久遠のバネッサ -皇帝のご寵愛-

@Vane_Kuon

第1話「雪国のバー」

昔々、もしくははるか遠い未来の話。

こうであったかもしれない日本。


東北の地、ランシャン。


雪深い都市の片隅にあるバー、「皇帝こうていのご寵愛ちょうあい」は、有名な大人の社交場でした。

各地の採取師がここに集まり、物資や情報を交換し合いつつ、酒を飲み、喧嘩を楽しみ、それはそれは盛況だったのです。


しかし、情報ネットワークが発達した現在、この地までやってくる採取師は減ってしまい、今では閑古鳥が鳴いています。


伝統と愛着がある店でしたが、オーナー兼店主であるマスターのサムは悩んだ末に閉店を決意しました。

そこで最後のパーティを開こうと、古い馴染み客に連絡をとり、記念のための品を集めたり、酒や料理の仕込みなど準備を進めていました。


来週にパーティを控えたとある日の夕刻、サムが看板代わりのランプを点けようとカウンターをくぐったその時、目の前の扉が勢いよく開きました。


一度来店した客の顔は必ず覚えるサムでしたが、自分を見上げる金髪の娘は知らない顔。


「あなたが、このバーの店主さんですか?」

「ああ、そうだよ。ご用は何だい、お嬢ちゃん」


お嬢ちゃんと言われた金髪娘は、一瞬表情を固くしますがすぐに笑みを浮かべます。


「この店を畳むと聞いて、やってきたのです」

「そうかい。……しかし、ここはお嬢ちゃんのような若い娘が楽しめる店じゃないが」

「いえ、今日はお客として来たのではないのです」


金色の前髪を軽く揺らし、緑の瞳を輝かせながら娘は意外な一言を発します。


「この店を、買い取りに参りました」

「……はぁ?」


サムは何の冗談かと思いましたが、この金髪娘は本気のようです。

きょろきょろと店内を見渡し、建具などを勝手にチェックし始めています。

気を抜かれていたサムはやっとのことで口を開きました。


「お嬢ちゃん、ちょっと待ってくれ」

「はい?」

「ああ、何と言うか。……聞きたい事があるんだが」

「何でしょう」

「えーと、まず、君は何者なんだ?」

「あ」


にぱっと白い歯を見せて娘は言いました。


「すみません、申し遅れました。バネッサと申します。以後、お見知り置きを」


◇ ◇ ◇


バネッサと名乗る、金髪娘が提示した値段は、法外なものでした。

こんな田舎の潰れかけのバーに何故こんな値段を、と当然の疑問が頭をもたげます。


「この金額なら、もっと都会の一等地でも店を出せるだろうに」

「でも、私はここを残したいのです、サムさん」

「できれば、その理由を聞かせてもらえるか」

「私の大事な方の思い出の場所なのです。それと……」

「なんだ」

「『皇帝のご寵愛』って響きが好きなんですよ」


バネッサの言葉には嘘は無さそうだとサムは感じました。


最初は断るつもりでいたサムでしたが、翌日もその翌日も来店して懇願する態度に根負けして、譲渡に応じることにします。そもそも、店は畳むつもりだったのですから。


「金は、最初の金額の半分でいい」

「え、良いんですか」

「金に困ってはいないんだ」

「嬉しいですー、それではお言葉に甘えます」

「店の名前は残してくれるんだよな」

「はい、もちろんです。それと、建物全体が傷んでいるので、多少の改修をさせていただこうかと思っています」

「それはありがたいな」

「あと、……差し出がましいお願いがあるのですが」


バネッサはサムに今のままマスターとして残ってもらえないかと言い出します。

今更、他人に仕えるのもどうかと思いましたが、当面やる事も思いつかないので、とりあえず週契約で受けることにしました。


◇ ◇ ◇


「では、契約書もこの通りということで。早速明日から工事の人間をよこしますね」

「あ、すまないが、明日から一週間ほど遠出する。閉店の案内状を送ってしまった人達に会って、お詫びと挨拶をしてこようかと思うんだ」

「なるほどです。では、工事はそれまでに終わらせておきますね。楽しみにしていてください」


契約金も入金され、バネッサも来客用のビラがどうとかとか陽気に笑っており、なんだかサムも愉快な気分になってきました。

そこはかとなく不安が無くもありません。ただ、環境が変わっていくことに対するものだろうと思い返しました。

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