。搬入を今日から2回するって約束したんだった」

 こんな時に役に立つのが風呂敷、だよな。


 ひと箱に詰め込むのと同じだけを風呂敷に包んで…えーと在庫がある白パン、黒パン、メロンパンにジャムパンの4種類を追加。ジュースは別のフルーツミックス、フルーツオレに加えてりんご、レモン、洋ナシの5種類でセットを作るか。

 スープはベーコンとキャベツに…今日のポタージュをあと5食分追加して3種類にしておこ。


「よし、準備完了」


 朝10時くらいまでSAをオープンさせて、客がいなくなったのを見計らい撤収。町の中にさくっと管理人事務所経由で転移して冒険者ギルドへ行こう。


「あれ?」


 管理人事務所へ入って「さぁ、転移」と思ったところでなにか変、と思ってしまった。


 これまで転移はいつもSAを撤収した後に管理人事務所を出して、管理人事務所に入ってから町の中に転移していた。登録済みの場所を選ぶことで、希望通りの場所にさくっと転移していたわけだが…


「転移ってSAを設置したまま転移できないのか?」

 これまで一度も考えたことがなかったが、ふと…気になってしまった。


「………試してみよう」


 気になったらもうダメだ。答えが知りたくてたまらない。


 そうして再び管理人事務所から出て、管理人事務所を…あれ? ここでも引っかかった。いつもSAを設置するにしても管理人事務所を出す場合にしても、何もない状態で場所指定していた。登録地点を選ぶだけで転移できるのに対し…


「そうだよ! 登録地点を選ぶだけで転移していた」


 つまり、登録済みの場所へ転移する場合は…管理人事務所をいちいち出したり消したりしなくてもいい、ってことだよ。これをSAを出したまま別の登録済み地点への転移が出来ないのか? というのが疑問その1だ。


「…出来た、な」


 登録地点1と登録地点2の間で…SAを撤収しないままに転移できてしまった。つまり、SAを出したり撤収したりしなくてもいいってことだ。


「次は…」

 SAを出したままの状態で今度は町の中の登録地点へ転移してみた。


「…こっちも、出来た」

 先ほどとの違いは転移した先が管理人事務所内に変わったということだ。登録した時の状態が反映されているのかもしれない。


 そのまま管理人事務所内から転移で戻ってみたが、ちゃんとSAの敷地内だ。ついでに…とその状態で管理人事務所から出ずに別の登録地点へ転移してみる。


「あれ?」

 SA内になってない? ポツンと何もない街道脇に立っていた。


「……もしかして」と試してみたところ、SA内になったのは1個所だけ。つまり、撤収せずに転移したその場所にSAは残っていたのだ。


「これってつまり…SAを設置したまま、俺だけが管理人事務所を経由して町中に転移できるってことだ」


 俺がいなくても…SAの営業ができる!


「……そういう、ことだよな。ダンジョン近くにSAを出して営業したまま、俺だけが管理人事務所経由で町の中へ行って、冒険者ギルドで移動販売したり爺さんたちのところへ顔を出したりできる、ってことだ」


 これはすごい。助かる。地点登録ができていない初日の移動日こそギルドでの移動販売をお休みしなくてはならないが…2日目からはどっちも出来るってことだ。


「はは、ははは…」

 転移が出来るだけでもズルいのに、同時に別々の場所で販売ができる。出来てしまう。

 これ、どうするかな。

 コルサ達に言うべきか。今は転移ができることは話していない。でも付き合いが長くなれば長くなるだけ不審に思われるし、なんとなくの違和感が確証に変わったりするだろう。


 ダンジョンに一緒に行っている間は気が付かれないかもしれない。でも、ダンジョンから帰ってきてコルサがマレサさんから「毎日のように移動販売に来てくれていた」と聞いたら…確実に分かるよな。

 毎朝一緒にダンジョン近くのSAでコルサたちと朝食を食べていた俺が、昼には町にいてギルドで移動販売、また夕食はみんなと一緒にダンジョン近くで食べていたりすれば…さすがにおかしいぞ、と気が付くはず。


「…ま、いっか」

 今まででさえ、おかしなことはいっぱいあったのに追及もせずに付き合ってくれている。余計なことは聞かない。そっとしておく。そんなスタンスで付き合ってくれている。聞かれもしないのに説明する気はないが…なんとなく話したら話したでも「すごいね」で受け入れてもらえそうな気もする。


「よし、そうとなったら今日から、町に行っている間もSAは出しっぱなしにしておこう」

 その方が少しでもレベルアップが速くなる。 


 一番売り上げが良かったのは町の外1時間ほど離れた場所で時間は夕方。町へ帰ってきた冒険者が入れ食い状態だった。次に売り上げが良かったのは二股になっていた街道近く。冒険者たちや荷馬車が行きかう時間が長い場所で、早朝を除いた朝から夕方まで利用客が望める。


「町に近い場所を登録地点Aとして、朝の6時すぎから8時ごろまでの2時間と夕方5時から7時ごろまでの2時間。二股街道近くを登録地点Bとして朝の8時から夕方は5時まで営業しよう。ダンジョン近くに設置した後は様子を見ながら三か所を行ったり来たりさせるかな」

 夜の7時以降は野営客の利用が多そうなダンジョン近くにするのがいいかな。


 そんなこんなの予定を立てながら朝からゆっくりしているが、それでもまだ冒険者ギルドへ行くのには早い。

「どうするかなー今日は教会のお礼参りから先に済ませるかなー」


 よし、と肩掛け鞄ひとつで管理人事務所から出て坂道を上る。

 今日もマレルレの町は快晴で、教会近くの広場にはベンチに座ったり地面にそのまま座ったりとおもいおもいに…のんびり過ごす庶民の姿がある。


 教会のドアはいつものように大きく開いていて、人の出入りも多い。中央の通路をまっすぐ進み。祭壇前で順番を待つ。床にクッションが三カ所用意されていて、祈りを捧げるときにはそのクッションに膝をつくようになっている。


『女神さま、転生させてくださり、ありがとうございます。いただいたスキルに助けられ、今日も快適に過ごしています。ささやかですがお供えを置いていきます。元の世界のものを口にするたびに、幸せを嚙み締めています。ありがとうございます』


 ………なんとなく、だけど…昨日は感じなかったなにか、を感じた。何かが繋がったような、何か変わったような…。


 期待している自分に気が付きながら、静かに祈っていたその場から離れる。ふと視線を感じて振り返ると、いつもの場所にいつものシスターがいて、ほのかに微笑みかけてくれていた。


 無言で会釈だけを返してから、祭壇にお供えをして教会を後にする。


 ベンチの空きはあったが、それよりも落ち着くことができる場所…管理人事務所内に戻ることを優先する。

 

「ただいまー、からのステータス!」


//////////////////////////////////////////////////////////////////////

名前/ケンゴ  種別/人族  性別/男  年齢/25 


ユニークスキル/SA


レアスキル/今いる場所  郷に入っては郷に従え


ノーマルスキル/着火2 手洗い3 器用1 暗算1 暗記1 怪力1

        味覚2 閃き3 駆け足2 聞き耳1

称号/転生者


/////////////////////////////////////////////////////////////////////// 


「おっ!」


 新しいスキルが増えていた。


「聞き耳、か。耳が良くなった、ってことだろうな」

 ワウンのように目がいいのは羨ましいが…聞き耳スキルだってきっと役に立つだろう。

「だよなー。なんでも使い方次第、だよな」

 レベルが1でもないよりあった方が絶対にいいはずだ。


 10時のおやつ代わりにパンをひとつ食べ、青汁のジュースを飲んでから冒険者ギルドへ向かった。


 *


「今日もありがとうございましたー」

 2回に分けて搬入したので前回の2倍を持ち込んだのだが、すべて売れた。完売御礼だ。

 俺もホクホクだし、買いに来てくれたギルド職員のみんなもとても嬉しそうに喜んでくれた。ようやく希望者全員に行き渡ったようだ。

 ギルド内で働く職員って、結構いるみたい。


「すみません、明日なのですが…」

 休みを取ったばかりで申し訳ないが、さすがに来られないだろう。ずっと馬車に乗りっぱなしということはないだろうが、休憩時間を利用してここに来られるほどの時間もないはず。


「急用が出来まして明日はお休みさせていただきます」

「え! そうなのかい?」

 恰幅のいいおば…メローサお姉さまはショックを受けたように身体を揺らした。


「明後日からは今回と同じ2回搬入でお世話になりたいと思います」

「そうなのかい。残念だけど仕方ないねぇ」


「あの…、予約ということは難しいのですがこちらで人気のある商品などが分かりましたら…次からの入荷時に多めに確保しておきたいと思います」

「ホントかい! そうしてくれたら嬉しいねぇ」

「次回までに参考意見をまとめておいてくださると…」

「それなら、だいたい分かっているよ」


 お、そうなのか。


 ギルドの売店販売員であるメローサさんは仕事柄か、商品に対する売れ行きや反応に対する意識が高いようだ。すでに彼女なりの統計を出していたらしい。


「スープに関してはまだだがね…」

 今日から持ってきた新商品だからな。


 話をまとめると女性向け人気はやはりパンもジュースも甘い系。男性職員の一部も甘い系だが酸味のあるものやさっぱり系に人気があるらしい。だいたい俺が予想した通りの結果に、チョイスは間違っていなかったなと改めて自信を持った。


「話は変わりますが、俺もこちらの売店を利用することってできますか?」

 冒険者じゃなくてもオッケー?


「もちろんだよ! 遠慮なく来ておくれ!」

 さあ、行こう! と案内されていそいそとついていく。冒険者ギルドの売店は2階にある。


「ゆっくりと選んどくれ。何か分からないことがあったら遠慮なく聞いておくれ」

「はい、ありがとうございます」

「あ、その背負子は預かっておくよ。場所をとるからね」

「はい、すみません」


 空の箱をくくりつけた背負子を会計ブースの裏側に置かせてもらい、身軽になって店内を端から見て回る。

 初心者向けっぽい武器や防具も陳列されている。野営用のテントの近くに俺が探していたクッションを発見。

「あ、これこれ…ん?」

 棚に見本なのだろう、1つだけが置いてあった。それに手を伸ばして、あれっと思った。


「薄い…」

 クッションじゃなくて薄い…座布団?


 首を傾げているとメローサさんがすすすっと近寄ってきてくれた。

 「クラルーブのクッションだね」

 あ、やっぱりクッションで合っているのか。


「もしかして、初めて見たのかい? ああ、そうだよね。冒険者や商人でないと知らなくてもおかしくはないか」


 説明によるとこれはクラルーブという名前の芋虫が主原料となっているクッションらしい。通常だと厚みが1.5センチ、縦横15センチほどでコンパクトに折りたたんだり丸めたりできる。使用時には魔力を流す。そうすることで厚みは3センチ、縦横20センチほどのクッションになるらしい。


「膨らむんですか!」


 なんでも…危険を察すると2倍ほどに膨らみ、飛び跳ねるようにして逃げていく魔物の特性を利用しているらしい。

「貸してみな」とメローサさんが実演してくれた。


「ほら、柔らかくなっただろう?」

「あ、柔らかいー」

 前の世界にあったソフトゲルクッションのようで、程よい弾力と厚みがある。


「ヘタってきたら魔力を流せば復活する。4時間ほど放置していたら元の状態に戻るよ」

「そうなんですね。これ2つ買います」

 ひとつ3メレルと安いものだからもっと買ってもいいのだが、冒険者ギルドに来ればいつでも買えるだろうと2つだけにした。


「他にも探しているものはあるかい?」

 どれもこれもじっくり見ていきたいところだが…


「雨除けにもなるマント、内側が防水になった袋、酔い止めが欲しいですね」

 防水袋はエチケット袋の代わりだ。使わずに済む方がいいけれど、万が一の時を考えて持っておきたい。

 

「防水加工されたマントだね。フード付きとフードなしはどうする?」

「フード有りで」

「色はダークグレイ、グレイ、チャコールグレー、ダークグリーン、ダークブラウンがあるよ。どれにする?」

「チャコールグレーで」

「あとはサイズだね。おススメなのはひとつ上のサイズにして、野営の時の防寒具兼毛布代わりにすることだが、どうするね?」

 今のところ野営をする予定はない。身体に合ったサイズを頼んだ。


「羽織ってみな」と渡されたマントの袖に腕を通す。膝下まである長い目デザインになっているのは野営時の毛布代わりを兼ねているからか。生地はしっかりしてやや重めだが着ているうちに気にならなくなる。

「いいですね」

 デザインはシンプル。色もシックでとても気に入った。前止めがないのが気になると言えば気になるが、冒険者にとってはすぐに腰から剣を抜ける方がいいだろうし、腰ベルトに留めたミニポーチからポーションを取り出したり出来る方がいいのだろう。


「酔い止めと袋はこれでいいかい?」

 酔い止めとセットで買う袋ということでメローサさんはちょうどいい大きさの小袋を用意してくれた。袋の口をひもで絞ってくくり、中身が漏れないようになっている。うんうん、これこれ。


「助かります。全部でいくらですか?」

 マントが意外と高かったが、連日の移動販売の売り上げで懐は温かい。迷わず買って冒険者ギルドを後にした。


 あとは…移動中の小腹対策にフルーツでも買って持っていこう。


 広場で露天売りをしている野菜と果物を売る店でザクロに似た果物を発見。一粒試食させてもらったら洋ナシのようなほのかな香りとシャリっとした噛み応えで、俺は気に入った。2つで1メレル(100円)と安いしマジックポケットに入れておけば日持ちする。

 肩掛け鞄に入れて買っていっても不自然ではないだろう数、10個買って5メレル払った。



 明日の移動準備が終わったところで…ツーリ爺さんのところに顔を出しておくか。ここにも明日は来られないことも一応話しておかないとな。


 と、その前に…カージュ爺さんのところに先に顔を出すことにした。

 仕事環境はガンガンに火を熾してあるから熱いんだけどカージュ爺さん本人はなんとなく静の人ってイメージがある。ハサミに熱くなってみたり丁番に熱くなってみたりはするけれど、それでも静の人。対して、ツーリ爺さんは間違いなく動の人。常に熱い。木工屋だから火気厳禁なのだが、ツーリ爺さんの熱は人にしか伝播しないから大丈夫。


「こんにちはー」

 いつものように娘さん一人が店番をしている。

「あら、いらっしゃい。…先日作らせていただいたハサミだけど、あれいいわね」

 嬉しそうに微笑むカリスさんの髪の長さが…ほんのわずかだが短くなっている。自分の髪で試し切りをしたのだろう。


「はい。俺もとても気に入ってます。さすがの切れ味で…。あ、そうそう。ひとつ聞いてみるんですけど、近くに髪を切るのが得意で商売にしている人…なんてご存じないですか?」

 スキルさんに美容師さんはいないと聞いていながらの質問だ。


 カリスさんかツーツーさんの奥さんあたりにお願いして、後ろの髪を切ってもらえないかなーと密かにもくろんでいる。彼女たちなら家の男連中の髪を器用に切っていそうなイメージがある。


「あら、髪を切りたいの? そうねぇ、少し前髪が長いかしら」

 そうなんです。少しうっとおしくなっていまして…。とはいえ、前髪はハサミが手に入ったから自分でも切れる。頼みたいのは後ろだ。


「前髪はハサミで切れるんですけど、後ろが…」

 と言いつつ振り返ってみせる。

「今のまま伸ばすのも悪くないと思うけれど…襟足を1、2センチほど短くして、全体に揃える程度なら私でも出来るわよ」

「ホントですか!」

 その言葉を待っていました!

「ぜひぜひお願いします!」

「あらあら、いいわよ。いま準備するわね」


 客がいないからか、カリスさんは一度奥に引っ込んで丸椅子とハサミ、櫛を用意してすぐに戻ってきてくれた。

 ここへどうぞと俺を座らせたかと思うと、ささっと櫛で髪を梳く。前の世界の美容院ではないのでシャンプーなどの髪を洗うようなことはしない。


 普段から髪を切っているのが分かるような、手つき。相手の髪に触れることにためらいも、髪を切るためらいもない。しゃっしゃ、シャキン。しゃっしゃ、シャキン。期待通りの手際の良さで散髪があっという間に終わった。


「はい、終わりましたよ」

「ありがとうございました!」

 後ろ手に髪を触ってみると、確かに指どおりが短くなっている。それも極端に短くなったのではなく、わずかに感じる変化。お願いして、本当に良かった。


 切り落とした髪を箒で寄せ集めて、塵取りに入れている彼女の視線は俺から外れている。マジックポケットから肩掛け鞄に素早くパンとジュースを入れ替えて…あたかも鞄から出しましたーという振りでパンとジュースを出す。


「カリスさん、こちらお礼です。どちらも女性に人気の甘い商品です」

 甘い、と聞いてカリスさんの目が輝いた。

「なぁに? もらっていいの? 不思議な入れ物に入っているわね。こっちはパン? え、待ってすごく柔らかいわ」

 袋の上からパンを触ってびっくりしている。


「中にジャム…イチゴというフルーツを甘く煮たものが入っています。ジュースの方はぶどうジュースで、甘くて爽やかな味です」

「ぶどう? ぶとうってあの? ワインを作るという高級品のブドウ?」

 ワインづくり用のブドウとフルーツとしてそのまま食べるブドウは違っていた気がするが…こちらにはワイン向けの品種しかないのだろうか。


「ワイン用と同じかどうか分かりませんが、とてもおいしいですよ。ぜひ飲んでみてください」

 カリスさんは少し迷ったようにして…それでも早速飲んでみることにしたらしい。


「後ろにストローが付いていますから、それを引っ張って外して…そうそう。そしたらストローの先のとがった方を銀色の丸い部分に突き刺して…そうしたらストローを咥えて…飲めますよ」


「美味しい!」

 ほんの少し飲んだだけで、カリスさんはストローから口を離して叫んだ。

「なにこれ! すごく甘くておいしい!」


 美味しい美味しいとジュースを飲んでいる声が奥まで届いたのか「何を騒いでいるんだ」とカージュ爺さんがやってきた。


「なんだ、ケンゴか。来ていたのか」

「お父さん! ケンゴさんにもらったこのジュースすごくおいしいの!」


 俺はぺこりと会釈した。

「カリスさんに髪を切ってもらいまして、そのお礼に…」


 なるほど、というようにびくりと眉を動かす。


「良かったら…えーと」

 カージュ爺さんに甘いものはどうなんだ? 新作のチーズパンとレモンジュースいや思い切って青汁はどうだ?

 身体の向きを変え、背を向けた状態でごそごそ。


「こちら、チーズ入りのパンと野菜がたっぷり入ったジュースです」

「………」

 あれ? チョイス外した?


 カージュ爺さんはカリスさんに視線を送る。

「はいはい」と言ってカリスさんが俺からパンとジュースを受け取り、父親へ「はい」と渡す。

 ああ、動きたくなかったのね。単に。


「お父さん、ジュースの方だけど…」

 かいがいしくストローを外し、吸いつくまでにしてから再度手渡す。黙って飲み始めたカージュ爺さんだったが…

「なんだこれは…野菜だとは思えない旨さだ」

 はい、カージュ爺さんの驚き顔いただきましたー。

「え? そうなの?」

 さすが娘。遠慮なく父親の手から紙パックのジュースをひったくるとストローに吸いついた。


「ホントだー美味しいー」

 そう言いつつ2度3度と飲み進めている。おいおい、飲み切ってしまわないか? 俺の心配をよそに、カージュ爺さんはチーズパンの袋をべりっと破り、食いついた。


 かッと目が大きく開いた。


「美味いっ!」

「え? そうなの?」

 手を伸ばしたカリスさんから、今度は逃げるようにパンの手を放す。

「こいつはやらん」

「………」

 えぇーという拗ねた顔をしてから、いいもん。私にはジャムパンがあるから、とばかりに自分の分のパンを食べ始めた。

「なにーこれー。めちゃくちゃ甘くておいしい~」

 今度はカージュ爺さんが気になった様子で娘の方を見る。さてはカージュ爺さん、甘いのもいける口か。


「そんなに喜んでもらえるなら、また今度持ってきますよ」

「いや、カリスに買いに行かせる。どこで売っているんだ?」


「町の中では、俺だけが移動販売しています」

 え? そうなのか? と2人の顔がまったく同じようにキョトンとする。


「……あ、そういえば…お前が何しているやつか聞いたことなかったな」

 ようやくそれに気が付いた、というように呟いている。

 あれを作って欲しいこれを作って欲しいばかりで、俺本人に対する疑問には至らなかったようだ。


「移動販売ということは行商人だったの?」

「そのようなものです。いまは冒険者ギルドという大口のお得意様がいるので売り歩きはしていません」

「そうだったのね。たまにでもいいから…ここにも持ってきてもらうことってできない?」

「かまいませんよ。パンもジュースも2メレルで販売していますが、いいですか?」

「2メレル! こんなに美味しくてふわふわのパンがたった2メレルなの?」


「ケンゴ、このパンは何日ほど持つ?」

「袋から出さなければ3日ほどでしょうか。ジュースの方は後ろの日付まで保存できます」

 ふたりは紙パックの後ろを見て驚いた。

「嘘…こんなに、もつものなの?」

「特別な製法で特別な容器に入っていますから」


「なのに、2メレル?」

「はい。ちなみに3メレルで販売を始めたスープもおススメです」

「スープ! それは興味あるわ。ぜひお願いしたいわ」

「分かりました」


 具体的な数を受付ることにすると、ここにはいないがカリスさんの旦那さんと息子も夕飯時には帰ってくるそうで…4人分が基本だそうな。それで一回の納品としてスープ4つ、パン12コ、ジュース12個を頼まれた。


「パンの種類やジュース、スープの味などもその日の入荷で変わりますので指定のものを届けることはできませんが、いいですか?」

「ああ、かまわん。恐らくどれもこれも美味くて安いはずだから」

 期待と信頼が高い。


 ちなみに、ツーツーリ木工店には卸す予定がないので内緒にしておいてください、とお願いする。

 するとカージュ爺さんはいかにも面白そうにニヤッと悪い顔をして笑った。


「こっそり、店の裏で飲食するだけにするからバレないだろう」

「ありがとうございます」


 ツーツーリ木工店に卸す気がないのは…あそこの職人の数の多さだ。孤児院から積極的に見習いを雇い、他店からの研修者も受け入れていて…元から多かったのに、いまやものすごい人数になっている。しかもほとんどが働き盛りの男か食べ盛りの男の子。一度にパンの3つや4つ食いは当たり前ということになりそうで…対応しきれないというのが正直なところだ。バレたら恐ろしいことになる。


「ああ、そうだ。昨日お世話になったあれの件で来たのですが…」

 ちらっとカリスさんの方を見るとカージュ爺さんは黙って頷いた。すでに話は通っている、ということだろう。そのまま話を続けることにした。


「完成品はこちらになります」

 見本に、とカージュ爺さんとカリスさんにひとつずつ手渡す。


「ほお、思ったより小さいな」

「はい。腰のポーチに入れても邪魔にならないほどの大きさにすることが出来ました」

「ここに指先をあてて魔力を流すのね?」

「はい」

 見ただけでカリスさんは使い方を理解してくれた。

「名前ですが、〈方位計〉としました」

「ああ、分かりやすくていいだろう」

 良かった。単純すぎると言われなくて。


「それでですね、明日から冒険者の特定の協力者に頼んで性能試験をしてもらうことになりました」

「…分かった」

「テスト期間中は冒険者ギルドにも他の冒険者にも内密にしてくれることになっています」

「その方がいいな。…こっちのパーツ造りはある程度のテストが終わってからでいいな?」

「はい。耐久性が低ければ商品化するメリットが薄いかもしれませんし…とりあえずは様子見ということで」

「分かった」

 打ち合わせを終え、鍛冶屋を後にする。次は…ツーツーリ木工店か。

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