うっかりこちらを読んで傷つく人がいないように。
負け犬!
負け犬!
と、いかにも驕った人間が水に落ちた犬を叩いているようであるが、これを書いた筆者の脳幹まこと氏は決して「勝ち犬」ではない。
ではこれは何なのか? というと、
①筆者が「あなた」に語りかけている形式をとりながらも鏡の中の「おのれ」に突きつけている罵詈雑言。
②「コンテストに落ちるような人間はこのくらい愚かで・惨めで・みっともないゴミ屑のような無能で下等の、醜悪な人間であって欲しい」という強烈な願望。
どちらかだ。
それを踏まえて最後の一行をみてみよう。
「以上、プライドの高いあなたに代わって、胸の内を吐き出しました。」とある。
この「あなた」が筆者本人であるのならば、メンタルが少々心配になるにせよ、自分に対する失望や怒りを味わっているところだ。
猛省や自己嫌悪。
自分で自分を罵るタイプなのだろう。
しかしもし、このテキストが②で、実在する人物『X』に向けて書かれたものならば、少々問題がある。
「Xは、愚かで・惨めで・みっともないゴミ屑のような無能で下等の醜悪な人間であって欲しい」
「Xは、プライドだけが無駄に高い、無才でいて欲しい」
そんな筆者の、狂おしいまでの妄想をストレートに吐いている、誹謗中傷ということになるからだ。
実在の『X』はどんな人間なのか、読者の我々にはまるで分からない。『X』がその口で、
「web小説なんてちょろいちょろい、俺の文才ならば簡単にコンテストを制覇できる」
「俺の作品ならばトレンドを無視しても、必ず認められて突破する」
とでも大言壮語したのだろうか。
したのならば、ここにそのまま、そう書くだろう。
しかしそういった描写は一切ない。
『X』とはこうでああで、このような愚の骨頂のプライドの高い嫌な奴だろう?
これはあくまでも筆者の、『X』への願望である。
普通は、コンテスト覇者に対して「どうせお前なんかこうだろう?」と妬みで云うところを、なぜか下に、下に、負け犬に向かって吐く。
負け犬にならば勝てるからだろうか。
いやそれも違う。
コンテストに落ちるような人間は所詮はこうだ!
と憤怒の形相で叩きつけ、臓腑をえぐるような『X』への罵りようをしていても、『X』をしつこく傷つけるそこにはどこか、『Xは~でなければならない』そんな筆者の強迫観念が見え隠れする。
「残念です。コンテストはあなたの肥大化した鼻を粉砕しました」
これでもかと『X』を惨めに描写せずにはいられない時、筆者の持つ陰湿性はやはり、同じ負け犬である自分のことを書いているのだ。
筆者が真の「勝ち犬」ならば、勝ち犬に囲まれた勝ち犬らしい楽しい人生に日々忙しいはずで、一匹の負け犬『X』に執着してこんなどす黒いものを書く必要はどこにもない。
「以上、プライドの高いあなたに代わって、胸の内を吐き出しました。」
物書きの大半は、筆者と同じ、①のタイプに属している。
誰もが毎日のように己の無才ぶりにのたうち回っているし、自己嫌悪している。
自傷行為にも似た「あなた」に向けたこの吐き出しは、その苛烈さと容赦なさの後ろに、野犬のような、「負け犬」の姿が黒々と見える。
誰もがある時には選ばれて、ある時には選ばれない。
負け犬とは、我々、全員のことだ。
※脳幹まこと氏の直近の2026年3月31日近況ノート「エンタメ叩き棒」と併せて読むと、筆者が一筋縄ではいかぬ人物であることも分かるのではないだろうか。