第18話「俺と澪が、ちゃんと、向き合うことにした件」
翌朝、澪が起きてきたのは、九時過ぎだった。
悠真がキッチンでコーヒーを淹れていると、ドアが開いて、澪が入ってきた。
いつもの澪より、少し、表情が硬かった。
「……おはよう」
「おはようございます」
「……」
澪が、何か言いたそうな顔をして、そのまま、立ち止まった。
(昨日のことを、引きずっている)
(当然だ)
(自分が街を凍らせた。陰陽庁に危険指定された。俺が、自分の退去を賭けて、守った。一晩で、これだけのことが、起きた)
(俺だって、整理し切れていない)
悠真は、コーヒーを、もう一杯、淹れた。
「コーヒー、どうぞ」
「……ありがとう」
澪が、湯呑みを受け取った。両手で、握った。
しばらく、二人で、立ったまま、コーヒーを飲んだ。
(沈黙が、気まずい、という感じじゃない)
(沈黙が、重い、という感じだ)
「……澪さん」
「……うん」
「今日、時間、ありますか」
「……ある。外、出れないし」
(陰陽庁の外出禁止命令)
(思い出すと、また、胸が、痛む)
「では、午後、話しましょう」
「……話す?」
「ちゃんと、向き合って、話すべきだと、思いました」
澪が、しばらく、悠真を見た。
「……向き合う?」
「はい」
「……何を、話すの?」
「お互いのこと、これまでのこと、これからのこと」
澪が、湯呑みを、見ていた。
「……いつか、ちゃんと話したい、って言ったの、覚えてる」
「覚えてます」
「……今日が、いつか?」
「いつか、というほどの、覚悟は、まだ、いいです。ただ、向き合う、ということを、始めたい」
「……うん」
澪が、頷いた。
「……午後、悠真の部屋?」
「俺の部屋でも、澪さんの部屋でも、縁側でも、どこでも」
「……縁側」
「縁側ですか」
「……天気、いいから」
「では、縁側で」
---
午前中、悠真は、白音と話した。
縁側で会ったのは、偶然じゃない。白音が、待っていたらしい。
「悠真くん、おはよう」
「おはようございます」
「澪と、話すの?」
「……みつきさん経由で、聞きましたか」
「キッチンで、声が、聞こえただけ」
(キッチンの隣の縁側からは、声が、結構、聞こえる)
(白音さんも、情報網が広い)
「いいわね、向き合うこと」
「アドバイス、ありますか」
「ヒントだけ」
「ヒントだけですか」
「ヒントだけ。私の流儀」
白音が、湯呑みを、置いた。
「悠真くん、澪のこと、聞いてあげて」
「聞く?」
「彼女が、何を、感じているか、何を、考えているか。ちゃんと、聞いてあげて」
「……聞くだけで、いいんですか」
「聞くだけで、いい」
「……」
「あとは、あなたの感じたことを、伝えるだけ」
(シンプルだ)
(でも、雪女相手に、それを、ちゃんと、できるかは、別の話)
「……分かりました。やってみます」
「ふふ。応援してる」
白音が、湯呑みを片付けて、立ち上がった。
「あ、悠真くん」
「はい」
「紅のこと、忘れないでね」
「……はい」
「彼女、強がってるから」
「分かってます」
白音が、少し笑って、奥に消えた。
(白音さん、本当に、お姉さんだ)
(澪さんのことも、紅さんのことも、両方、見ている)
(俺一人で、抱えなくて、よくなる)
(こういう人がいてくれるのは、本当に、ありがたい)
---
午後一時、悠真は縁側に出た。
澪が、すでに、座っていた。
いつもより、少し、丁寧な格好をしていた。普段着なのに、髪を、いつもより、整えている気がする。
(……澪さん、頑張ってる)
(俺が、来る前に、準備してくれた)
悠真は、隣に座った。
距離は、いつもの距離。でも、いつもより、二人で座っていることを、強く、意識する距離。
庭に、小鳥が、来ていた。
しばらく、二人で、それを、見ていた。
(沈黙が、続く)
(でも、嫌な沈黙じゃない)
「……澪さん」
「……うん」
「昨日のこと、聞いてもいいですか」
「……うん」
「夢を、見た、って言ってましたね」
「……うん」
「俺が、いなくなる夢」
「……うん」
「どんな夢でしたか」
澪が、しばらく、庭を見ていた。
「……悠真が、玄関で、荷物を、まとめてた」
「……」
「私が、止めようとしたけど、止められなくて」
「……」
「悠真が、最後に、こっちを、見て——」
澪が、少し、言葉を、止めた。
「……"ありがとう"って、言って、出ていった」
("ありがとう")
(その台詞が、一番、刺さったらしい)
(俺が、感謝の言葉を、最後に残して、いなくなる)
(澪さんは、それが、一番、辛かった)
「……それで、目が覚めて、寒くて、外に出ました?」
「……うん」
「眠ったまま、行ったんですか」
「……半分くらい、起きてた。でも、感情が、止まらなかった」
「気がついたら、住宅街にいた」
「……うん」
「凍らせるつもりは、なかった」
「……うん」
「でも、漏れた」
「……うん」
澪が、湯呑みを、見ていた。手が、少し、震えていた。
「……悠真」
「はい」
「……怖い」
「何が」
「……自分が、怖い」
(自分が、怖い)
(澪さんが、自分の力を、自分でも、持て余している)
(雪女として、生まれて、生きてきた、その力を)
「……澪さんは、自分の力を、コントロールしたいと、思っていますか」
「……したい」
「したい、ですか」
「……でも、できない」
「コントロール、できない理由は、何だと思いますか」
澪が、しばらく、考えた。
「……感情が、自分でも、よく、分からないから」
「分からない?」
「……雪女は、感情を、表に出さないように、訓練される。子どものときから」
「訓練?」
「……表に出すと、力が、漏れる。だから、抑える」
「澪さんも、訓練を受けた」
「……うん。生まれてから、ずっと」
「……」
「……だから、感情が、何なのか、自分でも、よく、分からない。怒っているのか、悲しいのか、嬉しいのか、区別が、つかない」
(重い話だ)
(澪さんは、感情を、抑えるように、育てられた)
(だから、自分の感情を、自分で、認識できない)
(でも、感情は、勝手に、溜まる)
(溜まって、ある日、爆発する)
(昨日が、その日)
「……澪さん、最近、感情を、どう、感じてますか」
「……いっぱい、ある」
「いっぱい?」
「……前は、感情、あまり、なかった。でも、悠真が来てから、いっぱい、ある」
「具体的には?」
「……嬉しい、悲しい、寂しい、ドキドキする、不安、いろいろ」
(いろいろ)
(澪さんの中で、初めて、感情が、ちゃんと、動き始めている)
(それが、力の暴発に、つながっている)
「……俺のせいで、感情が、増えました?」
「……」
「すみません」
「……謝らないで」
「でも——」
「……謝らないで」
澪が、悠真を、見た。
「……感情が増えたのは、嬉しい」
「嬉しい?」
「……今まで、何も感じなかったから。今は、いろんなこと、感じる。それが、嬉しい」
「……」
「……ただ、コントロールが、追いつかない」
(コントロールが、追いつかない)
(澪さんは、感情を、感じることに、追いついていない)
(でも、感情を感じること自体は、嬉しい、と思っている)
(俺、ここで、何ができる?)
悠真は、しばらく、考えた。
「……澪さん」
「……うん」
「感情を、コントロールするために、必要なことって、何だと思いますか」
「……分からない」
「俺が、思ったことを、言ってもいいですか」
「……うん」
「言葉に、することだと思います」
「言葉に?」
「感情を、感じたら、言葉に、する。"今、嬉しい"とか、"今、寂しい"とか」
「……できるかな」
「練習、すればできます」
「……練習?」
「俺、エンジニアなので、ログを取るのは得意です」
「ログ?」
「澪さんの感情の、記録です」
「記録?」
「日記、みたいなもの。一日一回、感じたことを、書く」
澪が、少し、考えた。
「……書ける気が、しない」
「最初は、難しいと思います。だから、俺と、一緒にやりませんか」
「……一緒に?」
「俺が、聞きます。澪さんが、感じたことを、俺に、話す。それを、俺が、メモする」
「……毎日?」
「毎日。毎日コーヒーを淹れてくれる代わりに、毎日感情を聞かせてください」
澪が、しばらく、悠真を見た。
「……交換?」
「交換です。フェアな取引です」
「……エンジニアっぽい」
「エンジニアなので」
澪が、ふっと、笑った。
(澪さん、笑った)
(昨日からずっと、硬い顔をしていた澪さんが、笑った)
「……いい」
「いいですか」
「……やる」
「ありがとうございます」
「……でも、最初は、難しい、と思う」
「難しくていいです。難しくても、続ければ、慣れます」
「……うん」
(これで、澪さんの感情の暴発を、減らせるかもしれない)
(少なくとも、感情を、自分で認識する練習にはなる)
(白音さんに「関係を深める」と言われたのは、こういうことだったのかもしれない)
---
「では、早速、最初のログを取ります」
「……今?」
「今です」
「……」
「澪さん、今、何を感じていますか」
澪が、しばらく、考えた。
「……不安と、嬉しいと、緊張」
「具体的には」
「……陰陽庁のことが、不安。悠真と、こうやって話せていることが、嬉しい。でも、感情を言葉にするのが、緊張」
「ちゃんと、言えてますね」
「……ほんと?」
「ちゃんと、三つの感情を、明確に、認識できてます。すごいです」
「……」
澪が、少し、耳を赤くした。
「……褒めなくていい」
「褒めます」
「……電気代」
「冷気、出てますか」
「……少し」
(出ているらしい)
(でも、いつもより、少し、で済んでいる)
(深呼吸ルールが、効いてる)
「澪さん、深呼吸してみてください」
「……うん」
澪が、深呼吸した。
冷気が、少し、収まった。
(深呼吸しながら、感情を、認識する)
(感情を、認識しながら、深呼吸する)
(これが、コントロールの、第一歩)
「上手です」
「……うん」
澪が、しばらく、自分の手のひらを、見ていた。
「……今、また、感情、増えた」
「何ですか」
「……達成感」
「初めての達成感ですか」
「……たぶん」
(達成感を、初めて、認識できた)
(小さな、進歩だが、確実な、進歩だ)
「ログ、つけておきます。"日付、感情:不安、嬉しい、緊張、達成感"」
「……ログ、見せてくれる?」
「もちろん」
悠真は、スマートフォンに、メモを取った。
(澪さんの感情ログ)
(妖怪の感情を、ログ化する)
(こんなこと、フリーランスのエンジニア人生で、想像したこともなかった)
(でも、楽しい)
---
午後の縁側で、しばらく、澪と話し続けた。
話したのは、過去のこと。澪が、雪女として、どう育ったか。山奥の集落で、感情を抑えるように、訓練されたこと。集落を出て、東京に来た理由。百鬼荘に来るまでの経緯。
悠真は、聞いた。
白音さんに言われた通り、ちゃんと、聞いた。
澪が、話しながら、何度か、感情の波を起こした。
そのたびに、悠真が「今、何を感じていますか」と聞いた。
澪は、最初は答えるのに時間がかかった。
でも、続けるうちに、少しずつ、答えられるようになった。
「悲しい」「腹が立つ」「懐かしい」「寂しい」「楽しい」
(これだけの感情を、澪さんは、持ち合わせていた)
(でも、それを、認識する機会が、なかっただけ)
(人間は、子どものときから、感情を、感じて、表に出して、それで、感情を学ぶ)
(澪さんは、それを、抑えるように、教わった)
(だから、感情を、認識する、ということを、学んでこなかった)
話が一段落したとき、澪が、ふと、言った。
「……悠真」
「はい」
「……今、感じていること、言っていい?」
「どうぞ」
「……ありがとう、と、思っている」
「……」
「……話を、聞いてくれて、ありがとう」
「いえ」
「……それと」
「はい」
「……好き、という感情も、ある」
(…………)
(さらっと、言った)
(言葉にする練習として、さらっと、言ってきた)
(雪女が、感情を言葉にする練習で、"好き"を口にした)
(白百年待つはずだった告白が、感情のログという形式で、出てきた)
悠真は、しばらく、固まっていた。
「……悠真?」
「すみません、固まりました」
「……ダメだった?」
「ダメじゃないです。ただ、想定外で」
「……ごめん」
「謝らなくていいです」
悠真は、深呼吸した。
「……澪さん」
「……うん」
「俺も、ログを、つけていいですか」
「……俺?」
「俺の感情を」
「……つけて」
悠真は、少し、考えた。
「今、俺が感じていることは、嬉しい、緊張、戸惑い、それと——」
「それと?」
「……好き、という感情です」
澪が、目を、見開いた。
「……」
「澪さんに対する、好きです」
「……」
(沈黙)
(沈黙が、続く)
(でも、嫌な沈黙じゃない)
(澪さんの目から、涙が、すうっと、落ちた)
(雪女が、泣いた)
「……」
「澪さん、大丈夫ですか」
「……大丈夫」
「冷気、出てますか」
「……出てない」
(冷気が、出ていない)
(感情が、ちゃんと、コントロールできている)
("好き"と言って、"好き"と返されて、それでも、コントロールできている)
(すごい、進歩だ)
「……悠真」
「はい」
「……これは、告白?」
「……たぶん」
「……たぶん?」
「俺、まだ、紅さんのことも、考えています。だから、完全に、断定できる、告白では、ないです。でも——」
「でも?」
「でも、澪さんへの好きは、本物です」
澪が、しばらく、悠真を見た。
「……卑怯」
「……はい」
「……二人とも、好き、って、卑怯」
「……すみません」
「……でも、嬉しい」
「嬉しい?」
「……好き、と言ってくれた、ことが、嬉しい」
(澪さん、嬉しい、と言った)
("卑怯"と言いながら、"嬉しい"と言った)
(受け入れて、くれた)
「……澪さん、ありがとうございます」
「……」
「俺、ちゃんと、考えます。澪さんと、紅さんと、自分と、向き合って、答えを出します」
「……いつ?」
「……分かりません。でも、必ず、出します」
「……待つ」
「ありがとうございます」
「……待つの、雪女、得意」
「百年は、勘弁してください」
澪が、ふっと、笑った。
「……百年は、待たない」
「ありがとうございます」
「……でも、半年くらいは、待つ」
「半年で、答え、出します」
「……約束?」
「約束します」
澪が、頷いた。
そして、悠真の隣に、少しだけ、寄り添った。
肩が、触れた。
冷たくは、なかった。
「……寒くない?」
「寒くないです」
「……よかった」
しばらく、二人で、庭を、見ていた。
(澪さんが、肩を、寄せてきた)
(自分から)
(雪女が、自分から、距離を、詰めてきた)
(記憶しておこう)
(永遠に、覚えておこう)
---
夕方、悠真は部屋に戻って、澪との約束を、整理した。
*【澪さんとの約束】*
*1. 毎日、感情ログを、つける(澪さんが感じたことを、悠真が、聞いて、メモする)*
*2. 半年以内に、悠真が、自分の答えを、出す*
*3. それまで、澪さんは、悠真を、待つ*
(書き出すと、なんか、契約書みたいだ)
(でも、澪さんとの関係を、明文化する、というのは、悪くない)
(雪女との約束は、ちゃんと、守らないと)
部屋のドアが、ノックされた。
「どうぞ」
紅が、入ってきた。
(来た)
(紅さんが、来た)
(タイミングが)
「……縁側、見てたわよ」
「……はい」
「澪と、話してたんでしょう」
「はい」
「……何を、話したか、聞いていい?」
「ログを取る、という約束をしました」
「ログ?」
悠真は、感情ログの話を、説明した。
紅が、しばらく、聞いていた。
「……エンジニアらしい解決方法ね」
「すみません」
「謝らないで」紅が、椅子に座った。「でも、いい解決方法だと思う」
「ありがとうございます」
「……それと?」
「と?」
「他に、何かなかった?」
(紅さん、見抜いてる)
(紅さんは、何でも、見抜く)
悠真は、少し、考えた。
(嘘は、つかない)
(紅さんにも、嘘は、つかない)
「……お互いに、好き、と、伝えました」
紅が、少し、目を、伏せた。
「……そう」
「ただ、俺は、まだ、答えを出していない、と伝えました」
「半年で、答えを出す、って?」
「……みつきさん経由ですか」
「縁側の声、家中に、響くから」
(俺、声、大きかったか?)
(情報が、回るのが、早い)
紅が、しばらく、沈黙した。
「……悠真くん」
「はい」
「私、迫る、って言ったけど」
「はい」
「半年、待つの、つらいかも」
(紅さんが、本音を、言った)
(つらい、と認めた)
「……すみません」
「謝らないで」
「すみません」
「謝らないでって、言ってる」
(叱られた)
(紅さんに、叱られた)
「……でも」紅が続けた。「私、決めた」
「何を、ですか」
「迫るのは、控える」
「え?」
「あなたが、考えている時間に、私が、迫ったら、フェアじゃない」
「……」
「だから、半年は、控える」
「……紅さん」
「ただ」
紅が、少し、悠真を見た。
「半年経って、答えが、私じゃなかったら——」
「……」
「私は、ここから、出ていく」
(………)
「……出ていく?」
「うん。澪と、あなたが、付き合ってる家には、いられない」
(紅さんが、本気で、言っている)
(消えるかもしれないリスクを、引き受けてでも、出ていく、と)
(重い)
(紅さんの本気が、これだけ、重い)
「……紅さん」
「うん」
「俺、ちゃんと、考えます」
「うん」
「半年で、答えを、出します」
「うん」
「……ありがとうございます」
「お礼は、いい」
紅が、立ち上がった。
「答えが、私じゃなかったら、出ていく。でも、答えが、私だったら——」
紅が、少し、笑った。
「百年、覚悟して」
「……百年、ですか」
「九尾だから、百年単位で、付き合うのが、普通」
「人間は、八十年くらいしか、生きないですよ」
「じゃあ、生まれ変わっても、付き合う」
「……」
「ふふ、冗談」
紅が、部屋を、出ていった。
(冗談かどうか、微妙な気がする)
(紅さんの、目が、本気だった)
(俺、半年で、ちゃんと、答えを、出す)
(出さないと、いけない)
---
夜、ましろが部屋に来た。
いつもと、少し、違っていた。
悠真の前に、ちょこんと、座った。
「……おにいさん」
「はい」
「澪さんと、紅さんと、お話、したの?」
「しました」
「……ましろも、話したい」
「いいですよ」
「……でも、ましろの話は、子どもの話だから」
「子どもの話でも、聞きます」
ましろが、少し、考えた。
「……ましろ、おにいさんのこと、好き」
(さらっと、言った)
(今日、二人目)
「……ありがとうございます」
「……でも、ましろは、子どもだから、待てる」
「待てる?」
「うん」
「半年?」
「……ましろは、ずっと、待てる」
(ずっと、待てる)
(座敷童だから、時間の感覚が、人間と違う)
(でも、ましろさんが言うと、重い)
("ずっと"の重さが、重い)
「……ましろさん」
「なに」
「ありがとうございます」
「……えへへ」
「ましろさんも、大事です」
「ほんと?」
「ほんとです」
ましろが、ぱっと、笑った。
(今日のましろさんは、ちゃんと、子どもの笑顔だ)
(よかった)
「ねえ、おにいさん」
「はい」
「半年経ったら、ましろのことも、考えてくれる?」
(ましろさんが、控えめに、自己アピールしてきた)
「考えます」
「ほんと?」
「ほんとです」
「えへへ」
(俺、いま、四人くらいに、半年待ってもらってるな)
(澪さん、紅さん、ましろさん——)
(白音さんは、ちょっと違う立場だが)
(みつきさんは、煽る側だが)
(ものすごい、責任を、抱えている)
(でも、嫌じゃない)
(みんな、本気だから)
(俺も、本気で、考える)
---
深夜、廊下に、冷気が来た。
澪だ。
「……澪さん」
「……うん」
「今日は、ありがとうございました」
「……うん」
「ログ、ちゃんと、続けましょう」
「……うん」
「明日も、コーヒー、よろしくお願いします」
「……うん」
(澪さんの返事、全部"うん"だ)
(でも、嬉しそうな"うん"だ)
(雪女の感情、わかってきた)
「……悠真」
「はい」
「……今日のこと、忘れない」
「俺も、忘れません」
「……約束?」
「約束です」
「……おやすみ」
「おやすみなさい」
足音が、遠ざかった。
(雪女が、自分から、肩を、寄せてきた日)
(俺が、二人の人間に、半年で答えを出すと約束した日)
(人生で、一番、長い一日が続く一週間が、続いてる)
(でも、悪い気は、しない)
---
岬悠真、百鬼荘生活十八日目。
澪と、ちゃんと、向き合った。感情ログを取ることになった。お互いに、好き、と言い合った。半年で答えを出す、と約束した。紅にも、半年で答えを出す、と約束した。紅は、答えが自分じゃなかったら出ていく、と言った。ましろも、ずっと待つ、と言った。
それ以外は——
責任が、重くなった。
でも、引き受けた。
たぶん、それで、いい。
---
*【第19話「ましろが、消えかけた件」に続く】*
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