最強魔法使い若作りアマロロおばさん(41)の幼児?退行?

秘密の豚園

第1話 うわぁ!?先輩ッ!?なんでこんなことにッ!?


「最近は親からね。孫の顔じゃなくて墓石の話をされるんだぁ。」

行きつけの居酒屋、座敷席での二人飲み。梅酒をチビチビ啜りながら、アマロロ先輩は自虐する。それから、砂肝の炭火焼を、大して噛まずに飲み込むと、また梅酒を煽った。


「それ、僕も笑って良い自虐ですか?」


「…あぁ!?『そんなことないですよ!』がセオリーでしょうが!!オイッ!」


「…ヒッ…。」

僕が小さく息を漏らすと、先輩は頬杖を突きながら、目の据わったニヤケ面を浮かべて、スマホの画面を僕に見せつける。


「…アンタ…見たい?」


「何がスか?」


「私以外のメンツがほとんど子供いる地元のグループLINE…。嫌なママ友や学校側の催しごとの愚痴に参加できずに、既読着けるだけになってる私のLINE…。見たい?」


「ちょ…、やめてくださいぃ…。グロいですぅ…。見たくないですゥ…。」

僕の狼狽えに対して、先輩は喜々とした表情でスマホを僕に近づける。液晶についた白い指紋から、画面の中に僕の目のピントが合う。そこには見られたものではない会話が拡がっていた。


「オラッ…!見ろってェ!!」


「ぷ、プライバシーとかありますし…。ね?やめましょ?」


「うるせぇなぁ!オラ!見ろッ!世間様からすれば、仕事をしたうえで、子供や夫がいるのが正義なんだよぉ!だったら私は悪人なのか!?なぁ!!」


「知らないですゥ…。正義だのなんだのなんて…立ち位置や時代で変わりますゥ…。」


「私さ!あァんなに納税してるのによぉぉ!S級なのによォ!!オラッ!リチャード!!四の五の言わずに見ろッ!!オラッ!」


「熱量が、エロ漫画の催眠画像おじさんなんですけどぉ…。」

僕が愚痴を零す。


「ドォヘヘ!!催眠!催眠解除!催眠!今宵の月!正体見たり!」

酔いが回った先輩が、僕の肩に手を回す。彼女の口からは、甘い酒気と地球産のミームが垂れ流れていた。


「はぁ…。」

先輩の体温を肩で感じながら、僕は思案する。


【アマロロ・ウィーロ】41歳独身。ギルド【大きな樹の葉キムラ】に所属する41歳独身。


 二つ名は【夢想のアマロ】。スキー板で雪山を滑るように、この41歳独身は二本のほうきで空を飛ぶ。保守派好みの原始的な魔法を使って、ロジック抜きの火力勝負を好む。


 あけすけで、野蛮で意地汚い性格に相反して、不安になるほどの華奢でそれで色白い。体は平坦で、胸までかかる白い長髪が特徴的。釣り目で口が小さい、そんな41独身歳だ。なにより凄いのは、実年齢と、容姿のギャップ。どう厳しく見積もっても22歳ぐらいにしか見えない。


「モノローグで41歳独身を4回繰り返すなッ!テメェもいつかそうなるんだよッ!人並の恋もできずに!くせぇ布団にくるまって、ビクビク怯えてろ!」

んの野郎…口悪すぎだろ…この若作りババアッ…。


「いや、僕、結婚願望ありますし…。てかナチュラルに読心するのやめましょ?…あの…水飲みます?」

僕の言葉に、周囲の空気が凪いだ気がしたけど、まぁ気にしない。どうせ、アイツらだ。


「水ッ…。水ッ!!」


「あぁ、はい…。」

それから僕が、半分水の入ったジョッキを渡すと彼女は


「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛…!出るぅッ!!お゛ろ゛ろ゛ろ゛ろ゛ッ!!」

その残りを自身の嘔吐物で満たした。


 並々注がれる先輩の中にあったモノ。


 水とソレの汚いグラデ―ション。


 間一髪、彼女の服にも座敷にも零れることはなかった。彼女の揺れる髪と、髪との間の奇跡的な通り道が、軌跡となってゲロを導いた。


「ちょッ!?先輩ッ!?先輩ッ!!!!何やってんだァ!?クソババアッ!!大丈夫ですかッ!?」

僕は、なみなみと先輩のモノが注がれたジョッキをテーブルの上に慎重に置き、先輩の口の際のソレを拭き取った。


「はぁッ…。はぁっ…。…あ…。」

虚ろで、涙の溜まった目を僕に向けながら、先輩は絶えず口の際から唾液を垂れ流していた。


「せ、先輩…?」


「………私たちは……増えろ…という…遺伝子の……指示に屈しない………。この…シュプレヒコールに………………加わる………………有志を募………………る……。」


「どこの活動家ですか。やめてくださいよ。それに、なにがシュプレヒコールですか。そんなカス思想誰もついていきませんよ。ほら、寝なさいってェ。」

僕は座布団で作った簡易的な敷布団の上に、彼女が横になるよう促した。


「………………この思想で………政見放送してやる……メジャーデビューしてやる…。」

横になった先輩が、息も絶え絶えに呟く。胸がゆっくりと上下する。


「何党ですか?それに政見放送は基本インディーズみたいなもんでしょ。」

呆れた人だ。恋愛が出来ないからそうやって冷笑したり、詭弁に走ったりするのかなぁ。


 僕は、彼女の額に未使用のおしぼりを置くと、会計を急いだ。顔なじみの店員さんに平謝りをして、いくらか金額を多めに出してから、彼女をおぶって、店を後にする。


 使い魔で運んでも良いけど、あまり魔力は消費したくないし、僕が頑張って運んだって言う理由があれば、なんか恩を売れそうだからやめておいた。打算的でごめんなさいね。


 でも

「はぁ…………。」

思わずため息が出る。


 そんなため息に追従するみたいに、周囲から声が聞こえる。


「アマロロじゃん、お持ち帰りか?」


「恥ずかしくないのかね。いっつもあんなに潰れて…。」


「おお!激エロッ!」


「リチャード・ぺイロ…。25歳独身。ギルド【大きな樹の葉キムラ】に所属するB級の魔法使い……。茶髪と童顔が堪らないんだ。男性ホルモン足りてないのかな?おじさんが注いであげようかな。それとね、彼は誠実さの中に透けるちょっとした打算が可愛いんだ。魔法の名称は【伴侶は五人じゃ足りないか?ケッコン・ハカバ】。使い魔系の能力で………。」


「な、何コイツ…キモ…。なんでこんなにリチャードとかいうガキに詳しいの?」


 下馬評も後ろ指も今は受け流す。立ち止まらずに、歩みを進めた。…っていうか、今、めちゃくちゃ変な奴いなかった?


 まぁいいか。


「んえ…。ここどこ……。」

背中から、腐臭のような吐息が鼻をくすぐる。


「帰り道です。先輩の家近いですし、タクシー代もったいないですし、おぶってます。あと臭いんで、喋らんでください。」


「貧乏人がよぉッ!!てか!鼻子とかいうあの使い魔使えば良いじゃ…うぷっ…。」


「疲れますもん…。てか、絶対吐かないでくださいよ。」


 この人は、魔法使いの中でもトップクラスに強い化物だ。


 B級の僕じゃあ、使い魔を全部使っても勝てない。それは断言できる。S級上位の魔法使いとして、研鑽と栄華を極めたはずの彼女。タワマン暮らしで引く手も数多で、貯蓄も十分。


 こんな安居酒屋で、僕と下卑た話をして、ゲロを吐いて、僕の背中で揺れるような人じゃない。


「なに?変な事考えてたでしょ?」


「別に。最近は魔法使いも興行化の動きが大きくなって、コンプラだの気にしなきゃあいけないってのに、先輩は変わらないんだなぁって。」


「あ゛?背中にゲロ掛けようか?まだ喉の奥の方に残りあるけど。」


「やめろッ!ババアッ!」


「カッチーン。ゲロ出すわ、こりゃ。」


 ホントこのババアは…。でも彼女のステータスと、僕らのこの現状が釣り合わないとしても、僕はそれを口に出さずに飲み込みたい。


 アマロロ先輩がどう思っているかは、分からないけど、この時間は楽しいし、大切にしたい。ま、このババアの愚痴聞きながら、僕もあと数年ちょっとしたら、どこぞの女の子と結婚するのかなぁ。


 その時もまだ今みたいに、ゲロだのなんだの言ってると良いけど。


 なんてそんな考えは、一週間後、砕けてどこかに消えていった。






────────────────────────







「ぱぱぁ……。」

覇気も毒もない、甘えた声と、高い抑揚が響く。重い脳みそが情報を拒絶する。前に倒れそうになる起き抜けの体を、非日常への困惑が後ろへと引っ張る。


 人っていうのは、目の前の事象が把握できなくなると、キャパオーバーして呼吸っていう選択肢も無くなるんだなァ。

「ぶは……はぁ……。」

やっと役割を思い出した喉と肺が、体の中で空気を循環させる。


「…………意味わかんねぇよ…。」

繕いの無い、素の狼狽が、僕のアパートの入り口に充満する。


 だって、僕の目の前には、見たこともないような悦びの顔を浮かべる先輩がいるのだから。


 白いワンピースに身を包んで、唇を内側に巻き込んで、どこか照れ臭そうに僕に上目遣いを向けている。玄関土間にサンダルを擦りつけて、ジャリジャリという音を絶えず発しながら、口角を上げて、目を細めている。


「ぱぁぱ……、あそぼ…。」


 誰だ。


 違う。


 こんなの僕の知ってる先輩じゃない。


 これは……、コイツは……、アマロロ・ウィーロじゃない。

 僕がどこか尊敬してた先輩じゃない。


「非番なのにすまん、リチャード……。」

先輩の事を訝し気に眺めていたギルドマスターがこめかみを抑えながら、苦しそうに口を開く。


「え、あぁ……はい……。」

「意味が分からないと思うが………アマロロだ……。」

だから、それが意味分かんねぇんだよ。


「……な、なんでこんなことになったんです?マスター?精神系とかそこら辺の魔法ですか?こんな………ドッキリか何かです……?に、二次創作のご都合展開作品もこんなに無理やりじゃ……。いや…強引さは同じぐらいか…。」

僕の独りよがりな発言と納得と結論に、ギルドマスターがため息を漏らす。


「討伐クエストの最中、密猟者の魔弾から現地民を庇ったらしい……。現地民に負傷もなく、密猟者は拘束して現在収監中だ。」


「それが……どう……先輩のこの状態に…繋がるんです……。」


「…魔弾が頭に当たったとのことだ…当たり所が悪かった、とそう考えられる…。」

ギルドマスターが声を絞り出す。


「……………なんです、当たり所って……意味分かんないです…。」

そんなわけない。このババアが、そんなどこぞの三下の攻撃でこんなことになるわけない。意味が分からない。


 答えがどこにも見当たらなくて、頭だけが重くなる。


「現地の報告書もある…。それに医者の診断書も…。」

そんなのは知らない、書類なんて、今の先輩の状態を説明する紙なんていらない。


「先輩?嘘ですよね?」


「ちがう……。」


「え?」


「……………せんぱい…じゃないもん。アーちゃんだもん…。」

先輩は少し俯くと、玄関土間をつま先で軽く叩いた。


 分からない。


 頭が情報から答えを作り出そうとしない、導がどこにもない。


 こんなのが先輩な訳…。


 苦しい、息が詰まる。


「はっ…。はぁッ…。」


「落ち着け!リチャード!」

ギルドマスターが僕の両肩を抑えた。


「……受け入れられないのも分かる……。ただ、お前しかいないんだ…。」

肩を震わせて、僕を諭すように、ギルドマスターは語る。


「…………ど、どういう……事です?」


「お前は、アマロロ曰く、父親だということになっている…。」

ギルマスのズレた眼鏡の枠が、彼の目の焦点と重なった。


「は?」

意味分かんねぇよ。


「……アマロロの指定した【パパ】を、ギルドメンバーの顔写真と照合しながら確認したら、お前だったんだよ。リチャード……。」


「なんで……そんな………。」


「……認知症患者の感情残存のようなものかもな……。何かしら残存した思い出や感情がお前を、信頼できる人間として選んだのやもしれん………。」

やめてくれよ。例だとしても。先輩は健常なんだ、こんなの嘘に決まってる。


ギルマスが重い口をこじ開けるように言葉を紡ぐ。眉間を抑えて、息を漏らす。

「……それにこんな世の中だ。インターネットも下馬評も過敏だ。大規模な病院に入院をさせてやりたいが、マスコミに勘付かれたら、うちのギルドの弱体化だなんて、報道もされるかもしれん。……できる限り秘匿したい……だから……。」


「そ、そんなの……保身じゃないですか………。」


「すまない……。本当にすまない……。でも…生活のためだ…私たちの…ギルドの……。」

ギルドマスターは、目を潤ませて顔を背ける。


「でも…。」


【ごぎゅぃぃぃ……ごぽッ…ぐりゅ……。】

僕らの問答に差し込まれる水っぽい環境音。不躾に響く音。


「な、なんの音です?」

「さぁ……。」


「アーちゃん、ごはん…。たべたい……。」

アマロロ先輩だった何かが呟いた。


「さっき軽く食わせたんだがな……。」

ギルマスが呟く。


「あ、ご飯すか…。先輩…。」

僕は先輩に目線を合わせた


「だから、せんぱいじゃない!アーちゃん!」


「ババアのくせにっ……。」

いつものようなババア呼び。僕は激昂する先輩をどこかで期待していた。


「ババアじゃないもん!」

だが、言葉の返しにはキレがない。その言動に先輩の痕跡は一つもなかった。


「じゃあ、この質問に答えてください。吸血鬼と言ったら?」


「え?……D……。セル画たまんない………。」

先輩のうっとりした顔に、僕の額にしわが寄る。


「やっぱりサブカルババアじゃねぇかよォッ!!!ギルマス!コイツ嘘ついてますぜ!」


「違うもん!ババアじゃないもん!!…ふぇ…ふぇぇん……。」

目に涙が溜まるのを待つ暇もなく、幼い嗚咽が反響する。


「………あ…。」


「泣いちゃった…。」

ギルマスが、口に手を添えながら呟いた。


「…だっで!だっで!!…ババアじゃないもん!ババアじゃないもォん!!!」

地団駄を踏みながら、目を潤ませるババアに、僕はため息を付く。


 ……収拾がつかなくなってきたな。玄関前の問答も面倒だ。


「仕方ない……。」

数歩後ろに下がって息を整える。五感の二つを意識的に切り離す。

魔力を滲ませて、波を作る。凪いだ魔力が体表面を愛撫する。


「使い魔……か。どうする気だ?」

「ババアじゃないって言っでよ!」


 二人の発言を聞き流し、体に纏った魔力を、舌と鼻に移すと、僕は小さく囁いた。


「【伴侶は五人じゃ足りないか?ケッコン・ハカバ】」


 僕と声と同時に、舌と鼻の感覚がぽっかりとそこだけ空白になる。


 物理的にはあるはずなのに、顔の感覚が、寂しく、空虚になる。口の中の唾液の味も、周囲のにおいも分からない。その喪失の中、僕の影から、二人の女体が這って出る。僕の使い魔が立ち上がる


 差し出した五感に対応した伴侶二人が、僕の首を愛おしそうに撫でる。

「久々~。ん、チューする?接吻する?唾液交換会する?」

口から伸びた舌が泡を纏い、床すれすれの上で揺らぐ。歯の鋭い彼女は舌子。


「……フン、記号的すぎます。舌子さん。喋り方も属性も、容姿も。」

鼻子は、鼻が高いわけでもないし、容姿にそういった特徴はない。傍から見たら完璧に女性。まぁ、少しメタ的視点に立っているというかなんというか、ちょっと冷笑的なところはあるかも。


 ピグマリオンとガラテアというのかは知らないけど、僕を好く都合の良い理想像を使い魔に投影している時点で、僕はピグマリオンの範疇なのかな。


「…ちょっと、お世話してあげて、二人とも……。僕は、ギルマスと少し話を……。」


「ヤダぁッ!!パパだけがいいッ!女の人やだァッ!!パパのお嫁さんは私なのッ!!」


「へ?」

僕の言葉を待つこともなく、金切り声が響き渡る。


「パパ……ですか……。」

鼻子が目を抑えて、ため息をつく。

「べヘヘ!疑似近親相姦ってやつゥ!?」

舌をうねらせて、得意そうな顔を見せる舌子。


 頭を抑えるギルマスに、息を荒くするアマロロ先輩。


「もぉ……誰か助けてェ…。」

僕の言葉が虚しく響いた。




─続く─

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