セスタの願い星・星くずの塔
星兎
第1話
星くずの塔
俺がその手紙を、名前もついていない一羽の真っ白な伝書鳩から受け取ったのは、五月も中旬、郵便局の仕事がひと段落して、来月の街総出の感謝祭の為に、街全体が酷く騒めき始めた頃のことだった。
「ユーカリュード。鳩が来てるぞ。あれお前のだろう? デスクの前でバタついてるぞ」
「はと?」
「お前のデスクの窓の外だ。見てみろ」
ヨンハスおじさんが少しばかり眉間に皺を寄せて、親指を奥へと差し示しているのを俺は見て、その奥で羽をバタつかせている、一羽の小柄な鳩の姿を目に留めた。その鳩は必死な様子で俺のデスクに面した窓を小さな嘴で突いていて、その度に窓が小さく軋んだ。
俺は慌てて郵便局の中へと戻って、デスクへと直行して、窓を開いた。窓を開けた拍子に、通りから吹いてくる大きな風が中へと吹き込んできて、手紙やら用紙やらを少しばかり吹き飛ばした。そのせいで悪態をつく先輩達もいたが、俺は無視して鳩を中へと入れた。
その鳩は、驚いたことに、嘴の中で紙を咥えていた。伝書鳩ではあり得ないし、そこまでの忍耐力と忠誠心のある鳩など、存在するとも思えなかった。けれども今、目の前にその鳩はいて、俺のことを少しばかり憤った眼で見つめてきている。俺も少々面食らって、始めは慌てたのか鳩から手紙をひったくることすら忘れてしまっていて、ただ茫然と鳩胸を眺めるばかりだった。こんなことは郵便局勤務になってからは初めてのことで、だからそんな自分にもただただ驚いてしまった。
改めて観てみると、その鳩はとても綺麗な鳩だった。真っ白で、羽は折れひとつなく、まるで櫛で丁寧になめされた後のようだった。どこまでも清潔で、澱みがなく、ただ意志の強い両の眼だけが、青い瞳で俺のことをどこまでも睨みつけていた。そこには何もない筈なのに。
「ユーカリュード。どうしたんだ? ほれ、早く嘴から紙取ってやれ。……あれ? 嘴に咥えるなんてのは妙だな。今日日見ないが」
「昔はあったんですか? おじさんの時代だと」
「昔はな。とは言ってもほんの小さな田舎町に限られてたけどな。鳩の負担もでかいし、そもそも鳩が嫌がってそんなことはせん。特殊な養育技術があったのだろうな。まあ今となってはではあるが」
「ふうん……」
おじさんは長く伸びた立派な口髭をいつも通りスラっと右手の人差し指でなぞると、俺を咎めるような口調になって言った。こういう時にははっきり言ってくれる人なのだ。いつも感謝している。口にはしないけど。
「ほら、何をしている。さっさと受け取ってやらんか。流石に受け取り主を前にして我慢が利く鳩はそうおらんて。早く解放してやれ」
俺はその時、ある奇妙なことに気がついた。「番号がついてない……」
「番号?」
俺はまだ手紙を嘴から受け取っていない鳩の脚を一本指さして言った。立派な左脚を。
おじさんも俺の指の先にある鳩の脚を、髭をなぞりながら身を乗り出して見た。
「ほら、これ。大抵はどちらかの脚に、必ず所属の郵便局とか送り主の識別番号が書かれた紙とか、バンドが巻かれてる。うちだと左脚の先に。そうしないとどこの鳩なのか、鳩が迷って保護された時なんかにも分からなくなってしまう。この取り決めは世界中でも常識だし、最低限のマナーの筈なのに……こいつにはそれがない。付けられてた形跡すらないんだ」
おじさんも髭をさすりながら眉根をひそめて言った。
「こりゃあ確かにおかしいな。ユーカリュード。お前さん、この鳩に心当たりはあるのか?」
俺は黙って首を振った。「いいや、ないよ。おじさん」
「そうか」おじさんも黙って髭をさすった。
目の前の鳩が、いい加減手紙を受けとれと言わんばかりに、俺の前で手紙を置くと、おざなりに置いていた俺の左の掌を、鋭い嘴で突っつき始めた。相当怒っているらしい。
「いてっ。いててっ!」
おじさんが朗らかな笑い声を漏らしながら側で言った。
「ほうれ見ろ。鳩が怒っとるぞ。どうもやはりお前さんが受け取り主らしい。まあ、観念して受け取るんじゃな。じゃあ、儂は自分の仕事に戻るから。何かあったら声かけてくれや」
「ユーカリュード。配達溜まってるぞ」
奥から先輩の声が飛んでくる。俺はまだひたすらに鳩から鋭い攻撃を掌に浴びながら、自分の仕事に戻るために、机の上に置かれた雑に畳められた紙を広げ、読み始めた。
読み始めてすぐに、俺は世界が縮んだ気がした。
セスタの願い星・星くずの塔 星兎 @pallahaxi
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