第25話 授かった権能
それは与一が辿って来た経路を戻るということであり、当然、クオープスとの戦闘が続いている可能性がある。
曲がり角……与一はそこで、静かに顔を出して敵が居ないかを確認。
(クオープスは居ない……。だが、同時に騎士の連中も? 何処かに移動したのか?)
ルーミエに手を振り、二人で通りに出る。
そこでは遺体があちこちに放置されていた。
中には赤黒い結晶の遺体もあり――恐らくクオープス化した人間のものだろう。
「酷い……こんな短時間でこれだけの犠牲者が……!」
「辛いならあまり周囲を見るな。俺の背中だけに目を向けてろ」
そうルーミエを気遣いながら、与一は周囲を見渡す。
さっき通った際と比べて、クオープスの遺体が増えた以外に変化は無い。
やがて目前に、横転したバス車両が見えてくる。
「騎士団は、クオープスを全員なんとかできたのか?」
バス車両を通り過ぎ、その先の通りを目にする。
瞬間、彼は息を詰まらせた。
その先には、数十人の鎧を纏った人間が、道端に転がっていたからだ。
間違いない。教会の騎士団。
皆、起き上がる様子もなく……そこで事切れているようだった。
「嘘……騎士団の方々が……」
「クオープスと相打ったのか? いや、この傷跡……」
騎士団の鎧には、まるで熊にでも切り裂かれたような爪痕。それが皮膚まで到達し、ざっくりと深く到達している。
多くの遺体や、地面、建物にも同様の傷があり、元凶の力を物語る。
「このままここに居てはまずい! ルーミエ! 騎士の連中との合流は諦めて、一旦安全な場所まで移動を……⁉」
ルーミエに振り返った矢先、視界の端に黒い影があった。
それは建物の屋根上。
与一が天を見上げると、誰かがこちらへ落下してくる。
「ルーミエ⁉」
そいつが降ってかかるまでに、与一はルーミエを咄嗟に抱きしめ、地面を転がる。
ギャリギャリ‼ と耳障りな音が、響いた。
「大丈夫か⁉ ルーミエ!」
彼女は困惑した視線で、まだ状況を飲み込めていない。ひとまず、身が無事なことには安堵する与一だが。
顔を上げて、何かが着地したであろう位置に目を向ける。
そこには大柄なシルエットが立ち、地面には切り裂いたような跡がくっきりと彫られていた。
「クオープスか⁉ ちくしょう、こんな時に‼」
「クオープス? このラルフ様を、考える脳のねえ信者共と一緒にすんじゃねえよ。礼儀がなってねえな、兄ちゃん」
会話が成立したことに、与一は驚く。
そして相手の姿を見て、さらに警戒度を上げることとなった。
敵は確かにクオープスではない。野性味を感じさせる、中年男性だった。
自身をラルフと名乗った男――額には凝固した血の跡のようなものがあり。その両腕には盾の様なごつい装備を付け、同時に盾からは三本爪の刃が突出していた。
「ったく。リリンの野郎……いの一番に乗り込んで行った癖に、聖女を取り逃がしてるじゃねえか。全く、他人の尻ぬぐいなんざ趣味じゃねえって言うのによ」
「その口ぶり……お前、さっきのハンマー持ってた奴の仲間か⁉」
「あん? なんだ、リリンに会ったのか? へえ、それで生き延びるとはやるねえ」
ラルフは顎に指を添えながら、与一を見回し。
「しかし戦士としての風格はねえな。ってことは、運任せでからがら逃げて来たか……。それはご苦労さん。俺に見つかってしまっては意味ねえけどな」
「くっ⁉」
今度こそ、自分達を守ってくれる人間はいない。
そしてノレアに叱責された以上、与一は退くわけにはいかない。
彼は近くに倒れていた騎士の剣を見るや、それを拾い上げる。
「お? やる気か?」
「与一さん⁉」
「隙を見たら走り出せ! 俺も追い付く‼」
鞘から剣を引き抜き、両手で柄を掴む。
今まで一度も扱ったことのない武器。その重みがずしりとくる。
「余計なお世話かもしれんが、そこの聖女を差し出すって言うんなら、お前は見逃すぜ?」
「どこがお世話だ⁉ か弱い女を狙うクソ野郎が!」
「まあ、そうなるわな。いいぜ、来いよ?」
一呼吸おいて、与一は駆ける。
(人間なんて思うな‼ コイツは
今はただ守るべき人のために。
剣を横に据え、与一は横薙ぎにそれを相手へお見舞いしようと――
「不合格だ、ド素人め」
与一の攻撃が到達する前に、白刃の閃光が迸った。
ラルフのかぎ爪は、与一の剣をガラスの様に砕き、身体へ直撃する。
その衝撃は相当なもので、与一をいともたやすく後方へとなぎ倒した。
「与一さん⁉」
「あ~あ。言わんこっちゃねえ。まあ、これも男の性かもな。魂は拾っておいてやるよ」
言うとラルフが近づいてくる足音が聞こえる。
与一はそこで、すぐに身体を叩き起こした。
「与一さん⁉」
「なに……‼」
二人の驚いた声を聞き流しながら、与一は自分の身体をまさぐる。
服は切り裂かれているが、血は一滴も流れていない。
「はん⁉ あれだけ得意げに語ってた割に、ご自慢の武器は俺には届いてないようだな‼」
「…………」
ラルフの余裕が消えた。
その表情が硬くなるや、盾と一体になっていたかぎ爪が異様に震えだす。
徐々に熱を灯しているのか、白刃を中心に周囲の空気が揺らめいていた。
「気を付けてください、与一さん⁉ 恐らく、相手の『権能』です‼」
ルーミエからそう助言されるが、どう気を付ければ良いのか……。
とりあえず与一は、攻撃を避けることに集中する。
しかしラルフは、与一との距離があるにもかかわらずに、かぎ爪を振るった。
当然、その凶器が届くことは無い。
しかし……振り払った直後、熱風と共に地面が何かに抉られていくのを視認する。
「なんっ⁉」
地面に引っ掻き傷の様なものが、一直線に近づいてくる。
そして身体に衝撃が入った。とてつもない突風が、与一を後方へと吹き飛ばしていく。
数メートル引きずられた後、目には見えない攻撃が止み、与一は倒れ伏した状態から起き上がった。
「けほ! けほ‼ ちくしょう! 一体、なんなんだよ⁉」
「やはり……テメエ、俺の攻撃が効いてねえな?」
咳き込みながら与一が顔を上げると、ラルフは舌打ちを交えて面白くなさそうな顔をしていた。
「他の聖女から『権能』を授かってるのか知らねえが……まあいい。あくまで俺の狙いは、そっちの聖女だしな」
言うと相手は笑う。
与一はそこで、「は⁉」となって周囲に顔を向けた。
すると与一のすぐ後方で、彼女は地面にうずくまっていた。苦悶した顔で、左上を押さえている。
そこからは血が流れていた。
「ルーミエ⁉ さっきの攻撃で……!」
「すみません……! けどこれくらいなら!」
ルーミエは額に汗を溜めながら、立ち上がる。
「行きましょう、与一さん! 私達では、この人に太刀打ちなんて無理です!」
「それは分かってるが!」
「逃がすわけねえだろ。男の方は殺せねえが、お前は次で終いにする!」
また相手の武器が震えだす。
与一はルーミエの前に立った。彼女の壁となるために。
(ルーミエの傷は、かすっただけでああなった! だとすると今回は、俺が盾になるだけじゃあ守り切れないかもしれない‼)
奥歯を噛み締め、与一は必死に考える。
(どうする⁉ どうする⁉)
そんな中で、足元に何かが落ちる音が響く。
地面を見ると、与一はそこで壊れたアクセサリーを見つけた。
ルーミエが落とした時に、咄嗟に拾い閉まっていたが――そのズボンのポケットが、破れていたため落ちたのだろう。
気になったのは、アクセサリーから飛び出した中身。
小瓶の中には、赤黒い結晶が一粒入っていた。
「これって⁉」
思い出す。リンドロウズが見せてくれた、あの子瓶を。
与一はそれを咄嗟に拾いあげた。
「っ⁉ 与一さん! どこでそれを⁉」
「やっぱりコレ……ルーミエが誰かを従者にするために、必要な物なんだな」
彼女の戸惑い具合でそう確信し、与一は小瓶の蓋を開ける。
「待って下さい‼ それは危険なもので!」
「おらあ‼」
ルーミエとラルフの声が重なった。
相手がかぎ爪を振り払い、先ほどよりも強烈な突風が巻き起こる。
それはもう嵐に近かったかもしれない。地面の石畳が盛大に粉塵となって、こちらへ迫りくる。
(なんでもいい‼ この状況を――ルーミエを助けるための何かを‼ 今ここで、俺に!)
与一は小瓶を口元に持っていき、傾けた。
そして迷いなく、中身の結晶を一気に飲み込んだ。
◇
キーーッ‼ っと空気が裂かれる甲高い音。
そしてそれが、相手の場所に達したことを見て、ラルフは笑う。
(兄ちゃんはどうなるか分からねえが、あの華奢な聖女はどうにもなるまい)
目の前の少女を殺せば、速やかにここを去る。そしてもう一人の聖女を殺す。
殺した騎士共の力量を見るに、相手が何人居ようと問題ではない。
そもそもこちらにはクオープスという武力もある。街を蹂躙するには充分だろう。
地面を削ったために巻き上がった粉塵が、視界を埋め尽くす。
そんな見通しの悪い空間の先で……何かの光が揺らめいた。
「あん?」
ラルフの眉が吊り上がる。
するや自身が放った風の斬撃が、何かの爆発と共に相殺された。
同時に粉塵が吹き飛ばされ、一気に視界が広がっていく。
そしてラルフは見る。
「おいおい、マジかよ……」
彼が直視するのは、あの青年。
相手は相も変わらず、無傷で立っていた。しかも今回は普通ではない。
『白い炎』――青年の身体の周りに、白い炎が揺らめいていた。
やがてそれは、青年の全身を包み始める。
皮膚や服を取り囲むように浮遊し、やがて模様の様な形へと変化していく。
それはさながら、鎧のようであった。
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