第2話 くそったれな世界

 時間は三週間ほど前に遡る。


◇◇◇


「お! よ、と、っと‼」

「お! お! お! これは行けるんじゃないか?」


 あまり掃除の行き届いていない、ところどころ塗装の剥がれた部屋でつい声を荒げる。

 木造のテーブル。そこに乗せた小さなテレビを前に、一〇代後半の少年二人が興奮気味に食いついている。

 その内の一人である与一よいちは、ゲームのコントローラーをガチャガチャ言わせていた。

 与一がプレイしているゲームは、自身が生まれるよりも昔に発売された作品だ。横に広い平面の世界で、ほぼほぼジャンプしかできない主人公を操作する。

 迫りくる敵を避けたり踏んづけたりで処理し、ステージのゴールまで辿り着くのがクリアの条件となっている。

 操作もルールも単純。けれど配置されたギミックは、何とも歯ごたえがある。その最終ステージともあれば、籠る熱量は尚更高くなる。


「よし! 無敵アイテムを手に入れた‼」

「これなら効果時間が切れる前に、ゴールできるんじゃないか?」


 道中、与一が操作するキャラが、星形のアイテムを取るや黄金に輝く。

 そうなるともはや敵なしだ。ザコ敵やボスクラスの攻撃で倒れることはない。

 あらゆるステージのトラップ攻撃も無にしながら、その効果が切れる前にガンガン突き進んでいく。


「やべ! 興奮で手が震える!」

「クリア間近だぞ。踏ん張れ~与一」


 血の繋がっていない家族――ハルの声を背に、与一は神経を尖らせる。

 ゲームの操作キャラが、点滅を始めた。恐らくどんな攻撃も弾く無敵状態が、時間制限で終わろうとしているのだろう。

 その前に……その前に前へ! と、敵を避け、トラップを潜り抜け。


「お? ラスボスだ。コイツを乗り越えればクリアだぞ与一!」


 ステージのゴール間際、その前に立ちはだかるのは巨大なトカゲを模した敵。このゲームのラスボスにして、最後の難関だ。

 与一は操作キャラを容赦なく突っ込ませる。無敵ならばコイツの攻撃も食らうことはないと考えて。

 が、それに対し、ラスボスは岩を投げつけ、操作キャラに攻撃……ではなく、地面の床を破壊していく。


「い⁉」


 予想外の行動に、与一は操作キャラをジャンプさせて穴を飛び越える。

 しかし次から次に降り注ぐ岩に対し、やがて着陸できる床が無くなっていき……。


「やばいやばいやばい! あ⁉」


 着陸先の床が崩れ、操作キャラはそのまま落ちていく。

 せっかく得た無敵モードも、こうなっては意味がない。無情にも画面には『GAME OVER』の文字が表示される。


「あああああああ~~‼ 今日こそはクリアできると思ったのに~~‼」

「何やってんだよ与一‼」


 コントローラーを机に置き、与一は深々とため息を吐いた。

 それを見て隣のハルはゲラゲラと笑っている。


「絶好のチャンスだった。あの高難易度のトラップ地獄を、ようやく抜けられたと思ったのに」

「ほんと。これ作った奴は頭いいよ。プレイヤーに嫌がらせする方面で、全力を出してる。救済処置の無敵モードも、ラスボス戦では通用しないし」

「なんで無敵なのに、落ちたら死ぬんだよ‼」

「いや、そこはゲームシステム的に仕方ないじゃん?」


 納得のいかない与一と、また煽るように笑うハル。


「ねえ」


 すると、二人の合間に澄んだ声色が介入した。

 与一が背後に振り替えると、そこでソファに座る女の子が一人。

 歳は大体一〇歳に満たすかどうかの幼さ。黒い髪をポニーテールに纏め、それとは対照的に肌は雪のように白い。唇はいつもムッとしたように引き結んでおり、表情も笑顔を見せることはほとんどない。子供の愛くるしさを全く見せない、冷たい視線だ。

 少女は手に持った分厚い本から、少し目線を上げて与一らを見やる。


「『無敵』って、『歯向かう敵が居ない』ってことでしょ? どんな相手にも負けない、最強の存在。それがなんで負けてるの?」


 素朴に感じたであろう疑問なのだろう。少女は淡々と質問してくる。

 それに与一は天井を見上げながら。


「まあ、基本ルールっていうか。どんなに無敵になっても落ちたら死ぬんだよ、このゲーム。敵の攻撃では傷つかないけどな」

「攻撃では死なない……? そう。それならどうして与一は敵を攻撃しなかったの? 後ろから見てたけど、貴方が動かしていた『人形』は、ひたすら敵を避けていたわ」


 人形と言う言葉に与一は眉を潜めるが、それがゲームの操作キャラと理解する。

 頭の中で簡潔に言葉をまとめながら。


「このゲームの無敵状態って、だ。そのまま直進しても、敵に引っかかって前に進めなくなるんだよ。ジャンプで踏み付けて倒してもいいけど、時間が限られてるしな。だから敵はひたすら無視して進む」

「……それって『無敵』って言えるの?」

「難しいことばっか聞いてくるな、お前」

「はは。ミラは好奇心が強いんだな~」


 ハルは爆笑している。

 そんな反応を意にも返さず、深淵のように暗い瞳を揺らさず待つ少女――ミラ。

 与一はうーんと、足りない頭でどう納得させるか考えるが。


「おい与一。ハル。仕事の時間だ。ゲームで遊んでないで行くぞ」


 部屋のドアが開けられ、その先で長身の男が声をかけてきた。

 特徴的な赤髪と、細身ながらに鍛え上げられた筋肉の具合が肩から腕を見ただけでも分かる。年も一八歳と、ほぼほぼ大人だ。

 その男の言葉に、ハルはすぐ椅子から立ち上がった。


「あ。もうこんな時間か。今行くよ静真しずま兄ちゃん。ほら与一も」


 ハルに椅子の背もたれを叩かれ、与一も渋々立ち上がる。

 そうやってミラに再度、顔を向ける。


「悪いが仕事だ。いつも通り、ここで留守番しておいてくれ」

「まだ答えを聞かせてもらってないけど?」

「帰ってから説明するよ。もし何かあったら、すぐさま俺達の所に駆け込んで来いよ?」


 忠告をしたあと、本に視線を下ろすミラを見ながら、与一はドアを閉めた。

 そしてハルと静真の後ろを歩きながら、彼は自身の黒髪を掻く。


「ふ~。ミラの奴、ああなると質問攻めが止まらないんだよな。どうやって納得させよう」

「何だ? またミラに悩まされてるのか、お前」

「頭の悪い与一じゃ、ミラの先生になるのは無茶だよな~」

「うるせえ」


 ハルの言葉に与一は悪態を吐く。

 それに静真は豪快に笑った。


「まあ、これもミラを拾ってきたお前の責任だ。ちゃんと面倒を見ないとな」

「ミラは捨て猫か何かかよ」


 と、そんな会話をしていると、建物の出入口に辿り付く。

 もう機能していない自動ドアは、割れたガラスを木材や砂袋で塞いでいる武骨な状態だ。

 重いガラスドアをスライドさせ、三人は外に出る。

 空は夕刻でもうすぐ暗くなる。

 その真下――自分達の住処を見回した。

 清潔感の欠片もない、瓦礫ばかりの道路。

 立ち並ぶビルなどの建物も破壊の痕がところどころに残り、相当くたびれた印象を受ける。

 道すがら通り過ぎて行く人々も、そのほとんどがみすぼらしい姿だ。汚れた服装で仕事先に向かう者。道端で横たわる者。ごみの山から使える物が無いか漁る者。

 与一らにとって、それは普通の光景だった。


「さて。今日もくそったれな世界で、粛々と仕事だ。外の『化け物』共から街を守らないとな」


 静真の吐き捨てるような言葉を皮切りに、与一は気持ちを切り替える。

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