第4話 与一の過去

 与一よいちは平和だった世界のことを、ほとんど覚えていない。

 現在、彼は一七歳。珀者はくじゃが出現した一九九九年時点では、彼は七歳だった。その時は両親を始め、多くの親戚が居たものだが……。

 世間が混乱の渦に飲み込まれるにつれ、いつしか親族達の数が減っていった。

 大人達の喧嘩も後を絶たず、いろんな場所を転々としたが、どこからも快く迎い入れられた記憶は無い。時には建物の中に入れて貰えず、両親と三人で寒い野宿も経験した。

 一年と経たずに、親戚らは道中で居なくなった。自分達と袂を分かったり、あるいは殺されたり……。

 それでも与一が生き残れたのは、両親が居てくれたからこそ。あの時、どんな場所に居ようと、与一には明日を考えられるだけの希望があった。


 けれどその希望は、唐突に奪われた。

 与一の両親は殺されたのだ。

 

 怪物の手ではない。食料目当てに襲ってきたゴロツキ達によって。

 今もそうであったが、あの時代――皆、自分を生かすことに必死だった。

 自分の命欲しさに、誰かを奈落へ蹴り落とすことなど日常茶飯事。

 与一は思う。

 あの時、もしも父親が食料をすんなり渡していれば、こんなことにはならなかったであろう。

 母親がゴロツキらに「持って行かないで」と懇願しなければ、今頃、一緒に居られたはず。

 与一は、そんなもしもの未来を想像したが……この世界はそんな幸福を持つことを、許してはくれない。

 食料を全て持っていかれ、両親も殺され――冷たくなった二人の死体は、近くに居た人々によって燃やされた。与一は冷たくなる家族へすがることもできずに、炎の前で泣き喚くしかなかった。

 それからの世界は、まさに地獄。与一はたった一人、寒さに耐え、空腹に耐え……誰も手を差し伸べる者は居なかった。

 その内、彼は悟る。誰も他者に構うことはできない。それは自分とて同じこと。

 良い子のままでは、生きてはいけない。両親から食い物を奪っていった輩と同じように――業を背負ってでも自身を生かさねば、と。

 他人から食べ物を盗む日々が始まった。ひたすら走り、潜み、息を殺して……与一は、自分の命を救うことだけを考えた。

 時には袋叩きにされ、殺されそうになったこともあった。どうしても食べ物にありつけない時は、虫や蛇を食らって空腹を紛らわせるしかなく。

 気づけば三年が経ち、与一の世界はただ一人だけになっていた。

 自分一人さえ居ればいい。誰も信用できない。

 

 そんな世界に生きる与一へ、物好きにも手を差し伸べる人間が居た。

 

 静真しずま――与一とそう歳も変わらない、まだまだ子供。

 その日、与一は静真が持っていた食料を盗もうとした。暴力でもなんでも、行使する覚悟で。

 しかし静真は、与一にあっさりと食料を投げ渡し、さらには「もっと豪華な飯がある」と一緒の食卓へ誘ってきたのだ。

 始めこそ、与一も信用などしなかった。しかし静真は来る日も来る日も与一の根城を探し当てては、「共に来ないか?」と誘ってくる。与一が拒否すれば、食料だけを置いて去っていった。

 なぜこんなことをするのか、理解できなかった。他人へ施しをする余裕など、皆あるはずがない。

 あの男にはそれだけ備蓄している物があるのか? 気になって与一は、静真のあとを着けた。

 その先の光景を見て、与一は絶句する。


 静真には、何人もの仲間が居たのだ。それも与一と同じような、年端もいかない子供ばかり。

 

 小さい子を守る兄貴――この混迷の時代に、自分以外の命を気に掛ける。その行為そのものに、受け入れがたいものがあった。

 呆気に取られていると、与一は静真に見つかり、手を振られる。その日、与一は向かい入れられ、数年ぶりに多くの人間と食卓を囲んだ。

 彼らの生活は決して安定しているものとはいえない。けれど子供ながらにヤギや鶏などを飼育し、そこから食材を生産。静真自身が外で野生動物を狩るなどして、共同生活を持たせていた。

 大人の居ない環境で、逞しく……真っすぐに。

 

「泥棒なんてやめろ。俺達と共に生きていかないか?」

 

 静真にそう言われ、与一は口ごもる。

 目の前には決して多くはないが、人間らしい料理が並ぶ。

 与一はそれを見下ろしながら、渋い顔をした。

 

「この生活が、いつ無くなるかも分からない……。怖くはないの?」

 

 そう問うと、静真は真剣な顔をする。

 

「怖いな。みんなが居なくなったらと思うと、とてつもなく怖い」

「だ、だったら! どうして仲間なんて作るんだよ⁉ 絶対に守り切れる力も無い癖に‼」

「きついこと言うな、お前? まあ、その通りだけどな」

 

 与一は怒りに立ち上がり、その場を去ろうとする。

 どれだけ人数を集めても、子供の力などたかが知れている。武器を持った大人に襲われれば一瞬だ。

 その上、自信も覚悟も無い奴に、命を預ける。それがどれだけ自殺行為か――身をもって知っているからこそ、与一は拒絶した。

 けれど静真は続けざまに。

 

「絶対に守り切れる保証は確かに無い。けど誰かと一緒に居なければ……俺も、ここに居る奴らも、当の昔に死んでいたと思う」

 

 その言葉に立ち止まる与一。

 この世界、一人で生きていけない者は弱者だ。

 その考えに至った与一にとって、静真の言葉はあまりにも不甲斐なく。

 

「俺は恐らく、誰かと繋がりを持っていないと、生きてはいけない」

 

 あまりにも自分勝手で。

 

「でもだからこそ俺は……今居る『家族』を守るためなら、命を張ることも惜しくはない」

 

『家族』――その言葉を聞いた瞬間、与一は息を飲む。

 かつて両親も、自分を守るために死んでいった。

 この世界で『家族』を守ることがどれだけ難しいのか……それを背負うことが、どれだけ危険か。

 

「だから決めたんだ。俺は、自分のために。ここに居る奴らのために、生きていく。誰が何と言おうと」

「………」

「それにさ。みんなと居ると、悪くないこともあるんだぜ?」

 

 振り返ると、静真は口端をニッと吊り上げ。

 

「みんなと苦労を共にしていると、多少、腹が減っても笑って過ごせるんだよ。こんなコスパの良いことは無いだろ?」

 

 最後のだけは、なんだかちっぽけな自己満足に聞こえた。

 けれどそんなちっぽけな幸せでも、この世界で持ち続けていることが、素直に羨ましい。

 それが……『家族』に由来するものならば――与一にとってそれは、何よりも憧れるもの。

 

「俺達と過ごしてみないか? 気に入らなかったら、出て行っても構わない。でも必ず、ここをお前の居場所にしてみせるからさ」

 

 自信満々に、希望を見せてくれた静真に……与一は自身の孤独感が、薄れていくのを感じた。

 それから程なくして、与一は静真達と行動を共にする。

 初めての動物のお世話。効率的な狩りの仕方。久しぶりに味わう、みんなと食べる食卓の幸福感。

 

(そうだ……『家族』って、こういうものだったな)

 

 徐々に取り戻していった、人としての幸福。

 けれど当然ながら、幸せばかりではなかった。

 この世界に存在する脅威は、途方もなく存在する。

 卑劣な大人達に、食料や動物達を奪われることも。病気や珀者によって、『家族』が亡くなってしまうことも。遺体をみんなで泣きながら焼くことも。辛いことは多かった。

 けれどそれでも……与一は『失う怖さ』よりも、『誰かと生きる』ことを選んだ。

 もう二度と、一人にはなりたく無い。この時もしかしたら、静真と同じ考えになっていたかもしれない。

 

 そうやって何人もの『家族』を失い、与一、静真、ハルだけとなっても生き延びた。

 現在は大人達が管轄するコロニー内で、窮屈ながらも『家族』を守る日々。

 

 与一がミラと会ったのも、ちょうどその時期であった。


 一人、どうやって生き延びたかも分からない少女を森の中で見つけ、与一は手を差し伸べた。

 静真が自分にしてくれた時と同じように……今度は自分が、この子の孤独を埋めよう。


 この時、与一自身は知らなかった。

 ミラと出会い、手を差し伸べたことが、どれだけ巨大な運命の転換期となるかを……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る