第4話「眠らせる転校生と」


 朝の光が教室に差し込む。


 窓際に座る光星は、今日もいつも通りの朝のルーチンをこなしていた。


「……普通だ」


 顔を洗い、制服を整え、教科書を鞄に入れ、席に座る。

 昨晩の事件の疲れは残っているが、心を落ち着けるには十分だった。


 ――学校という“安全地帯”は、少なくとも表面上は、まだ普通だ。


 


「おはよー光星!」


 隣に座るクラスメイトが明るく声をかける。


「おはよう、今日も平和だな」


「……そうだな」


 光星は心の中でつぶやく。


 平和な時間なんて、長くは続かないことを、昨晩身をもって知っていた。


 


 ◇


 


 ホームルームが始まり、担任が入室する。


「皆さん、今日は新しい転校生が来ます」


 ざわつく教室。

 新しい転校生――もう、光星には“普通”の転校生の匂いはしなかった。


「なんだか嫌な予感がする」


 小声で綾瀬に囁く。


 綾瀬は無表情だが、目がわずかに鋭く光った。


 


 ドアが開く。


 そして現れたのは――


 長い金髪に、白い制服。微笑む顔は天使のようだが、瞳は不自然な冷たさを帯びていた。


「はじめまして、リリィ・アウローラです」


 低く響く声。

 しかし、どこか神経に刺さる静けさがあった。


 


 クラスメイトたちは、拍手とざわめきで歓迎する。


「かわいい……!」


「美人すぎる……!」


 光星も、綾瀬も、一応微妙に反応を抑えながら観察する。


 ――けれど、光星の勘は、間違っていなかった。


 その“天使の笑顔”は、危険そのものだった。


 


 ◇


 


 昼休み。


 教室に差し込む光の下、リリィは何もしていないのにクラスメイトの何人かがゆっくりと目を閉じ始める。


「……え?」


 光星は椅子から半ば飛び上がる。


 綾瀬もすぐに反応する。


「眠らせる能力……か」


「能力って言うなよ!普通の人間だと思ってたのに!」


 教室は瞬く間に静まり返った。

 机に頭を置く生徒、窓際で寝入る生徒、教科書の上で眠る生徒。

 誰も抵抗できない。


「……あー、これ逃げるしかないパターンだ」


 光星は叫ぶ。


 


 ◇


 


 綾瀬が短く指示する。


「動くな。状況確認する」


「動ける奴は……俺だけ?」


「うん。あなたが鍵だから」


「うわああああ、またこのパターン!?」


 


 教室の端から、光星はリリィを観察する。


 笑顔で手を振る。

 ――その手から、微妙な光の波紋が広がる。


 空気が変わる。


 ――自分以外の生徒は全員眠らされている。


「……どうやって対抗するんだよ」


「作戦考える」


「マジか!?」


 


 ◇


 


 攻防戦は、想像以上に奇妙だった。


 光星は机の下に身を潜め、綾瀬は天井を伝って移動する。

 教室は狭い。机や椅子が障害物になり、銃や爆発は使えない。


「……ふふ、見つけた」


 リリィの声。

 振り向くと、微笑みながら近づいてくる。


「こっちに来てください、楽しくしましょう?」


「いやいやいやいや!!」


 光星は机を飛び越えながら必死で逃げる。

 綾瀬が天井から制圧する瞬間も、リリィの笑顔が際立つ。


「この笑顔で殺意が伝わるってある意味才能だろ!」


「落ち着いて!」


 


 リリィの攻撃は“眠らせる波”だけではなかった。


 机や椅子が微妙に動き、光星を押しつぶそうとする。


「え、物理法則!?」


「気にしないで!」


 


 光星は笑いと叫びの間で必死に動く。


 コントのような攻防戦が続く。


 


 ◇


 


 最後、光星と綾瀬は二人で背中合わせになった。


「――やれやれ」


 光星は息を切らしながらも、少し笑っている。


「やっぱり学校って……戦場だな」


「本当にあなたの発言はタイミングがおかしい」


 


 リリィは微笑む。


「まだまだ楽しみたいんですけどね……」


 その瞳がわずかに光る。


 


 光星は端末を取り出す。


【リリィ・アウローラ:強制覚醒能力者】

【戦闘難易度:★★★☆☆】

【対策:綾瀬同行必須】


「……これ、マジで学校で戦うのか」


「……現実」


 綾瀬は淡々と言った。


「でも、面白い」


「おい!楽しむな!!」


 


 ◇


 


 放課後。


 光星は廊下を抜け、息を整えながら家に向かう。


「今日も生き延びた……」


 家のドアを開けると、母親の声。


「光星、宿題はやったの?」


「やった……フリしておいた!」


 日常、まだ保たれていた。


 


 ベッドに倒れ込み、天井を見上げる。


「明日も学校か……普通に行ける気がしない」


 でも、確かに通うしかない。


 ――日常と非日常が、学校という狭い世界で、重なり合う。


 


 光星はそっと目を閉じる。


「明日も、普通に行けるといいな……」


 けれど、背後には薄く、眠ったクラスメイトたちの影が残っていた。

 そして、次の戦いの予感も。

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