第43話 リーリャ、教育方針を考える

 場所を移して執務室。L字の机のせいで隅に追いやられたソファーに向かい合うように腰を掛けるのは、リーリャとティニーだ。


「子供達は王都で学院に入れますか?」

「う~ん、そうすると合流が遅れちゃうニャから、基本的にはないかな」

「そうですか。でしたら数学などの入試科目を特別やる必要はありませんね」

「そうニャね。それよりは教養と、専門的な知識の方に重きを置いて教えていきたいニャ」


 それなら……、とティニーが紙に長い横矢印を引くと、その右端に“王宮入り”と記入した。それなら左端は“今”といった形だろう。


「戦闘組の2人は、現状はまず1人で剣術、魔法が一定程度の威力を出せるようにする必要がありますね。戦闘訓練はそれからで、最終的には連携まで行きたいです」

「そうニャね。今いきなり森に入れるのは危ないニャから。フィルマには剣の持ち方、動き方、戦闘時の考え方をしばらくはやっていくかニャ」

「そうですね。ただ、いったん戦闘時の考え方は後回しでいいかと。まずは基本の動きをしっかりやってから、頭を使っていくべきです」

「なるほどニャあ、じゃあそれでいこう」


 一枚の紙に成長過程を書き出していく。まずレベル1は片手剣の使い方がわかる。レベル2は片手剣での戦闘のやり方がわかる。といった具合に、細かく目標を設定しながら進めていく。


 レネットも同様の形式で細かく目標を決めていく。


「まずは安定して魔法が発動できるようにしていくニャ」

「そうですね。あと、魔法でしたら早めに座学で基礎を教えていってもいいかと思います」

「そうニャね。そっちの方が火力も出るし、魔力効率もいいニャから」


 魔法は自然科学的な学問領域に通じるものがある。火はどうして燃えるのか、水はなぜ凍るのか、風はどうして起こるのか。そういった発動原理を理解するとより少ない魔力で高い火力の魔法を発動することができる。


 レネットの場合は火であるから、火とはなんなのかというのを教えていく必要がある。


 むやみやたらに詠唱を唱えるだけではダメで、理論を理解すれば詠唱など必要なくなる。王都の学院ではその理論を教える過程をすっ飛ばしている。それが大きな問題だとティニーは言う。


「そもそも学院は貴族の道楽ですから、そこまで教える必要はないと思っているのでしょう。平民が通う下等教育学校も、平民には理論を理解できるほどの脳がないという古い考えが未だに残っていますから、理論を教える発想にいたらない」

「教育改革は必要ニャね。しっかり魔法を使い込んでいけば自然の通りにイメージすれば火力が出ることくらいわかるはずニャ」

「まずその自然の原理を知らないんですよ。学院の単位取得は簡単なんです。思っている以上に杜撰です」


 自然科学に関しては3人に共通してしっかり教えていく。その方向で2人は一致した。偶然にも、ティニーの研究分野は自然科学の領域であるから、手助けができるだろうとのことだ。


「化学や物理ではありませんが、自然のことならお任せください」

「わかったニャ。頼りにしてるニャよ」




「最後にエルビアですね」

「エルはまずマナーを覚えさせたいニャ。フィリーの秘書になるとなればマナーが少しでも崩れていてはダメにゃ」


 通常王族の秘書というのは上位貴族の生まれで構成されるものだ。王族の特に女性となれば茶会や社交の機会もかなり多いわけで、それに同行する秘書にはかなり高いマナーと教養が求められる。


 そして、貴族のドロドロに最も巻き込まれる位置の一つだ。もし秘書がヘマをすれば、そんな秘書を雇う主までが非難の対象となる。


「ある程度マナーを教えたら、早めに屋敷で実践を積ませるべきです。まずは下働きから、少ししたらリーリャさんの側に、最終的には王女殿下の側に置きましょう」

「うん。ウチもそれがいいと思うニャ」


 そんな難しい仕事である秘書だが、教育環境としてこの屋敷は整いすぎている。実際に王族に仕えることができるのだ。そして、社交の回数はあまり多くなく、屋敷内であるのは基本的に身内ばかり。


 しっかり事情を周知すれば、何か失敗をしたところで大きな問題にはならない。失敗をしていたら、気になる点があったらリーリャに一報を入れるか、指導してやってほしい。そういうお触れを出せば彼女は多くのことを取り込みながら成長できるだろう。


「あと、エルビアには先ほどの歴史もそうですし、文学、芸術、法律、そういった幅広い学問を教えないといけません。はっきり申し上げますと、この環境では教養という面ではかなり厳しいかと」

「学院に入れるべきニャか……」

「ただ、それが厳しいということは理解しているつもりです」

「そうニャね。人の目に映るところにやって変な貴族に取り込まれたり、嫌なことを覚えさせられたりしては、フィリーの利益にならない。できる限りウチらで教えていきたいニャ」

「だったら、同行している研究者に教えさせましょうか」

「うん。それがいいニャね」


 この屋敷に同行している研究者の分野は、自然系統に偏りがあるが、法学、文学、哲学と言った人文分野がいないわけではない。いる分野に関してはその人に任せて、いない分野はこちらでなんとかする。それがいいだろう。


「あと、3年後くらいから1年間ユートリヒ伯爵に預けるというのはどうでしょうか」

「……そこで芸術分野の教養を身につけさせる、と」

「はい」

「う~ん、確かにヴェライセンなら……」

「ユートリヒ伯爵は良くも悪くも中立です。私たちの教育は第一王女派にかなり偏ったものになりますから、そこで違いは生じますが、対抗派閥に染まることはないかと」

「そうニャねぇ、ユートリヒ伯爵は信用に足る人物ニャから……」


 フィリーとも相談だ。ということにして一度保留となったが、いろいろ考えてみてもこれ以上良い解決策は見つからない。


「早めに動き出しましょう」

「そうニャね」      

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