第5話

──シオン──


「風通しの良い職場とはよく言うっすけど」


 ミニャさんは水でふやかした乾パンを乱暴に歯でむしり取り、その口にした部分を僕に突きつけながら言ってくる。


「職場に穴を空けて物理的に風通しをよくても、アピールポイントにはならないっすよ」

「いったい誰のせいだと思っているんですか。ミニャさんが壁を壊したんでしょ」


 僕たちは冒険者ギルドへ昼ご飯を食べにきていた。昼時を越えても冒険者でごった返しているが、今の僕にはその混雑がありがたい。また『壁の刃』の皆に見つかるのは御免だった。


「でも、よかったんすか?」


 皿のあちらこちらに散らばった豆粒を食べるべく四苦八苦していると、ミニャさんがぐいっと机上に乗り出し、鼻がくっつくほど顔を近づけてきた。


「モンスターの情報をギルドに全部伝えてしまって」

「情報の共有は冒険者の義務ですよ。あの場にいた冒険者の誰かさんが、全く報告する気配がなかったから代わりにやってあげたんですよ」

「へぇー。酷い冒険者がいたもんっすね」

「何が孤高の騎士だって感じですよね。ただのズボラですよ」

「そういう少し抜けたところも可愛いじゃないっすか。私、その人のこと好きっすよ」

「悪趣味ですね」


 数日前に冒険者ギルドにモンスターの報告をした際、ミニャさんが報告を渋った理由が分かるほど、それなりに面倒なことになった。あの強固な外殻と大きな図体。それに見合わぬ素早さと、好戦的な態度。間違いなく強敵で、まともに戦えば多くの犠牲が出るだろう。今頃討伐隊の編成や偵察班から得た情報の整理で、上層部はてんてこ舞いのはずだ。


「よく生きて帰ってこれましたね」

 

 報告を一通り終え、尋問にも似た質問攻めを終えた後で、受付さんが話しかけてきた。


「たった二人で」

「運が良かったんです。真正面から戦ってたら数秒で死んでますよ」

「もう冒険者じゃないんですから、無理しちゃ駄目ですよ」


 今の会議で決まったことですが、と彼女は眉をハの字にした。


「シオンさんは、どんな理由があったとしても、今後危険区域には出てはいけないことになりました」

「え。名指しですか?」

「名指し。全会一致です」


 そこまでするのかと驚いた。間違いなく隊長の発案だろう。


「まあでも落ち込まないでください。マジックアイテムショップ、向いていると思いますよ。モンスターも増えて需要も増大しているって聞きました」

「……ですね。頑張ります」

「うちの娘も、最近お店屋さんごっこにはまっているんです。もしよければ付き合ってください」


 丁度話題に出たからか、部屋の奥からひょこりと女の子が顔を見せ、僕と目が合うと駆けてくる


「しおん!」

「えっちゃん。今日も元気だね」

「しおんもお店屋さんをはじめたの?」えっへんと胸を張る姿は微笑ましかった。「わたしはもっと前からやってるから、わたしの方がせんぱいだね!」

「えっちゃん先輩。後輩の僕に商売のコツを教えてくれるかな」

「しかたないなー。いちばん大事なのは、こきゃくの立場によりそうことかな」


 なるほど。僕やミニャさんなんかより、よっぽど常識がある。


──────


「それで? 冒険者をやりたくないシオン様は、これからどうするんすか?」


 耳元でミニャさんの声が聞こえ、はっとする。いつの間にか彼女は僕の隣に座っていた。


「気になるんすよね。ギルドの様子が。こうしてわざわざ漏れ聞こえてくる情報を集めるくらいには」

「そういうんじゃないですよ。ただ」

「ただ?」

「僕の見通し通りになるか、心配なんです」

「心配ねえ」


 それ気になってるってことっすよ、とミニャさんは意地悪く言ってくる。


「それで? 情報収集の結果はどうっすか?」

「……話によると、どうやら件のモンスター、まっすぐ王都に向かってきてるみたいなんです」

「ああ。それは知ってるっす。だからギルドも慌てて討伐隊を組んだんすよね。メンバー見たっすか? オールスターっすよ」


 何も言わずに小さく頷く。討伐隊に編成されたパーティーは大御所で、メンバーも錚々たるものだった。もちろん、壁の刃も討伐隊に組み込まれている。


「だから心配なんてしなくていいんすよ。これ以上のメンバーはないっす」

「……作戦、聞いてますか」

「ああ。待ち伏せて袋だたき」ミニャさんは歌い上げるように言った。

「王道は効果的が故に王道。皆で囲んで高火力のスキルや武器で殴り続ける。ベストな選択っす」


 確かにその通りだ。今までもそれでうまくいっていた。けど、不安は拭えない。嫌な予感がする。


「そんなことより」が、鬱屈とした思いを抱える僕とは対照的に、ミニャさんは生き生きとしていた。「私に合うマジックアイテム、分かったっすか?」

「え?」

「王都の外に出たのは、私に合うマジックアイテムを選ぶためだったじゃないっすか」


 そういえばそうだった。


「まあ。ミニャさんの戦い方と癖は大体分かりました」

「お。さすが壁の刃の参謀役。クビになっても分析力は一流っすね」

「なんで人の傷口に塩を塗るようなこと言うんですか」

「趣味」


 どうしてこんな人が孤高の騎士と尊敬されているのだろうか。理解に苦しむ。


「……ミニャさんは思い切りがいい戦い方をします」


 彼女のペースに付き合ってはならぬ、と意識して淡々と話す。


「が、思い切りが良すぎです。相手の視界を初手で封じるのは重要ですが、剣を投げるのは後先考えなすぎです」

「最初に必殺技で相手の目を潰す。昔からずっとその訓練してたっすからね。もはや本能なんすよ」

「その後、すぐ後ろに回り込んで斬りかかるのはよかったです。でも、今回は悪手でした。モンスターは後ろに目がついている奴もいる。そのことを念頭に置いた方がいいです」

「あー。相手の後ろに回り込む。それももはや本能なんすよね」

「全部本能じゃないですか。悪い本能です」

「でも、私がいなかったらシオンもやばかったんじゃないっすか?」


 ミニャさんは目をにんまりとさせ、鼻息を荒くした。


「その頬のかすり傷、もっと酷くなってたかもっすよ」

「これはミニャさんにやられたんすよ」

「え」

「ミニャさん、マナ酔い体質なんですよね」


 先ほどまで得意げだったミニャさんがぴしりと固まった。にやけ面のまま、ぎぎぎと身体ごと方向を変え、強引に僕から目を逸らそうとしていた。


「な、なんのことっすか?」

「覚えてないんですか? ミニャさんマナを飲んで、暴れに暴れてたんですよ」


 あの時のミニャさんは凄かった。目につく動くもの全てに襲いかかり、暴虐の限りを尽くしていた。しかもタチが悪いのは、普段の彼女よりも機敏で、しかも力も強いということだ。


「全然覚えていない」あれマナだったんすね。酒かと思ったっす、と口走った彼女は「てっきり、モンスターを撃退した喜びで記憶が抜けているのかと」と頭を抱えていた。


「それはそれで心配にはなりますけど」

「……怒ってるっすか?」


 らしくもなくミニャさんは小声で呟いた。


「怒っているって、何にですか」

「何って。暴走体質を隠していたことっすよ」


 暴走体質、と鸚鵡返しにする。なるほど。言い得て妙だ。


「呆れてるっすか?」

「面倒な彼女みたいなこと言うじゃないですか」

「面倒とはなんすか面倒とは。エキセントリックって言ってほしいっす」

「それは褒め言葉なんですか?」

「かろうじて」意味も違う気もする。

「でも、暴走体質ですか」


 スキルを使うために必要なマナ。それを回復するためのポーションを飲むだけで、暴走してしまう体質。


「噂には聞いていましたが、初めて見ました」

「貴重な体質なんすよ」


 言葉こそ普段の彼女らしい勝ち気なものだったけれど、どこか自嘲的な、仄暗い言い方だった。


「この体質に関わる面白い話があるんだけど、聞きたいっすか?」

「長くなりますか?」

「こういう時は黙って頷いておけばいいんすよ」


 じゃあ短く纏めるっす、と彼女は不服げに漏らした。


「私、冒険者始めたばっかりの時はパーティー組んでたんすよ。私以外はベテランで、同郷のメンバーだったんで、仲も良くて。でも、ある時に私がポーションを飲んで、パーティーが半壊したんすよね」

「半壊?」

「モンスターじゃなくて、私が皆をボコボコにしたんすよ。まあ、それでパーティーは解散になって。それ以来いつの間にか孤高の騎士と呼ばれるようになったんすよね」

「なるほど」想像に難しくない。「マナ酔いしている時のミニャさんを止めることは並の冒険者では難しいですからね」

「私、最強っすから」

「で、面白い話はいつ始まるんですか?」

「なんすか。私の身の上話、面白くないっすか? 抱腹絶倒っすよ」

「僕はミニャさんと違って人の不幸話を笑えるほど悪趣味じゃないんです」


 それに。別に珍しい話でもない。


「パーティーメンバーが仲間をボコボコにすることなんて、よくあるでしょ」

「え」

「壁の刃だと日常茶飯事でしたよ。何かミスをしたら、隊長の命でボコボコにされるんです。酷い時なんか、マナが切れた状態で一週間地下室に閉じ込められたり、食事抜きで一週間地下室に閉じ込められたり、あえて骨を折られて、その状態で模擬戦をやらされて、一方的にタコ殴りにされたり」


「それは」とミニャさんは少し気まずそうに頬を掻いた。

「もはや拷問じゃないっすか」

「訓練ですって」

「そんな訓練普通じゃない。やっぱりシオンはあの隊長に嫌われてるんすよ」

「お、怒らないでくださいよ」

「怒ってないっすよ。強いて言うなら不満っす」

「不満? 何が」

「私が気持ちよく自分の不幸話をしていたはずなのに、いつの間にかシオンの不幸話になっていることっす」

「別に僕も不幸話をしているつもりはないんですけど」


 冗談を言ったつもりはなかったのだけれど、ミニャさんはふっと頬を緩めた。彼女の纏っていた固い空気が霧散し、軽薄な雰囲気へと戻る。そのタイミングを見計らったわけではないだろうが、「注文のお料理です」と大皿を持った受付さんがテーブルへとやってきた。


「あ」とミニャさんは受付さんに気づき嬉しそうにはにかんだ。

「珍しいじゃないっすか。直々に配膳をするなんて。受付はいいんすか?」

「今は娘がしてくれてるから」

「あー。えっちゃん。今何歳なんすか?」

「五歳。可愛い」


 受付さんの顔がにへりと緩む。全ての表情筋が溶け、でれでれになっていた。


「そういえば、受付さんの旦那さんって誰なんですか?」

 えっちゃんとはよく会っていたし、「今日は久々に旦那とデートなんです」と受付さんが言っていたから、旦那さんも王都にはいるはずなのだけれど、実際に顔を見たことはなかった。


「もしかして冒険者?」

「うふふ」両手を頬に当て、身体をくねくねとさせた受付さんは「内緒」と舌を出した。

「えー」

「女性には秘密がたくさんあるのですよ」


 しばらく受付さんと話し込んでいたせいか、受付にいたはずのえっちゃんがとてとてとこちらに寄ってきた。一歩進む毎に身体が大きく横にぶれ、こけてしまわないかと心配になる。


「おかあさーん! 疲れた!」

「はいはい」


 先程までくねくねしていた受付さんだったが、一瞬で母親の顔となり、優しい顔つきになっていた。


「ねえ。今からシオンとお店屋さんごっこしていい?」


 受付さんに抱きかかえられたえっちゃんは、どうやら店主への憧れを捨てられないようで、僕へと手を伸ばしてきた。


「いいでしょ?」

「あー」となぜかミニャさんが申し訳なさそうに眉を顰めていた。

「悪いっすね。シオンは今から私と買い物に行くんすよ。私に合う魔道具を選んでもらうんすから」

「ざんねんだけど」とえっちゃんはむっとした表情になる。

「用があるんだ。おまえにやるわけにはいかないね」

「なんだとぉ?」


 大人げなくミニャさんはえっちゃんに頭をぐりぐりと擦りつけていた。


「あらあら」けれど、怖いのは受付さんの方だった。「シオン、随分とモテモテなのね。分かっているとは思いますが、娘はあげませんから」

「いりませんって」

「は? うちの娘がいらないと?」受付さんはぎゅっと目を絞ってくる。自然とため息が零れた。「受付さんって、意外とあれですね」

「あれとは?」

「エキセントリックなんですね」


 それ褒めてますか、と訊ねてくる。かろうじて、と言おうとしたけれど、さすがに止めておいた。


───────


「酷い目に遭いました」


 あれからかなり長い時間受付さんに詰問され、ギルドから出る時には既に日が傾いていた。しかもえっちゃんもやけに粘り、「また今度」と手を振ろうとしても「こんどっていつ? 具体的に言って」と追求し、「また二秒後に来てよ」と無理難題を言ってきた。「それか私が一人前のレディーになったら来て!」


「そりゃ、また来世ってことっすか」とミニャさんが口走り、つまりえっちゃんがレディーになることは今世では不可能だと言ったがために、余計に話がこじれてしまい、結局最終的には「またレディー」と間抜けな別れと共に逃げ出す羽目になった。


「ねえシオン。聞いているっすか?」細路地を進んでいると、後ろからミニャさんが声をかけてくる。「そんなに急がなくてもご飯は逃げないっすよ」

『そうだそうだ!』

「今日はステーキがいいっす」

『そうだそうだ!』

「あの!」

 見て見ぬ振りをし続けるのもさすがに限界だった。

「なんで着いてきてるんですか」

「なんでって」


 心外だ、とばかりにミニャさんが後ろから詰め寄ってくる。


「一人で食べるご飯は美味しくないじゃないっすか」

「そっちじゃないですよ」


 そもそもご飯を食べに行くわけではないのだけれど、今そこはどうでもいい。


「僕はその足下の黒いのに言ったんです」

 その猫ですよ。と指を差す。

「その喋る黒猫、どうしてここにいるんです」


『猫は気ままだからにゃ』

 ひょこんと高く跳び、ミニャさんの肩へと着地した。

『誰にも縛られない。縛ることなどできない』

「どうやって王都の中に?」

『あの時、この同朋の服に忍び込んだのにゃ』と、黒猫はミニャさんに頬ずりをした。『どんなに高い壁があっても、ニャーを阻むことはできない』

「同朋?」

「そ」となぜかミニャさんはどや顔をした。「なんか懐かれちゃって。いやあ、モテすぎて辛いっすね」

「ようやく人間を相手にするのを諦めたんですね」

「なんか悪意を感じる」


 そんなことを言っていると、いつの間にか目的地へと辿り着いていた。「あの」と僕は頬を膨らませたミニャさんに声をかける。


「その黒猫ですが」

「愛称はホワポチっす」


 そんなのはいいんです、とミニャさんが口を挟む前に早口で言う。


「とにかくホワポチ、ここに置いていくか、どこかに隠してください」 

『なんでにゃ?』

「今から友人に会うんですけど」

「え、シオンに友人がいるんすか? まじ?」

「その人ちょっとあれというか」


 無視されたのが気に入らなかったのか、ミニャさんは肩に乗ったホワポチを掴むと思い切り放り投げてくる。なんとかキャッチすると、ホワポチもさすがに驚いたのか、ぎにゃあと毛を逆立てていた。


『危ない! いきなり何するんだ』

「洗礼ですよ」


 僕はミニャさんより先に答える。


「彼女と付き合っていくには、こういう理不尽に耐えねばならないのです」

『これだから人間は』


 にゃーと無邪気に鳴いているものの、頭に直接響く声は震えていた。


「ミニャさん……さすがに動物虐待は駄目ですよ」

「これが愛っすよ」

「歪みが酷い」

「シオンが私の愛を受け取ってくれないからこんなことになったんすよ。そんなんだと一生結婚できないっすよ?」

「余計なお世話です」


 それにミニャさんだけには言われたくなかった。


「シオンは変なところでロマンチックだから面倒っすよね。告白の言葉とかも普通じゃ絶対納得しないでしょ」

「普通じゃない告白ってどんなですか」

「お前の一生を奪いに来たぜとか」

「クサすぎる。酷いセンスですよ」


『お前の一生を奪う?』

 腕の中でホワポチは首を傾げていた。

『どういう意味ニャ』

「事実上の死刑宣告ですね」

「どういう意味っすか!」

「結婚は人生の墓場って言いますしね」

『ええ……人間は怖いニャ』

「これ以上、怖い思いをしたくないなら」と僕はホワポチの整った毛並みを撫でながら言った。「僕の服の中に隠れといてください」

『また同朋が暴走するのかにゃ?』

「違います。今から会う友人が猫嫌いなんですよ」

『え。この世に猫が嫌いな人間がいるなんて』


 隠れるホワポチに苦笑し、目の前の扉を開く。この世に猫が嫌いな人間なんていない。ただ、スキルを使える動物を実験材料にするような人間は確かに存在するのだ。




「人間はなんで憎しみを覚えるか知っているか?」

 ジョーさんはぼさぼさに散らばった白い髪をわしわしと掻いた。

「シオン、お前に分かるか」


 以前出会った時よりもジョーさんは萎びていた。髭は髪の毛と繋がり、顔全体を覆うように生え、水気の抜けた砂漠のような肌を囲んでいる。この店と同じだ。汚く古く、それでどこか魅力的だった。


 僕たちがいるのは、いつの時代のものかも分からない古い木を無数の藁で繋いだだけのあばら屋だった。とても人が住むところとは思えないが、驚くなかれ。百年続くマジックアイテムショップの老舗なのだ。


「人は憎しみを超えて強くなるからですか?」

「お前は本当につまらねえなぁ」


 もはやむっとすらしない。ジョーさんはいつだって掴み所がなく、途方もなく捻くれていた。


「お前だって、親を殺された復讐で冒険者やってんだろ? 仇討ちマンだろうが」

「違いますよ。僕は平和のために戦っているんです」

「かっけえなあ。背中が寒くなるぜ。よくもまあそんな小っ恥ずかしいことを言えるもんだ」

「本当ですもん」

「ですもんって何だよ」

「そもそも、復讐なんて誰も幸せにならないじゃないですか。やっても意味ないですって」

「俺は復讐をする奴の気持ちも分かるぜ。嫌な奴を殴ったらスカッとするからな」

『ニャーも分かるにゃ』

 もぞもぞと背中にいるホワポチが蠢いた。

『スカッとするですもん』

「真似しないでください」

「なに一人でぶつくさ言ってんだ」


 どうやらジョーさんにはホワポチの声は聞こえていないらしい。念話をする相手を選べるのか。随分と便利なスキルだ。


「とにかく俺が言いたいのは、人間には憎しみが必要なんだ。そして俺は今、猛烈に憎しみを感じている」

「なんでですか?」

「約束に遅れてきた小便臭いガキが、美人といちゃこらしながら平然とやってきたら、そりゃ腹も立つだろ」


 そこで、ミニャさんが僕を後ろから引き寄せ、代わりに前へと出て行った。


「なんすか。酷いぼろ屋で働いている、偏屈なおっさんかと思っていたんすけど、意外と見る目があるじゃないっすか」

「おいシオン」


 ミニャさんをちらりと見たジョーさんは、すぐに僕を睨んでくる。


「なんでお前の周りにはヤバい奴しかいないんだ」

「ヤバい奴筆頭はジョーさんですよ」

「私はヤバくないっす。ただの天才少女っすよ」

「勘弁してくれ」


 机に手を置き立ち上がったジョーさんは、部屋中に転がっている機械を器用に避けながら、奥へある棚へと手を伸ばした。


「早く買う物を買って、帰ってくれ」

「えー。折角ならもっとお喋りしましょうよ」

「嫌だ。帰れ。俺は忙しいんだ」

「随分と仲がいいんすね」


 僕とジョーさんの間に割り込むように、ミニャさんがにゅっと身体を入れ込んでくる。


「どういう関係なんすか?」

「僕にマジックアイテムショップのイロハを教えてくれたんです」

「イも教えてない。そもそもアイテムを自作できない時点で駄目だ」

「え。自作できるんすか? 凄いっすね」


 僕がミニャさんの口を慌てて塞ごうとしたけれど、遅かった。気づいた時にはジョーさんは眼を輝かせ、喜々として棚からごっそりとアイテムを取り出していた。


「嬢ちゃん、いける口か? これ見ろよ。びっくり目覚まし時計」ジョーさんは意気揚々と「こいつは凄えんだ」と鼻息を荒くした。

「このびっくり目覚まし時計はただの時計じゃねえ。ここの針金みたいなのをポーションに突っ込んで、このボタンを押すと爆発するんだぜ」

「爆発?」

「しかもポーションの量に比例して指数関数的に爆発力は大きくなるんだ。起爆装置だから使えるポーションの量に上限はない。理論上はどんな強いモンスター倒せる」

「目覚まし時計要素は」

「アラームが鳴る。俺が録音した声で、『目覚めの時間だ。良い目覚めを』って言ってくれるぜ」

「要らなすぎるし、胡散臭い宗教みたいっす」


 ミニャさんにしてはまともな反応だった。


「それ、何に使うんすか」

「刺激的に目覚めたい時」

「永眠するっすよ」

「まあ、これは起爆するまでに七時間かかるから、逆説的に目覚まし時計にしてみただけなんだがな」

『ねえシオン』

 ホワポチが訊ねてくる。

『人間ってのは、こんな頭のおかしい奴らばかりなのかニャ』

「いや。この二人が特別変なだけです」


 小声で言いながら、びっくり目覚まし時計なるマジックアイテムを手に熱弁するジョーさんを遮り、「とりあえずいつものください」と割って入る。


 ジョーさんは不服げな顔になったが、手際よく道具を手に取り、組み替え、調合していく。


「驚いたっすね。随分と本格的っす」

「ジョーさんは昔、一流の冒険者だったんですよ」


 普段人を褒めないミニャさんが感心しているのか面白く、自然と口が動く。


「昔はモンスターと戦いながらマジックアイテムを作ってたんですって」

「俺はそっちの方が性にあってたんだよ」


 照れ隠しなのか、ぶっきらぼうにジョーさんは言ってくる。


「モンスターを倒すよりアイテム作る方がいいんだ。まあ、唯一想定外だったのは、俺に整理整頓をする能力がなかったことだな」

「致命的すぎっすよ」

「もっと早く気づけましたよね」

「うるせえうるせえ」


 僕たちの批難に耐えられなかったのか、ジョーさんは子供のように首を振った。


「今んとこそんな大きなミスしてねえからな。たまたま手に入った濃縮ポーションの原液零しちゃったことあるだけ」

「やばいこと言ってる」


 ドン引きしている僕とは違い、ミニャさんはきょとんとしていた。


「それ、何が問題なんですか?」

「ごく稀に凄い濃度のポーションが取れる時があるんです。アイテム用で、希釈しないといけない奴。ただ危険すぎるんで慎重な扱いが求められるんですよ」

「危険? 飲んだら死ぬとか?」

「飲んだことある人はいないほど貴重なので分かりません。ただ、そうですね。踏んだら爆発します」

「危な!」

「そこら辺に零して、動物が飲んだりしたらモンスター化する危険があるんですよ。だから、目立つように黄色と黒の縞模様の瓶に入れるのが義務づけられてるんです」

「それって」とミニャさんは何となしにその場に屈んだ。

「これのことっすか?」


 指差した先、服やゴミに紛れて地面に転がっていたのは、間違いなく蛍光色のその瓶だった。


「ちょっとジョーさん! 濃縮ポーション落ちてますよ!」

「大丈夫だって」

ジョーさんは自信満々だった。「俺なら、ポーションが爆発しても無傷で生き残れる」

「そんなに強いならまた冒険者に復帰すればいいじゃないっすか」

「馬鹿言うなよ。何が悲しくて冒険者なんかやらないといけないんだ」

「現役の冒険者の前でよくそんなこと言えるっすね」


 ミニャさんが僕の頭に顎を載っけてくる。


「もしかして。シオンが冒険者をやめてマジックアイテムショップを開こうと言い出したのは、あなたの影響っすか?」


 そうです、と答えようとする。モンスターを直接倒すことができなくても、裏方から冒険者の手助けをし、王都を守りたい。それは間違いなくジョーさんの影響だった。


「やめた? こいつが冒険者を?」


 僕が口を開く前にジョーさんが声をあげた。叫んだといってもいい。あれだけ滑らかに作業をしていたにもかかわらず、手にしていた道具をその場に落とし、折角できあがっていたものまで崩してしまっていた。


「何の冗談だ」

「冗談じゃないっすよ。壁の刃をクビになったんす。」

「クビねえ」


 ふーん、とジョーさんは曖昧な声を出す。


「お前も大変だな」

「向いていなかったんですよ」深掘りされたくなくて「だからマジックアイテム屋を開いたんです」と努めて朗らかに言う「ジョーさんを見習って」。

「そっちの方がよっぽど向いてねえよ」ジョーさんはなぜか不機嫌だった。「その癖お前はまだ爆弾に固執するんだな」

「どういうことっすか?」

「隊長に憧れてるんだよ」


 ジョーさんは余計なことを言ってくる。


「壁の刃の隊長のスキルが『爆発』なんだ。自分の血を爆発させるんだよ。一滴でもすげえ威力なんだが、こいつはそれに憧れてるんだ」

「趣味悪いっすね」

「でも、壁の刃の隊長は随分と感情的なんだな。こいつをクビにするなんて。優秀な冒険者を遊ばせている余裕なんてねえだろうに」

「そう思うっすよね!」


 ここぞとばかりにミニャさんが声を張り上げる。


「だから私も必死にスカウトしてるんすよ。でもこのガキ妙に頑固なんすよね」

「シオンの頑固さは筋金入りだ」とジョーさんが面倒そうに言う。「そのせいで、俺も散々苦労した。この道具のここを変えろだとか、ここを硬くしろだとかうるせえんだよな」

「色々細かいんすよね。昔、壁の刃が主軸の合同パーティーに参加したことがあるんすけど」

「ああ。あのコボルト撃退のやつか」

「その時に陣形や攻撃のタイミング、移動の速度や角度まで指示してきたんすよ。即席パーティーとは思えないっすよね。しかも気持ち悪いのは、私たちが指示に慣れずに、うまく対応できないってことを、織り込み済みで指示してくるんすよね。私、最初はシオンのスキル、未来予知か何かかと思っていたんすから」

「そうなんだよな。まさかこいつのスキルがあんなポンコツだとは思ってもいなかった」

「性格もポンコツっすけどね」

「ちょっと」


 さすがに口を挟まずにはいられない。


「僕の悪口で盛り上がらないで」

「シオンは本当に酷いんすよ。私、コボルトの時に一緒に戦っていたのに、そのこと忘れてたんすから」

「だってあの時のミニャさんは。今と違ってまだまともでしたから」

「今だってまともっすよ」

「まあ、シオンの言いたいことは分かるぜ」


 あんた孤高の騎士だろ、とジョーさんは鼻を鳴らす。


「噂は聞いたことあるぜ。無口でずっと一人で戦っていたクールな冒険者が、シオンに誑かされてイカレちまったってな」

「語弊はありますが」


 さすがに彼女の奇抜さを僕のせいにしてほしくはなかった。


「確かにあの時のミニャさんは、良くも悪くも印象には残っていなかったです。無難というか。ただの優秀な冒険者でした」

「運命の出会いは人を変えるんすよ」

「それでこんなになっちゃうなら、運命の出会いなんていらないです」


 まあ、とジョーさんは一呼吸置き、手を動かしながらもどこか得意げに笑った。


「俺から言わせりゃ二人とも甘ちゃんだよ。今の俺でも負ける気はしねえな」

「そんなに強いなら早く現場に復帰してくださいよ」

「俺はな、天邪鬼なんだよ。復帰しろって言われたら嫌になる。逆に、復帰するなって言われたら、意地でも復帰したくなるんだ。本当にピンチになった時に颯爽と登場して、手柄を先に奪ってやる。お先に失礼ってな」

「本当に失礼っすね」とミニャさんが突っかかる。

「酷いです」と僕も言わずにはいられない。「なんか遺言みたいで、縁起悪いですし」


 うるせえうるせえ、と虫を払う様に手をひらひらとさせ、「まあでも」とジョーさんはその手を流れるように僕へ向けてきた。


「天邪鬼なのはシオンも同じだろ」

「同じじゃない」

「いや、同じだよ」


 なぜかジョーさんは自信満々だった。


「どうせお前、壁の刃を抜けて、すぐに別パーティーに入るなんて不義理だとでも思ってんじゃねえか? でもよ、お前は最後には冒険者をやるぜ。俺には分かる。お前は冒険者として生きなきゃならねえ。そういう星の下で生まれてきたんだよ。その証拠に、こうして戦闘用のアイテムを買いにきているわけだしな」


 机上に並べられたアイテムを見る。爆弾に、予備のナイフ。ミニャさん用のポーション。そのどれもが日常生活では何の役にも立たないものばかりだった。どうして僕はこんなものを買いにきたのだろうか。


 きっと気の迷いだろう。そう頷きながら眼を伏せる。物知り顔でミニャさんが背中を擦ってきたのが気に入らなかったけど、文句を言う元気はなかった。

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