第5話:「鍵になる者」



 次の日の朝。教室は、昨日の“事件”の影響を感じさせない平穏な空気に包まれていた。


 光星は机に座り、ゆっくりと深呼吸する。


「……やっぱ学校って平和だな」


 隣の席の綾瀬は、淡々とノートを取っている。

 けれど、目は鋭く、周囲を監視しているようだった。


「昨日のこと、皆にはバレてないな」


「安心して。眠らされただけ」


「……いや、安心できるかそれ!」


 光星は小声でツッコミを入れつつも、心の奥では不安を拭えない。


 


 ◇


 


 昼休み。


 光星と綾瀬は、教室の隅でひそひそ話をする。


「綾瀬……覚醒者って何なの?」


「……説明する」


 その声はいつもより少し重かった。


「“覚醒者”とは、人間の潜在能力を極限まで引き出した存在。一般人には理解できない力を持っている」


「潜在能力……?」


「普通の人間の限界を超え、身体能力や精神能力、あるいは特殊な作用を起こすことができる」


 光星はノートに書き留めながら、頭の中で整理する。


「……で、俺は?」


 綾瀬は光星の目を見つめる。


「あなたは“鍵”。覚醒者ではない。でも、覚醒者を目覚めさせる触媒になる存在」


「触媒って……化学の授業かよ!」


「……例えです」


 光星は思わず吹き出す。


「ちょっとは笑わせるのやめろ!」


 


 綾瀬は少しだけ口角を上げたが、すぐに真剣な表情に戻る。


「リリィ・アウローラ。昨日の転校生。彼女も覚醒者。能力は“睡眠操作”」


「……クラスメイトを寝かせるやつね」


「そう。能力を制御できる範囲が広く、学校全体でも危険度は高い」


 光星は顔を引きつらせる。


「……昨日はマジで死ぬかと思った」


 


 綾瀬はさらに説明を続ける。


「覚醒者には、3つの種類がある」


 ノートに簡単に書き出す。


戦闘型 – 身体能力と戦闘力を極限まで高めるタイプ

操作型 – 周囲や対象に影響を及ぼすタイプ(リリィはこれ)

支援型 – 回復や補助、情報操作など、間接的に能力を発揮するタイプ


「つまり、覚醒者は普通の人間を超える存在。触媒であるあなたがいることで、覚醒の力を安定させたり暴走させたりできる」


「……俺、ただの高校生のつもりだったのに、結構重要じゃん」


「重要。だが同時に危険でもある」


 光星は視線を落とす。


「……危険って……?」


「覚醒者同士の衝突は、一般人には想像もつかない破壊力を持つ。だから、あなたの存在を狙う者も出てくる」


「……そうか」


 理解はした。けれど、腑に落ちない部分もある。


「で、俺はどうすればいいんだ?」


 綾瀬は少し考えた後、淡々と答える。


「生き延びること。それだけ」


「それだけ!?雑すぎない!?」


 


 ◇


 


 放課後。


 光星は校庭を歩きながら、心の中で反芻する。


(覚醒者……触媒……俺が狙われる理由……)


 そして、昨日のリリィの顔が浮かぶ。


 あの天使のような微笑みと、冷たい瞳。


「……怖い。でも、逃げるだけじゃダメか」


 光星は拳を握る。


「……少なくとも、綾瀬には頼れる」


 その時、視界の隅で何かが動いた。


「……誰だ?」


 後ろから、見知らぬ転校生の影。


 金髪、短めの制服、そして不敵な笑み。


「ようこそ、七ノ花の世界へ」


 ――その瞬間、光星は理解した。


 覚醒者だけでなく、これから自分の周囲には“普通じゃない人間”が次々に現れる。


 そして、触媒である自分は――


 ――戦場の中心に立たされるのだ。


 


 ◇


 


 その夜。


 光星は家の自室で端末を手に取る。


【覚醒者情報更新】

【潜在リスク:高】

【鍵保持者:花村光星】


 光星は画面をじっと見つめた。


「……まだ、全部は分からない。でも」


 深呼吸を一つ。


「……俺は、逃げない」


 ベッドに倒れ込み、天井を見上げる。


 小さな心の声。


「……明日も学校に行く。でも、普通にはいかない」


 ――日常と非日常の境界は、確実に崩れていく

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