第4話 与一の過去
現在、彼は一七歳。
世間が混乱の渦に飲み込まれるにつれ、いつしか親族達の数が減っていった。
大人達の喧嘩も後を絶たず、いろんな場所を転々としたが、どこからも快く迎い入れられた記憶は無い。時には建物の中に入れて貰えず、両親と三人で寒い野宿も経験した。
一年と経たずに、親戚らは道中で居なくなった。自分達と袂を分かったり、あるいは殺されたり……。
それでも与一が生き残れたのは、両親が居てくれたからこそ。あの時、どんな場所に居ようと、与一には明日を考えられるだけの希望があった。
けれどその希望は、唐突に奪われた。
与一の両親は殺されたのだ。
怪物の手ではない。食料目当てに襲ってきたゴロツキ達によって。
今もそうであったが、あの時代――皆、自分を生かすことに必死だった。
自分の命欲しさに、誰かを奈落へ蹴り落とすことなど日常茶飯事。
与一は思う。
あの時、もしも父親が食料をすんなり渡していれば、こんなことにはならなかったであろう。
母親がゴロツキらに「持って行かないで」と懇願しなければ、今頃、一緒に居られたはず。
与一は、そんなもしもの未来を想像したが……この世界はそんな幸福を持つことを、許してはくれない。
食料を全て持っていかれ、両親も殺され――冷たくなった二人の死体は、近くに居た人々によって燃やされた。与一は冷たくなる家族へすがることもできずに、炎の前で泣き喚くしかなかった。
それからの世界は、まさに地獄。与一はたった一人、寒さに耐え、空腹に耐え……誰も手を差し伸べる者は居なかった。
その内、彼は悟る。誰も他者に構うことはできない。それは自分とて同じこと。
良い子のままでは、生きてはいけない。両親から食い物を奪っていった輩と同じように――業を背負ってでも自身を生かさねば、と。
他人から食べ物を盗む日々が始まった。ひたすら走り、潜み、息を殺して……与一は、自分の命を救うことだけを考えた。
時には袋叩きにされ、殺されそうになったこともあった。どうしても食べ物にありつけない時は、虫や蛇を食らって空腹を紛らわせるしかなく。
気づけば三年が経ち、与一の世界はただ一人だけになっていた。
自分一人さえ居ればいい。誰も信用できない。
そんな世界に生きる与一へ、物好きにも手を差し伸べる人間が居た。
その日、与一は静真が持っていた食料を盗もうとした。暴力でもなんでも、行使する覚悟で。
しかし静真は、与一にあっさりと食料を投げ渡し、さらには「もっと豪華な飯がある」と一緒の食卓へ誘ってきたのだ。
始めこそ、与一も信用などしなかった。しかし静真は来る日も来る日も与一の根城を探し当てては、「共に来ないか?」と誘ってくる。与一が拒否すれば、食料だけを置いて去っていった。
なぜこんなことをするのか、理解できなかった。他人へ施しをする余裕など、皆あるはずがない。
あの男にはそれだけ備蓄している物があるのか? 気になって与一は、静真のあとを着けた。
その先の光景を見て、与一は絶句する。
静真には、何人もの仲間が居たのだ。それも与一と同じような、年端もいかない子供ばかり。
小さい子を守る兄貴――この混迷の時代に、自分以外の命を気に掛ける。その行為そのものに、受け入れがたいものがあった。
呆気に取られていると、与一は静真に見つかり、手を振られる。その日、与一は向かい入れられ、数年ぶりに多くの人間と食卓を囲んだ。
彼らの生活は決して安定しているものとはいえない。けれど子供ながらにヤギや鶏などを飼育し、そこから食材を生産。静真自身が外で野生動物を狩るなどして、共同生活を持たせていた。
大人の居ない環境で、逞しく……真っすぐに。
「泥棒なんてやめろ。俺達と共に生きていかないか?」
静真にそう言われ、与一は口ごもる。
目の前には決して多くはないが、人間らしい料理が並ぶ。
与一はそれを見下ろしながら、渋い顔をした。
「この生活が、いつ無くなるかも分からない……。怖くはないの?」
そう問うと、静真は真剣な顔をする。
「怖いな。みんなが居なくなったらと思うと、とてつもなく怖い」
「だ、だったら! どうして仲間なんて作るんだよ⁉ 絶対に守り切れる力も無い癖に‼」
「きついこと言うな、お前? まあ、その通りだけどな」
与一は怒りに立ち上がり、その場を去ろうとする。
どれだけ人数を集めても、子供の力などたかが知れている。武器を持った大人に襲われれば一瞬だ。
その上、自信も覚悟も無い奴に、命を預ける。それがどれだけ自殺行為か――身をもって知っているからこそ、与一は拒絶した。
けれど静真は続けざまに。
「絶対に守り切れる保証は確かに無い。けど誰かと一緒に居なければ……俺も、ここに居る奴らも、当の昔に死んでいたと思う」
その言葉に立ち止まる与一。
この世界、一人で生きていけない者は弱者だ。
その考えに至った与一にとって、静真の言葉はあまりにも不甲斐なく。
「俺は恐らく、誰かと繋がりを持っていないと、生きてはいけない」
あまりにも自分勝手で。
「でもだからこそ俺は……今居る『家族』を守るためなら、命を張ることも惜しくはない」
『家族』――その言葉を聞いた瞬間、与一は息を飲む。
かつて両親も、自分を守るために死んでいった。
この世界で『家族』を守ることがどれだけ難しいのか……それを背負うことが、どれだけ危険か。
「だから決めたんだ。俺は、自分のために。ここに居る奴らのために、生きていく。誰が何と言おうと」
「………」
「それにさ。みんなと居ると、悪くないこともあるんだぜ?」
振り返ると、静真は口端をニッと吊り上げ。
「みんなと苦労を共にしていると、多少、腹が減っても笑って過ごせるんだよ。こんなコスパの良いことは無いだろ?」
最後のだけは、なんだかちっぽけな自己満足に聞こえた。
けれどそんなちっぽけな幸せでも、この世界で持ち続けていることが、素直に羨ましい。
それが……『家族』に由来するものならば――与一にとってそれは、何よりも憧れるもの。
「俺達と過ごしてみないか? 気に入らなかったら、出て行っても構わない。でも必ず、ここをお前の居場所にしてみせるからさ」
自信満々に、希望を見せてくれた静真に……与一は自身の孤独感が、薄れていくのを感じた。
それから程なくして、与一は静真達と行動を共にする。
初めての動物のお世話。効率的な狩りの仕方。久しぶりに味わう、みんなと食べる食卓の幸福感。
(そうだ……『家族』って、こういうものだったな)
徐々に取り戻していった、人としての幸福。
けれど当然ながら、幸せばかりではなかった。
この世界に存在する脅威は、途方もなく存在する。
卑劣な大人達に、食料や動物達を奪われることも。病気や珀者によって、『家族』が亡くなってしまうことも。遺体をみんなで泣きながら焼くことも。辛いことは多かった。
けれどそれでも……与一は『失う怖さ』よりも、『誰かと生きる』ことを選んだ。
もう二度と、一人にはなりたく無い。この時もしかしたら、静真と同じ考えになっていたかもしれない。
そうやって何人もの『家族』を失い、与一、静真、ハルだけとなっても生き延びた。
現在は大人達が管轄するコロニー内で、窮屈ながらも『家族』を守る日々。
与一がミラと会ったのも、ちょうどその時期であった。
一人、どうやって生き延びたかも分からない少女を森の中で見つけ、与一は手を差し伸べた。
静真が自分にしてくれた時と同じように……今度は自分が、この子の孤独を埋めよう。
この時、与一自身は知らなかった。
ミラと出会い、手を差し伸べたことが、どれだけ巨大な運命の転換期となるかを……。
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