第14話 人形の行進

 ルカの死から数日が過ぎた。パーティ『暁の風』を包む空気は、もはや冒険者のそれではなく屠殺場のような生臭さと静寂に支配されていた。

 アルトは変わった。いや、厳密に言えば彼は自らの内側に残っていた「人間としての揺らぎ」を、ルカの墓前に埋めてきたのだ。今の彼は、ただ命令を遂行し血を流すためだけに存在する精巧な肉の機械だった。

「アルト、次の群れだ。右腕を囮にして全頭をこちらに引きつけろ」

 カイルの指示はかつてのような戦略的な合理性を失い、単なる「残虐な効率」へと変貌していた。

「わかった。カイル」

 アルトは無感情に答え、森の奥から現れた刃のような牙を持つ魔獣の群れへと歩を進めた。彼はもはや、回避という概念を捨てていた。魔獣の牙がアルトの右腕に深く食い込み、骨が軋む鈍い音が響く。普通なら激痛で絶叫し、戦意を喪失する場面だ。しかし、アルトの瞳は凪いだ水面のように静かだった。

 彼は牙を立てられた右腕を自らさらに奥へと押し込み、魔獣の動きを物理的に封じ込めた。自由な左手で短剣を抜き、魔獣の眼窩を正確に貫く。一匹、また一匹と、アルトの体は傷だらけになり、足元の草は彼の血で赤黒く染まっていく。それでも彼はまるでお気に入りの玩具が壊れるのを眺める子供のような、どこか他人事の表情で自分の傷を見つめていた。

 後方で魔法を構えるリアは、その光景に激しい吐き気を催していた。彼女の役割は、戦闘が終わるたびにアルトの「修復」を行うことだ。しかし、最近のアルトの傷はあまりにも深く、多すぎる。

(私たちは、何を治しているの……?)

 リアの脳裏には、治療のたびに見るアルトの断面図――筋肉、血管、剥き出しの骨――が焼き付いて離れない。彼女が魔法で傷を塞ぐたびに、アルトの「人間としての形」は保たれるが、その内側にある魂のようなものは確実に摩耗し、消え失せていくのを感じていた。

「終わったよ。カイル、リア」

 二十頭近い魔獣を屠り、アルトが振り返る。彼の衣服はボロ雑巾のように裂け、腹部からは内臓の一部が覗いていた。それでも彼は、淡々と歩いてくる。

「……ああ。予定より三分早かったな。次へ行くぞ」

 カイルはアルトの傷を労るどころか、その損壊具合を確認し、次の戦闘への「残りの耐久値」を計算するような目で見つめた。カイル自身もまたアルトという無痛の盾に依存することで、自らの良心を殺し狂気に足を踏み入れていた。

「アルト、あなた……本当に痛くないの? これだけ傷ついて、怖くないの?」

 リアが震える声で問いかける。アルトは立ち止まり、自分の欠損した指を不思議そうに眺めてから、静かに微笑んだ。

「うん。痛くないよ。だから、大丈夫。僕は壊れても直せるから。君たちの代わりに僕が削れるなら、それが一番いいんだ」

 その微笑みは、聖者のようであり、同時に深淵の底から覗く怪物のようでもあった。

 アルトは「痛み」を排除することで、他者との共感という最後の鎖を断ち切ったのだ。彼は今、仲間を守るための盾ではなく、仲間たちの正気を少しずつ削り取る「絶望の偶像」として、赤い雪道を歩み続けていた。

 カイルの冷酷な命令。リアの震える指先。そして、一切の苦痛を拒絶するアルトの背中。

 三人の行進は、もはや栄光へと続く道ではなく、全滅という名の終焉へ向かう人形劇に過ぎなかった。

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