第12話 評定
「高杉君、君は相変わらずいつも一大事だね。こっちは長旅で、今着いたところなのだから、少しはゆっくりさせてくれたまえ」
急ぐ旅ではなかったから、途中駕籠にも乗らず歩き通しだ。おれも桂さんと同じで、ひとっ風呂浴びたい気分だった。
「それどころではないのです。松陰先生に死罪が言い渡されるとの話で」
突然の思いもしない言葉に、桂さんもおれも唖然とした。
「はあ?わけがわからん。どうしてそういうことになるのだ」
桂さんの言葉に、高杉さんは口を開いた。
高杉さんは松陰先生が七月に江戸に送られて以降、伝馬町の牢番に渡りをつけて先生の様子を探りつつ生活の世話を続けていた。牢番がいうには先生の嫌疑は、京の梅田源次郎という反幕活動家との関わりだという。
奉行所は連日先生を取り調べていた。ところが証拠は出ず、先生も萩にずっといたことが証明されたため、無罪放免となる見込みになった。
そして九月五日、江戸町奉行で、形ばかりの評定が開かれたそうだ。奉行所も、このまま形だけで済ませて、放すつもりだったらしい。
ところが先生は、そこで余計なことを口にしてしまった。
「吉田寅次郎。その方、梅田源次郎なる者としきりに文を交わしておるとのことだが、これは如何に」
「はい、嘉永七年頃にはお互い江戸におりましたから、梅田先生とはその頃何度か議論しました。しかしあの方とはどうしても反りが合わない。ですから、江戸を離れてからは時候の挨拶程度です」
「昨年八月に、京でその方と梅田が会っているのを見た者がおるが?」
「それは僕ではありません。確かにその頃、梅田先生から文を受け取りましたが、やはりあの方とは意見が合わず、物別れに終わりました」
「ほう、如何にして物別れに終わった?」
「はい。あの方は僕に、朝廷と幕府の合体・幕政の改革に力を貸せ、といってきたのです。今、その方向で朝廷に掛け合っている、と。しかしそれでは生ぬるい」
「ほう、それで」
「今は即刻攘夷、異国と一戦構える時である。攘夷に反する者はすべからく排除すべし。京には恭順開国しようとしているものがいるではないか。京にいるあなたは、それら君側の奸を排除するのが務めである、と申しました」
「その方、勇ましいのう。真に武士の鑑だ。もう少しそなたの話を聞かせてもらおうか」
これで、形ばかりの評定が振り出しに戻ったそうだ。
その後は、誰が君側の奸だ、排除とは何だ、と厳しい尋問が行われた。それで、萩での老中襲撃騒ぎが突き止められて、結果、松陰先生に死罪が下りそう、とのことだ。
「ここまで事が進んでいては手の打ち様がないではないか」
桂さんは、長州ぐるみで嫌疑がかけられているのではないか、と心配していた。
「いえ、そこは周布さんが、萩では松陰先生を野山獄に押し込めたのなんのといって、撥ね退けています」
周布様、名は政之助。右筆役として、長州江戸藩邸を切り盛りされている方だ。
「そうか。しかし、周布さんをもってしてもそれが精一杯だろう」
「はい。そこで我らで、松陰先生を密かに抜け牢させられられないか、と。あれこれ策を練っているところです」
「密かに、になってないだろう。やったら長州の仕業ではないか」
おれたちが雁首を揃えたところで、良い策など出るはずもなかった。そのうちに高杉さんは、暴走を心配された御父上から帰藩せよとの命が出て、江戸を離れてしまった。
十月二十七日、松陰先生は打首の刑に処された。
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