【ホラー短編集】記憶改変専門店メモリライト

和樂備

あなたはこれが第一章だと思っている

 ――――ここはどこだ?


 俺は気づいたら見知らぬ公園のベンチに座っていた。

 どうやら俺は酔っぱらって変なところまで来てしまったようだ。辺りを見渡しても全く見覚えがなく、全身から冷汗が噴き出る。


 とりあえず一服して落ち着こう。そう思いポケットに手を伸ばす‥‥‥あれ、ない。というかスマホと財布までなくなっていた。辺りも入念に探したが、夜の闇の中でそれらは見つかることはなかった。


「終わったな‥‥‥」


 自分の置かれている状況がようやく飲み込めてきた。どうやらこの情けないサラリーマンは迷子になってしまったらしい。

 ふと視線を下に向けると、両手の爪の隙間に土がこびりついていた。意識がない内にに地面にはいつくばりでもしていたのだろうが、そんな自分の情けない姿を想像するとこんなに深刻な状況でも少し笑えてくる。


 俺は自分が情けなくて、恥ずかしくてすぐにでも帰りたいところだったが、あいにくここがどこかも見当がつかず、帰る手段もない。

 俺はそんな状況に絶望しながら、ベンチに座ってしばらくうなだれていると、一人分の足音が近づいてきた‥‥‥


「あのぉ、大丈夫ですか」


 小柄で若い女だった。恐らく俺と同じくらいの歳だろうか。黒くて艶のある髪が夜風になびき、危うさを感じるほどの白い肌に華奢な体つきだった。


「いやそれが、酔っ払って変なところまで来てしまったらしく、スマホもないので一体どうしたらいいのか‥‥‥」


「ここはX駅前ですけど」


 なんと!自宅の一つ隣じゃないか。絶望してうなだれていた時間は何だったんだ‥‥‥


「ここ、最寄りの隣でした。俺はなんて阿呆なんだろう」


「もしかして、Y駅ですか」


「え、あっはい。もしかして‥‥‥」


「はい!私もそこに住んでます。すごい偶然ですね。あの、もしよろしければ一緒に帰りますか?電車賃も‥‥‥多分ないですよね」


 何という僥倖だ。俺は彼女と一緒に電車に乗り、帰宅することができた。家の鍵だけでも失くしていなかったのが幸いだった。

 さらに俺はお礼をしたいと言い、連絡先ももらうことができた。


「まずはスマホ買わないとですね」


 彼女の言葉で俺は自分のしでかした愚行を思い出したが、今日の出会いで帳消しということにしておきたい。


 その後、俺たちは何度か会うことを重ねて交際を始めることになり、彼女は俺に新しい財布をプレゼントしてくれた。その後、一人暮らしだった俺の家で同棲することになった。


 しかし、同棲の準備で彼女が家に来た日、彼女は血相を変えて俺に怒鳴ってきた。


「ちょっと、洗面所の棚に女物の化粧品があるんだけど!もしかして知らない女連れ込んでたの?」


 初めは彼女の見間違いかと思った。しかし確認してみると、棚の中に見覚えのない女物の化粧品が並んでいた。


「私が初めての彼女って言ってたよね!ねえ、聞いてるの――――」


 俺は唖然として彼女の言葉を聞いていた。俺はこの家に女を連れ込んだことなんて一度もないし、あの棚に関してはしばらく開けてすらいなかった。あんな化粧品、俺が買ったわけがなく、俺もかなり混乱してしまった。


 そこからの会話はあまり覚えていない。俺は反論したのだろうが、彼女は聞く耳を持たなかった。完全にヒステリーを起こしている彼女に俺もだんだん苛立ちが隠せなくなり――――


 ――――頭から血を流して倒れている彼女を見ながら、俺は自分が何をしたのか思い出そうと試みるが、やはり覚えていない。ただ、自分の手に持っていた血のついた灰皿を見た。その血痕が、彼女だったものの頭の傷に糸のように結びついていく。俺はようやく理解した。


 しかし人間、窮地に陥ると逆に冷静になるものだ。俺は床と灰皿に付着した血を綺麗に拭き取り、荒れた室内を綺麗に片づけた。夜になると、俺は小さい彼女の死体をキャリーケースに詰め込み、車は持っていないので電車で行けるZ市の山に穴を掘って埋めた。


 家に帰り、土で汚れた手を洗った。爪の間にはまだ土がこびりついていたが、そこまで入念にする気力は残っていなかった。

 かろうじてソファに腰掛けると、まだ彼女の香水の匂いが微かに残っていることに気がついた。俺はようやく、静かに、泣いた。馬鹿なことをした。俺はもういない彼女を求めて、あの公園に行った。電車に一駅だけ乗って、彼女と初めて出会った場所へ。


 あのときはそれどころではなくて気づかなかったが、近くには飲食店が多く立ち並んでいた‥‥‥ん?あれは――――


 「記憶改変専門店メモリライト」と書かれた看板から、俺は目が離せなかった。吸い寄せられるように入店すると、若いとも老けているとも言えない、男とも女とも言えないような見た目の、スーツ姿の店員が薄暗い照明の下に一人だけ座っていた。


「いらっしゃいませ。どうぞおかけになってください」


 俺は言われるがまま、向かいにある椅子に腰かけた。


「あの、ここは一体‥‥‥」


「おっと、そうでした。初めてのご来店でしたね。改めまして、ここは記憶改変専門店メモリライトでございます。私のできることは記憶の改変でございます」


「記憶の改変ってことは、記憶を消去することもできるのか」


「造作もありません」


 記憶の消去。嫌な記憶を捨て去ることができるのだ。今日の罪悪感を――――

 俺は迷いなく言った。


「それじゃあ、俺の彼女についての記憶を消してくれ。きれいさっぱりだ」


「かしこまりました。ですが一つだけ注意点があります。記憶の消去となりますと、お客様がご来店した記憶ごと消させていただくことになっております」


「どうしてだ。それじゃあまた来るかもしれないあんたの客が減っていくじゃないか」


「減りませんよ。あなたならよくわかっているでしょう」


「言っている意味がよくわからないが、まあいいさ。ここに来るのは最初で最後にするよ」


「そうですね。お客様は初めてのご利用ですので、特別に無料となっています‥‥‥もう始めてよろしいでしょうか?」


 返事をしかけたが、俺は大事なことを思い出した。


「いや、俺のスマホと財布は処分してくれ。これがあると彼女のことを思い出すかもしれないからな」


「かしこまりました‥‥‥それではまたのご来店、お待ちしています」




 ――――ここはどこだ?


 俺は気づいたら見知らぬ公園のベンチに座っていた。




 後日、Z市の山奥で、地質調査員によって女性の遺体が発見された。付近では現状で8体の女性の遺体が発見されているが、警察は未発見の遺体も残されていることを視野に入れ、引き続き調査を続けている。

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