第2話 足軽

 奉公に飛び回ったり、たまの暇にはガキ同士で遊び回ったり。そんな中、年も改まった正月、伊藤さまの家に初春のご挨拶に伺うときだった。この日の親父はいつにも増して気難しい顔をしていた。祝いの席にしかめ面してどうすんのよ、と思っていると、

「明けましておめでとうございます。本年も宜しくお願い致します。」

 親父は硬い挨拶をした。

「うむ。おめでとう。ところで十蔵、束荷を追い出されて七年。あの頃借金まみれのお前がここまでよく頑張ったな。わしはかねてからの約束どおり、本年をもって伊藤の家を引くことにして、お前を家に迎えようと思う。今年から伊藤の家をよろしく頼むぞ。」

「はっ、ありがとうございます。伊藤の家は私と、この倅で支えて参りますので、引き続きご鞭撻のほど宜しくお願い致します。」

 ああ、そういうことなのね。伊藤さまが親父とおれと、なにくれ気にかけてくれたのは、伊藤の家を継がせるかを試していたのか。おれたちはどうやら伊藤さまのお眼鏡に適ったらしい。

 十四の正月、伊藤さまはおれの爺さまとなり、おれは林利助改め伊藤利助となり、本当に武士になった。


 足軽とはいえ武士になると、おれの日課は丁稚奉公からお勤め奉公に変わった。伊藤の家は代々藩の役方で、蔵米の管理や給米の手続き、年貢米の勘定といったところがお役目だ。この春から、将来の跡取りたるおれも、そんなお役目の手伝いに出ることになった。朝から昼まで藩の米蔵や勘定所での用事、昼から塾で学問という日課。塾にもきちんと通うようになった。秋の収穫の時期には、年貢米の勘定で藩内を飛び回り、案外忙しい。故郷に錦じゃないけれど、束荷に出張したときなんかはちょっと偉そうに振る舞えて誇らしかったね。

 あと、武士になって変わったのはお付き合い。武士になる前は、近所のガキどもとつるんでいたけど、そいつらとはだんだん疎遠になり、将来お役目をともにする同輩たちと関わるようになった。同輩と騒いだり、ときには将来上司になる先輩に飯に連れて行ってもらったりした。おれは自分でいうのもなんだけど、外面はいい方なので友達は多かったと思うよ。


 この頃、仲間内では一つの話題で盛り上がっていた。なんでも、アメリカという異国からでかい黒い船団が江戸にきて、大砲をぶっ放して暴れ回ったそうだ。異国船を打ち払えなんて声も出たらしいけど、幕府は口だけで何もできず怯えきって、いろんな藩に江戸湾と異国船の警備をしろ、とお達しだけを下した。我が藩にもご用命があり、相州の宮田というところに江戸藩邸の人たちが詰めていた。ところが二年経ってもお達しが解かれる気配がなく、いよいよ人が足りなくなったので国元から要員を派遣することになりそうだという。一歩間違ったら戦かもしれないけど、江戸(じゃないけど)に行けるんだよ、色めき立たない?


 仲間内では八割行きたくない派、おれはもちろん残りの二割。二割の連中と江戸行きの運動をした。役方の上司、久保先生、役に立ちそうもないけどおれの親父。みんなで伝手をたどって回ったところ――安政三年九月、念願叶って江戸行きの要員三十五人の中に選ばれることができました!


 国を出るだけでも心躍るのに、三十五人の同輩と連れ立っての江戸――正確には相州宮田――への旅路がまた楽しい。特命ということで藩から手当をいただいて懐が温かいのが三十五人。萩から山口経由、三田尻に着いたら、国へのしばしの別れで宴会。初めて船に乗ってまた宴会。大坂から東海道、途中熱田の宮さまにお参りしたり、富士山を見たり。もちろん宿毎に宴会だ。箱根の関を越えて相州宮田に着た頃には、もらったお手当はすっかり素っ空かんになった。

 ――ま、宮仕えに来たのだ。金なんかなくてもなんとかなるさ。

 それは、間違ってはいなかったのだが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る