※16※
マレサさんに付き添ってもらって、教会へ行く。
教会内には案内コーナーみたいな場所があった。教師が立つ壇みたいな場所だ。
そこにいた年の頃30後半ほどの年齢のシスターがにこやかな笑みを浮かべて、俺とマレサさんを出迎えてくれた。
「こんにちは。ようこそお越しくださいました」
「スキルの儀を受けたいのですが…」と申し出てみる。
「…スキルの儀、ですか?」
「はい。こちらのケンゴさんは不幸な事故に遭い、記憶とともにスキルを失くされたようなのです」
いや、不幸な事故には遭っていないが…記憶とともにスキルが消えるというのは相当なことが起きたと思わないと説明がつかないということか。
「……不思議なことですね」
静かに。しかしまじまじと見つめられてしまった。
「なので、大丈夫ではないかと思います」
なにが?
「分かりました。ご案内しましょう」
おお、すぐに案内してもらえるらしい。どうやら、儀式に使う部屋は空いているみたいだ。
「ですが、体格的に利用が難しいでしょうから、われわれ教会関係者や特別な方用の部屋にご案内します」
「あ、そうか」
なに? どういうこと? さっきから分からないんだけど…マレサさん、説明プリーズ。
「スキルの儀を受ける部屋には特別な空間があるの。だいたいは子供のころに受けに来るから、ケンゴの体格では狭くて入れないだろうってことなの」
狭い空間に入るのか…閉所恐怖症でなければいいけど。自分のことでもこればかりは…狭い場所に入った経験がないから分からない。
「その、特別な部屋に俺みたいなのでも入れていただけるのですか?」
シスターに確認してみる。
「神は必要とされる方に必要となるものをお与えになられます。特別だというのは選ばれしものという意味ではありませんから、心安らかにお入りください」
「……ありがとうございます」
「ケンゴ、私はここで…その荷物の番をしながら待っているわ」
あ…背中の邪魔な荷物は預けていった方がいいか。
「マレサさん、助かります」
空の箱を括り付けた背負子を床に下ろした。
「いいのよ。行っていらっしゃい。行って戻るだけで人にもよるけど、10分から30分ほどね」
「分かりました。では、行ってきます」
マレサさんと別れて、シスターの道案内で奥に進む。
「あの、すみません。お布施の方は…」
「お帰りになる前で結構ですよ。神はあなたを見てくださっています」
「ありがとうございます」
神は見ている…どういう解釈なんだと考えない方がいいか。
宗教なんて考えれば考えるほど自分と対話しているみたいになる。自分のことが分からないから宗教も分からない。自分のことも分からないのに宗教はもっと分からない。
俺が考える宗教は…そんな感じだ。
「ここからはおひとりでお行きなさい。部屋を立ち去りたくなった時が、儀式の終了の合図です。隣の部屋にスキルの水晶がありますから、スキルの確認にいらしてください」
「わかりました。…行ってきます」
ドアを開けてくれた部屋の中へ。
中央には不思議な建造物? いや、仕掛けがしてあった。
【中に入り、呼吸を整えなさい。】
ピラミッド型のジャングルジム…あるいは、金属の棒で作られ仕切られた小さく不思議な空間。
もぐりこむようにして中央に入る。確かに狭い。
が、座禅を組んで座ると狭さは感じない。むしろちょうどいい空間だった。
【はじめに、数を数えながらゆっくり呼吸をしなさい。つぎに、目を閉じて静かに呼吸を数えなさい。最後に、数を数えず心を整えなさい。時が成れば器に満ちるでしょう】
あれ? この声はどこから聞こえているんだ? 不思議に思ったが分からなかった。分からないが、儀式は始まっているようだ。導かれる通り、まずは呼吸を数えてみよう。
静かな部屋に静寂だけが広がる。己の呼吸音と鼓動の音。それが不思議と連動しているようでしていなくて…普段感じないそれを感じるのが不思議なようで、当然のようで……
どのぐらいの時間が過ぎたのか分からなかった。時間の流れを気にしなくなって、気にならなくなって…なんとなく、波に揺蕩うような感じでいたのに…何かが入ってきた。
意識が芽生えたというか…考えるということを思い出した。
ああ、儀式の間にいたんだ。そのことに気が付くと、自然と目を開けていた。
目を開けたことで、終わったんだと気が付いた。この部屋から出ていく時が来たのだ。
座禅を組んでいた空間から這い出して、ゆっくり立ち上がる。
隣の部屋へ続くドアを開け、外へ出ると案内してくれたシスターが待っていてくれた。
「ありがとうございます。どのくらいの時間が過ぎましたか?」
「45分ほどです」
「そうですか」
「良いお顔をしていらっしゃいます」
……自分では分からないが、満ち足りたような何かがある気がしている。
「ありがとうございます」
「スキルの水晶に手を置くことで授かったスキルが確認できます。ですがその前に聞いて欲しいことがあります。…授かるスキルに優劣はありません。その方に相応しき神からの贈り物であり、この先の手助けと心得、これからも努力をお続けください」
「分かりました。ありがとうございます」
シスターが水晶を置いたテーブルから少し離れる。俺のスキルをのぞき見しないという配慮なのだろう。
緊張してきた。
「…………………」
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名前/ケンゴ 種別/人族
性別/男 年齢/25
ノーマルスキル/着火2 手洗い3 器用1
暗算1 暗記1 怪力1
味覚2 閃き3
称号/
職業/移動販売人
犯罪歴/
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すごいのかしょぼいのか分からなかった。
他の人のノーマルスキルってどんな感じなんだろ。そして、数が8もあるのは多いのか、少ないのか、それともこれが平均なんだろうか。
そして戦闘系のスキルがない。怪力がそれともとれるし、違うような気もする。単に生活スキルの延長のように思えるのだ。
「確認できましたか?」
「はい」
スキルの外に、職業欄に表記が増えていた。
移動販売人、その通りの職業だ。ユニークスキルのSAを使って自販機から商品を仕入れ、売り歩いた。労働に対する報酬が硬貨として与えられたことで仕事になった。その経験が仕事として認められた。そういうことだと思う。
木工屋であれこれ商品開発のアイデアを出したが、報酬は一切受け取っていない。試作品という名の商品を頂いているから無報酬ではないが、硬貨という形では1メレルさえ受け取っていない。
これからも受け取る気はないから、俺の職業は移動販売人。それだけだろう。
「祭壇に心よりの感謝を、祈りとともに捧げるとよいでしょう。寄付金は祈りの後に教会の者に手渡す他、祭壇に供えていただくのでもかまいません」
「…分かりました」
正直、儀式を受ける前には気持ち程度でいいなら2000円ほどにするか、と思っていた。だが、儀式を受け…こうして新たなスキルを授けてもらった身としては1万でも安いとさえ思ってしまう。さすがに有り金すべてを投じていく気にはならないが…
シスターの後に続いて移動しながら、俺はこっそりポケットに手を入れた。
悩みに悩んだ。その結果がこれかよ、と自分でも思うが…39メレル。つまりサンキューの語呂合わせをした3900円を寄付することにした。
荷物の番をしながら待っていてくれたマレサさんに小さく手を振ってスキルの儀が終わったよ、の合図をしてから俺はひとりで祭壇へ向かった。祭壇の上にはお金が入っていそうな袋がいくつも置いてあるし、野菜やフルーツも置かれている。
感謝の祈りを捧げているような動きをしてから、39メレル入りの小袋とマレサさんの目に見えないよう、イチゴミルクの紙パックをひとつポケットから出してお供えしてもう一度手を組む。
女神様も甘いものがお好きだといいんだけど…。もらった力で出したもので恐縮だが、これを見て「ああ、そんなユニークなスキルを与えた者がいたわね」と思い出していただけたら嬉しい。
『ユニークスキルSAをありがとうございました。
俺は第2の人生を楽しく過ごしています。いただいた素晴らしいスキルのおかげで、友や優しい人たちと出会うことが出来ました。感謝しています…』
静かに祈り、最後に神のシンボルとなっている御印を見上げた。壁にあるのは十字架でも聖母マリアの像でもなく…太陽と月と星を象ったもの。三神の印がこの世界の神を現していた。
シスターに会釈を返し、俺は祭壇前から離れる。
「マレサさん、お待たせしました」
儀式に45分かかったらしいから、トータルで1時間近く待たせたことになる。
「いえ大丈夫ですよ。出ましょうか?」
「はい」
背負子を背負い、教会を出て、どちらからともなく近くのベンチへ向かう。教会の敷地内にもベンチが置いてあるのは、こんな風にゆっくりしたい人がいるからなのだろう。
「どうでしたか?」
「おかげで…スキルを得ることが出来ましたよ」
「ホントですか! 良かった」
出てくるのが遅かったのは、なかなかスキルを得ることができずに粘っていた…とでも思われたのか?
「俺にとってはあっという間の時間だったのですが…結果マレサさんを長くお待たせすることになってしまいすみませんでした」
「いえいえ、そんなことは気にしないでください。ケンゴさんがスキルを得ることができた、それだけで嬉しいのですから」
いい娘だよ。美人で優しくて、気遣いのできる…コルサが惚れるのも分かるよ。
「いまだから言ってもいいかな…と思うのですが」
ん?
「実は、大人になってからスキルの儀を受けると苦痛が伴うらしいのです」
なんですと?
「あ、でも…それはすでにスキルを得ている者が修行の一環として行うことなので、スキルのないケンゴさんなら大丈夫かな、と…」
あーそういうことか。
それでシスターへ俺がスキルを持っていないことを説明し「なので、大丈夫ではないかと思います」発言をした。そういう流れに繋がったということか。
「すみません、前もって言わなかったのは私の勝手な判断でした」
「マレサさん…。いいんですよ、俺に余計な心配をさせまいとしたのでしょう?」
先に痛みを伴うかもしれないなんて聞いていたら、安心できない。深い瞑想ができたかどうか分からない。
こくっと頷いた彼女に「ありがとうございます」と笑いかけた。気遣ってもらえたことで順調にスキルを得ることができた、そう思う。
「では、話を変えますが…着火のスキルはどのようにすれば使えるようになりますか?」
「着火のスキルを得られたのですね。多くの者が得るスキルの一つですが、便利ですのでいいスキルですよ」
マレサさんはすっとベンチから立つと、俺から少しだけ離れた。
「まず、人さし指を立てて…指先を見つめながら息を整え」
俺もベンチから立つと、マレサさんと向かい合わせになった。
「ゆっくり心の中に小さい炎を思い浮かべます」
マナを感じる訓練は必要ないのか。毎日枯渇するまで使い切って、魔力量を増やすぜーとかいうのはしなくてもいいのか?
「…お」
マレサさんの指先に一瞬の火花が散った。
「私はレベル1なので、ちいさな火花が散るだけです」
線香花火の最後のパチッと光るあれのようだった。
「こんな火花でも、おがくずがあれば火を点けられるのですよ」
「なるほど。やってみます」
要は炎をイメージすればいいんだな。指先に意識を集中させて、息を整え… ゆっくり心の中に小さい炎を思い浮かべる。
ろうそくの先に炎が揺らめいている光景を思い出したところで…
「うわっ」
驚いて、思わず後ずさった。
自分の指先に火が出たのだ。指がチャッ〇マンになるだなんて…驚かない方がどうかしている。
そう思ったのが悪かったのか、炎という形になって燃えていたのは一瞬だった。
「一瞬でしたが、出来ましたね。レベル2ですか?」
「はい、2でした」
「いいですね。練習すれば灯せる時間も長くできますよ」
「練習…すれば疲れるとか、失神するということは?」
「失神ですか? 大丈夫です、スキルの練習をしていて病気になる人はいませんから」
病気じゃないんだけどな。ってか、魔力量とレベルは関係ないのか?
あー。スキルさんがここで働いた。
そうか、この世界に魔力量という概念はないのか。スキルがあればできる。スキルがなければできない。ただそれだけの事…そういうことなんだね。
経験によりレベルが上がる人もいる。だけど、どんなに時間が経ってもレベルが変わらない者もいる。マレサさんも言っていたけど、不思議だな。
人それぞれにレベルアップする条件が違うのか?
俺のSAスキルは次のレベルアップ条件を知ろうと思えば知ることができる。それで何をどうすればいいのか分かるからupしやすい。そのための努力ができる。
これがまるっきりわからず努力したくても努力できない状況だとレベルを上げることは難しい。つまりは、そういうことだな。
問題なのは同じスキルでも、人によってクリア条件が違うということか。頑張っても頑張ってもレベルが変わらないままだと、途中でやめてしまう。ゴールのないマラソンはゴールにたどり着けない。途中でへばる。
「他に知りたいことはありますか?」
得た8コのスキルのうち、練習が必要になりそうなものは2つだけだ。
「手洗いというスキルも得ました」
「手荒いスキルですね! 大当たりスキルですよ、ケンゴさん!」
「そ、そうなんですね」
「これも生活スキルの中の一つですが、便利なのでとても人気があるんです。このスキルがあれば、顔や手を洗うために井戸まで水を汲みに行く必要がありませんからね」
管理人事務所に行けは洗面所もトイレもある生活を送っている俺は、普段の手洗いに困っていなかった。だからうっかりしていたが、洗面所やトイレがなかったらものすごく困っていた。日本人はよく手を洗う人種だと俺は思う。だから手荒いスキルを得てしかもレベルが3もあったのは過去の経験値も加わっている可能性がある。
そうなると着火は仏壇の線香に火を点けたり、海の家で毎日毎日焼きそばを焼いていた経験値が加算されたか?
まてよ。暗算や記憶が1なのは…学校の成績が悪かったということか。あはははは。使う意味は違うかもしれないが、因果応報という感じだな。
「これも流れは着火と同じです。でも先に、あそこにある噴水を見てください」
「はい」
シンプルな、どこにでもありそうな噴水がどうだというのだろう?
「では、いきますよ」
マレサさんが実演してくれるらしいので噴水から視線を戻す。
「指先に意識を集中させて、息を整え… ゆっくり心の中に噴水を思い浮かべて…」
ああ、イメージ作りの補助のために、噴水があるということか。前世では公園や地下街の待ち合わせ広場などによくある噴水だが、この世界ではどこにでもあるというものではないのだろう。
「水が上から下へ降り注ぐ様子を思い浮かべて、それを手で受けるイメージで…」
何もない空間から突然水が出てきて、マレサさんはその下で手を擦り洗いする動きをした。
「…なるほど…これはいいですね」
スキルで生まれた水はマレサさんの手の上でまとわりつくように滞留し、そして消えた。
「実際に地面が濡れるわけじゃないんですね」
「似たスキルですが、水というスキルがあります。こちらは入れ物などで受け止めないと下まで落ちて濡らすことになります」
ほうほう…。
俺も実際にやってみることにした。マレサさんが手を洗っている様子を思い出すだけで…本当にできてしまった。ずけぇ。この世界のスキル。
水の感触や冷たさが手の周りにまとわりつく感覚が不思議だった。だが不思議よりも、手洗いの動作をやってみると気持ちがいいし、すごく便利で気に入ったという感情の方が大きくなる。
「これはいいですね」
なんとなく思いついて手を動かすと、手の周りに水が浮かんだ。
「はい」
思い付きでやってみたら、出来た。
マレサさんに俺が作った手洗い用の水ボールを手渡せてしまったのだ。
「すごい。ケンゴさんのレベルは3以上ですか?」
「はい、3でした」
「いいですねー。私は2です。…3の人はあまりいないんですよ」
「そうなんですね」
マレサさんが手洗いを終えると、俺が作った水球は消えた。
「レベルが1より2、2より3と増えるにつれ水の量も増えます。そして3からは他の人に手渡すことができるんですよ」
「そうみたいですね。なんとなくで出来てしまいました」
「もう使いこなしていますね」
「スキルを得ることができて、本当に良かったです」
「他にも、何かありますか?」
スキルはあるが、練習が必要なものではない。
「いえ、もう大丈夫です。長く付き合わせてしまってすみませんでした。そろそろ約束があるので戻りましょうか」
「はい。…約束があったのですね。知らなくて…すみません」
「いえ、ギルドに行く前に急に決まったので…鍛冶屋に行ってきます」
「鍛冶屋、ですか? 武器か防具でも買われるんですか?」
冒険者をいつも相手にしているギルド嬢ならそう思うのも無理はない。
「いえ、俺が使っているパンを入れる箱のことで…改良して欲しいことがありまして」
「パン箱ですか」
おや。一気に興味をなくしたな。
背負子のように冒険者にも使えるような商品開発をしているんじゃないかと思われたかな。
俺は笑いながら町へと促して、マレサさんとともに教会を後にした。
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