宇宙で一番、いい名前
@soul_eggs
第1話
外交官、重山重流(しげやましげる)がベルリンへ赴任して一年が経とうとしていた。
愛する妻を母国へ残して旅立ったわけだが、昨今はヴァーチャルリアリティの技術が発達しているおかげで日々の意思疎通に問題を感じたことはなかった。
そんな折、妻から打ち明けられた。
妊娠五カ月目だという。
重山の頭に一瞬疑念がよぎったが、
妻曰く、タイムシフトセックスのせいであるという。 昨今はヴァーチャルリアリティの技術がしっかりしているので、 直接の性交渉でなくとも稀に妊娠することがあるのだという。
ほう、そんなものかとITに疎い重山は納得した。
重山は気を取り直して純粋に喜び、時期尚早と思いながらも あれやこれやと子供の名前を考え始めた。
どうせつけるなら、宇宙で一番の名前がいい。
そう思った重山は宇宙で一番いい名前を考案すべく、 休みの日は度々図書館へ調べ物に出かけた。
宇宙で一番ともなると、なかなか一筋縄ではいかなかった。
悩みに悩み、日々の仕事にも差し障りがで始めた頃、 上官の武田竹田(たけだちくでん)からアドバイスがあった。
「オメガマシンに聞いてみるといいかもしれないよ」
オメガマシン。
五次元以上の高次元において無限の構造を持ち、
四次元宇宙を無限に生成し続けているという彼のオメガマシン。
その下部構造の一つ、「創世観音」になら辛うじてアクセス可能らしいと、武田は言った。
「どうやったらアクセスできるんです?その、創世観音とやらに」
重山は武田の顔を繁々と覗き込みながら、聞いた。
仕事の時にでも見せないような熱心さであった。
「それ、俺に聞かれてもな。
とにかくまあ、何とかしてポータルサイト見つけんと話しにならんらしい。
俺もやって見たけど、普通にグーグルとかで検索したぐらいじゃ出てこんかった。
何でも、宇宙的な検索エンジンを己の中に形成する方法があって、
そこで検索すると初めてポータル(入り口)が見つかるらしい。
それ以上のことは俺も知らんなぁ」
「宇宙的な検索エンジンを己の中に形成・・。もしや・・」
重山の脳裏に一つの言葉が浮かんでいた。
千日回峰行 ーー。
七年の歳月をかけて比叡山の峰々を縫うように巡り、 此の世に移ろう全てのものの中に仏性を見い出すための荒行。
昔、中学の修学旅行で比叡山見学をした時、
坊さんが唾を飛ばしながら講演していたのを
重山は頭の片隅で覚えていた。
子供のため、宇宙で一番いい名前を得ようと、重山は即日で職を辞した。
止める武田。その制止を振り切って、重山は何かに突き動かされるように 猛烈な勢いで帰国した。
止める妻。
子供の名前を考えるために七年も家を開けるなどどうかしている云々。 七年間の間、子供は名無しで過ごさねばならぬのか云々。
その間の収入はどうするのか云々。
「大丈夫だよ、おまえ。七年かかったとしても、七年後のタイムシフト技術なら
過去との完全同期も可能らしいじゃないか。宇宙で一番いい名前を得た時点で
現在時点と同期すれば全く問題ない。収入も当然同期できる。
タイムシフトインカムだよ」
妻の制止をも振り切り、とうとう重山は比叡山の峰々に足を踏み入れた。
未開の蓮華を模した笠、白装束に草鞋といった出で立ちであった。
防水仕様でソーラーパネル付きのノートパソコンを小脇に抱えている。定められた礼拝場所は二百六十箇所。 一年目から三年目までは、一日に三十キロの行程を毎年百日間行じた。
四年目と五年目は、同じく一日三十キロの行程を毎年二百日。 七百日に渡る行を修めた後、九日間の断食・断水・不眠・不臥の「堂入り」にて 不動真言を唱えつづけていると重山の全身に雷が走った。
脳天がアップデートされ、周辺機器無しで4G通信が可能になった。
山中にいながらにしてインターネットに繋がるようになった重山は、 ブログ更新にメール仕事にと俄然忙しくなった。
六年目になると、これまでの行程にITベンチャーでのインターン勤務が加わって、 一日約六十キロの行程を百日。七年目は二百日を巡った。
七年目前半の百日間で脳天は一気に5G通信できるまでにアップグレードされ、 八十四キロにもおよぶ全行程もリモートビューイングでぱぱっとクリアしてしまった。
最後の百日間では、とうとう異次元モバイル通信が可能な脳天にアップグレードされた。
本来であれば比叡山山中三十キロをめぐり満行となるのだが、
異次元方向へ無限に精神を旅立たせ、宇宙の最奥から唯一無二の検索アルゴリズムを 己の中にロードしてくることで満行とするのが今風であった。
七年という長きに渡り、重山はついに己の中に比類のない検索エンジンを形成することに 成功した。
満を持して愛する妻子の元に帰ってきたのだが、そこには妻と七歳になる息子。 そしてどういうわけか、その弟がいた。三歳になるという。
重山の頭にどす黒い疑念が噴出したが、 妻曰く、ボディレスセックスのせいであるという。
この七年間でヴァーチャルリアリティの技術革新は凄まじく、 もはや性交渉に肉体を必要としない時代に突入しているという。
最愛の人を思うだけで即、思いが成就する云々。
妊娠の確率は自在に調整可能である云々。
要するにこの子供は重山の子供である云々。
重山の疑念は完全には払拭されなかったが、何はともあれ まず息子達に名前をつけよう。そう思って重山は己の中にある検索バーに「創世観音」の文字列を叩き込み、 そのポータルにアクセスした。
創世観音は無数の名前の候補をあげてくるが、どの候補も異次元コードの セットから文字を引いて来ているので見たこともないような文字と数字の組み合わせというオンパレードだった。
しまいには複数の二次元コードを絡み合わせたような候補まで出てきた。
「ダメだ…、読めん。読めなければ全く仕方がない。こうなったら、範囲指定しよう。
誰にでも意味が分かり、漢字一文字のごくシンプルな名前。よし、これでいこう」
ごうんごうんと創世観音は宇宙の最奥からその動作音を響かせ、無限の候補の中から二つの 名前を絞り込んだ。
それは「零」と「一」であった。
しかしどちらが宇宙で一番「いい」のか、 何を持って決定するかというロジックが定まらなかったため、創世観音は候補選択を永遠に繰り返すという無限ループを発動した。
重山重流という男の人生自体もその無限ループに巻き込まれ、無限回に繰り返されることになった。
しかし重山は五十六億回に一回くらいは、一回性の煌めきを発揮することがあった。
創世観音に頼らず、自分の頭で息子の名前を考えることがあった。
そんな時には、なぜか次男は生まれてこない。
だから宇宙で一番いい名前を決めることが出来た。
「もう、宇宙一(うちゅいち)でよくね?」
零と一はここに和合し、ようやく息子の名前が定まった。
しかし重山の人生の無限ループは終わらない。
重山の苦難や発展はむしろこれから始まるのだった。
五蘊五蘊と創世観音は宇宙の最奥からその動作音を響かせている。
そう、永遠に。
宇宙で一番、いい名前 @soul_eggs
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