第52話 善人との評判を得ていた人物が、
善人との評判を得ていた人物が、目的達成のために悪を為さざるをえなくなった時は、普通ならば、少しずつ人の注意を引かないようにしながら、やり方を変えていくほうがよい。
だが、もしも好機が訪れれば、一朝にして変えるほうが有効になる。
なぜなら、変化があまりにも急なことなので、以前のやり方で得ていた支持者を失う先に、新しい支持者を獲得することができるのである。
これを守らない場合、あなたの真意は、人の知ることになり、そのために以前の支持者すらも失ったあげく、破滅に向かって突進することになるのである。
「政略論」
善人としての評判を持つ者が、目的のために悪へ転じる際は、徐々にではなく、好機があれば一挙に変えるべきだ」の要点は、為政者が「善」から「厳格・苛烈」へ転じるとき、徐々に変えると反発が蓄積して破滅するが、好機を捉えて一挙に変えると、旧来の支持者を失う前に新しい支持者を獲得できるという意味である。
この論理を示す実例として、以下にローマ史を示す。
1)マニウス・ウァレリウスの「急激な転換」
ローマは戦争と内乱で疲弊し、民衆は貴族に不信感を抱いていた。
この時の執政官ウァレリウスは、民衆に非常に寛大で「善人」としての評判を得ていた。
しかし、戦局悪化により「厳格な統制」が不可欠になった。
本来の彼の性格からすれば、急に厳格な政策への変更は、民衆の反発を招く危険があった。
ウァレリウスは、機会を捉えて一挙に方針を転換した。
軍規を厳格化し、反対者を一気に抑え込んだ。
その結果、旧来の「善人としての評判」による支持を失う前に、新しい「強い指導者」とし
ての支持を獲得し戦局を立て直すことに成功した
※徐々に厳格化していれば、民衆の反発が積み重なり、旧支持者を失い、新支持者も得られずに破滅しただろう、というのがマキアベリ氏の分析である。
2)キンキナトゥスの「一挙の苛烈さ」
ローマが包囲され、国家存亡の危機の時点で、農民キンキナトゥスが独裁官に任命された。
彼は一夜にして「苛烈な指導者」へ変貌した。
軍規を徹底し、反対者を容赦なく処罰し、軍を一気に動員して敵を撃破した。
キンキナトゥスは本来「質朴で善良な人物」として知られていた。
しかし、危機の瞬間に一挙に苛烈な統治へ転じたため、反発が起こる前に成果を出した。
結果として、新たな支持を得た。
3)ローマの「民衆対策の急転換」
「民衆に寛大 から、 一挙に厳格」、「貴族に譲歩 から一挙に強硬」 等の急激な転換を行った。
民衆の要求を長く放置した後、突然に厳格な法を制定する。
腐敗が進んだとき、穏やかな改革ではなく、一挙に制度を刷新する。
これらはすべて、
「徐々に変えると反発が蓄積し、破滅する」
「急激な変化は、敵が反撃する前に新秩序を確立できる」
という論理に基づいています。
マキアベリ氏の分析では、以下のようになる。
人間は“変化の理由”を深く考えない 。
急激な変化は「状況が変わったのだ」と受け止められやすい。
敵が反撃する時間を与えない
徐々に変えると、旧支持者が裏切りを感じ、反発が蓄積する。
成果が早く出るため、新しい支持者を獲得しやすい
政治は「結果」で評価される。
真意を悟られない 。
徐々に変えると「本性が変わった」と見抜かれ、信用を失う。
尚、 日本史における「善人 から一挙に苛烈」への転換例を示す。
1. 天武天皇(壬申の乱後の急激な中央集権化)
壬申の乱で勝利した大海人皇子(のちの天武天皇)は、それまで「温厚で学識ある皇子」と評されていたが、勝利後は豪族支配を一挙に否定し、苛烈な中央集権化を断行した。
豪族の私的支配(私民)を廃止し、豪族の序列制度を再編、天皇権力を絶対化する制度改革を一気に実施し、歴史書編纂による「天皇正統性」の強化した。
これは、壬申の乱という「好機”」利用して、徐々にではなく一挙に体制を変えた典型例といえる。
2. 明治維新政府(「御一新」による急激な制度転換)
維新政府は、倒幕運動の段階では「民衆のための改革」を掲げていたが、政権掌握後は廃藩置県・徴兵令・地租改正など、苛烈な中央集権化を一挙に断行した。
特に1871年の廃藩置県は、旧藩主の権限を一夜にして剥奪し、軍事・財政を中央に集中という、極めて急激な転換だった。
当時の政府は「圧制政府」と批判されるほど強権的で、“善政の改革者”から“苛烈な中央集権者”への急転換が見られる。
本当の危機を察した時は、「モタモタしている時間」はない。
国家が生き抜くためには、思い切った改革も必要になる場合もある。
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