第2話「激怒する双竜」

――サムが古い馴染み客に会いに行った、一週間後。


バネッサは一人、執務室で新聞のチラシを折っていました。


作っているのは、小さな紙箱です。

一人でぶつぶつ言いながら、けれど、とても楽しそうでした。


「なかなか便利なのですよ、チラシ箱。炬燵おこたで寛いでいる時に、ミカンの皮とか入れたりね。そのまま捨てられるのが良いのですよ」


リリリン、リン。


内線の発信音が、部屋に響きます。


「バネッサ様ー」

「はいはい、どうしたのですかー?」

「『皇帝のご寵愛ちょうあい』のマスター、サムさんが」

「ふんふん」

「血相を変えて、殴り込みに来ていますー」

「えー、何で?」

「話が違う、と言っておりますー」

「え。契約書を取り交わしたばかりなのに」

「何やら、それ以前の問題だとのことでー」


それ以前。

それ以前とは、何でしょう。


バネッサは、折りかけのチラシ箱を手にしたまま首をかしげます。


「とりあえず、落ち着かせてから、話を聞いてもらえますかー?」

「了解、と言いたいのですがー」

「どしましたー?」

「現在、二十一名のスタッフが倒されておりまして。……あー、二十二、二十三名になりますー」

「じゃあ、C兵器を使っていいからー。健康的に無力化してー」

「はーい」


内線が切れました。


おかしいなぁ、とバネッサは首をひねります。


先日、いい感じに話がまとまったはずなのですが。

しかし、こちらの居場所を突き止めるとは、サムさん、お噂通りの方ですねー。


バネッサは感心しながら、チラシ箱の最後の角を折りました。


◇ ◇ ◇


――現在。バー「皇帝のご寵愛」の店内。


上品な酒の匂いと、かすかな煙草の香り。


間接照明に照らされた渋い店内で、サムは仏頂面のままグラスを磨いていました。


日課でもあるこの作業を、サムは本来好んでいます。

けれど今日は、カウンターの前に座る二人のせいで、どうにも虫の居所が悪いようでした。


「サム。バネッサも散々謝っているじゃない」

「だから、別にもう怒っちゃいない、メイ」


メイは、魔道具工房で働く職人です。

サムとは昔からの友人で、いつも姉のような顔で叱ってくるので、サムは少し苦手でした。


その隣では、バネッサがしょんぼりと烏龍茶をすすっています。


「嘘。サムは昔から、機嫌が悪いと口角が下がるのよ」

「……」

「さっき上の階も見せてもらったけど、新築同然になっているじゃない。いつまでも引きずって、みっともないわよ」

「引きずっちゃいない。むしろ、ありがたいと思ってる」

「そういう顔に見えないから言ってるの!」


サムは、納得がいきませんでした。


なぜ、自分が悪者のように責められているのか。

なぜ、怒った側であるはずの自分が、説教されているのか。


そもそも、何がどこから狂い始めたのか。


サムは無言でグラスを磨きながら、記憶を辿り始めました。


◇ ◇ ◇


――古い馴染み客たちに会い終え、サムが戻ってきた日。


サムは「皇帝のご寵愛」の前で、しばらく動けませんでした。


渋い色合いだったはずの外装。

長い年月を経て、雪国の空気になじんだ壁。


それが今は、淡いピンクやブルーのペンキで、楽しげに塗りたくられていました。


「なんだ、……これは」


扉の上には、見慣れない電飾看板。


そこには、こう書かれていました。


『メイドバー・皇帝のご寵愛』


何かの間違いだ。


サムは、そう思うことにしました。

そう思わなければ、目の前の景色を受け入れられなかったのです。


扉を開けます。


すると、メイド服の集団が声を揃えてサムを迎え入れました。


「お帰りなさいませ、ご主人様!」


サムは、無言でした。


気に入っていた重厚なオーク材のカウンターは、桃色のシートで覆われています。

革製のスツールは、パステルカラーの安っぽいビニール製のものに替わっていました。


壁には、ふわふわした文字で書かれた手作りメニュー。


『きらきら雪国クリームソーダ』

『皇帝ペンギンぱふぇ』

『ご寵愛オムライス』


サムは、気付けにブランデーを飲もうとして、カウンターの裏を探しました。

けれど、どこにも酒瓶が見当たりません。


ノンアルコールでバーだと?


……ふざけるな。


ロッカーに、自分用のボトルがあったはずです。


サムは無言で更衣室に向かいました。

キャーキャー騒ぐメイドたちを一喝し、追い出します。


そして、自分の名前が刻印されているロッカーを開けました。


その瞬間。


店主の奥歯が、ぎり、と音を立てました。


そこには、ピンク色のフリル付きメイド服が掛かっていました。

サイズは、おそらくぴったりでした。


サムは、静かにロッカーを閉じました。


それから、再び開けました。


やはり、ピンク色のフリル付きメイド服が掛かっていました。


サムは怒りに震えながら、長めの髪を後ろで括り、奥に隠してあった二本の長刀を手に取ります。


大切に守ってきた店を台無しにしてくれた、あの金髪娘を三枚に下ろさねば気が済みません。


サム・ザ・ツインドラゴン。

双竜のサム。


その昔、凶悪なほどの強さを誇った二刀流の採取師に付けられた二つ名です。


サムは昔と変わらぬ身のこなしで、「メイドバー・皇帝のご寵愛」を飛び出しました。

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