第20話

「誰か祝ってくれないかなぁ」


 移動教室の帰りの廊下で、ふと愛花は呟いた。


「ついに言葉にしちゃいましたね」

「芽衣に言ってるわけじゃないし」


 でもその”誰か”には私も含まれてますよね。


 とは流石に口にせず、とりあえず適当に相槌を打って誤魔化した。


「芽衣といた時は芽衣がお祝いしてくれたけどさ、いなくなってからはボッチだったし寂しい」


「期待してるんですか? 麻里亜様と未来様に」


「んーまぁ。でもさ、そもそも私の誕生日知ってるのかな?」

「それは……どうでしょうか」


 私は少なくとも話した記憶がない。


 そもそも誕生日なんてどうやって知るのだろう。


 私は1番仲のいい未来と麻里亜はもちろん、うっすら仲の良い他のクラスメイトの誕生日や趣味嗜好は一通り把握してる。


 どんな角度で彼女の無茶振りが来るか分からないからだ。


 私みたいに情報をしっかり生かそうとする人間でなきゃ流れる情報な気がする。


「今から話したらもうアピールになっちゃうでしょ? そんなことしたら嫌われちゃうかもしれないし」


「嫌いはしないですけど……圧は感じるでしょうね」


「でしょう? その圧が問題なの」


 彼女は強く言い切った。


 別にそんなの愛花のキャラ的におかしくないから言ってもいいと思うけど。


 ただそれは嫌みたい。


 小さい頃はおねだり魔でそこも可愛かったけれど、少し距離のある友人には気を使

う。


 そんな彼女も成長してるんだと感じる。

 まぁこのくらいなら許容範囲かな。


「なまじ家がお金持ちだと、それだけで圧を生んじゃうものなんだよね。あとなんだっけ、あつれ……」

「軋轢ですか?」


「そうそれ! 前の学校ではさ、そうやってお家バトルが多かったし、何をするにもそういう背景が見えたの」


 愛花の中学まで通っていた学校は超が付くお嬢様学校。


 それこそ有名グループ会社の親を持つ令嬢や政治家の娘など様々。


 そんな水槽のような学校でダメ人間の愛花がよく生き延びたなと思うけれど、話を聞く限り腹芸の類を常日頃からしていたようだ。


「だからね。そういうの無しの友達になりたいの、それならこんな私のことも祝ってくれるでしょ?」


 斜め少し後方を歩く私に、愛花は振り返って笑った。


「そうですね。お嬢様が祝ってもらえたら私も嬉しいです」


 そう言いながら愛花の肩を掴み、彼女の進路を少しズラす。

 そして向かってくる生徒を避けた後でクルリと正面に向けなおし、教室までの廊下をまた歩き直す。


 そうして、のんびりと愛花の願望を聞きながら教室まで戻る。


「あー、なんかサプライズとかしてくれないかなー」


 そう言いながら肩を落として教室のスライドドアを開ける。

 そして窓側の席でなにやら話をしている麻里亜と未来の元へ、彼女は足を進めていた。


 机を挟んで何かを話している麻里亜と未来。


 その光景に向かう彼女の背中を眺めると、一瞬だけ頭に考えが巡った。


「ねえ種ちゃん、片付けはお願いしていい? あたし達は先戻るからさ、2人はゆっくり戻ってきてよ」


 移動教室での授業が終わった時、未来にそう言われた。


 そういえば何か目で私に訴えかけてたような。


 なんとなく、なんとなく私には2人の顔が何かを企みをしてるような気がした。


 あっまさか……。


「あっ、お嬢様。今は……」


 早足で彼女に駆け寄るも制止は間に合わず、愛花は2人に声をかけてしまった。


「ただい————」

「分かったぁ、じゃあこっそり買っておくね」

「バレないようにね! 愛ちゃんの誕生日サプライズだか……ら……っ」


 愛花と2人の目が合った。


 いや背後からだから私が直接見たわけではないけれど、2人の視線は愛花は一直線に集まっている。


 2人とも、分かりやすく顔を引き攣らせながら。


「あー……愛ちゃん……? 聞こえた?」

「えっ!?」


 声が大きい。


 そりゃ一応聞くでしょ。


 私にも「サプライズ」って聞こえたし。


 そんな話し合いの最中に戻るなんて……全く間の悪い。


「聞こえませんでしたよ」


 だからフォローするように、後ろからそう付け加えた。

 すると愛花も、それが言いたかったと言わんばかりに上擦った声で言葉を返した。


「そうそう! 聞こえなかったよぉー!?」


 とほぼ自白と言えるような否定をした。

 それを見て2人は更に顔を引き攣らせている。


「なんの話をしていたのですか?」

「えっ? あー、な、なんだっけ? 未来?」

「わ、忘れちゃった……なぁ〜」


 気まずさを通り越して、歪んだ針金を無理やり元に戻したような違和感のある空気が充満している。


「そ、そうなんだぁ! うん、聞いてないから分からないけど、忘れちゃったなら仕方ないよね。聞いてないから忘れちゃっても、仕方ない」


 愛花は聞いてないということにしたくて訳が分からないことを言い出している。


 そんなアメリカンコメディでもしない下手くそな誤魔化しに、今度は2人が一周回って落ち着き出した。


「うん、そうだね。それならまぁ……てか愛ちゃん達ってさ、いつも2人でいるけどそれって絶対なの?」

「えっ? 別にそんな事ないよ?」


 突然の切り返しにキョトンとした声で返答する愛花、それを聞いて何か思いついたように未来は私の顔を見た。


「じゃあ芽衣ちゃんが1人になることもあるって事ぉ?」

「お嬢様だけの用がある場合は基本フリーですよ。かと言ってやることもないので側で待機してますが」


 その言葉を聞いて、未来と麻里亜は目を合わせた。


 そして2人のアイコンタクトに巻き込むように、未来は私を見て愛花とは別種の緩んだ愛くるしい笑顔をこちらに向けた。


「へぇ〜大変かと思ったけど、芽衣ちゃん自身にも自分の時間はあるんだねぇ」

「そりゃもちろん! 私はご主人様だけど、従者には手厚いよ」


 未来の一言で、なんとなく察しはついた。


 ただ目の前のお嬢様はそれに気づくことはなかったようで、胸に手を当てながら自慢げにしていた。


「そんなこと言って、従者使いはかなり荒いですよ」

「そ、そうかな?」


「えぇ。労基に駆け込んだらあなたは一貫の終わりです」


 そんな風に冗談めかすと、目の前の2人は笑った。

 そうしてどこか気まずさを帯びた空気は、少しだけ緩み。

 息の出来る空気へと希釈されていった。


 冷静に考えたら2人は愛花をよく誘ってくれる遊び大好きな企画屋だ。


 伝えてくれれば良かったのに、とは言ったもののタイミングがなかったのだろう。

 こちらが知ってる前提でケアしてあげるべきだった。


 腹を切って詫びる……とまではいかないけど私の落ち度だ。





 

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