この作品の最大の美点は、一度も正気に戻らないことにある。
物語は冒頭から終幕まで、一つの荒唐無稽な前提を絶対的な真理として扱い続ける。登場人物の誰一人として、自分たちの置かれた状況の異常性に気づかない。気づかないのではなく、気づく必要がない世界が構築されている。その世界の中では、彼らの怒りも悲しみも友情も裏切りも、全て本物の温度を持っている。
三つの勢力が対立する構造は、政治劇の骨格そのものである。体制側、反体制、そしてどちらにも属さない第三極。三者が一つの外的脅威を前にして一時的に結束する展開は、歴史が何度も証明してきた同盟の力学と寸分も違わない。ただし、その力学を駆動しているものが、人間の身体における最も軽視された器官の尊厳であるという点において、この作品は唯一無二の領域に立っている。
文体は徹底してシリアスである。一文たりとも笑いを取りに行かない。取りに行かないからこそ、読者の中で起きる感情の衝突が激しくなる。構造が真剣であればあるほど、題材との落差が拡大し、その落差そのものが作品の推進力になる。これは計算でしか成し得ない。
敵将の過去に刻まれた屈辱。旧友の間に横たわる、言葉にできなかった感情の残滓。「お前だけには言えなかった」という告白が、戦場の只中で発せられる。その一言が持つ重量は、題材の軽さとは完全に独立して読者の胸を打つ。
そして幕切れ。新たな脅威の登場は、物語がまだ終わっていないことを宣言すると同時に、この世界が抱える構造的な不平等を一行で暴き出す。その一行は、社会批評としても、喜劇の引きとしても、完璧に機能している。
身体の尊厳とは何か。正義と暴力の境界はどこにあるのか。人は何のために戦うのか。この作品はそれらの問いを、人類が最も真剣に向き合うことを避けてきた身体部位を通じて、読者に突きつける。
笑ってから、考えてしまう。考えてから、もう一度笑う。その往復運動の中に、文学がある。
突然ですが、綺麗な乳首(ちくび)を好きな人間がいる。
お前である。
ろくでもない小説を読んで、つまらないと卑下して作者を傷つける人間がいる。
これもお前である。
この小説を読んで、そんな陰湿な気分を吹き飛ばす人間がいる。
まさしくお間であるッ!!
そう、この作品は全人類80億人の中でも嫌いな人は片手で数えるほどしかいないであろう乳首の話。
……昔々、あるところに右乳首と、左乳首がおりました――。
なんて!生ぬるい世界ではないッ!!
お前たち! 分かるか?この平和な日本で夜な夜な改造人間チクビーム男を開発している組織があることをッ!
ショッカーもびっくりの裏組織である。
某ライダーのような様々種類の乳首。それはもう、戦い方も様々である。
その中で、『異彩』を放つ女型の乳首――。
許せん!!これは乳首をかけた男の戦いだッ!!
この勢いとバカ真面目さが最高だった。
諸君らにはぜひ読んでほしい。健闘を祈るッ!