Chapter11 召喚先の世界の魔王は、勇者の名前を知る

 オルタニカ大陸の北部に位置する大魔帝国領内。岩肌を剥き出した殺風景な高山が連なる不毛の大地に、巨大な居城──魔王城はあった。

 城内でも最も広い空間──玉座の間にて、最奥に据えられた豪華絢爛たる玉座に身を預ける人影を前に、一体の魔族が跪いている。

 城の外には暗澹たる雲が立ち込め、玉座の間も暗がりに満ちている。跪く魔族からは、玉座に座る御方の顔はよく見えない。しかしその魔族にとっては、見えない方が却ってありがたくもあった。その眼光を直視すれば、恐れによって上手く言葉が紡げなくなることもあり得る。


「エリフェス」

「はっ」


 魔族──六魔帝眷がひとり、終末導エリフェスはいっそう頭を下げた。


「それで、この俺に報告とは一体なんだ」


 突き刺さる視線。たとえ目を合わせずとも感じる圧倒的な威圧感に、思わず顎に汗が伝い、息が詰まる。

 エリフェスはごくりと唾を飲み込み慎重に口を開いた。


「ゲルドラーダが討たれました」

「……黒死竜ゲルドラーダが?」

「……はい」


 しばしの沈黙。呼吸するのもはばかられ、エリフェスはまたひとつ唾を飲み込む。


「まさか六魔帝眷に勝つ者が現れようとはな。あるいはゲルドラーダが慢心したか。で、ゲルドラーダを殺したのは何者だ? 同じ真竜種(ドラゴン)の強者か?」

「いえ、ゲルドラーダを屠ったのは……勇者です」

「……勇者?」


 空間が一気に重みを増す。錯覚だ。誤認だ。わかっている。しかしエリフェスは、どうしても自身の背中に巨岩がのし掛かっているかのような感覚を抱かざるを得なかった。

 幾許かののち、ほんの少しだけ重圧が和らいだ。浅くひと呼吸を置いて、エリフェスは魔王の問いに答える。


「人間族の国、テレスティノア神創王国が、女神の遺した召喚魔法陣を用いて異世界より勇者を召喚したのです。勇者は一見して人間族のような見た目をしておりますが、その膂力や魔力は計り知れず、行使する魔法は規格外と言わざるを得ません」

「ほう。で、ゲルドラーダを倒したその勇者の名前はなんと言うのだ」

「勇者は自らの名を……ヴァルトロス・ヘルデナ・アーベンヘインと名乗っております」

「ヴァルトロス・ヘルデナ・アーベンヘイン……」


 また沈黙が降りる。

 それから魔王は……声を出して笑った。


「くくく……くはははははははははは! 面白い。実に面白い」


 エリフェスには魔王の思考が理解できなかった。いまの報告のどこに面白味を感じる要素があったのだろうか。


「それでエリフェスよ。まさか貴様は、この私にゲルドラーダが死んだことを伝えるためだけにここに来たわけではあるまい?」


 魔王の問い。当然だ。そんなことのためだけに魔王に謁見するほど命知らずではない。


「もちろんです。此度は、勇者ヴァルトロスの討伐をこの私に任せていただきたく」

「なるほど。当然、策はあるのだろうな?」


 それも当然である。


「はい」


 それだけ言って、エリフェスは一度言葉を切り、待つ。

 魔王からの言葉は……ない。それはすなわち、続きを話すことを許されたのだ。そこでようやくエリフェスは面を上げた。

 同時、雷鳴が轟き閃光が玉座の間を眩く照らす。眼前に座す偉大なる魔王の容貌が鮮明にエリフェスの瞳に映り、エリフェスは息を呑んだ。

 美しい黄金色の髪の隙間から、身も凍るように冷たい碧眼がこちらを覗いている。

咄嗟にまた頭を下げそうになって……どうにか堪えてエリフェスは魔王の双眸を見つめ返した。

そして微かに笑みをたたえつつ告げる。


「私の考えをお聞きいただけますでしょうか。偉大にして至高たる魔王──アルセルク様」

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【10/27第2巻発売】ド天然魔王、「魔王」を倒しにいく 夜方宵 @yakatayoi

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