第11話 桂小五郎

 萩から江戸への旅程は、ふつうに歩けばおおよそ二十日ほどの道のりだ。ところが、桂さんは途中、京の藩邸に立ち寄るという。そのため、九月十五日に萩を出たおれたちが江戸に着いたのは、十月十一日だった。いかにも、ゆっくりした旅だった。


 道中、桂さんはいろんなことを話してくれた。

「僕が初めて江戸に出たのは嘉永六年だ」

 剣術修行を理由に江戸へ行った桂さんは、練兵館という江戸でも指折りの道場に、住み込みで修行した。そうして、なんとたった一年で免許皆伝を受け、塾頭になったという。


 桂さんはそこで黒船に出会った。

「江戸は天地がひっくり返るような騒ぎさ。荷物担いで遠くに逃げる奴までいたくらいだ。なにしろ、お城ほどもあろうかという船が、黒煙吐き出しながら海に浮かんでいる。そいつが時折、こっちに向かってドンっと大砲を撃ってくるんだ」

 藩が相州宮田の警備を命ぜられたのもこのときで、桂さんは来原さんと一緒になって陣の立ち上げに苦労したそうだ。

「幕閣は黒船への対応で意見が割れてね。水戸の老公は打ち払えって叫び、品川に砲台を築かせた。一方で老中たちは、開国やむなし、と堀田様を京の御門みかどのところに談判に走らせた」

「松陰先生は、元寇に倣って一戦せよ。日本人の気概を示さねば異国に侮られるのみ、といっていた。それはわからないでもないが、無理筋だと思った。僕は、今は力を溜めるところで、和戦を決めるのはまだ先だと思うんだけどね」

 確かに松陰先生は、異国をどう迎え撃つかをよく話されていたっけ。


「練兵館の塾頭をやっていると、僕のことを長州の顔役だとみて、いろんな奴が寄ってくる。長州はどうするのだ、と。そんなことをいわれても困るよ。そいつらを適当にあしらうのも君の役目だ。伊藤君、頼むよ」

 やれやれ、面倒な役目もあるものだ。

「こういう状況を、強引におさめているのが、今の大老の井伊様だ。井伊様は異国との開国条約を強引に取り交わした。その後、その勢いですぐに、反対した尾張様・水戸様・福井様を隠居に追い込んだ。そして、京の関白様までをも辞めさせて、その取り巻きを皆、捕縛してしまった」

 今の江戸は表向き平穏だが、裏は異国憎し、井伊様憎しで不満が渦巻いているらしい。


「松陰先生もこの動きに巻き込まれて、江戸に送られた。捕縛された連中の中には松陰先生の昔馴染みもいたからね。松陰先生は、このところずっと萩にいたのだから、誤解されているだけなのだろうけど」

 先生がひとり騒いで藩に匿われたとは聞いた。だが、萩でのことだ。幕府に露見していることはないだろう、と桂さんはいう。

「そういうわけで僕たちは、難しいときに江戸に詰めることになった。だけどまあ、楽しくやっていこう」

 やっぱり旅は絆を強くする。桂さんの手子もなんとか務まりそうだ。


 十月の、雲一つない青空の下、おれは初めて江戸に入った。江戸は八百八町というだけあって、萩や長崎、さらには熊本をも一回りどころではないほど大きい町だった。

「江戸はだいぶ広いけれど、案外道は覚えやすい。伊藤君もしばらくいれば慣れるよ」

 おれには初めてでも、そこは勝手知ったる桂さん。品川から高輪大木戸、札の辻を増上寺に向かい、愛宕下から幸橋御門を抜けて桜田の江戸藩邸上屋敷まで、すんなりとたどり着いた。


 藩邸に着くなりのことだった。

「桂さん、ようやく江戸に着きましたか!こっちは一大事です」

 血相を変えて飛び出してきたのは、松下村塾の先輩、高杉さんだった。

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