第6話

「いやあ助かったね」

 王都の中央通りは想像よりも混んでいた。

「あの貴族のおっさん。意外と優しかったね」

「よく言うよ」

 分かりやすく不機嫌なクルスは舌打ちをした。

「お前のせいで危うくアイテムを買えないところだった」


 勝負に負け、一発ギャグをすることになったクルスは怒った。が、律儀な彼女は約束を遵守し、「隊長の物真似」と宣言し、「進軍」と呟いておっさんへと躙り寄った。それからすぐに「撤退」と叫び、武器を構えた。


 その異様な雰囲気に飲み込まれたのか、戦闘で疲弊していたのか、強硬だったおっさんは「分かった分かった」とすぐに音を上げ、「こんなものくれてやるよ」とあっさりと認めた。「金は積めよ」と捨て台詞を忘れなかったのは、悪徳貴族の鏡だった。さすが伯爵、と手を叩いてしまったくらいだ。


 その時の怒りがまだ冷めていないらしく、帰路への道すがらクルスはずっとむくれていた。そんな姿も可愛くはあるが、だからといってずっと黙っているのも気まずく、「でも、うちにそんなにポーションがあるなんて知らなかった。クルスは知ってたの?」と話題を紡ごうとする。


「まあな」とぶっきらぼうに返事がかえってくる。

「本人からは聞いていないが、噂でな」

「なんで私たちが隊長の情報を噂で知らなきゃならないのさ」

「パーティーメンバーだからって、何でも知っているわけじゃない。お前も私のことなんてほとんど知らないだろ」

「名前と顔くらいは知ってる」

「数年一緒で、そのレベルは終わってる」


 ようやく怒りも収まってきたのか、彼女は小さく笑った。


「いつも一緒にいるからといって、相手が何を考えているかなんて分からない。そうだろ?」

「かもね」

「だから私は冒険者になったんだ」


 クルスは眩しい何かを見るかのように目を細めていた。


「命懸けでモンスターと戦っている間は、そういうのを考えずにすむ」

「現実逃避で倒されるなんて、モンスターも可哀想だ」

「昔はよかった。それこそ、お前がまだ子供の時の壁の刃は、よくも悪くもドライで、それでいて信頼しあっていた。今は少し馴れ馴れしい。隊長もドライに見えるが……まあ、何も言うまい」

「昔はよかった、か」


 目を閉じると頭に浮かぶのはいつも同じ光景だった。私はまだ何も知らない子供で、父親が戦っているのを物陰でじっと見つめていた。悲鳴と呻き声。鮮やかな赤色と焼け付くような青。爆発と剣、と脈絡なく情景が頭を空過する。瞼の裏にその映像が貼り付けられているかのように、何度も繰り返し流れる映像だ。


「とてもそうは思えないけど」

「青二才がよく言うよ」


 ははっと笑い飛ばした彼女は朗らかだった。


「エドはなんで冒険者になったんだったか」と続けてくる。悪意も下心もない透き通った声。私とは大違いだ。


「隊長の側にいたかったから」

「隊長が好きなのか?」

「まさか」


 私も彼女を真似て笑ってみる。が、くぐもった声しか出ない。


「昔から壁の刃を応援してたんだ。凄いパーティーだったしね」

「なんか照れくさいな」

「昔はよかった。そう言っていたけど、確かにそうかもしれない。私の夢は昔の壁の刃に加入することだったんだ。まあ、今は別の夢を叶えようとしているんだけどね」

「前向きだな」

「後ろ向きだよ」


 あんた、と声をかけられたのはその時だった。最初はただの街中の喧騒の一部かと思い無視をした。けれど、男性が私たちの前にぴょこんと飛び出し、目を三角にしているのに気づき、「あんた」が私であることに気がついた。


「あんた、壁の刃の一員だろ!」

「そうだけど」


 見知らぬ男性だった。私と同じか、少し上くらいだろう。金色の髪が印象的な優男といった風貌だった。誠実で正義感溢れる優等生のようにも見える。


「ああ」その姿を見たクルスはどこか合点のいったような表情になった。「ハロー。お久ですね。息災でしたか?」

「え」が、声をかけてきた男は目を丸くしていた。「あの。どこかで会ったことあったけか」


 一瞬、時間が止まった。誰も何も言わずにぼんやりとしている。


 一番最初に動いたのはクルスだった。ああ、と曖昧な声を発し「初めまして。お名前は」と何事もなかったかのように訊ね始めた。先程の勘違いをなかったことにしようとしている。


「ねえクルス。ハローってなに?」

「私はクルスと申しまして、彼女はエドといいます」

「普通に久しぶりっていえば良いじゃん。何? 私に良いとこ見せた……いたっ!」


 肘で鳩尾を殴られた。


「俺の名前はサンジェルマン。先ほど君たちが話していた伯爵の息子だ」そんな私たちを無視し、彼は堂々と名乗りを上げた。

「先ほど父が失礼した。それで……君らの隊長のサインが欲しいんだけど」

「サイン?」

「ファンなんだ」


 ふぁん、と鸚鵡返しにしてしまう。あの隊長のことを推す人いるなんて。


「てっきり、恨みつらみを言いに来たのかと思った」


 よっぽど虚を突かれたのかクルスの口から敬語が抜けていた。


「父親の仇を取るのかと」

「やめてくれ。道ばたでそんな話をして変な噂になったら困る」と男が小声で言ってくる。

「そんな土を狩るようなことはしないよ」


 私たちを忙しなく交互に見つめた男性は「貴族の息子は」と困ったように眉を下げた。

「いつだって父親を疎ましく思っているものなんだ。仇討ちなんて絶対しない」

「私、生まれ変わっても貴族にはなりたくないな」


 私の言葉に苦笑した男性は「子供の頃、壁の刃が中心の合同パーティーに立ち会ったことがある」とどこか遠くを見ながら言った。


「その時に彼の戦い方を見たんだ。凄かったよ。的確な指示に迅速な判断。感動したね。だから僕は悲しいんだ。あなた方の隊長が不当に虐げられるのが」


 しゅんと肩を落とす。とても成人しているとは思えないほど純粋で、屈託がないように見える。


「聞いたことがある。あなた方の隊長は大襲撃の際に指揮を執っていたと」

「事実だな」とクルスが頷いた。「私もその場にいた。違うパーティーだったが」

「そしてその後壁の刃の隊長になったと」

「そうだな」

「優秀な人は優秀なパーティーを率いる。当然のことだ。が、どこかの馬鹿は不遜なことを言う」


 青年の顔が曇り、眉がハの字になる。


「壁の刃の先代の隊長は、大襲撃の時に死亡している。だからその後釜になっただけのはずなのに、なぜか大襲撃に乗じて先代隊長を殺し、自分がその立場に成り代わったと。そう主張する奴がいるんだ」

「ああ」

「いったい何を根拠に言っているのやら」


 根拠、と頭の中で呟く。もう昔の話だ。その現場を確かに見たはずであっても、それがどんなに異様な光景でも、時間と共に記憶は薄れていく。だから怒る必要なんて無い。そう自分に言い聞かせる。


「まあ、有名な人ほど妬まれるのは世の宿命だ」


 勝手に落ち込んだかと思えば、男はすぐに元気を取り戻した。


「隊長さんにはよろしく言っといてくれ。あの時の子供は元気にやっていると。大襲撃の後は会っていないが、覚えているはずだ」

「残念だけど」なぜか私は否定から入っていた。「隊長は覚えていないよ。そういうの忘れちゃうから」

「そういうのって、どういうの」

「仲良くない相手の子供」


 自分で言っていて馬鹿馬鹿しくなる。


「嫌なことは忘れるタイプなんだ」

「切り替えの早さが大事ってことか」


 どこまでもポジティブなのだな、と感心していると「じゃあ僕はこれで」と男は去って行った。じゃあとは何なのか。これでとは何なのか。そう文句を言いたくなる。


「いったい何だったのさ」

「切り替えたんだろ」

 クルスは興味もなさそうに言う。


 ふーんと適当に返事をしながら足を早める。が、途中で振り返り「ところで」とクルスへ声をかけた。


「土を狩るってどういう意味なんだろうね」

「私に分かるわけないだろ」貴族様特有の隠語じゃないか、と彼女は嫌そうに目を細めた。

「あいつらは何でも隠語で言うからな。父親の仇討ちの隠語だろ」

「そんな隠語いつ使うのさ」

「さあな。まあ、貴族なんだから政略で人を殺す事も簡単なんじゃないか?」

「嫌すぎる」

 やはりこの街はどうあがいても腹立たしいな、と思わずにはいられなかった。


──────


「遅い」拠点に戻ってきた私を出迎えたのは隊長のお叱りだった。「何をしていたんだ」


 王都からパーティー拠点に戻ってきた私たちは、かなりの時間歩きっぱなしであったにもかかわらず、休むことなく隊長室へと向かった。褒められることを期待していたわけではなかった。が、まさかお叱りの言葉を受けるとは思ってもいなかった。隊長はいつだって私たちの想像を超えてくれる。


「貴族のおっさんが怒ってたんだよ。冒険者にはアイテムを渡さないって」


 私は暗に、お前のせいで仕事が遅れたのだ、と文句を言ったつもりだったのだが、隊長はどこ吹く風だった。


「まだサンジェルマン伯爵が持っていて良かった。捨てられているかと不安だったんだ」

「サンジェルマン伯爵は宝具と言っていた」クルスが言う。

「そんなに優れたアイテムなのか?」

「希少なだけだ。ここの先端を相手に押しつけスイッチを押すと針が出て」とぽつぽつと隊長は説明をし始めた。「相手に刺せれば、マナを吸収できる」

「吸収?」

「僅かだがな。だが、あいつのマナを枯渇させた上で」


 そこまで話した後で急に口を噤んだ。訝しげにこちらを睨み「まあ」と言ってくる。


「お前らに言うことではないか」

「中途半端に言うのを止めないでよ」 


 隊長は何も答えなかった。だからついでに「疲れたからご飯食べてくる」と言い残し、部屋を出ようとする。が、そういう言葉に限ってちゃんと聞いているらしく「駄目だ」と返ってきた。


「お前、一週間は食事抜きだと言っただろ。忘れたのか?」

「でも、食事を抜いている間にモンスターが来たら禄に戦えないよ」

「関係ない」隊長は予想通りの言葉を発した。「お前は、王都がモンスターに攻め込まれても、腹が減って戦えないと言うのか」


 意趣返しという言葉が頭に浮かぶ。いつの日かクルスが「隊長も昔、そういう罰を一杯受けてたから、同じ苦労を部下にさせているんだ」と言っていたのを思い出す。


 負の連鎖。八つ当たり。バレている? 虐めか。一瞬で脳内に無数の言葉が過る。けれど口には出ない。きっと表情にも出ていないはずだ。


「厳しいね。私、お腹が空くと夜中も眠れないのに。いいじゃん。せめてビスケットを寄越してよ」

「駄目だ」隊長は短く吐き捨てた。

「なんでお菓子なんだ。せめて肉にしろよ」とクルスも文句を言ってくる。


「あと」と隊長はついでとばかりに言葉を続けた。

「エド、お前は罰として今夜中に天井の掃除をしろ。外装が剥がれそうだからな」

「最近ずっと内装弄ってるもんね」

「自分の上のゴミなんてな、とっとと掃除した方が良いんだよ。目障りだからな」

「なんということでしょう、って言わせてあげるよ」

「敬語を使え」

「次からそうする」


 隊長はもはや私を見もしなかった。目を逸らし「サンジェルマンには金を払っておけ」とクルスに言う。


「隊長、多分あの貴族は金だけじゃ文句を言う。蒐集家だからな。何か物もやったほうがいいだろ」

「蒐集家か。物は言い様だな」


 言葉の意味が分からず首を捻っていると、「サンジェルマンは物の扱いが悪いんだ」とクルスが補足してくる。


「貰ったものを雑に扱う。あいつに貸した物は酷い状態で返ってくることで有名なんだ」

「最悪だね」

「じゃあ」と隊長は引き出しから先の潰れたペンを取り出した。


「これでいいだろ」

「これで?」こんなんじゃかえって怒られそうな気もする。「いいの?」


「俺は合理的だからな」鉄仮面を崩さないまま、隊長はぼそりと言う。

「どうせ犠牲にするなら使えない奴の方がいいだろ」

「まだ何もあげない方がましなんじゃ」


 まあ既に道具はもらえているのでいいのか、と勝手に納得していると「とりあえず監視塔の建設に行け」と隊長は短く言った。


 適当に返事をしながら部屋を出る。真っ白で微塵のくすみもない廊下はいつもよりも更に無機質的に見えた。なんでだろうか、と一瞬疑問に思うが、すぐに分かる。隊長室があまりに豪華なせいで、相対的に質素に見えたのだ。


 思い返して見れば、隊長室の内装が少し変わっていた。裏口にトラップをしかけているという噂は本当のようで、巧妙に偽装されてはいたが、壁側が妙にごてごてとしていた。これは、と歩きながら内心で考える。逆に好機なのではないか? 


「頼むよエド」

 考えこんでいると後ろからクルスが声をかけてくる。

「隊長と私にあまり恥をかかせないでくれ」

「クルスは十分立派だよ。恥ずべきことはない」

「お前が恥ずべきことなんだよ。恥が服を着て歩いているみたいなものだ」

「服脱げばもっと恥になれるね」

「やるなよ」

「大丈夫大丈夫」


 自信満々に胸をぽんと叩いてみせる。


「ちゃんとやむを得ない理由だったって感じの演技をするから」

「お前にそんな演技ができるとは思えないが」

「知らないの? 私、演技得意なんだよね。周りの空気を読んで、仮面を被って生きているから」

「どこがだ。自由奔放の申し子の癖に。仮面を被っているのだとすれば、その仮面は壊れている。早く脱いだ方が良い」

「脱ぎたくても脱げない。呪われているんだ」


 まったく、とクルスが睨み付けてくる。


「お前は楽観的過ぎる。そして素直だ。嘘とか吐いたことないだろ。嫌いな奴が目の前にいたら、すぐ暴力に走る」

「そんなことはないよ」私はウインクして見せた。


「でもまあ、私は自分の心に従って生きていたいとは思うよ。例え周りにどれだけ迷惑をかけようとも」

「勘弁してくれ」


  クルスが心底辛そうに両目を閉じた。その仕草が面白く、少し笑ってしまい、それを見られると怒られそうなため、慌てて顔を伏せた。不気味なまでに平坦な床はニスが塗られたように光沢があり、自分の顔が反射している。そこに映った自分の顔を見て、慌てて両手で覆う。なるほど。呪いの仮面は確かに想像よりもずっと脆いみたいだった。


──────


「エドってさ、ドMだよね」


 監視塔の建設とやらのため、拠点からしばらく南西に進んだ箇所に向かい、そこで作業をしているティックさんに合流すると、真っ先に彼女は言ってきた。


「ちょーウケる」

「いきなり何言い出すの」


 監視塔は以前見たときよりも高くなっていたが、相変わらず貧弱そうだった。木々を組み上げただけの簡素な造りで、自然に崩れることはないだろうけど、モンスターの襲撃に耐えられるとはとても思えない。


「私に言わせれば、こんな意味のない仕事を喜んでやっているティックの方が、よっぽどドMだよ」

「別に私は喜んでないしー」


 なぜかティックは手を叩き、大袈裟に笑った。


「エドさ。いつも隊長に無茶降りされる時、なんか嬉しそうじゃん」

「嬉しそう?」

「口では嫌だとか文句を言っててもさ、なんだかんだ嬉しそうだよ。だから、てっきりドMなのかと」

「そういうんじゃないよ」


 酷い言いがかりだ。


「ただ安心するんだ」

「安心?」

「やっぱ隊長はこうじゃないとって」

「それは」とティックが頬を引き攣らせた。「ドM説を否定できていなくね?」

「それに私だって、お仕置きを受けないようにいつも準備をしているんだ」

「準備?」

「隊長を宥める言葉を考えたり、脅す材料を準備したり」

「無駄な抵抗だ」


 ティックは指を差して笑ってくる。


「そんな準備をするなら、そもそも罰を食らうようなことしなけりゃいいのに」

「趣味なんだよ。無駄な抵抗の準備が」

「悪趣味」

「だとしても被虐趣味はない」


 どうしてこんな抗弁をしないといけないのか。セクハラか何かで訴えれば勝てる気がする。


「むしろ私は自分をドSだと思ってるよ。虐げられるのは許せないし、ムカつく相手はいつか絶対にボコボコにする」

「ボコボコって無理でしょ。だってエド弱いじゃん」

「え」

「赤子に手を捻られるくらい弱々じゃん。雑魚だよ。ざーこ」

「馬鹿にしないで。さすがに赤ちゃんくらいには勝てる。顔面パンチでイチコロだよ」

「倫理観とかないの?」

「確か引き出しの奥の方に入っていたと思うよ」

「それ、ないパターンの奴」


 笑いながらも、彼女は足下に置かれていた木材を手にし、一瞬でその姿を消す。どこへ行ったのか、と周囲を見渡そうとした瞬間に、目の前にぱっと現れた。


「便利なスキルだね」私がそう言うと「何を今更」とティックは嘆息した。「転移なんて見慣れてるでしょ」

「でも、あんなに素早く、しかも荷物を持って移動できる人は少ないんじゃない?」 


 人によっては、それこそ身につけているものも移動できないため、スキルを使う度に全裸になる人もいると聞いたことがある。


「まあねー。でも、そんなに頻発はできないし、長い距離も移動できないから、一長一短だよ。昔なんて一日三回しか使えなかったんだから」

「どうせなら『空間転移』じゃなくて、格好良いスキルを名乗ればいいじゃん。自己申告制なんだし」

「嫌。恥ずかしい。それにあんただって「念動能力」なんてシンプル極まりないスキル名じゃん」

「そりゃそうだよ。気取ったスキル名ってダサいしね」

「じゃあ人にそれを人に勧めんなし」


 はぁと深いため息を吐く。そうするといつものクルスと似たような顔つきになった。


「私よりエドのスキル名の方が問題。ずるいって。優良誤認。服とかハンカチとか限定の念動力なんて、範囲狭すぎっしょ。ウケる」

「ウケない」

「エドも鑑定士さんのところに行ってスキル見てもらったら? 違う結果になるかもしれんし」

「いいよ、もう」


 両手をひらひらとさせ、さも面倒だといった感じで目を伏せる。


「まあでも。それで想像より酷いスキルだったらヤバいか。それこそ、ごく稀に奇跡を起こす、とかだったらさ。いや違うか。奇跡的な確率で奇跡を起こす能力だっけ? 本当ウケる」

「言葉遊びみたいなスキルだ」


 ところでさ、と私はさも会話の延長といった調子で訊ねる。


「そういえば、隊長のスキルってどんなだっけ?」


 一瞬会話に間ができた。不自然な間だ。口調も口も軽いティックらしくなく言い淀んでいる。


「あれ。もしかして知らされてない?」

「酷いよね。仲間はずれだ」

「あー」


 少し頭を抑えた彼女は、あちゃー、とわざとらしく額をぺしりと叩いた。


「なら教えられないかな」

「えー」

「人のスキルをほいほい教えられるわけないっしょ」

「同じパーティーの仲間なのに」


 隊長のスキルを知ることを、半ば私は諦めていた。それこそ昔は死に物狂いで調べていた時もあったけれど、その誰もが誤魔化してきて、まともに答える気がないと分かり、調べるのを止めた。「隊長のスキルは使い物にならない」と酔ったクルスが口走ったのを聞いて、であれば調べなくとも良いか。それよりも自分の鍛錬をした方が効果的だ、と判断した。


「まあ、とにかく」


 こほんと咳払いをし、ティックは私の肩に手を回してくる。


「エドのスキルは弱いから、ドSには向かないって事を言いたかったの。クルスから聞いたんだけどー、貴族と決闘して負けたんでしょ?」


 いったいいつの間に聞いたのか。クルスのことだから、開口一番に今日の話をして回っているのだろう。クルスの悪い癖だ。彼女は普段は無口で、凜としているくせに、私のやらかしはすぐ、嬉々として周りに言いふらす。


 この情報の巡りの早さからすると、隊長にも伝わっているはずだ。そう思うと頬が緩みそうになる。次はどんなお仕置きが待っているのか分からない。が、そんなことはどうでもよかった。


「あれは仕方なかったんだ」と私は頬を膨らませて抗議する。「私だってポーションがあればきっと勝っていた」

「ポーション?」

「貴族のおっさんがポーションを飲んで、形勢が逆転した。マナを回復できるなんてずるだよ。隊長がポーションを大量に買い占めてるんでしょ? 私に少し分けてくれても良いのに」

「駄目。絶対駄目。あんたみたいな奴が飲んでも碌なことにならないの」

 ティックはなぜか、急に声色を変えて慌てて否定してくる。


「……マナが溢れるとモンスターが強くなる」


 私が納得していないことに気がついたのか、彼女はそう続けた。


「皆がポーションを下手に使うと、マナが王都から漏れ出てモンスターが強くなるじゃん? 動物や植物がマナに浸って、モンスター化しちゃうし。だから駄目」

「そんなには使わないよ」

「だから最近は、マナを大量に吐き出すようなマジックアイテムあんま使わないようになったんじゃん。そのおかげで近頃のモンスターは弱くなっているっしょ」


 確かにその通りだった。私は実力がなく、そのため危険が伴う任務には同行できない。が、それでもモンスターが弱くなっていることは薄々感じていた。


 私たちがスキルを使うのにマナを必要とするように、モンスターは生きていくためにマナを消費する。だからモンスターはマナを求めて移動し──マナをたくさん持っているものを捕食する。マナを吸収した草花や他のモンスターを食べ、そして力を蓄え、強大なモンスターになっていく。その連鎖を防げているということなのだろう。


「だから諦めな? ポーションなんて使わない方がいいに決まってるし。それに、仮にマナがたくさんあっても、エドのスキルじゃ弱いままだって。シャバいスキルなんだから」

「はいはい」

「はいは一回」


 クルスの苦労が忍ばれる、と小さく笑った彼女は「そもそもさー」と急に肩を落とした。彼女の纏っていた雰囲気が緩み、崩れてそのまま溶けて流れていくような気配すらあった。


「少しくらい監視塔の建設手伝ってよ。エド、さっきからただ喋っているだけじゃね?」

「こんな監視塔を作る意味あるの? こんなんでモンスターの早期発見に繋がる?」

「夜間用のライトを点けろとは言われてるけど」

「逆に目立つよ。モンスターだって馬鹿じゃないんだから、的になるだけじゃない?」

「とりあえずさ、これつけてきな」


 ティックは機材をごそごそとし、両手に抱えて持ってくる。


「何これ」

「迎撃用のボウガン。ここを押すと矢が出る」

「一つだけ?」

「そう。でもちゃんとマジックアイテム。相手を追跡して、ほぼ確実に当たる」

「こんな矢があたってもモンスターは倒せない。意味ないよ」

「だからお願いしてるの」


 ティックはにっと笑い、悪戯っ子のように笑顔を浮かべた。


「エド、無駄な抵抗の準備が趣味なんでしょ?」


 じゃあ頑張って。そう言い残して彼女は姿を消した。あのサンジェルマンとかいう貴族のおっさんの方が、彼女よりもよっぽど優しい人間のようにすら思えた。

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