友達の子犬

月鮫優花

友達の子犬

 目が覚めたら犬になっていた。

 白くてフワフワの、マルチーズの子犬。


 なぜ、こうなったのかはわからない。

 犬になる前は、どうってこともない、クラスに一人はいるような、控え目な女子中学生の一人、前田まえだ 美雪みゆきだったはずだ。

 そんなやつがいつも通りに寝て、いつも通りに起きようと、毎度うざったいアラームを止めようと布団から伸ばした手が、フワフワだった。どういうことだ…………⁉

 状況をいったん整理してみる。人の意識はあり、人の言葉は認識できるが、喋れない。夜まで着ていたパジャマがどこへ行ったんだろう?部屋の様子は………………犬には大きな姿見、勉強机、アニメグッズ……そして、犬用のトイレやベッドがある。これは母親が用意してくれたものだ。

 ほかにも、母親は、朝ごはんに人が食べてもいいタイプのドッグフードをくれた。ありがたいことだが、犬になった私をすんなりと認められているようで違和感がある。

 一方で、父親は私のことを娘だと思っていないらしい。悲しいが、これはまあ仕方のない事だ。人が犬になるなんて、あるわけないから。なってるけど。

 下階から、両親が言い合いになっている声が響いていた。

「あの犬は、美雪です。生んだ私が言うのだから、間違いがないの。信じて」

「そんな非現実的なことがあるわけがないだろう。あんな犬にかまわず、美雪が行方不明になったことを認めろ」

 なぜ、そんなことが言えるの、あの犬が本当に美雪だったら、どうするの。じゃあ、何で犬になったのか説明できるのか?いえ、でも、犬になった可能性も否定できないでしょう?もしも、の話なんてしていられるか。ペット用品なんか買いやがって。無駄遣いをするな。大事な娘のこ縺ィ繧医√◎縺ョ繧ゅ@繧ゅr辟。隕悶〒縺阪↑縺�o繧医ら┌鬧�▲縺�↑繧薙°縺倥c縺ェ縺�o繧医ょ、ァ蛻�↑繧ゅ�縺ォ蟇セ縺励※縺企≡縺ョ邉ク逶ョ繧偵▽縺代k縺ケ縺阪〒縺ッ縺ェ縺�o縲ゅ□縺�◆縺�>縺、繧らィシ縺弱b縺ェ縺�¥縺帙↓驥鷹▲縺�′闕偵>繧薙□縲ゅ◎繧後r險縺�↑繧峨≠縺ェ縺溘b譏斐°繧臥セ朱妛縺ォ髢「蠢�′阮�☆縺弱k繧上ゅ◎繧薙↑繧薙□縺九i鄒朱妛繧ら堪縺ォ縺ェ縺」縺ヲ縺励∪縺��繧医ゅ≧繧九&縺�ゅ≧繧九&縺�ゅ≧繧九&縺�ゅ≧繧九&縺�ゅ≧るさい。うるさい。

 うるさい。全く建設的でない様子だが、要約すると、私なんて生まれてこなけりゃよかったんじゃないか?って感じだ。

 あー、でも元からこんな感じか。両親は毎日生産性のないケンカをしていて、この家での発言権なんて、まさに犬以下だったかな。

 じゃあ、やっぱり、私なんて………………

 私が小さくなった分、部屋は広く感じるはずなのに、窮屈だった。

 いつもより低い位置から見る窓の向こうは、晴れていて、屈辱的で、うらめしい。

 ただ、一度自覚してしまえば楽だった。言われるままにおまんまを食い、なされるがままにシャワーを浴びた。その度べたべた撫でられるのが、愛なのだろう。


 そんな犬としての生活も日常になりかけていった。当然、学校には行けなかった。そんなある日のこと。

「美雪、お友達が来ているわよ。お母さんは今から仕事だけれど、大丈夫?一緒に遊んでもらっていてね。行ってきますからね」

 前述のとおり、ここ数日、割と従順に日々を過ごしていた。が、正直、今回ばかりは全然大丈夫ではなかった。人には誰しも踏み込まれたくない、それぞれのプライベート、それぞれの楽園がある。私の楽園はこの自室であり、できれば家族にもやすやすと入られたくない!のに!!今の私、犬なのに!人と同じような機能がついてるわけでもないし、人らしく扱ってもらえるかもわからないのに!言葉がつかえないのに!

 というか、学校にそこまで仲のいい友達もいないし、誰が来たのかすら見当がつかない。ただ、その聞きなれない足音がどんどん近づいてきた。恐怖に吠えた。

「あー、ホントに犬になってるんだ。噂には聞いてたけど。失礼します」

 足跡の主は扉のすぐ前にいて、とうとうこの自室へ入ってきた。

笹原ささはら 結衣ゆいです。って言っても伝わるかわかんないか。先生に様子を見に行ってあげてねって言われたから、来たの」

 クラスメイトの笹原さん。あんまり話したことはない。というか、たぶん本当に話したことがない。席が近かったこともないし、ほかに話した機会もなかった。

 優しくて明るくていい人だとは思う。素直で。座学も実技も全部それなりにうまくて、いつも人の輪の中にいるタイプ。という感じの人。

 教室の隅で一人でおとなしくしている私とは対極の存在と言ってもいい。

 もちろん、この部屋だって笹原さんのイメージにはあっていない。まさしく世界観が違う、という様子であり、違和感があった。けれども、当の笹原さんは、これもまた似つかわしくないアニメのポスターを見ていた。

「美雪さんってこういうの好きなんだ」

 アンステ(アンスーテッドボーイズ)。いわゆる女性向けソシャゲが原作のアニメ。もう少し詳しく言うと……ギャンブルによって人生がねじれた個性豊かな男性キャラクターたちがそれぞれのギャンブルスキルを活かしアイドルとしてステージを盛り上げ、一生を賭けなおす、激アツ賭博アイドルアニメだ。若い女性に大人気!であり、全盛期の同人イベントではひときわ大きな島を築いた。なお、原作であるソシャゲはそのテレビアニメが放送されていた間にサ終した。経営が立ち行かなくなったそう。たまに公式SNSが新グッズ発売の告知のために動くが、もう決まってアニメ版のキャラデザのグッズである。切ない。

「じつはわたしも好きー。ほら」

 笹原さんはスマホを取り出して、私に見せてくれた。手帳型のスマホケースのポケットの内側から、アンステのカードが覗いていた。

 その意外性に驚く暇もなく、そのまま、サブスクでアンステのアニメを見せてくれた。神回と名高い第9話。うーん、何度見てもサイコー!!メンバーがお互いの覚悟を認める展開が最強にアツくて、まさにアンステを象徴する回なんだよね。私はすっかりゴキゲンになって、尻尾をブンブン振った。

「美雪さんてば、かわいーねぇ。ねえ、あたしリード持ってきてるんだけど……お散歩に行かない?」

 激アツ賭博アイドルアニメを見せてもらった手前、抵抗できなかった。


 外は今日も美しく晴れていて、気温も熱すぎず寒すぎず、心地よかった。お散歩日和って今日みたいな日のことをいうんだろうな。まあ私はそんなよい日和の中、大して話したこともないクラスメイトにリード繋がれてるわけですが。

 笹原さんは平気そうな顔をしているが、私は今まで感じたことのないような変な緊張に襲われている。こんなところ知り合いに見られたらちょっと恥ずかしいよ!ほら、言っているそばから、曲がり角の先で、同じ中学の制服が見えた。

「あれ?ゆいゆいじゃん。どうしたのこんなところで」

 クラスは違うけど、笹原さんのお友達か。

「見りゃわかるでしょ?犬の散歩だよ」

「あ~ね。でもゆいゆいって犬飼ってたっけ」

「飼ってたよん♪てか、あゆあゆはこれから塾でしょ?こんなところで油売ってないでとっとといきな~」

“あゆあゆ“に元気そうに手を振って、姿が見えなくなると、ぽつり、つぶやいた。

「まあ、もう死んだけどね」

 え?

「前にね、ホントに犬飼ってたの。ちょうど今のあなたみたいな白くてフワフワのマルチーズ。ちょー可愛がってた」

 笹原さんのいつもとは違う、少し寂しげな表情を見て、私は急に、何か重要な秘密を知ってしまったのではないか、と思った。さっきまでとはまた別の緊張、一抹の恐怖。そして一握りの好奇心に、心が揺れた。

 笹原さんは道を歩く中で、クラスメイトに、部活の仲間に、花屋のバイトに、住宅街のどこかには住んでいるだろうけどいまいちどこに住んでいるのかわからないおばあちゃんに、皆に平等に笑って話しかけた。制服を着ている少女でありながら、民を救うお姫様のようだ。

「わたしってさーぁ、自分で言うのもなんだけどちょっとやっぱ元気っていうか、明るいキャラじゃん」

 明るくて、素直で、人に好かれる。その麗しの唇から奏でられる挨拶の合間に、また小さな国家機密を私に漏らした。

「だからへこんでもいられないのにさ。それでも、ロスになった。でもね……………」

 ああ、お姫様はしおらしい顔になって、また黙り込んでしまった。涙の膜に覆われた彼女の瞳は陽の光を反射して、宝石のように私を刺激した。誘惑された小犬は、薄情に、ワン、と鳴いた。ひどい拷問官にでもなったような気持ちだ。

「ロスになったことに傷ついてる自分に気づいてさ。自分でもよくわからないけど。あたしも“元気で傷つかないわたし”に憧れてて、その憧れ全部自分で裏切っちゃったんだって思って――――ああ、でもあなたにこうやって話せると救われるような感じだな」

 救われる?

「また、あの子と一緒にいられたなら、また“わたしらしく”いられる気がして。でもちょっとずるいか。これ、あなたが何も言えないのをいいことに一方的にしゃべってるだけだもんね」

 そんなことはないと、気にしないでいいと伝えたかった。ついさっきまで顔見知り程度だったのに、ちょっと開示された程度でおかしなくらい絆されてしまった。私はちょろくて、図々しくて、きっとあなたよりずるっこだけれども、あなたを救えるのなら、犬でも構わない、と思った。

 そう思っていた、矢先。どん、と自転車が笹原さんにぶつかった。私につながるリードが手放されて、ぽとり、情けない音がした。

 抱え込んだ華奢な脚から、赤い血が出ていた。言葉にならない声で呻いて、苦しんでいた。さっきまであんなに健やかだったのに、鉄っぽいニオイが確かに鼻をついた。

 このまま、死んでしまったらどうしよう……いやな想像であたまがいっぱいになった。

 頭が真っ白になってしまったのは自転車の運転手も同じようで、膝をついて震えていた。みっともない、なさけないこと。目の前にあなたのせいで傷ついた人がいるんですよ。助けてよ、そうするべきでしょう?お前のほかにはただのいぬっころしかいないんだよ。

 見て、この小さな、頼りない手を。人のそれとは違うの。おまけに言葉も通じない。できることと言えば、可愛く寄り添って心を救うまで。運転手さん、あなたの負わせた傷を直接癒して助けることなんてできないんだよ?

 ………私が犬じゃなきゃ、人間じゃなきゃ、笹原さんを救えたのだろうか?ただあの情けない運転手と同じように、ただ困惑して、そして今みたいに言い訳ばかり立派で、何もできないんじゃないか。もともと控えめで、しかたのない、私だ。

 犬でも人間でも、私は私。

 ならば、御託はいい。犬でも、人間でもいい。ここで諦めて、ありがとうもごめんねもまた明日も言えないのは嫌だ。私は、私として、嫌だ!

 彼女のポケットからスマホを拝借、すぐさま110番。事故です!私は私として、精いっぱいできる電話をした。

 電話をし終えて、そこでようやく…………自分が人間に戻っていることに気が付いた。


 その次の日。

 私は花屋に行って、花束を買った。元気で明るいあの子にぴったりな黄色いガーベラを中心に、ほかは白くて小さな花で仕立てられていた。誰かへの贈り物を選ぶのは久しぶりのことだ。あの子は気に入ってくれるだろうかと、柄にもなく、そんな気持ちになった。

 向かうのは、あの子の病室。いわゆるお見舞いだ。幸い命には別状はないが、検査のために数日だけ入院するらしい。

「来てくれたんだ、美雪ちゃん。うれしい~。昨日だって会ったのに、なんか久しぶりって感じだね」

 お花、かわいーね。ありがと!病室の窓から差し込む光の中でも彼女は愛らしく笑った。無事でよかったと、まず安心した。

 けれど。

 こんなことじゃ、足りない。ちゃんと伝えて、きっと、もっと笑顔になってもらうんだ。

「あのね」

 病室の清潔な香りの空気が、のどに引っ掛かる。きちんと発声できているだろうか、泳ぐ目で笹原さんの様子をうかがう…………ああ、やっぱりヘンだったかな⁉テンパりすぎ⁉そうだよね、でも、これ以上不信な印象を持たせないためにはもう続けるしかないよね⁉

「昨日は、ありがとう!」

「うん。それで?」

「えっとね、あの、お話しできてすっごく嬉しかった!笹原さんのことが知れて、よかった!笹原さんのお話、もっと聞きたい!また学校でもお話ししたい!もっとアンステの話とか、したいし!」

 子供みたいな言葉で、ヘンに力んで息が切れそうになってる私を横目に、笹原さんはまたクスリ、と小さく笑って、もっとこっちに来て、と呼び掛けて、それから、それから、私のあ、頭を、撫で、た。

「それじゃ、また学校でね!」

 照れた私は足早にその病室を去ってしまったが、教室の中では見たことのないような彼女の笑顔が、忘れられなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

友達の子犬 月鮫優花 @tukisame-yuka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ