馬鹿兄様と愚弟

黒本聖南@南3‐4 こ‐80

馬鹿兄様の化けの皮が剥がれる

 兄のことを、『馬鹿兄様』と呼んでいいのは自分だけ。

 僕のことを、『愚弟』と呼んでいいのも兄だけだ。


◆◆◆


 父が母との結婚前に、妾との間に作った子供、それが兄。妾の血のせいか、兄には、この家で求められる才能を、あまり持ち合わせてはいなかった。

 使用人が、客人が、兄を侮る。母は妾と兄を虐げて、妾を追い詰めた末に、この世から去らせた。


 兄にとっては、この世の全てが敵のはず。


 ほとんど笑うことがない兄。悲しんでいる所も、怒っている所も見たことがない。兄はいつも冷ややかな無表情。

 そんな兄を、僕は『馬鹿兄様』と呼んだ。


『図々しくこの家に居座って、誰かに馬鹿にされるしか能のない馬鹿兄様。早く出ていけばいいのに。居場所がないことも分からないほどに馬鹿なんですか?』


 妾の子はこれだから。そのように続けると、母はとても喜んだ。だからいつも口にしていたけれど──もう今後は口にすることはないだろう。


 母は死んだ。


 馬鹿と罵られてきた──無能と嘲られてきた兄が、魔法で、殺した。

 見るも無惨、顔だけを残して、残りは肉片と化した母の死体。そうなるまで母を、不可視の刃で切り刻んだのは、兄の魔法だった。


 ここは時司ときつかさ家。

 この国に四つしかない魔法使いの血族の一つ。我が家はその分家も分家、下から数えた方が早い。


 兄には魔法の才能がないとされ、正妻の息子である僕が次期当主となることは、自然と決まっていたというのに、兄はどうやら実力を隠していたらしい。

 珍しく、そして、僕にとっては生まれて初めて、兄は笑みを浮かべていた。──ぞっとするような笑みだ。

 冷たくて、恐ろしくて、目が離せないほどに美しい。


「……兄様」


 馬鹿を付けずに兄を呼んだ。実母を殺されたというのに、憤りはなかった。ただ、兄を呼んだ。そこに何かを求める声はなかった、と自分では思う。

 呼び掛けると兄は、ぞっとするような笑みを僕に向けてきた。表情は変わらない。むしろ、『何か』が増したように思う。その『何か』が分からなくて、じっと兄を見つめた。


「……愚弟」

「……っ」


 兄はこれまで、僕を呼ぶことはなかった。まともな会話をしたことはなかった。今、初めて兄と会話している。


「次は、何を奪ってほしい?」


 首を傾げて溢した言葉に、温度はない。

 僕は、兄から目を離さないまま、彼の元に近寄って、その手を両手でそっと掴むと、自分の胸元まで掲げた。


「馬鹿兄様程度の実力でできるのなら、何でも奪えばいい」


 嫌なら抵抗する。

 嫌じゃないなら、好きにさせる。

 ──僕は母が、邪魔だった。

 赤く染まった兄の瞳に映る自分は、自分の目は、妙に輝いている。


「……なら、手始めに」


 お前を奪おうかと、兄は言った。


◆◆◆


 とある時司の分家で、奥方が死に、子息と家宝が消えた。犯人は年若い使用人と思われる。

 現当主はその行方を追ったが、病に倒れて亡くなってしまい、子息の行方は分からず仕舞い。

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