第26話 リーリャ、子供達の家に行ってみる

「私もついて行かなくていいの?」

「いいニャ。ウチはあんまり子供達をフィリーに会わせたくないんだニャ」

「それはわかったけど……」


 翌朝、教会で祈りを捧げた後に朝食を食べたフィリーは、動きやすくカジュアルな服装に着替えると、リーリャ用に用意された馬に飛び乗った。その腰には小さな剣が添えられている。

 朝食を食べながら、リーリャはフィリーに今後の子供達の教育方針を話した。職業について、基本的には子供達の意見を尊重すること。やりたいと思ったことをやらせるが、それを放り出させないこと。村や町の人々を助けること。等しく王国史や政治を学ばせること。

 そして、フィリーと会う回数を絞り込むこと。リーリャは子供達の前では、フィリーは主であり、自らは臣下であると振る舞う。そして君たちは彼女の友人になるのではない、忠実なる臣下になるのだと。本来であればフェリシア王女殿下というのは、あまりお目にかかれないものであるという当たり前のことを忘れないように。

 フィリーはそれについて反対の姿勢を示した。


「でもわかってる? それだけでは私の完全な味方にはならないのよ。私との信頼関係が何よりなのよ」

「だから少しは譲歩したニャ」


 フィリーは積極的に子供達と関わることを望んだ。今回の目的は自らの味方を作ることであったからだ。それを受けたリーリャは教育方針について大まかに曲げることはなかったが、話し合いの末定期的に子供達と会う機会を作ることとした。そしてその日は訓練を軽くする、またはなくす。


「逆に来ない日は少し厳しくするニャよ」

「いいわ。その裁量はリーリャに任せる」


 リーリャはあくまで師である。しかし、フィリーが来ると訓練が軽くなる。フィリーは構ってくれて、甘やかしてくれる。そのときのリーリャも優しくなる。いわゆる飴と鞭だ。

 子供達にそのような教育をするのは厳しいと思われるかもしれない。しかし、王宮、王城でのいざこざというのは、そんなことよりさらに厳しいものであるということは、2人ともよく理解している。甘やかすだけが教育ではない。甘やかすだけが子育てではないのだ。

 彼女らが、王城という権力のはびこる特殊な場で、自分らしさを保ってフィリーの味方で居続けるためには、多少厳しくしておかなければならない。


「じゃあ頼んだわよ」

「もちろんニャ」


 そう言うと、リーリャは馬に合図を送り、徐々に速度を上げながら村の方へと向かっていった。




 子供達の住むオーマウという小さな村は、村というよりは集落に近いといったような本当に小さいもので、住民のほとんどが農業で生計を立てている。領都のオストリアからは細い道を通ってくるしかなく、この村から別の村へと延びる道はない。ここは道の終着点だ。

 わずかに整備された道を一人馬で走って行く。左右どちらを見ても一面の畑が広がり、右側、つまりは東方面を見るとそこには高い山脈がそびえ立っていた。少し距離があるとは言え、ハッキリと見えるその山脈の向こうには、また別の国があり、そこでも人々が生活していると考えると少し不思議な気持ちになる。


 走り出してすぐ村に到着する。屋敷と村の距離はそれほど離れていなく、徒歩でも十分通える距離だ。

 その村の隅の方に家はある。家の目の前には小川が流れ、その小川に掛かる石橋を渡ると、家の前の大きな庭に足を踏み入れることとなる。大きな一本の木にはお手製のブランコが付いていて、花壇に植えられた花は日差しを浴びて元気に育っている。

 彼女たちはまだ、自らが王女の側近になるべくして育てられているということを知らない。リーリャは今日、それを伝えにこの小さな家にやってきた。

 木組みのログハウス、前には川、裏には草原が広がっていて、山脈の方へと進めば森もある。乗合馬車は週に1往復しかないものの、それに乗ればオストリアまで1時間強。子供を育てるには良いところだと思うのだが、どうだろうか。


「うにゃぁ……、少し緊張してきたニャ……」


 馬から下り、乗せてくれていた自身の髪と同じ色をした馬を庭にある柱に固定する。一応馬房があるということだったので、後ほど移すことになるだろうが現状はこの柱に置いておく。

 鳥の鳴き声と、草の揺れる音を聞きながら庭を進み、ログハウスの階段をコツコツと上る。


「ふぅ……」


 これから5年間、いや、もしかしたら一生関わることになる子供と今から対面するとなると、目の前にある扉を叩く勇気が出ない。大きく深呼吸をしてそっと扉の前に手を当てると、ふと耳におばあさんの怒鳴り声が聞こえてきた。


「ちょっと、お客さんが来るって言っているじゃないかっ、いい加減じっとしぃッ!」

「ひぃ、お、怒ってるニャぁ……」


 それでもこの扉を叩かなければ話は始まらない。フィリーに託されて、陛下に頼まれて自分は今この場にいる。今一歩踏み出さなければさらにこの戸を叩くのは難しくなる。そう自身に言い聞かせ、玄関の扉を優しく3回ノックする。

 すると中から、きたっ、というような子供達の声が聞こえてきて、続くように、じっとしてなさい、という怒鳴り声。子供達のざわめきがやんだ頃、ゆっくりと玄関の扉が開いた。


「あの、ミレアさんのお宅で合っているかニャ……」

「ええ、合っているよ、よく来てくれたね」

「猫耳だっ」

「かわいい~」

「……すまんねぇ、うちの子達が」

「いえいえ、よく言われることニャから」


 本来4人掛けの机にお誕生日席を置いて無理矢理5人掛けにした机、そこではなく地面に敷かれたカーペットに座って興味深そうにこちらを見る2人と、興味なさげに室内をキョロキョロしている1人。

 少し孤児院を思い出して緊張がほぐれるような気がした。


「さあ、お入り。すぐにお茶を出すからねぇ」

「いえいえ、今日はすぐ帰りますニャ」

「それでもだよ。今日は大事な話をするんだろう?」

「そうニャ。子供達は嫌がるかニャぁ……」


 戸をくぐりながらミレアさんにそう問いかけると、少し寂しそうに小さく笑った。


「大丈夫さ、大丈夫」


 台所の方へと向かうミレアさんと離れて、リーリャは3人が座るカーペットの方へと向かい、子供達の前にゆっくりと腰を下ろした。


「こんにちは」

「「こんにちは!」」

「……こんにちはっ」


 リーリャが挨拶をすると、金色の長髪をもつ優しそうな女の子と、リーリャと同じ色の髪を持つ短髪で元気そうな女の子がうれしそうに返事をした。

 それに続いて、先ほど室内をキョロキョロとしていた女の子がリーリャの顔をしばらく見つめると、ふんっ、という鼻息が聞こえてきそうなほどに前のめりに挨拶を返してくれた。そしてニッコリと笑顔を向けられたリーリャは、かわいい……、と消え入りそうな声で呟いた。

 そして、厳しくできるかなぁ、と不安に思うのだった。


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