第27話
愛花
「ありがとうございます。失礼します」
色んな大人に挨拶をしていると、お父様の人脈の広さに感動することがある。
ただお父様の講演に付き合うだけなのに、毎回知らない人が「綺麗ですね」なんて言葉をかけてくる。
「お近づきになりたいなぁ。ウチの息子はどう?」
軽い冗談なのか、本気なのか。
それだけじゃなく、あまり喜びたくない下心を込めた笑顔を毎回向けられる。
「やや、よろしくお願いします」
よく知らない人は、そんなことを言いながら手を握ろうとしてくる。
「あっはい……」
「失礼、旦那様の手前そのような挨拶はご遠慮ください」
握手に応えようとすると、私たちの間に手が割り入れられた。
芽衣がそうやって制止してくれた。
「あぁ、失礼。葉矢川さんの娘さんは綺麗だって聞いてたもんだからついね」
そういいながら頭を掻いて去っていくおじ様を何度も見た。
色んな大人に挨拶をしていると、お父様の人脈の広さに感動することがある。
毎回毎回こんな風にする人がいる。
それを芽衣が守ってくれる。
「ありがとう、芽衣」
「いえ、いつものことですから」
「握手会みたいに思う人がたまにいるんだよね」
「握手は旦那様の仕事ですので、お嬢様がする必要はありません」
「あらここにいたのね」
そんな風に話していると、芽衣のお母様も私たちの元へやってきた。
すっと芽衣は私よりも後方へ下がる。
「種市のおば様、お疲れ様です」
「いえ、そんな気を使わずに。旦那様が愛花様にお話があるとのことでお呼びですよ。楽屋にいらっしゃいます」
「分かりました。失礼します」
「失礼しま……」
「芽衣、あなたは私から話があるから」
すると目だけで合図をする。
「私は1人で大丈夫だから、行ってきて。私もお父様のところ行ってくるね」
⭐︎
「おっ、愛花ちゃん来たね」
楽屋でお菓子を食べていた父がパイプ椅子に座ったままこちらを見た。
お兄様と並んでも兄弟のように若々しい父。
にっこりとした笑顔が眩しく映る。
「お父様、種市のおば様に聞きましたけど……お話とは?」
「あぁ、そうそう。あの従者の……なんだっけ。
智蔓、というのは芽衣のお母様だ。
「芽衣……ですか?」
「そうそう、芽衣ちゃん。あの子とは仲良くしてる?」
「えぇ……仲良しですよ。幼馴染ですから」
お父様はいつも私に甘い。
けど、なにか雰囲気が違って感じる。
「そっか。仲良すぎるくらいなんだ」
「そこまでは言って……」
「誕生日は顔を見て祝ってあげられなくてごめんね。でも芽衣ちゃんと楽しそうにしたみたいでよかった」
その一言で何を言いたいかがなんとなく分かった。
言外の会話に慣れていれば、わざわざこんな話をするということだけで分かる。
流石に私も葉矢川の人間だから……という風に考えている場合じゃない。
……バレてる。
「そのリング、大事なもの?」
ついつい小指のリングを撫でたその仕草を見て、父はさらに言葉を継いだ。
「はい、お父様。芽衣と同じものを渡しました。幼馴染ですから友情の証です」
「そっかそっか、仲良しなのはいいことだね」
張り付いた笑顔に圧がある。
非常にまずい状況なのが、空気で伝わってきた。
やっぱり誕生日の夜のことがバレてるんだ。
瑠姫先生が話した……?
いや、まぁ報告って形なら話しちゃうか……。
誕生日に芽衣からあんな風に言われて、テンションが上がりすぎた。
そもそも秘密の関係だったのに……。
背筋に冷たいものが走った。
「……あぁ、怖がらせちゃったかな?」
ただ少しばかり沈黙の間が開くと、なぜかお父様も焦った様子で手のひらをこちらに見せて口を開いた。
「別に辞めなさいって訳じゃないよ。ただ智蔓さんが心配しててね」
「……心配?」
「仲が良すぎるってさ」
ハハハっと優男じみた笑顔で、こっちを見つめている。
この感じなら、多分お父様は問題ない。
けど……また自分が話してしまったことで芽衣に迷惑をかけてしまったことに、焦りがおさまらない。
脳みそが勝手に音を立てて、何かを考えようと働き続けて落ち着かない。
「えっと……私は……」
「まぁ愛花ちゃん。将来については兄の幹彦がいるし、自由にしてくれて構わないよ。ただ葉矢川のお家にまで飛び火するほどの火遊びは……ね?」
分かってるね。という笑顔の圧力に息が出来なくなりそう。
悪戯がバレた時も、少し買い物した時も、ニコニコ笑顔で「大丈夫だよー」って許してくれたお父様。
けれど今の笑顔は、そんな次元じゃない。
芽衣が従者モードで怒ってる時の笑顔よりも……圧が凄い。
「返事は?」
「はい、気をつけます……」
「うん結構。僕としてはそこまで心配じゃないかな。ほら勝手にお外で始めちゃうとかはまずいけど」
「……何言ってるんですか」
「ははは! 冗談冗談。まぁ僕と関わることすらないような男に引っかかっちゃうより、身内で済ませてくれるなら僕としては本望。身内、それも女の子ならより安心だ。愛しの愛花ちゃんがお父さんの元を離れるのは寂しいからね!」
大きく肩を揺らしながら明るく笑うお父様を見て、少しだけ緊張が解れた。
私が無茶なお願いしても笑って叶えてくれることからも、言葉にしてる愛情は本当だと思う。
ただ……お父様の議員仕草として、言葉をそのまま受け取ってはいけない。
本物のお腹の中の会話、その余白に含まれる意味を読み取ろうとするだけで心が疲れる。
唇の隙間から空気が漏れた。
あの草を撫でる涼風のような、穏やかな芽衣の笑顔が恋しい。
乾燥した唇を少しだけ湿らせて、言葉を捻り出す。
「ごめんなさい。あの時は少し……テンションが上がっちゃって……」
「うん、そうなんだね。まぁ気持ちは……分からないけど、誕生日くらい特別だと羽目を外しちゃうこともあるよね。僕が構ってあげられないのが悪かったからさ」
「そんな風に言わないでください。いつも許してくれて嬉しいです」
とにかく、このままはまずかった。
だから即座にこの場を打ち切るために、私は頭をフル回転させた。
私を溺愛するお父様……あぁそうだ。
「あのさっ! ……私ね。パパのこと大好きだよ。だから……もういい?」
「……っ! 悪い子だなぁ〜。うん、いいよ」
「失礼します」
ふにゃふにゃとした笑顔になって、さっきの緊張感が抜けた瞬間。逃げるように退室した。
芽衣にすら見せないような幼仕草で、見つめてみせた。
なんとか……命からがらと言えるくらいに逃げ切った気がする。
「……ふぅ〜っ」
バクバクする心臓を抑えるために息を止めていたのか、楽屋のドアを閉めると口から思い切り息が漏れた。
肩からも力が抜けて、その場にへたり込みそうだ。
「愛花様、大丈夫ですか?」
「えっ……うわっ!」
こちらを覗き込んできた芽衣に大きな声をあげてしまう。
「どうしました?」
「いや……お父様と少しね」
「何かありました?」
「ううん、なんとか切り抜けたよ!」
「……いまいち分かりませんけど、うまく行ったならよかったです」
本当に良かった。
あの感じで同じ空間にいたら、余計なことまで自白してしまいそうだった。
「うん、ありがとね」
「……?」
芽衣は困惑したように首を傾げていた。
それにしても彼女が私にするやり方を少し真似したけど、本当に効果的なんだ。
あまりにチョロかったけど……もしかして芽衣にそう思われてるのかな。
考えないようにして、私はその場から離れた。
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