第37話 土産話

「今日は俊輔、お前の手柄祝いと、御楯組入りの歓迎会だ」

 志道さんはおれを上座に祭り上げて、盃を渡した。酒に困らないのは、江戸でも続いているようだ。

「さっき、上海の土産話を聞かせてくれるっていってくれましたよね、高杉さん。上海の話をお願いします」

「おれたちは晋作から何度も聞いたから上海話はもういいよ。こっちは芸妓呼んで始める、なあ庸三」

 志道さんはそういうなり手拍子を打って、芸妓を呼んで勝手に始めてしまった。山尾さんは何もいわず、にこにこ笑っている。おれと高杉さんの話の方に興味があるらしい。


「上海は清国一の港。長崎や横浜なんぞ比べもんにならん。桟橋の長さなんか、日本橋から京橋越えて尾張町(今の銀座)くらいまである。そこにびっしり、黒船が並んで泊まっているんだ」

 高杉さんは、この夏上海で体験した話を熱く語ってくれた。

 ――上海は異国に半分占拠されているようなものだ。港の通り沿いはでかい出島みたいで、異国人が競うように洋館を建てている。異国人は清国人を下男、下女だとしか思っていないし、清国人も清国人で異国人に媚びへつらってばかりだ。通りで異国人の姿を見ると、道を避けて姿を隠しやがる。まるで異国人の大名行列だよ。たまに外から清国人の賊徒が街を襲ってくるが、異国人の砲声を聞くなり逃げ出すだけで、戦にもなりはしない。

「僕もロシアのニコライエフスク、というところに行きました。街はたいしてでかくもないが似たような様子でしたね」

 山尾さんは高杉さんの言葉に重ねてきた。それにしてもどんな経緯で山尾さんはロシアに足を踏み入れたのだろう?

「おれはな、俊輔。戦に負けるとはこういうことだと、よくわかった。松陰先生の言葉の意味が肚に落ちたよ。長井様の航海論は、やはり間違っている。異国に媚びへつらっては、清国の二の舞いだ。おれは、何としてもそれだけは避けねばならんと思った」

 そこで高杉さんが考えたのが横浜の異人襲撃で、その顛末はさっき桂さんに聞いた通りだ。

「今度は長州だけでやる。やるのはやるが、何をやるかはここで考えているところだ」

 高杉さんは畳を指差しながら、盃の酒を煽った。謹慎を食らった後は、ずっと土蔵相模に入り浸っているそうだ。

「まあ、実のところ、ここに入り浸っているのは志道さんの方で、おれはおこぼれに預かっているだけだがな」

 高杉さんはにやりと笑った。志道さんは、三味線を片手にお付きの女と肩を寄せ合い、下手な都々逸を作っていた。

「そういうことだ、俊輔。攘夷はやらねばならん。何をやるかはそうだな、飲みながら考えよう」


 それからしばらく、おれは藩邸でいつもの仕事をしていた。志道さんは世子が京に向かわれたのを機に土蔵相模に入り浸り。高杉さんは藩邸では見かけず、あちこちをうろついているようだ。

 そんな十二月の七日、御楯組に集合がかかった。勿論場所は土蔵相模だ。

「志道さんのお連れさんですか。今日はこちらにご案内するよう申し遣っています」

 女将は座敷ではなく、妓楼の裏手にある長屋へ案内した。志道さんの女、お里の長屋だそうだ。長屋といっても品川一の妓楼の看板芸妓が住まう場所、二部屋ある襖をぶち抜き大部屋が仕立てられていた。先客は高杉さん、久坂さん、志道さん、山尾さん、堀さん。志道さんは、おいおい集まってくるから膝を崩して待っていてくれ、といった。

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